決戦へ、燃え上がるアイン
突然のクロードの襲来……誰もが予想できなかった事態に凍り付いていた。まさか夜も更けたこのタイミングにやって来るとは思ってもいなかったのだ。
「時間がないから早く準備してくれよ……いつドロスさんの仕掛けた策が見抜かれてセーマくんが急ぎ戻ろうとするかも分からないからね」
誰もが動けぬ中、当のクロードだけがただ一人、そう言って部屋の中を進む。アインの元まで近付くのを、慌ててアリスが立ちはだかった。
「ま、待てお主! いきなり来おって、ここでやる気か!?」
「そんなわけないでしょう? 決着はしっかりと、別の場所で行いますよ。僕は英雄なんだから、無関係の者を巻き込んだりしません。まあ、もっとも? 貴方たちに戦う意思がなければ分かりませんがね」
まさかこの場で戦うつもりかという問いに肩を竦めて返答する。クロードはそのままベッド近寄り、立て掛けてあった炎の魔剣を手に取ってアインに放り投げた。
リムルヘヴンが睨み付ける。
「貴様、どういうつもりだ……! 貴様とて『ハリケーン・ドライバー』で体力を消耗しているはずだ、違うかッ!」
「違わないね。君の言う通りまだ本調子とは言えない。ああ、そう考えると君らにとっては好都合かもしれないな」
何ら強がることなく自然体のまま、クロードは己の現状を明かした。余裕のある口調からは絶対的な自信が感じ取れる。
本調子でなくとも、勝てると思っているのだ、自分たち相手に。その不遜さにラピドリーやアリスが顔を険しくする中、彼は続けた。
「それでも、僕が君たちに勝てるタイミングは他においてないからね。彼がいない今こそが、勝負時には最適なんだ」
「彼? ──まさかセーマさんか!?」
「ご主人様が離れることを見越していた……!? こうなるよう誘導したというの!?」
アインとミリアが驚きに声をあげた。クロードの発言は、明らかにセーマがアインたちの元を一時離れていることを知っていたものだ。
つまり、この状況は『オロバ』の仕組んだものである可能性が高いとラピドリーは叫ぶ。
「ドロスとか言ってたな、さっき! やっぱりギルド長も『オロバ』だったってのか!」
「ロベカルとリムルヘヴンとで話が食い違っとったのは、ご主人を『オロバ』アジトへ向かわせるためかっ!」
「そうです。そして彼女が仕掛けた罠に、彼はまんまと掛かってくれた……彼がどうとか言うよりは、やはりドロスさんの智謀こそがすさまじいという話ですね、はは」
白々しい笑みなど見せて、クロードはアインを見ている。準備を促されている……渋っていたら本当に村の中で暴れかねないと、アインは仕度を整え始めた。リムルヘヴンも、舌打ち一つして水の魔剣の確認を行う。
満足げに頷いて、風の魔剣士は言った。
「セーマくんは今頃、『オロバ』アジトを襲撃している最中だろう。いくら彼が強かろうが距離の問題もある。早々こちらに戻ってくることはできない」
「せ、セーマくんも待ち伏せをされてるの、もしかして!?」
ジェシーが誘き出されたらしいセーマを案ずる。すべてが仕組まれていたのならば、今ここにいる自分たちは元よりセーマやロベカルの身も危ないはずだ。
しかしクロードは笑って首を横に振り、そんな彼女の危惧を否定した。
「いや? アジトの連中は何も知らないよ。知っていたらすぐさま逃げ出すだろうし、そうなると囮にはならないからね」
「囮……!? お前ら、アジトとそこにいる連中をまるごと、セーマの足止めに使ったってのか!?」
「ええ。まあ、それでも一時間保てば良い方だと、僕らは見ているんですけどね……」
驚くべき話だった。アジトへのセーマの誘導、そして必然的に行われるであろう強襲に関して、クロードとドロスは味方には告げていないという。
夜更けを襲われれば、たとえセーマが相手でなくとも全滅しかねない……それを分かっていて二人は、『オロバ』を囮にしたのだ。
アリスが愕然と呟いた。
「お主は……いやギルド長は、何を考えておる」
「ドロスさんだけですか? ……僕の考え、僕の目的はお気になさらないので?」
「お主の妄想なぞどうでもええわっ! どうせ都合の良い甘言に乗せられたんじゃろうがクソガキめっ、いっぱし気取りの口を叩くなっ!!」
一喝。
クロードの思想、戦う目的を『妄想』と断じ、辛辣に一蹴するアリス。
彼女にはこの一連のやり取りから、うっすらと見えるものがあった。すなわち、クロードを唆した者の姿──ギルド長ドロスの思惑。
切って捨てられたクロードは幾分不愉快そうに顔を歪め……しかし一つ気分を落ち着けるべく深呼吸してから余裕ぶって微笑んだ。
「おお、怖い怖い……ですが僕は僕の目的のため、ドロスさんと共に動いているんです。甘言などには乗っていません。謂わば同盟、協力関係ですよ、僕らは」
「ガキが……それが乗せられてるってんだよ。おいジェシー、良く見とけ。馬鹿の見本だ、こいつは」
「クロードくん……どうして」
吐き捨てるラピドリーに、娘のジェシーは悲しげな顔でクロードを見た。
セーマと同期のジェシーにとっても、当然クロードは同期である。同じ日に冒険者としての第一歩を踏み出した三人……それが何故、こんな形で敵対してしまったのか。胸が傷んでならない。
「ギルドを裏切り、わしらを欺き、挙げ句に『オロバ』さえ踏み台したドロス! 答えよ、奴は一体何がしたいんじゃっ!?」
「さぁて、それは何とも……本人に聞いてみたらどうです? 今から向かう決戦の地にいますから。観客は大いに歓迎しますよ。はっははは!」
「ふざけやがって貴様っ! 何が決戦の地だ、今ここで膾にしてやるっ!!」
アリスに向けての嘲笑に、リムルヘヴンが堪らず魔剣を抜いた。度重なるオーナーへの無礼に、とうとう堪忍袋の尾が切れたのだ。
すかさずクロードも魔剣に手をやり応戦の構えを取る……水と風、二振りの魔剣から放たれ始めたエネルギーを感じ取って慌てて、周囲がリムルヘヴンを抑えた。
「待てリムルヘヴン、ここじゃまずい!」
「村の者たちまで巻き添えるつもりか!?」
「こんなところで戦ったら、村の人たち死んじゃいますよっ!」
「ぐっ……く、くぅっ!」
常ならば知るかと言っているところのリムルヘヴンだが……アリスの、また一応は共闘している冒険者たちの手前、ひとまず矛を納めざるを得ない。
まず間違いなく死闘になる……間違っても無関係の人間が多くいる場所で行うべきではない。クロードはやれやれと肩を竦める。
「ああ、助かった……僕としても、無闇に人間を殺したくはないからねえ。何せ英雄なんだから、イメージは綺麗なものでないとさ」
「貴様……、今自分のやっとることが正しいこととでも思っておるのか」
「無論」
即答する。己の正当性を心から信じている様子で、彼は……うっとりと天を仰ぐ素振りを見せた。
「選ばれし者として魔剣を手にし、邪悪に魅入られた炎と水の魔剣士を苦難の末に打ち倒す風の英雄……これがこのクロード。かの戦争の英雄たちに代わり新たな時代を牽引する、後継者」
「そう、唆されたんだな……ギルド長に!」
「導いてくれたんだあの人は! 僕こそが、勇者セーマを超えられるとね!!」
あくまでもドロスを、己を英雄へと導いてくれる指導者として崇めるクロード。洗脳に近い思い込みに一同が顔をしかめる中、アインが聞き捨てならない言葉に反応した。
「──セーマさんを、超えるだって?」
「そうだ! 単純な武力では残念ながら、彼には永劫及びはすまいが……精神面では別だ。言ってしまえば所詮、彼は英雄の器ではないからね」
「……あ?」
「何ですって……?」
アインに続き、アリスとミリアも殺気立つ。断じて看過できない──セーマへの侮辱。
もちろんそれに気付いているのだろう、クロードはあえて更に挑発するかのように言葉を重ねる。
「だってそうだろう? 彼はあの戦争の最後に、心の弱さから惨めで、無様な末路を迎えたそうじゃないか」
「貴方は……っ! 知った風なことをっ!」
「誰からそんなことっ! ドロスから聞いたのか、貴様っ!」
「ある程度は。ふふ……分不相応な力に溺れた一般人、それがセーマくんというわけだ。運良く英雄になれたラッキーマンだな、はははっ」
完全にセーマを嘲るクロードに、アリスとミリアは既に殺意を隠そうともしない。愛する主人をこうまで侮辱され、黙っていられる者は森の館には一人として存在しない。
さすがにこの二人が怒り出しては歯止めができないとラピドリーたちが青ざめる。本当に村中で戦闘に入りかねないと最悪を予感した、その時。
静かな、しかし明瞭な意思を秘めた声が、二人を制止した。
「二人とも、待ってください」
「アイン、少年?」
「……こいつは、僕が倒します」
「!」
怒り心頭のメイド二人でさえ、息を呑む程の気迫。煽っていたクロードも目を見開いている。
アインだ──全身から燃えるようなエネルギーを放ちながら、クロードに凄絶な視線を向けている。
ラピドリーたち人間にも見える炎を思わせる気迫のヴィジョン。アリスが思わず怒りを忘れて問い掛けた。
「アイン少年……その、エネルギーは」
「何か、行けそうな気がします……クロードを、倒せる気が。力が溢れて止まらないんです。何のための力か、分かってるはずなのに思い出せないけど……セーマさんを侮辱したこいつを、叩きのめす力なんだと思います。少なくとも、今は」
今にも爆発しそうな程に膨らむエネルギーを纏うアインは、自分でも力の出所が分かりかねるようではあった。
それでも今この時は、セーマを虚仮にする風の魔剣士を打ち倒すためのものなのだろうと割り切って、彼はクロードを挑発する。
「下らない英雄ごっこなんかして遊んでるだけの子供にはもう、ほんの少しだって負けるもんか。必ず倒して、こいつが傷付け侮辱してきた人たちの目の前で謝らせてやる」
「……ごっこだと? 言ってくれるな、アインさん。僕に手も足も出なかった君が、よくもそんなことを」
同年代に言い切られてはさしもの余裕も剥ぎ落ちる。思わず怒りを浮かべるクロードに、アインは立ち上がり吼えた。
「何度でも言ってやる! お前こそ力に溺れて、ごっこ遊びに夢中になっているだけのただの子供だ! 」
「何っ……!?」
「魔剣を手に入れたからどうした! こんな、人を傷付けるしかできないような出来の悪い玩具、振り回すだけで何の自慢になる! そんなのでセーマさんを超えようだなんてふざけたことを言うなっ!」
アインは、ことここに至り──魔剣など所詮、誰かを傷つけるためのものでしかないと実感していた。そもそもが刃物なのだから当たり前なのだが、それにしてもこの剣に関わる騒動は、無為に人を傷付け過ぎている。
たしかにすさまじい力を秘めているのだろう。亜人を倒せるだけの力を人間に与えてくれる、夢のような剣なのだろう。
──だが現実は、この剣を巡ってただただ、無関係の人たちが傷付けられ殺されているだけだ。人間も亜人も『オロバ』の都合に振り回されて、当たり前の明日を奪われてしまっただけだった。
そんな力を振りかざして、あの戦争を終わらせたセーマを超えようなど……アインには許せることではない。
短い間だが、傍にいて分かることがある。彼は、セーマは……ごく普通の男だ。少なくともその性格についてはどこにでもいる平凡さの範疇を出ることはないし、間違っても完璧ではない。失敗もするし過ちを認めれば謝りもする、普通の人だ。
けれど。だからこそ余計に……そんなセーマを侮辱したクロードを、アインは許すことができない。
「どこにでもいるような普通の人が、それでも戦い抜いたんだ……! そして多くの人を救ってみせた! 魔剣なんかに振り回されてるだけの僕やお前みたいなのが、あの人に並べるわけないだろう!」
「アイン少年……」
「決戦だ! その歪んだ性根──この僕の炎が燃やし尽くす!」
「上等だ……そのちっぽけな小火ごとお前の命、吹き飛ばしてやる!」
両者すっかり激怒して言い合う。予想だにしない展開の中……かくして決戦は行われるのであった。




