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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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星と進化と、求むるべきは何

 『パーフェクトドライバー・タイプ"オールオーバー"』。

 『宿命魔剣』の全エネルギーを引き出し用いられるその技の効果は、文字として起こせばシンプルなものだ……時間停止。

 全世界、星のすべてのあらゆるものに対して発動されたその力は、しかし首領に対しても決して容易いものではない。

 

「くっ……! う、ぐぅ、がはっ、あ! う、ぉえぇっ!」

 

 血を吐き散らして首領は膝を着いた。息をすることもできない程の虚脱感と痛み、苦しみ。

 人間にも亜人にも、いやこの世に生きとし生ける誰にも許されない所業を行使した代償……時間停止のダメージが、彼を苛んでいた。

 

「く……や、はり。この身体、この魔剣ではまだ、ふ、負担が大きすぎる、か……だが」

 

 周囲を見る。すべてが止まっていた。人も自然も音も風でさえも。当然、意識もないだろう。

 首領はどうにか立ち上がり、魔剣を引きずり歩きだす。

 

「ま、ずは……この場を、離れなければ。じ、時間停止……精々10分か、限度は。初めて使ったにしては、上出来、だな」

 

 あまりの疲労に、歩くのがやっとだった。それでも戦線を離脱し、落ち着けるところで休息すれば体力も戻る。『オロバ』本部へはその後戻れば良い。

 そう考えて彼は、苦笑した。

 

「ふ……ふふ。得るものは多かった、が……まさか、死にかけるとは。保険はあるにせよ、これは、大変なことだ、な」

「そうか。それはご苦労なことだな」

 

 独り言に返された、声。全身に怖気が走り、首領は凍りついた。

 総毛立つ。絶対にあってはならない、聞こえてはならない……時間停止した世界で、他者の声など。

 

 ゆっくり、辺りを見回す。息が自然と小刻みになり、寒気と恐怖で身体が震える。

 それでも勇気を振り絞り、彼は振り向いた、そこには。

 

「ヴィクティムっ!」

「────」

 

 振り下ろされる極光の剣閃。避けられるはずもなく、首領の腕は消し飛んだ。

 『宿命魔剣』があらぬ方向に飛んでいく。それを呆然と眺めつつ、彼は不思議と落ち着いた心地で、問うた。

 

「何、故。停止した時間の中を、動ける……?」

「……魔王を倒すため改造されたこの身体には、当然だが奴に対してカウンターとなる体質がいくつもある。その一つだ」

 

 腕を軽々と切断した男は、静かに答えた。

 黒髪黒目、どこにでもいるような普通の顔立ちの、中肉中背。けれどその身に秘めた力は、この世界の何者をも凌駕する……恐るべき改造術式によって生まれた、人の形をした化物。

 

「『魔法抵抗体質』……魔法による干渉の一切を、俺は任意でレジストできる」

「──勇者セーマぁぁぁぁっ!!」

「終わりだ、首領!」

 

 絶叫の響く中、男……セーマは首領の首を刎ねた。吹き出す血と共に飛んでいく、『オロバ』首領の頭部。

 そして──世界の時間は取り戻された。

 

「……うぇ!? え、消えた!?」

「何じゃと!? に、逃げられた!」

「ず……ずーばーり! 今しがたの『タイプ"オールオーバー"』とやら、逃走用の能力だったのでは!?」

 

 冒険者たちが、眼前から忽然と姿を消した敵に慌てふためく。なるほど時間が止まっていたのだ、彼らからすれば何が何やら分からないだろう。

 マオでもあんなことはできなかった……と、正体不明の魔法の存在に不穏なものを感じつつも、セーマは彼らに声をかけた。

 

「逃走用、と言えば逃走用だな……時間停止。今しがた奴は、この世の時間を止めて逃げようとしていたんだ」

「セーマさん!? えっ、さっきまで地下に」

「ようやっと連中を葬ったから、加勢に来たんだが……まさか時まで止めるなんてな。さすがに慌てたよ」

 

 苦く笑うセーマ。彼とて三人からすれば突然現れたも同然だ……そして、時間停止の言葉にロベカルとカームハルトが目を見開いて驚いた。

 

「と、時を止める……!? 」

「そんな馬鹿な! ずーばーり! どこまで滅茶苦茶なのですか、魔法というのは!?」

「いやー、魔王だってあんなことしてこなかったんだけどなあ。前に俺から逃げ出せた『ディメンジョン』とやらといい、どうも変な魔法ばかりだ、奴が使ったのは」

「そ、それで首領は……」

 

 ゴッホレールの言葉に無言で指を差す。先程までセーマがいた地点、首と胴体が離れた首領の、死体がそこにはある。

 誰がどう見ても完全に死んでいる。ホッと息を吐いて三人が言った。

 

「よ、良かったぁ……!」

「バルドーに続いて奴まで逃がしては、洒落にもなりませなんだしのう」

「とはいえバルドーをまんまと逃がしてしまったのは事実です。ずーばーり! セーマさん、申し訳ありません」

「いや……こっちも、下の連中に時間かけすぎた。お互い様だよ、すまないな」

 

 バルドーを逃がしたことについて、三人を責めることはできない。セーマとて敗残した戦士の成れの果てたちに情を出し、わざわざ一人一人丁寧に仕留めていったために時間をかけてしまったのだ。

 とはいえ首領は仕留めた。これで『オロバ』も瓦解する芽も出てきた……と、笑い合うセーマたち。

 ──そこに突然、少女が現れた。

 

「あっ、いたいた! おい、セーマくんっ! 今の時間停止、『オロバ』の仕業だな!? ふざけやがって、やりやがった奴ギッタンギッタンにぶっ飛ばしてやるっ!」

「……マオ!? え、何でここに?!」

「何でも何も、時間停止なんてされたらすっ飛んでくるに決まってるだろ! どうせ君んとこだろうなって、慌てて『サーチ』して転移したんだよ!!」

 

 装飾過多な貴族服を着た、エメラルドグリーンの長髪が地面に着くまでに伸びた美しい顔立ちの少女……魔王マオ。

 いきなり激怒してセーマに詰め寄った彼女に、冒険者たちが絶叫した。

 

「ぬぉおあああっ!? ま、まままま、魔王っ!?」

「……どわわわわっ! やべえ!?」

「ちょ、ちょちょちょっと!? ずーばーり! 何ですかいきなり!?」

「……あ? 何だよお前ら。まさかお前らか、時間止めたの」

「違う違う! ああもう、ややこしいことになったなあ」

 

 頭を抱えるセーマ。『クローズド・ヘヴン』の二人はともかくとしてロベカルは、セーマの元にマオがいることなど露と知らなかった。先の戦争での首魁なのだ、参加していた老翁にとっては何があろうと許せない存在だろうと踏んだからだ。

 それゆえマオは今回、館にて留守を任せていたのだが……まさか時間停止に反応してやって来るとは。

 ロベカルは案の定、身構えて叫んだ。

 

「い、い、生きていたのかっ!? き、きき貴様、勇者殿に何のつもりじゃ!?」

「……誰このマッチョ爺さん。もしかして『タイフーン』だかいう奴か」

「そうだ……マッチョの理由は俺も知らん。あーロベカルさん、これには実は、深い事情が」

『──ふふふ、ふふふふ』

 

 老翁の怒りや憎しみは分かるが、さりとて今のマオはもはやセーマにとって家族である。どうにか争い事は避けたいと取り成さんとしたところ、どこからか声が響いた。

 不気味な笑い声だ……周囲を見回す一同。マオが指差し告げた。

 

「おい、何か光ってるけど何だあの死体」

「……首領か!?」

『いかにも。ふふ……まさか魔王まで現れるとはね』

 

 全員の視線が集中する。首領の死体が、光輝いていた。

 燃え上がっていく……首領の首も胴体も発光と共に炎と変わり、鳥を象る。続いて声が響く。

 

『いやいや、保険をかけておいて良かった……危うくすべてが終わるところだった』

「どういうことだ? まさか不死身というわけでもあるまい」

『さて、どうだろうね? ところで貴方が魔王マオか。はじめまして……魔法、存分に役立たせてもらっているよ』

「……『ウォーター』」

 

 マオが燃え上がる光の鳥目掛けて手をやり、呟いた。瞬間、莫大な量の水が放たれる。

 ワインドやリムルヘヴンが操る『ウォーター・ドライバー』とは比較にならない威力だ…… 遥か彼方まで減衰もなく延びていき、高くそびえる岩肌にぶつかれば当たり前のように貫通する程に。

 しかしそれでも光の鳥と化した首領には変化がない。貫きはしたが何らダメージになっていないようで、舌打ちと共にマオが追撃した。

 

「ちっ……『サイクロン』『プロミネンス』『アヴァランチ』」

「三人とも、俺の後ろに」

「えっ──」

「早く!」

 

 突如として始まった、魔王による本家魔法の超常現象。

 唖然とする三人に鋭く促しつつセーマは彼らを背に寄せた。マオを止めるつもりはない……首領の正体があまりにも掴めない以上、少しでも情報が欲しかった。

 

 『ウォーター』に次いで放たれる3つの魔法。まったく同時に、まったく異なる現象を3つ引き起こす。

 『サイクロン』によって首領の周囲に無数の竜巻が発生し、『プロミネンス』によってマオから立ち上った1000を超える炎竜が飛び掛かり、そしてそれらを『アヴァランチ』にて空中に発生した雪崩がまとめて押し潰した。

 

 いずれも大災害だ……特に雪崩を引き起こす『アヴァランチ』は時節のズレもあり、完全に異常な現象を引き起こしている。

 発生した雪崩がこちらへ向かわないように時折、ヴィクティムを振るうことで巻き起こした突風でいなすセーマの後ろ。ロベカルたちが唖然と呟いた。

 

「こ、これが……そうじゃ、忘れもせん。これが魔王の、魔法」

「こんなの……どうしろってんだよ、人間に……」

「ず……ずーばーり……かつてはこれを相手にしていたのですね、『剣姫』殿やセーマさんは……」

 

 改めて思い知る、魔王の力。セーマに敗れはしたものの、かの存在が行使する万能能力はあらゆる存在にとって大いなる脅威なのだ。

 ──しかしてマオは、苛立たしげに呟いた。

 

「まるで無傷……か。異空間にいるな?」

「異空間だと? マオ、どういうことだ」

「この世界の裏側から、姿だけはこうして表側に投影しているんだ。虚像なわけだね、今こうして見ている焼鳥は」

 

 解説を受けてセーマには、最初に首領と遭遇した時のことが思い出された。そこにいたのに、一瞬で姿を消した……にも拘らず声だけは聞こえる謎の魔法。

 

「……『ディメンジョン』! そうか、あのよく分からん魔法も、異空間へと逃げ込む能力なのか!」

『ふふ……やれやれ、察しが良すぎて困るな、お二人とも』

 

 光の鳥が笑った。マオの推測とセーマの気付きを、肯定したのだ。

 

『いかにも……緊急避難的だがね、我々は異空間への干渉を可能にした』

「首を刎ねたのに生きているのは、どういう理屈だ!」

『ふ、ふふ。こんなこともあろうかと、ね。一度だけ、死を肩代わりしてくれる魔法を開発しておいたのさ。そう何度も使えるものではないのだが、何、今この場を凌げたのだ。十二分な価値がある』

「魔法の、開発……っ!! 時間停止も貴様の仕業かッ!!」

 

 あまりの怒りに髪を逆立ててマオが言う。星の化身として、魔王として、管理者権限たる魔法をここまで好き勝手利用されることがどうしようもなく腹立たしい。

 

「星の力を弄ぶなッ! 貴様ら、自分たちが何をしているか分かっているのかッ!?」

『分かっているともさ……』

 

 激怒したマオの言葉に、首領は冷ややかに返した。それまでとは違う、吐き捨てるような声音。

 訝しむセーマをよそに、首領は続けて言った。

 

『予定調和しか認めぬ狭量な世界、星……あまりにも愚かな貴様の母体! 可能性を否定する腐ったこの星を赦せぬからこそ、我々オロバは立ち上がったのだッ!』

「何だとこの野郎ッ! 世界のルールに楯突きやがって、ぶっ殺すぞコラァッ!!」

『こちらの台詞だ魔王ッ!! 進化を認めぬ牢獄がごとき星の端末め、いずれ貴様も消し去ってくれるッ!!』

「『進化』を履き違えといて救済者気取りか! 笑わせんなバーカバーカ!!」

「おいもうちょっとマシな罵倒は無かったのかお前」

 

 感情的な言い合いをする両者──マオは元より激昂していたから分かるが、首領がここまで余裕なく叫ぶとは思わず、外野のセーマたちは目を白黒させた。

 とはいえ敵は得体が知れない。異空間への侵入に加え、意味不明な再生能力。どう対処したものかと考えていると、首領は一転してセーマには柔和に話しかけた。

 

『今日のところはこれで失礼するよ、勇者セーマ。王国南西部にはもう用はない……騒がせてしまってすまないね』

「逃がすと思うのか?」

『異空間にまで干渉できるのかね? 私が君たちに何もできないのと同様、君たちも私に何もできはしない……さらばだ! もう会わないことを祈ろう!!』

 

 首領は最後に言い捨てるや否や、明後日の方向へと猛スピードで去っていく──先程セーマが切断した腕もろとも、魔剣が吹き飛ばされた方向だ。魔剣を回収して、そのまま王国南西部を出るのかもしれない。

 まったくもってどうしようもなかった……首領の言う通り、異空間にはすぐには対応できそうにない。

 

「……結局、逃がしたか。どうも奴らの手札は多いな、まったく」

「あの野郎……ッ! 魔法を、星の力を……!」

 

 ため息と共に、セーマはヴィクティムを手放した。粒子となって彼の体内に戻っていくそれを見ながら、未だ憤怒を叫ぶマオの頭を撫でる。

 

「マオ、とりあえず落ち着け。いずれ必ず、奴とはまた相対するだろうさ……その時までに、奴の異空間への対策を練らないと」

「……ふぅ。分かってるよ、セーマくん。はぁ、悔しいなぁあの野郎、この世界を、この星を舐めやがって」

 

 宥めれば、未だ憤激収まらぬまでも理解を示した魔王マオ。

 ひとまずはこれで王国南西部の『オロバ』はほぼ壊滅したのだ……後はアインたちと魔剣士、ドロス、バルドーを止めるだけだ。

 

 いよいよ魔剣を巡る騒動の、事態は最終局面を迎えようとしていた。

魔法抵抗体質、いきなり新設定出しやがってとお思いの方もいらっしゃるとは思いますが、実はノクターンの前日譚で普通に出てきています

18歳以上の方はそちらもご確認いただいてみても良いかもしれません、よろしくお願いいたします

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