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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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オールオーバー・世界を踏みにじる者

「無茶するのうゴッホレール……」

「へ、へへ……何だありゃ、死ぬかと思った!」

「勇者殿からも聞いとったが、あれが魔剣の発動か……遺跡で使った能力とは別の、攻撃用の魔法みたいじゃな」

 

 発動しかけた『パーフェクトドライバー・タイプ"アルマゲドン"』なる能力。それに際して死を予感したところ、ロベカルによって救われたゴッホレールがホッとしたように笑う。助けた老翁も安堵しつつ、首領に目を向けた。

 

「ぐ……い、いや。え、ぇええ……?」

 

 完全に不意討ちでのクリティカルヒット。痛みに呻きつつ、それでも余裕めかして誉め言葉の一つでも投げ掛けようとして……彼は絶句した。眼前の老翁の姿に困惑してしまいそれも叶わなかったのだ。

 

 そもそもから不思議ではあったのだ……何故、彼は自分たちと相対した時点で服を脱ぎ始めていたのか。敵に肌を晒す趣味でもあるのかと不気味だったので触れずにいたが、今の彼を前にしては言及せざるを得ない。

 

「た、『タイフーン』だったか、君……何だか膨らんでるけど、何かねそれは」

「うん? 知らんのか? 昔々の古びた技なんじゃがな」

「生憎とこれまで、『オロバ』が荒事に関与することは早々なかったのでね。よければご教授いただけるかな? そんな風に……枯れ木のごときご老体が、一転して筋肉の鎧を身に纏える理由を」

 

 言葉の通り、眼前のロベカルは常よりも膨らんでいた。上半身の筋肉が肥大化している……作り物や張りぼてではない、本物のロベカル自身の肉体が膨張しているのだ。

 好好爺然とした常の姿など微塵もない──心なしか若返ってさえいるような生命力に溢れたその姿に唖然と問いかける首領に、ロベカルは答えた。

 

「わしがまだ新米の頃に活躍しておられた、偉大なる先輩方から受け継いだ技じゃよ。普段は力を貯めていざという時に解放し、一時的に本来の数倍の力を得る」

「そ、そんな技法が……」

 

 驚愕に表情を染めつつ首領が呻く。

 『オロバ』を興して永年にもなるが、ほとんどの場合、研究のために内輪に籠りきりだった。まさかそれがここに来て仇となるとは、思いもしなかったことだ。

 

「今ではすっかり廃れた技じゃな……これに限らずかつての時代、今程でないが亜人が悪さを働くこともあった。それに備えてわしらくらいの世代までは結構、色々とやっておったもんじゃよ」

「爺さんらまでの世代、やべえって絶対……」

「いやいや、これがなくとも亜人と戦えるお主らの方が優れとるよ。時代の進歩とは素晴らしいのう」

「強さはともかく発想と実現できるところがやべえってんだけどなあ……」

 

 しみじみとゴッホレールが呟く。

 現代では対亜人におけるセオリーというものは確立されており、複数人でかかれば亜人の一体くらいは討ち取れるように進歩している。

 しかしロベカルが若かりし頃にはそのようなものはなかった。ゆえに亜人を倒すことを志す一部の冒険者は、単純な戦闘力そのものが求められたのである。

 

 その一環が平時に蓄積したエネルギーを亜人と相対した時に解き放ち、一時的に爆発的なパワーアップを果たす技術であった。これにより当時の冒険者たちは、短期間の間ながら亜人と正面から戦えたのだ。

 旧き時代の偉大なる技、老いてなお健在なり──首領が畏敬と共に呟いた。

 

「いや、いや……勉強になったよ『タイフーン』。人間というのも当たり前だが、日々進歩するものなのだな」

「そうじゃ……そして今からその進歩が、お主らを叩きのめす」

「残念だがそれは遠慮させてもらおうか……バルドー!」

 

 未だ猛毒の鞭を回避しつつ、折りを見ては攻勢に転じようとしているワーウルフの名を叫ぶ。動き回りながらもバルドーは、その声に応えた。

 

「何か!?」

「ここは私が受け持つから君は行け! 『宿命魔剣』のコアは現地にいるミシュナウムに渡すと良い。後は彼女が何とかしてくれる」

「……分かった。世話になったな」

「こちらこそ。その目的が達せられること、心から願っているよ」

 

 にこりと笑う首領に、バルドーもニヤリと笑う。バルドーの、個人的な目的……それは首領にも分からないし知ったことでもない。『オロバ』として課した使命を果たしてくれれば後はどうしようがどうでも良いのだ。それはレンサスとてミシュナウムとて、スラムヴァールとて変わらない。

 

 だが、この瀬戸際。『プロジェクト・魔剣』がいよいよ大詰めを迎えんとする今になり、首領はただ純粋にバルドーを応援した。これまでの感謝でもあるし、なけなしの仲間意識の発露でもある。

 ゆえに、首領は魔剣の力を引き出す。

 

「『パーフェクトドライバー・タイプ"イリュージョン"』!」

 

 叫びと共に、首領の周囲に鏡がいくつか現れる。回転するそれは光と共に人の形を取り、やがてはそっくりそのまま首領の姿を象った。

 分身……まさかの事態に冒険者たちは叫んだ。

 

「増えたじゃとぉっ!?」

「おいおいおーい……マジかよ。魔剣ってこんなことまでできるってのか」

「ず、ずーばーり! これは、まずいですねぇ!」

「持って、1分……行け、バルドー!」

「助かる! ……さらばだっ!」

 

 叫びと共にバルドーは跳ねた。戦線を離脱して、村の方へと……魔剣士たちの元へと向かうのだ。

 逃がすかと言わんばかりにカームハルトが鞭を振るうも、首領の分身体たちがそれを阻む。

 

「くっ……!! 『167ページ・夜染める無数の光に祈る』!」

 

 本から取り出した袋──中に粉末が入ったそれを分身体たちの何体か、集まったところの真上に放り投げる。

 訝しげに視線を向ける分身体だったが、すぐさまその黒色の粉末が何か、思い至り叫ぶ。

 

「火薬か!?」

「いかにも──『167ページ注釈・満天星よ地に堕ちろ』ぉっ!!」

 

 すぐさま鞭が振るわれる。目標は首領たちでなく、袋。小さな袋ではあったが寸分外さぬ正確さで強かに命中し、衝撃で袋が破れて火薬と鞭で摩擦する。

 必然として起きるは爆発。首領の分身体の幾人かを真下に臨み発生した火と熱は、そのままコピー体を飲み込んだ。

 

「ぐああああっ!?」

「ばく、はつかぁっ!?」

 

 燃える感触に分身体が苦しむ。使用した火薬は対亜人用の特別製だ。毒こそないが、より爆発力と殺傷力が発生するようにと研究を重ねた、カームハルトの十八番の技である。

 まともに爆発を受けた真下の二人が吹き飛ばされて、その身体が砕けた。やはり分身体かと察知して、カームハルトは次いで叫ぶ。

 

「ずーばーり! 所詮はコピー、性能自体は人間に毛の生えた程度です、皆さん!」

「よっしゃあっ!!」

「ぬ、ぐ──っ!?」

 

 分身体、すなわちデッドコピーの脆弱性……元より技を放つべく機を窺っていたゴッホレールが、全力で鉄棒を以て近くにいた分身体を突き刺す。

 深々と、肉さえ破りかねない程にまでめり込み刺さる鉄棒に、分身体は盛大に血を吐き身体に皹が走る。ゴッホレールは笑み浮かべ、その身体ごと得物を縦横無尽に振り回した。

 

「同じ面がいくつも不気味なんでねぇっ! 『天威無法・龍円豪覇』ァッ!! まとめて、死に晒せやぁっ!!」

 

 元々の鉄棒の重みに加えて首領の分身体まで加味されている、もはや人間が持つというには現実味がないとさえ言ってしまっていい重量のそれを、しかしてゴッホレールは当たり前のように振り回していく……他の分身体たちも巻き込みながら。

 あまりにも荒々しい大技。次々に分身が処理されていくのを前にして、首領は呟いた。

 

「やはりまだこの程度か……消費も激しく無駄が多い。仕方ないが、私もそろそろ退散といくか」

「させると思うか、小僧」

 

 『タイプ"イリュージョン"』の完成度の低さを嘆きながらも、首領は今が頃合いだと自らも退避すべく行動に移ろうとした。

 バルドーは既に戦線を離脱している。後は『プロジェクト・魔剣』の総仕上げに入り、そして彼自身の本懐を果たし、死ぬのだろう。

 

 となれば長居は無用だ──勇者がやって来る前に逃げなければならない。

 そう考える首領に、しかし『タイフーン』ロベカルは単身追いすがった。消耗しているというのにとうんざりしながら首領は呟く。

 

「どうあれ我々の目的は完了する……王国南西部から手を引くのだから、もう良いのではないかね?」

「そんな舐めた都合が通ると思うな──『アイアンハート・ブレイカー』!!」

 

 激昂したロベカルの放つ一撃。何ら変哲のないただの右ストレートだが、今や亜人を上回りかねない程にまで肥大化した筋力によって放たれるそれは、言葉通り鉄だろうが問答無用で砕けるだけの威力を秘めている。

 すぐさま首領は迎え撃った。魔剣の刃を立てて、切断する気構えで老人の鉄拳を受け止める──ヒットの瞬間に刃を引けばそれで終わりだ、指と言わず腕と言わず、吹き飛ぶだろう。

 

「それが、舐めとると言うのじゃ……!」

「な、に?!」

 

 刃に拳が突き立つ瞬間、たしかに剣を引いた。指を切断するため、刃を振るったのだ。

 にも拘らず──斬れない。断てない。首領の顔が驚愕に歪んだ。振りきれない。老翁の拳に押し切られる!

 

「こぉの、若造がぁっ!!」

「ぐぅ、ふ」

 

 魔剣ごと、殴り飛ばされる。顔面に深々と拳を受け、首領は吹き飛んだ。まったく予想だにしないダメージに、意識の処理が追い付かない。

 

「ば、馬鹿、な……何故、切れない、そんな」

 

 完全に想定外の事態に混乱する。『オロバ』首領が人間に、それも半分隠居したような老人に直撃を食らった。恥辱と疑問が頭を渦巻く。

 ロベカルが、その様を見て──にわかに血の滴る拳を見せつつも言った。

 

「言ったじゃろ。亜人と戦うため、かつての冒険者たちは色々やったと……わしもその一人でな。超高密度に精製された鋼鉄を、ここに、な」

「ゆ、指を切開して、肉の中に仕込んだのか……!? 何という無茶を!!」

「かっかっかっ! その無茶のお陰でこうしてお主のような輩を殴り飛ばせるんじゃ、少なくとも意義のある無茶じゃったのう!」

 

 大笑する老翁に、殴り飛ばされた顔面を抑えつつも首領は愕然としていた。

 何故魔剣で指を切断できなかったのか……何のことはない、ロベカルの指には鋼鉄が内蔵されているのだ。恐らくは切開し、骨をカバーするように仕込んだのだろう。良く見れば老化による皺に紛れて縫合痕があることに気付いて、首領は心底から呟いた。

 

「……すごいな、人間というのは。時として常軌を軽々と逸する」

「そうでもせねばお主ら亜人にただ殺されるだけじゃからのう。生きるためなら何でもする、それこそが人間の強さじゃ」

「なるほど……勉強になることばかりだな、今日は」

 

 立ち上がる。鉄の仕込まれた、文字通りの鉄拳……ダメージは大きいがどうしようもない程でもない。

 周囲を見れば『クローズド・ヘヴン』の二人が、分身体をすべて打ち砕いてロベカルの元へと駆けていた。

 

 状況としてはあまり良くない。『パーフェクトドライバー』は未だ完成していないため、消費が恐ろしく激しい割に効果は薄い。

 どうしたものかと首領は考えて、そして言った。

 

「やはり、身を切ることも必要だな……『パーフェクトドライバー』!」

「ぬうっ!? まだ何かするつもりか!」

「させっかよぉ!!」

「ずーばーり! 貴方はここで終わりです!」

「いいや、始まるのだ……! 我ら『オロバ』の悲願達成の一歩、今まさにこれより始まる!」

 

 好機とばかりに追撃してくる冒険者たちに向け、首領は構えた。魔剣のエネルギーを引き出す……『どうあれここで死ぬことはあり得ない』としてもせっかくだ、できる限りはやってみるかと彼は力を込めた。

 彼の持つ漆黒の魔剣。すなわち未完成の『宿命魔剣』が持つ究極の力の一つ。世界そのものを超えるための、『オロバ』の本懐を果たすための力の一部。

 それを今ここで、発動する!

 

「『タイプ"オールオーバー"』ッ! 世界よ、我が前にひれ伏せいっ!!」

 

 叫び、発動する魔法『オールオーバー』。そして──

 彼を除いた世界のすべて、その時の流れが停止した。

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