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夜明けのアイン、不可解な治癒

 その夜、特別区にある総合病院は常にはない慌ただしさに見舞われた。

 亜人に襲われた冒険者の少年と少女が、緊急の患者として運び込まれたのである。

 

 少女ソフィーリアの方は至って健康そのもので、常と変わらなかったが……問題は少年アインの方だ。

 無数の傷を負い、今は止血されているが出血もそれなりにある。そして何よりも身体の至るところを打撲しところによっては骨折もしている。

 控えめに言っても重傷であった。

 

 それでもどうにか処置を終え、落ち着いたところでアインの容態についての話がなされる。

 

「何も処置せずにここまで来ていたら、あるいは死んでいたかも知れません」

 

 語る医者の表情は安堵と感心を浮かべている。どうにか命を取り留められた安堵と、その場で適切な処置を行ったミリアへの感心と、だ。

 現在、二人を連れてきた者としてセーマたちが容態について医者の見解を聞いていた……アインとソフィーリアは病室で休んでいる。もう夜も更けているのだし、何よりも彼らには休息が必要なためだ。

 

「見事な処置です。医療に従事されている方ですか?」

「はい。かつては従軍医を勤めておりました。今は館での医療を担当しています」

「『森の館』ですな……いや素晴らしい。ここまでの腕前、うちにも欲しいくらいですよ」

 

 しきりに感心する医師の男に、穏やかにミリアは笑った。

 メイド服の上から羽織った白衣は伊達ではないのだ……『森の館』の医療班担当責任者、ミリア。かつては戦地で医療に携わっていた彼女の腕前は非常に高い。

 

 ミリアが褒められて我がことのように嬉しく、口元を緩めるセーマ。しかし今はそれどころではないと自戒し、医師に本題を尋ねる。

 

「それで先生。アインくんの容態ですが」

「命に別状はありませんし、いくつか大きな箇所を除けば傷もすぐ塞がるでしょう。若いですしね」

「大きな箇所はどうなんです? 彼は日常生活を、もっと言うと冒険者を続けられますか?」

 

 命が無事であるのなら、次に聞くのは完治するのかどうか──彼が今後、日常生活やひいては冒険者としての活動を続けられるのかどうか、だ。

 魔剣の件もあるが……彼のような勇敢で才能ある少年が、このような形で道を断たれてしまうなどあってはならない。そう考えてのセーマの問いである。

 それを受けて医師は答える。

 

「それも問題ありません。さすがに半年は荒事禁止になりますが、しっかり養生すれば冒険者活動は続けられますよ」

「そうですか! 良かった……」

 

 心底から安堵するセーマ。もしもアインが再起不能になっていたならば、襲われているところに間に合わなかったことを一生の悔いとするところだった。

 

「良かったですね、ご主人さん!」

「ああ、ミリアさんとお医者さんの治療のお陰だ……ありがとうございます」

「もったいないお言葉ですわ、ご主人様」

「まあ、私も医師ですから。これが仕事ですしね、ははは」

 

 頭を下げるセーマに恭しく礼を返すミリアと気さくに笑う医師。

 和やかな空気と共に、その日のヤマは超えた一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日になって、アインとソフィーリアが入院している病室にセーマたち『森の館』の面々は向かった。

 彼らの見舞いと、後はセーマの方に用事があったのだ。

 

「……とはいえ半年も入院だもんな。落ち込んでるだろうなあ」

「用事を済ませたら早々に引き上げるのが良いかも知れませんね」

「心の整理を付ける時間も欲しいでしょうし……」

 

 道すがら、思わぬ形で半年の療養をしなければならなくなったアインを想う。大志を胸に冒険者となったであろう矢先のことだ……生き延びられただけマシとはいえ、不幸であることには違いない。

 

 多少の傷ならば一日とかけずに完治する亜人とは違い、人間というのは酷く脆弱なのだ。そのことを改めて思い出し、元人間のセーマや元々から亜人であるジナやミリアとしてはどう気遣ったものか悩まざるを得ないのが実情である。

 

 どことなく緊張感を漂わせて、二人の入院している病室の前に立つ。

 いくらか深呼吸して、セーマは数回ノックして中へと入った。

 

「し、失礼します」 

「あ、セーマさん!」

「ジナさんにミリアさんも!」

「……うん!?」

 

 心なしか静かに入室した三人だがその途端に、二人分の賑やかな声に迎えられる。

 アインとソフィーリアだ──ベッドから離れて腕立て伏せを行う少年を、微笑ましそうにニコニコと少女が眺めている。

 

 まったく予想外の光景。ポカンと口を開けて固まる三人だったが、すぐさまセーマが慌ててアインを制止した。

 

「ア、アインくん! 何て無茶してる!?」

「え、セーマさん?」

「身体中を怪我してるのに、筋トレなんかするんじゃないよ!?」

 

 あまりに信じがたい暴挙に走る若者に、さしもの勇者も唖然として叫ぶ他ない。

 亜人を相手に立ち向かった時点でそうなのかもしれないが、些か無茶が過ぎる若者だ──そう戦慄するセーマに、しかし少年少女は苦笑いで応える。

 

「いやその……実は」

「どうしてか分からないんですけど、もう完治してるみたいなんです。アインの怪我」

「……は?」

 

 意味不明な言葉。しかしアインもソフィーリアも至って真面目な素振りと表情で、誤魔化しや嘘の気配は感じられない。

 本気で心底から、完治したと言っているのだ。

 

 困惑してセーマはアインに近寄り、そのまま傷の具合を確認する。

 許可を得て肩や腕、脚などを軽く叩いたが、骨折や脱臼はおろかわずかな傷さえも感じ取れない。少なくとも腕は何ヵ所か折れていたはずだが──

 

 何やら不気味な思いでアインを見詰める。

 昨日は負傷のこともありまじまじと見る機会もなかったが、赤い髪が溌剌とした印象を与えてくる、中々の美少年だ。

 ソフィーリアが青い頭髪を後ろ手に結った清楚で大人しめな印象の美少女であるから、並べば中々に画になる初々しい二人組と言えるだろう。

 

 しかしそんな彼らとて、何の理由もなく一晩で重傷が完治しているとなれば不気味な存在に思えてくるから不思議なものだ。

 失礼を承知でセーマは尋ねる。

 

「……もしかして君、実は亜人? 気配の上では人間だと思ってたんだけど」

「人間ですけど!?」

「気持ちは分かります……私も朝起きて、腕立て伏せをしていたアインを見た時には卒倒するかと思いましたもの。うふふ」

「いやあ、あっはは!」

 

 そう言ってクスクスと笑うソフィーリアに照れ臭そうに笑うアイン。

 紛れもなく異常事態であって笑いごとではないのだが……と、セーマはいよいよ困り果ててジナとミリアに助けを求める。

 二人のメイドも絶句寸前の様子でそれに応えた。

 

「ええと、二人とも……お医者様には相談したかしら?」

「はい! 改めて診察してもらって、完治したって分かった途端にすごく混乱してました!」

「それからとりあえず、追加で二、三日は入院するようにって言われましたね」

「そ、そうなんだ」

 

 あっけらかんとアインとソフィーリアが語る。

 半年は療養しなければならない程の怪我人が、何故か一晩明けたら完治していた。そんな場面に出くわした医師の混乱が手に取るように想像でき、『森の館』の三人は内心であの腕の良い医師を慮る。

 

「そりゃあ混乱するだろうな……いや、治ったってんならそれに越したことは無いけど、あまりに脈絡が無さすぎる」

「常識外れですよね……亜人だって折れた腕が一晩でーなんて、ないですよ中々」

 

 ジナが言うように、アインの傷の癒え具合は亜人であっても相当に早い。脱臼や打撲、裂傷までなら一晩もあれば概ね治癒するだろうが、骨折だけはもう少し時間がかかる種族がほとんどだ。

 

 すなわち、アインの治癒力はそこらの亜人さえ超えるということである。控えめに言っても人間業ではないその体質に、セーマはどこか既視感を抱いた。

 

「何か……すごく見覚えがあるな、今のアインくん」

 

 昨日の亜人相手の立ち回りといい今日の治癒能力といい……現在のアインは人間以上の、それこそ亜人に匹敵する能力を得ている。

 彼らの様子から考えるにいずれも後天的なものだろう。

 

 そうした要素を抜き出せば、今のアインによく似た存在を……セーマは、恐ろしい程の身近にいることに気付いていた。

 

「そうだ。まるで『勇者』……俺と同じじゃないか。となると、まさか」

 

 小声でぼそりと呟く。他ならぬ彼自身、後天的な要素で亜人以上の能力を得ることとなった前例と言えるだろう。

 

 そして更に思い至る。

 改造によって『魔王』に対抗する存在『勇者』へと変貌させられた自分。

 それとよく似た状況に、アインが陥っているとするならば。

 

「……何らかの外的要因がアインくんに関わっているのか?」

「ご主人さん?」

「だったら一つしかないよな、そんなもん」

 

 訝しむジナや一同をいくらか見やり、しかしセーマはたった一つの心当たりに予測を立てた。

 今現在のアインとソフィーリアの周囲に一つだけ存在する、出所も性能も使用法でさえ今一つ掴めていないモノ。

 しかし恐らくはアインに何らかの干渉を行っている……魔法の行使を可能にするという形で。

 

 アインのベッドの脇、立て掛けてある漆黒の剣。それに視線をやり……セーマは今日ここに来た目的の一つを果たそうと口を開いた。

 

「アインくん、それにソフィーリアさん。あの剣について少しばかり、聞いておきたいことがあるんだ」

「え? あの『魔剣』ですか?」

「……『魔剣』というのか、あれ」

 

 こともなげに漆黒の剣をそう呼ぶアインに、セーマはやや腑に落ちる様子で確認した。

 『魔剣』が人間に魔法行使能力を授けるものであるならば、中々に的確なネーミングだと感じる。

 

「昨日の亜人は何か、そんなこと言ってましたよ? これを持ってる人間を探して人を襲ってたとか」

「……そっか。ふむ」

 

 付随して件の通り魔亜人の目的まで判明した。案の定『魔剣』のキナ臭さを更に補強するような内容で、しかもそれを差し引いてもあまりに身勝手な動機にジナやミリアの顔が強張る。

 

 それを横目にセーマは内心、独り言ちた──昨日『警告』した亜人も恐らくは関係者だろう。今度相対したら、その時は聞き出さなければならないことが多くありそうだ、と。

 

 少し考え込んで今後、連中に対しての対応を練る。

 とはいえセーマ一人ではろくな考えも浮かばないのだから、これは館に戻って相談すべきだろうとも彼は思っていた。

 そのためひとまず思考は打ちきり、最後にある意味最も重要なことを、アインに尋ねるのであった。

 

「これがラスト。アインくん……どこであの剣を手に入れた? どういった経緯で君の手元に転がり込んだんだ、アレ」

 

 すなわち、そもそもアインが何故そのようなものを手にしたのか、その経緯について、である。

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