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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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まつろわぬ魂に、最期の戦争を

 ヴィクティムの極光により、荒野の中心部には長く深い亀裂とクレーターが発生していた。もはや元の姿を何一つ留めていない光景……アジトを直撃しているらしいことを受けてカームハルトが呟く。

 

「しかしこれ程の技、ずーばーり! ほとんど殺したのでは……」

「いや、誰も死なせてないよ」

 

 確信を込めて反応するのはセーマだ。気配感知で、未だ何が起きたか分かっていないのか呆然としている亜人たちの数を把握しつつ呟く。

 

「『活殺自在法』──生かすも殺すも、痛みの有無さえも俺は自由に調整できる。直撃した亜人たちもピンピンしてるはずだ。地形が変わったことによる二次災害もないだろう……クレーター周りの土砂は全部消滅させたからな」

「いやどういう技術だよそれ。神様か何かかよ」

「相対するものにとっては、まさしく死神のようなものですのう」

 

 聞いたことのないダメージコントロール技術にゴッホレールもロベカルももはや感心するばかりだ。

 習得経緯を考えれば、あまり良いものでもないのだがと頭を掻きつつ、しかしセーマは告げた。

 

「そんな大層なものでもないよ……それより俺、先に行きますね。連中はまだパニックみたいなので、今が好機です」

「お、おおそうでしたな! それではわしらも向かいます。申し訳ありませぬが切り込み頼みますぞ」

「ええ、お任せください……ご武運を!」

 

 あまり悠長にしていられる場合でもないのだ……敵方が混乱している内に攻めるが上策。そしてセーマは勢いよく、空高くにまで跳ねた。一息に上空から『オロバ』を強襲するのだろう。

 遥か上空にまで翔るその身体能力も当然規格外だ。ゴッホレールとカームハルトは空を見上げた。

 

「……すげえなあ。有翼亜人でもなけりゃあんな飛べねえぜ普通。お伽噺の英雄ってのが実際いたら、あんな感じなんだろうねカームハルトくぅん」

「ずーばーり! 大英雄の称号ですらどこか霞む程の力でしたね……いやはや隠居なさったのが惜しまれます」

「己の力を利用されることを厭うておられるのやもなあ……まだ若い身空で、不憫なことじゃ。強すぎる力というのも考え物なのじゃのう」

 

 それぞれにセーマを想う。理想を超える勇者の姿に憧れるゴッホレールと、その力がもはや滅多なことでは振るわれないことを嘆くカームハルト。そして、あまりにも強すぎるがゆえの孤独を憐れむロベカル。

 三者三様にセーマへの理解を示して……彼らもまた、『オロバ』アジトに向けて動き始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジトの様相はさながら地獄である。突如として謎の光がアジトの半分近くを飲み込み、中にいた亜人たちを襲ったのだ。

 

「何だぁ! 何が起こったぁ!?」

「そ……空!? 空が見えるぞ、地下なのに!?」

「襲撃か!? それとも崩落か!?」

「巻き込まれた奴ら、皆無事だ! 逆にどうなってんだ!?」

 

 大混乱。何が起きたのか、どうなっているのかも理解できずに『オロバ』アジトの亜人たちは発生したクレーターに集まっていた。

 不思議と死人はいない……怪我人すらも。光に巻き込まれた者たちは揃って不思議そうにしている程に無事であった。

 

「どうした、何があった!?」

「バルドー! いや、それが何がなんだか」

 

 『オロバ』大幹部にして魔剣騒動を引き起こした張本人、バルドーまで現場に到着した。何があったかを問うが当然答えられる者は誰一人としていない。

 

 ──と、その時だ。

 遥か上空から何か、巨大な気配が猛烈な速度でこちら目掛けてやってくるのを、現場にいた亜人たちは感知した。

 

「何だ、何が来る!?」

「鳥の気配じゃないぞ! 亜人か!?」

「……これは」

 

 立て続けに起きる想定外に全員が慌てる中、バルドーは思い至ることがあり顔を青ざめさせた。

 これ程の気配を放つなど、亜人にも早々いない。その上、明らかにここ目掛けてやって来ている──つまりは、この惨状を引き起こした者と考えられる。

 

 このような真似ができるのは、この世界に二人しか思い付かない……その内一人は、敵対する理由などないはずだとバルドーは考えていた。

 ならば残るは一人。

 

「まさか、まさか」

「──っと」

 

 見えてきた気配は、そのままクレーターの底に着地した。つまりは、バルドーたち『オロバ』構成員たちの眼前だ。

 ゆっくりと顔を上げていく。黒髪黒目、どこにでもいるような顔立ちの中肉中背。手には白亜の剣を持つ──強大なエネルギーを撒き散らしながら。

 

 その姿に、バルドーは自然と震える身体を抑えた。死など遠い昔に覚悟していたはずなのに、何故だか恐怖が込み上がる。絶望的な死、それそのものの具現を前にして、本能が恐れ戦いているのだ。

 彼にとっての死神は口を開いた。

 

「夜分遅くに失礼する、『オロバ』の皆さん。ギルド長ドロスを探しに来た、勇者セーマという者だ」

「ゆ……勇者、セーマ……!」

 

 亜人たちがどよめく。皆、突然現れた勇者の姿に凍り付いていた。そしてその言葉を動揺の中、反芻する。

 ギルド長ドロス。彼女を探してここまで来たらしいが……これでは探索というよりも、むしろ。

 バルドーが意を決して口を開く。

 

「まるで、夜襲だな……ドロスは口実か? どうあれ、既に奴が『こちら側』であることには気付いているか。さすがだな」

「……やはり内通していたんだな。まったく」

 

 吐き捨てる。ギリギリのところで疑惑や疑念であったものが、今まさに確定してしまったことへの悲嘆だ。

 となればもはや話は早い。アジト内に人間の気配はなく、つまりはクロードはここにいないということで、やはり村の近くにいるのかと推測する。

 そして彼は、未だ戦く亜人たちに向けて告げた。

 

「バルドーとやらはいるか? 手を挙げろ」

「……私だ、勇者」

 

 責任者の呼び出しに、バルドーは素直に手を挙げて応えた。今すべきは何か──紛れもなく時間稼ぎだと、頭をフルに回転させる。

 昼間こちらで身体を休めていたクロードは既に、ドロスと共にアジトを出ている。運良くも勇者とは入れ違いとなった形だ。

 

 彼らが予定通り動けるように、今ここで、自分たちがこの化物を足止めしなければならない。

 そう考えて、彼は饒舌に、友好的な笑みを浮かべて語り始めた。

 

「お初にお目にかかる、私がバルドーだ。お会いできて光栄だ勇者セーマ……君とは一度、落ち着いて話がしたいと前から──」

「いい、いい。そういうのはいらんだろう、もう。俺も急いでるんでな、お喋りする時間なんてない」

「っ……つ、つれないな?」

 

 気怠そうにバルドーを一蹴するセーマには、心底から目の前の男に興味が無い。リリーナから聞いた話では何やら込み入ったものを感じさせる物言いだったとは言うが、どうあれ殺すなり捕縛するなりするのだ、聞いたところで時間の無駄だろう。

 冷えきった態度のセーマに動揺するのはもちろんバルドーだ。あまりにもとりつく島がない……勇者は既に、話し合いを放棄している。

 

 明らかに何かを急いでいる。おそらく明日にでも再びアインへの襲撃が行われると読んでいるのだろう。

 だから早々にこのアジトと、そこにいる亜人たちを一網打尽にして村へ戻りたいのだ……首領やクロードからの報告、そしてドロスからもたらされた勇者の冒険者としてのデータからバルドーは、セーマの思考に当たりを付けていた。

 

 どうにか、どうにか時間を稼がなければ──そう考える『オロバ』大幹部を嘲笑うかのように、セーマは通告した。

 

「これが最初で最後の勧告になる……降伏しろ。今すぐ跪いて両手を上げ降参するなら命までは取らない。降参しないなら……殺す。10秒やるから死にたくなければ跪け」

「っ」

 

 事実上の最後通牒、降伏勧告……あるいは、死刑宣告。油断なく冷えきった瞳と言葉。そこにたしかに宿る、殺意。

 バルドーだけではなく、亜人たちの全員が確信した。今夜ここで、王国南西部における『オロバ』は崩壊すると。

 

「舐めるな、ガキがあっ!!」

 

 激昂し、亜人が一人セーマに襲いかかる。鋭い牙でその首筋を噛み付き食い千切らんと、歯を剥き出しに駆け抜けて──

 

 ヴィクティムを軽く振るったセーマによって縦に両断された。頭頂から股関節まで真っ二つとなった亜人が己の左右を勢いよく、血を吹き出しながら過ぎていくのを無感情に横目にしてセーマは続ける。

 

「今の奴みたいになりたくなければ降伏しろ。でなければ──」

「愚問だぞ、勇者」

 

 バルドーが言った。今しがたの通告、そして同志の死を目の当たりにしたその表情はどこか吹っ切れている。

 見渡せば亜人たちがセーマを取り囲みつつある。跪く者は一人とていない。闘志を燃やした戦士の瞳が、一心不乱に彼を見る。

 

 はあ、とため息を一つ。そんなセーマにバルドーが告げた。

 

「元よりここにいる者たちは死に場所を求めて生きてきた──貴様が終わらせたかの戦争にて、殺され損ねた成れの果てなのだ。今更死を恐れて降伏などするものかよ」

「お前には分かるまい! あの戦場こそが俺の、俺たちの居場所となっていた!」

「あの時代こそ、我らが命を燃やせた時代だった! それを奪った貴様に、降伏などしてたまるかっ!!」

「……そうか。大したもんだと言っておく」

 

 素直に、セーマはその戦意を称えた。要は戦争ボケした集団なのであるが、そう一言に切って捨てるのもさすがに無礼が過ぎると思える。

 戦後、ほとんどの人間も亜人も生き延びれば元の生活へと戻ったが、さりとて10年続いた戦争だ。未だ戦争に固執している者もいて、そんな者たちの社会復帰は各国の課題ともなっている。

 

 この亜人連合の者たちも詰まるところ、そういった手合いなのだろう。それがどういう成り行きか、『オロバ』に吸収され利用された。

 戦争を求めてかも知れなかった──戦争に、すべてを捧げた戦士もたしかにいたのだ。あるいは戦場こそが性に合っていた、戦争でしか生きられない性の戦士も、たしかにいたのだ。

 

 生き場所も死に場所も失い、迷走した果ての敗残兵たち。それこそがこの亜人連合の正体だと言うのならば。

 結果的に彼らから居場所を奪い取った自分こそが、彼らの死に場所となってやるべきだろう──ここに来てセーマは、彼らの意を汲んでやる気が向いたのである。

 

 だからこそ、彼は力を解放した。再びプラズマをその身に纏い、衝撃波が亜人を襲う。

 物理的、かつ精神的な衝撃に呻く一団を見回して言う。

 

「分かった、良いだろう! 戦争に見捨てられ、死に場所を失ってここまで行き着いたと言うのなら──ここをお前たちの最期の戦場にしてやる!」

「勇者……貴様、我らに死に場所をくれると言うのか」

 

 時代に取り残された敗残兵たちが、思わぬ感動を滲ませて震えながら呟く。最期の戦場と……死に場所となってくれる男が目の前に現れた。

 まるで夢のような話だった。どこにも行けず、結局バルドーの口車に乗って『オロバ』なぞに与してさ迷い続けた自分たちのその果てに、こんな素晴らしい終わりが待ってくれているとは──!

 

「新しい、次の時代を平和に生きられないお前たちの今日が命日だ! 全身全霊をかけて殺されに来い! あの戦争の、これこそ最後の戦いだ!!」

 

 高らかに、歌うように告げるセーマ。いささか芝居がかった口調であるのは、この、明らかに自分たちの境遇に酔った連中へのせめてもの情けだ。

 

 咽ぶように亜人たちが叫び、そして一斉にセーマへと飛び掛かる。

 最後の戦争が今、始まった。

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