休息する者たち、動き出す二人
「行っちゃったよ……」
村を発つ馬車を見送ってから、宿に戻ってラピドリーは唖然と呟いた。今しがたセーマとロベカルの二人が町へと向かった、それを受けての発言だ。
予定ではこの後、ギルドでドロスが見つからなかった場合……彼ら二人は助っ人を連れて『オロバ』アジトを襲撃する。
あまりにも突拍子がなく、あまりにも素早い動きに心底から絶句しているラピドリーだが、同じくらいにアインやソフィーリア、ジェシーも言葉を失っていた。
「……『出戻り』ってのは皆、ああいうパワフルというか、せっかちというかなのかねえ」
「まあ、今回はそういうのを抜きにしても拙速こそが正しかろうて。何せ行方不明者じゃ、そう何日も放ったらかすのは問題あるじゃろ」
アリスが言うように、そもそもどうしたところでドロスが行方不明者である事実だけは変わらない。である以上それを知っていながら何もせず放置するというのも、人道的に問題のある話だ……セーマたちが素早く動いた理由の一つがその点にあった。
だがそれだけの理由でもなく、ミリアが引き継いで説明する。彼女はセーマとロベカルの話し合いも途中からだが聞いていた。それゆえに他の者よりは二人の思惑を深く理解している。
「それに加えて風の魔剣士のことも考慮してらっしゃるわ、ご主人様は」
「そう、なんですか?」
「ええ。風の魔剣士がここにやって来る前に手早くギルド長を確保して戻り、万全の状態で迎え撃つおつもりなのよ」
「ふむ、今日はもう来ないにしても明日には来る可能性もあるか……急ぎもするか。時間との勝負なわけだ」
リムルヘヴンが得心して頷いた。いかにもその通り、ことはスピード勝負なのだ。
どこに潜んでいるかも分からないクロードが再びアインとリムルヘヴンを襲撃するまでにドロスを発見して村に戻らなければ、万全な形での迎撃など不可能となる。
だからこそあの『出戻り』二人はすぐさま村を出たのだ。現在は既に夕暮れもそこそこ、夏ゆえに日こそ長いが、時間的にはもうじき夜に差し掛かろう頃合いだ。急げば日が沈むまでには町のギルドに着く。
ジェシーがあっ、と気づいて呟いた。
「今からギルドに行って、そこから荒野まで行くんなら、それって……時間的には夜遅くじゃない?」
「……夜襲か。あの二人、ギルドを訪ねて助っ人を拾うついでに、『オロバ』を襲撃する最善のタイミングに合わせるつもりだな」
「そ、そこまで考えてた……!?」
ラピドリーの推測にアインが唖然と呟く。報告と戦力補充に加え、夜襲まで想定した動きとするならば……あの電撃的な行動の早さも理解はできる。
しかし、味方ながら恐るべきものを感じるのも事実だ。ソフィーリアは呟いた。
「すごいですね……その、即断即決と言いますか。迷いがないと言いますか」
「冒険者としては正しい資質だ。ウダウダと考えてるよりも、さっさと動く方が良いことだっていくらでもあるからな」
「考えることを放棄するのは論外じゃが、迷ったあげくただ時間だけ浪費するなど愚の骨頂。ご主人はさすが、そこを分かってらっしゃる!」
ラピドリーとアリスからの教訓だが、アリスの方は誇らしげに主を褒め称え、鼻高々と笑っている。ミリアも理解を示すように何度も頷いている。
結局、セーマさえ褒められれば何でも良いような感じのメイドたちだ。
「……ま、あの二人はあの二人で上手いことやるだろ。こっちはこっちで、とにかく準備だけは整えとかないとな。アイン、アリスの嬢ちゃん、それとリムルヘヴンの三人はまだダメージもあるんだからゆっくり休んでてくれ」
セーマとロベカルはひとまずおいて、そう遠くない内にクロードとの戦いがあると考えてラピドリーが言った。怪我や疲労の残る三人には特に休養を促す。
それを受けてミリアも、笑顔で言った。
「特製栄養剤あるわよ三人とも。何なら注射の方が効きは良いけど、どうする?」
「ち、注射……」
「わ、わしは錠剤で! ぶっちゃけもうほとんどダメージも抜けましたでな!」
「私も遠慮しておきます、ミリアさん……『タイダルウェーブ・ドライバー』の疲労も、もうほとんど取れましたので、ええ」
揃って注射が苦手なのか、三人は顔を青ざめて反応した。アリスとリムルヘヴンに至ってはすぐさま不要の意を伝えている。
うん? とラピドリーが反応する。今のリムルヘヴンの言動に、強い違和感を覚えたのだ。
「リムルヘヴン……お前ミリアさんにも敬語なんだな? いや、アリスの嬢ちゃんは『エスペロ』のオーナー、つまり古巣の上司ってことだから分かるが、ミリアさんは違うだろ?」
「下らんことを気にする奴だな、貴様……オーナーのご友人なのだ、敬語くらい使うに決まっている」
「……それなら、セーマさんにも敬語で良いんじゃ? あの人、アリスさんやミリアさん、リリーナさんの主人ですよ?」
あくまでも敬愛する上司、かつ最愛の親代わりであるアリスを中心とした関係構築。
であるならば、セーマに対して極めて粗野な……敵意すら感じさせる言動であるのは何故かとアインが問うた。
途端、彼女は顔をしかめる。
「何故奴に敬語など使わなければならん? 『エスペロ』からオーナーを奪い、あまつさえ給仕などに据えて虐げているあのような奴に!」
「虐げられとらんわ! 人聞きの悪いことぬかすなリムルヘヴン!」
「……あー、これあれか。親を取られて拗ねてる娘だ、ジェシーには覚えあるだろ」
「えっ、無いけど?」
憤然と叫ぶリムルヘヴンと即座に叱りつけるアリス。二人の姿にピンときたラピドリーだったが、愛娘のすげない言葉に轟沈する。
アインにはなるほどと納得できた……つまりは親同然のアリスを取られて恨んでいるのだ。上司として尊敬もしているのだから、それが一転して男の下でメイド稼業など到底認めがたいのだろう。
「セーマさんの周りも、色々複雑なんですねえ……」
遠い目でアインが呟く。超越的な実力を持ちつつもどこか世間ずれしている大英雄の周囲は、どうやら案外静かではないらしい。
「大変だなあ……あ、ミリアさん。僕には注射、お願いできますか? 早く体調を戻して備えないと」
「ええ、分かったわ。でも気負いすぎてはダメよ? さっきアリスちゃんも言ってたけれど、貴方が頑張っていることは皆、分かっているから」
「ありがとうございます」
そう遠くない内に現れるクロードに備え、今はとにかく休まねばならない。そう考えて注射を望むアイン。焦りもあるが、それ以上に不安が大きかった──果たして風の魔剣相手に、どこまで渡り合えるか。
役立たずにだけはなりたくないと感じつつ……ともあれ、ひとまずの休息を得たアインたちはこうして、他愛のない時間を過ごすのであった。
一方でセーマとロベカルの二人は、森の館の馬車を走らせて町へと向かっていた。戦争時代からセーマの力となっていた黒と白の双馬、ノワルとブランが力強く風より早く草原を駆けていく。
全速力だ……並の馬車であれば車体が壊れかねない程の異様な速度でも、御者台に座る二人は常と変わりない。
「素晴らしい速度ですな。これならば思っていた以上に早く、町に到着できますのう」
「ですね……すまんなノワル、ブラン。今日はちょっと、疲れることになる」
老翁の言葉に頷きつつ双馬を気遣う。
この二頭は通常の馬とは違い、長命かつ強靭な生命力が特徴的な、謂わば亜人の馬版とも言える。
継続して何日でも走っていられるようなタフネスも備えているのだから問題はないのだが、こと身内に関してはかなりの心配性であるセーマにとってはやはり気になるものなのだ。
「ドロスさんがギルドにいてくれれば、それが一番手っ取り早いんですけどね……」
「その場合は取り調べ後にわしは助っ人を連れて村へ戻り、勇者殿は単身でアジトを襲うのでしたな」
「ええ。何ら後腐れがない分、俺としてもそちらの方がやり易い。ロベカルさんと助っ人がすぐさま村に行くことを思えば、良いことづくめでさえある」
淡々と答える。自分一人でアジトに行く方が楽だ、と言っているに等しいのだがロベカルはむしろ納得したように頷く。戦力的に言えばセーマ単独の方が間違いなく、好き勝手できる分やりやすいだろう。
それでも調査チームのリーダーとして、またドロスの友人として、S級冒険者として……彼女に問い質さなければならないことがあるため、ロベカルはセーマと共に行くのだ。
「しかし、ドロスめ。『オロバ』と繋がっていたとすれば、一体いつから……」
「アインくんと知り合った時からずっと、少しばかり気になっていたことではあるんですが……」
独り言に近い呟きに、セーマは応えた。ドロスが仮に『オロバ』と繋がっていたとして考えると、遡り見えてくるものがある。
「アインくんにしろクロードくんにしろ、はたまたワインドにしろ……あるいはリムルヘヴンちゃんも入るかもしれない。何故『オロバ』は彼らに魔剣を渡したのか」
「使いこなせると判断するに足る材料を、どこかで見つけた、とかですかのう?」
「ある程度活躍している冒険者相手ならそれもあり得るんですが、アインくんもクロードくんも最近冒険者になったばかりの駆け出しです。ピンポイントにいきなり、無名の新人に目を付けた理由が分からない」
何故、アインに炎の魔剣が渡されたのか。それは予てからの疑問であった。
彼の話では賊に襲われた際、それでも諦めなかった点を評価されてのことらしいが……人通りもほとんどない草原、たまたま素質のある新米が賊に襲われたところを、たまたま通りがかって見初めたというのは考えにくいものがある。
最初からアインに目を付けていた、とする方が無理がないのだ。老翁がふうむと考えた。
「……ワインドはそれなりに活動も長かったようですが、しかしその実態はぱっとせんものでした。荒事にはまるで近寄らない気質で、基本的に採取系ばかりしとったという話ですな」
「『エスペロ』の警備を勤めていたリムルヘヴンちゃんなら知られていておかしくないですが……彼女は魔剣を手にした経緯が偶発的すぎる」
「リムルヘル殿がリムルヘヴン殿を庇ったことで、彼女は復讐に走れる程度には無事だったわけですからのう」
「彼女が魔剣を手に入れた件については、あるいは本来の想定ではなかったことなのかもしれませんね」
セーマはそう推測した。リムルヘヴン……あの亜人の少女が魔剣を手に入れるまでには、いくつかの偶然が絡んでいる。
リムルヘルがリムルヘヴンを庇うこと、そしてリムルヘルが重傷を負ってリムルヘヴンが健在であること。そして何より……ギルドに魔剣が保管されていること。
特に最後の点は重大だ。つまりはワインドが敗れ、魔剣がギルドに回収されなければどうあってもリムルヘヴンが手にすることはなかったのだから。
あるいは『オロバ』にとってもイレギュラー……それが水の魔剣士リムルヘヴンなのかも知れなかった。
「……さて、それらを踏まえてアインくん、クロードくん、ワインドについてですが。ギルドと繋がりがあったとすれば、彼らを見出だせたのも無理がなくなると思うんですよ」
「素質のある者をドロスが見繕い、伝える……と? 何とも信じたくはない話ですな」
「あるいはギルドぐるみかもしれませんがね。と、そろそろ町です」
会話の中、走る馬車の行先に町の影を見た。
セーマとロベカルはこれからギルドへ向かい、そしてドロスの在か不在かを問う。
あるいはギルドそのものが敵かもしれないという不安を抱きながらも……未だ日も見える夕方、彼らは町へと向かうのであった。




