進化の予兆、『出戻り』たちの決断
行方知れずのギルド長ドロスを捜索するにあたり、まずはロベカルが手を挙げた。調査チームのリーダーである身として、彼女を見つけ出してリムルヘヴンとの間で何があったかを聞き出す役目があると主張したのだ。
「場合によっては最悪ですが、敵陣に殴り込む可能性とてあります。それを考えると、やはり勇者殿にご同行いただけるとありがたいのですが」
「そうですね、分かりました……正直、ドロスさんの次第によっては敵陣ど真ん中ってのも悪くはないんですよね。それならそれで、その場で全員消せばとりあえず話が終わりますし」
「亜人の群れやも知れぬのに、それを言えるのは貴方だけですのう。心強い話ですわい、はっはっは!」
頭を掻きながら恐ろしく物騒な発言をするセーマだがロベカルは当たり前のように笑う。どこか異様なものを感じさせるやり取りにアインやラピドリーたちが恐々としていると、アリスが彼らに軽く、説明した。
「ロベカルは知らぬが、ご主人の方はあれじゃな。戦争時代の心地に戻られている感じじゃろう……館でもたまに昔の話をしておられると、殺伐とした単語が出てくることがある」
「つまり、あれが戦争やってた頃のセーマや親父ってことか?」
「恐らくはの。わしとて戦争に参加しとったわけでないから、詳しくは分かりかねるが……そこんとこどうなんですかのう、ミリアさん?」
戦争に医師として参加し、しばらくの間セーマとも行動を共にしていたミリアに尋ねる。
彼女は苦笑いしつつも答えた。
「そう、ねえ……それでもあの頃よりは柔らかな感じでいらっしゃるわ。当時はほら、とにかく魔王を殺すために必死でいらっしゃったもの」
「も、もっと怖かったんですか……?」
「同行してた私やフィリスちゃんにはもちろん、今と変わらず優しかったわ。でも、戦場だと優しくなんていられないから、帰ってこられた際にはやっぱり、ちょっとは怖かったわね」
そう言って微笑むミリアが、セーマに近寄り何やら耳打ちする。すると目を丸くしてアインたちを向き──どこか剣呑だった気配を消して笑顔で手を振った。恐らく恐がられていると言われて配慮したのだろう。
リムルヘヴンが呆れたように笑った。
「ふん……戦争を終わらせた英雄は女子供にも気を遣わねばならないか、大変だな?」
「お主もちったぁ見習えよ、おい。いつでもどこでもそんな言動してて問題ないわけねーんじゃからな」
「う」
きっちりとアリスに指摘されて呻く。実際、冒険者になって一月程に過ぎないのだが言動が元でのトラブルが既にそこそこ起こっている。
大概の場合、亜人相手に喧嘩など売ると殺されるということで向こうから退散していくのだが……いい加減にしろと妹のリムルヘルにさえさりげなく言われていた。
その上敬愛するアリスにまでいよいよ本気の声音で指摘されては、いくら人間嫌いと言えども多少は考えるものだ。
「……ううむ」
「さっきも言ったがこの際じゃ、人間と穏やかにコミュニケーションする術を身に付けよ。別に心底から好きになれとは言わんし嫌いなら嫌いで構わんが、それを一々表に出すでないわ。冒険者として人間社会に参画しとることを自覚せい」
「は、はあ……」
曖昧に困ったような返事をするリムルヘヴン。理屈は分かるのだがどうしても、納得しがたいものがあるのだろう。
頑固が過ぎると深々とため息を吐いてから……死んだ目でアリスはアインたちに向けて頼み込んだ。
「済まぬが皆、このアホとしばらく話したってくれんか? 無礼な物言いが目立つじゃろうし、無理せぬ範囲で良いから」
「僕は構いませんよ。同じ魔剣士ですし、仲良くしたいくらいです」
「アインを助けてもらった恩もありますから、私もできれば仲良くしていきたいですね」
「ありがとのー、アイン少年、ソフィーリア嬢。ほれお主も礼を言わんか。友好関係は持ちつ持たれつ、相互感謝の精神じゃぞ」
「た……助かる、どうも。よ、よろし、く」
顔をひくつかせて礼を述べるリムルヘヴン。誰がどう見ても嫌々なその姿に先は長いかと思う一同だ。
と、アリスが今しがたのアインの発言に着目した。
「にしてもそうか……少年とリムルヘヴンで魔剣コンビなんじゃな」
「そうなんですよ。仲間ですね、仲間!」
「あのコバエ野郎に手も足も出なかった時点で差は大きいだろう……一緒にするな、赤いの」
「う。事実だけに言い返せない……」
身も蓋もない話だが、魔剣を手にした今、アインとリムルヘヴンの間には大きな実力差が存在する。
元より人間と亜人であるのだ、身体の仕組みからして違う。魔剣を持ったアインでようやく、魔剣無しのリムルヘヴン相手に互角といったところだ。彼女が魔剣を手にすれば、単純に考えてもリムルヘヴンが優位になるのは当然である。
実際、クロードの風の魔剣には二人とも敵わなかったとはいえ、アインは防戦一方でリムルヘヴンは一応ながら攻勢に転ずることもできた。その時点で差は歴然と言えた。
「悔しいなあ……『プロミネンス・ドライバー』が手も足も出ないなんて」
「相性差もあると思うぞ? 炎と風というのを置いても、影響する範囲が違いすぎるでな」
「『フリーズ・ドライバー』に対抗できるような能力ですけど、『ハリケーン・ドライバー』相手には勝手が違いすぎますか、やっぱり……」
何一つできないまま完敗したアインには、どうしたものかという焦りが色濃く見える。ソフィーリアがそんな彼を心配しているが、少しばかりショックは大きいらしい。
そんな彼に追い討ちをかけるようで気が引けたが、アリスは続けて言った。
「同様の理由から、おそらく『タイダルウェーブ・ドライバー』にも勝てんじゃろう。何というかなぁ、小回りが利く能力じゃが大雑把な技には弱いんじゃなぁ、『プロミネンス・ドライバー』は」
「お、同じ第二段階なのに……」
「げ、元気だしてアイン! 私は炎の方が便利で良いと思うから! 灯りとか、焚き火とか!」
「生活面だとそりゃ便利だろうけどよ」
肩を落として落ち込むアインを励ますソフィーリア。しかし観点が戦闘外の、謂わば便利グッズ扱いのためピントがずれていることにラピドリーが指摘する。
間の抜けたやり取りに割って入り、アリスはとは言うもののとフォローを行う。
「少年や炎の魔剣が劣っているという話ではない。『プロミネンス・ドライバー』は見た感じ、人体への殺傷力や使い勝手、取り回しの良さでは随一じゃろう。連発できる分、一発で体力を持っていかれるらしい『タイダルウェーブ・ドライバー』よりも燃費は良いしな」
「私の『第二段階』は……『最終段階』とやらにも真正面から対抗できる分、燃費は最悪ですからね。慣れれば倒れはしなくなるでしょうが、それでも連発は難しいかと。認めるのは癪ですが」
リムルヘヴンが素直に『タイダルウェーブ・ドライバー』の欠点を述べる。
大規模かつ高威力ながら、消費が激しすぎて一回きりの大技……クロードの『ハリケーン・ドライバー』をどうにかすべく進化したその技は、強いのは強いが使いどころを選ぶピーキーさがある。
対クロード戦だからこそ輝いて見えるが、平時ならばおそらくはアインの『プロミネンス・ドライバー』の方が何かと使い道があるだろう、そんな能力と言えた。
「それでも……今必要なのは、間違いなく『タイダルウェーブ・ドライバー』の方なんです」
「焦るな、少年。お主はようやっておる……闇雲に力ばかりを追い求めるとろくなことにならぬ。ここは立ち止まり、落ち着いて周囲を頼れ。お主ならそれができると、ここにいる皆が信じておる」
「アリスさん……」
なおも焦燥を見せるアインだが、アリスの言葉を聞いて、周りを見た。離れたところで打ち合わせをしているセーマやロベカル、ミリアを除き皆、アインを見ている。
リムルヘヴン以外は心配する瞳だ……視野が狭くなり、そんな視線にも気付けていなかった自分を認識して彼は、深く息を吐いた。
「……そうですね。どうも焦っちゃって」
「その悔しさも無念も歯痒さも皆、分かっておる。一人で抱えずに頼れ」
「一人で何でもできる奴なんてそうはいないさ。足りないものは他所から補う、それも立派な強さで戦い方だぞ、アイン」
「……はい!」
ラピドリーにも励まされ、アインは気を取り直した。
現状、クロードにはどうあがいても敵わないだろう……一人では。けれど今、アインには多くの仲間がいる。
できることをやろう。そう思えた。
皆で勝つ。今、何より大切なことは風の魔剣士クロードの凶行を止めること。傷付けられ踏みにじられる命を増やさないことだ。
そう決意した時、彼の腰に提げた魔剣の宝石が、微かに煌めいたが……それに気付く者はいない。
歩みを止めない者にこそ、進化の光は宿るのだ──英雄に宿る炎は密やかに、しかしたしかにその強さを増していっていた。
「──よし、皆聞いてくれ」
と、セーマとロベカル、ミリアが打ち合わせを終えてやって来た。ドロス捜索について、話の目処が付いたのだ。
「俺とロベカルさんは明日、町へ戻る。もしかしたら入れ違いでギルドに帰ってるかもしれないから、報告がてら確認にね」
「そこにドロスがいるなら良し、いなければ……その足で荒野へ向かう。地下にあるという『オロバ』アジトを見つけ出して殴り込むのじゃ」
「えええっ!?」
突然の宣言に驚く。一同、あまりの話の飛躍に開いた口が塞がらない。ドロスを捜索するというのに、何故それがアジトへ電撃的に殴り込みをかけることに繋がるのか。
セーマが説明していく。
「ドロスさんの不審な点は別の話として。それでも魔剣絡みの案件で行方不明の今、一番怪しいのはやっぱり『オロバ』だからね。まあついでだし潰してこようかなーと。こないだは『フリーズ・ドライバー』やらワインドやらでろくに探せなかったから」
「そ、そんなついでって……僕らも行きますよ!」
「つい半日前に受けたダメージで動きも鈍いじゃないか。まあゆっくりしてなって」
「で、ですがたった二人では……わしも行きましょう、ご主人!」
「お、俺も行くぞ親父! いくらなんでも親父じゃキツいだろ、セーマはともかく!」
ちょっとその辺を散歩してくる、といった軽さで敵の本拠地へ奇襲を掛けんとするセーマとロベカル。
さすがにそれはどうかとアリスとラピドリーが同行を願い出るが……二人は首を横に振った。
「万一、風の魔剣士がこの村を襲撃してこないとも限らない……アインくんを狙っていた辺り、『オロバ』が魔剣同士を競わせようとしているのは明白だからね。そうなった時、アリスちゃんやラピドリーさんを中心にして、奴に対処してほしいんだ」
「そんなわけでこちらを手薄にするのはいかんからのう。後、わしは大丈夫じゃぞラピドリー。町で助っ人を引き入れるでな。わしとドロスが不在の今、調査チームを代理で仕切らせとる奴らじゃ。腕はたしかじゃぞ」
二人の理屈に否やが言えない。魔剣同士の争いを『オロバ』が望んでいるとも取れる現在、いつまたアインやリムルヘヴンが襲われないとも限らないのだ……そうなった場合に備えてなるべく戦力は集中させたいという意向は頷けるものだ。
「早めには戻れるようにするから心配ないよ。ヤバいと思ったらすぐ逃げるし」
「そもそも荒野にアジトなぞ、放っておきたくもないからのう……良い機会じゃし、いよいよ奴らを追い詰めるってだけの話じゃ」
軽く笑っていう二人は何ら気負いもない。完全に自然体のまま、ふらりと敵の巣窟へと向かうつもりである。
『出戻り』が持つある種の気楽さ、胆の強さを目の当たりにして、言葉を失う若者たちであった。




