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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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疑惑のドロス、その性とは

 リムルヘヴンの話は、セーマたちを動揺させるに足るものだった。ギルド長ドロスは水の魔剣を『奪われ、持ち出された』とロベカルに言っていたが、当のリムルヘヴンは『受け取った、譲り受けた』と主張しているのだ。

 

「リムルヘヴン……本当に、その魔剣はギルド長から受け取ったのか?」

「え、ええ……オーナー、私は事実を言っています」

 

 アリスの確認に、リムルヘヴンもまた困惑しきりに返す。話の食い違いに両者、どういうことかと考えあぐねているのだ。

 この時点でセーマには、何とも嫌な予感がしていたが……まさかと思いつつも彼女に尋ねる。

 

「リムルヘヴンちゃん、魔剣を手に入れた時のことを教えてくれないか? 何だか……すごく、大変なことが隠されている気がする」

「あ、ああ……良いだろう」

 

 椅子に腰掛け、リムルヘヴンは話し始める。クロードに襲われた後、レヴィとリムルヘルを病院に運んでから、彼女は何をして魔剣を得たのか。

 

「病院にリムルヘルとハンマー女を預けてから……私はギルドに向かった。奴の使っていた剣が魔剣だというのは、以前にそこの赤いのと戦っていたからすぐに分かったが、さりとてあの規模の暴風だ。どう対処したものか分からずに恥を偲び相談しに行ったのだ」

「わしを、ギルドの調査チームを訪ねてかの?」

「いや? そんなチームどころか、魔剣絡みで何やら起きていることさえ知らなかった」

「……うーむ、知名度低いのう」

「大概の冒険者は他人事だしなあ。知ってたって自分なら大丈夫って思うだろ。なまじっか腕が立つと余計にな」

 

 ぼやくロベカルに息子のラピドリーが指摘した。冒険者に限らずだが、自分だけは安全と無意識に思い込む者は多い。

 リムルヘヴンもその口であったことは否定できず、渋面を浮かべつつも話を続けた。

 

「……続けるぞ。ギルドに向かった私は、たまたまギルド長ドロスと出会った。そして奴の、魔剣のことについて報せたのだ」

「ふむ……」

「セーマくん?」

 

 意味ありげに呟くセーマにジェシーが振り向く。明らかに何かしらの確信を……それもあまり、良くない方向での確信を抱いているらしい彼の顔は陰が射している。

 アインやアリス、ミリアやロベカルもちらと見たが……セーマはリムルヘヴンに先を促した。

 

「何でもないよ。続けて、続けて」

「……魔剣を使う男に襲撃され、妹が病院送りにされた。探しだして殺したいがどうすれば良いか。そう相談した私に、あのギルド長は魔剣を渡してきた──そのままでは無駄死にするだけだ、これを使って奴を止めてくれ、とな」

「ううむ……『魔剣を安置していた部屋が襲撃されて持ち出された』というのがわしの聞いた話なんじゃが、な」

 

 老翁が呟く。聞いていた話しと今の話とで、肝心な部分がずいぶんと異なっている。不気味な感覚を覚えるロベカルに、リムルヘヴンは反論する。

 

「魔剣の安置室だと? 知らんぞそんなもの……そもそもギルドに水の魔剣があることさえ知らなかったのだ、どうして襲撃などかけられる? 無理があるだろう」

「水の魔剣を回収したのは荒野です。あの騒動に関わり合いがなければ、あの剣が『クローズド・ヘヴン』によってギルドに持ち込まれたことも彼女には知る由もないでしょうね……」

 

 セーマもリムルヘヴンをフォローする。考えてみれば分かる話だが、水の魔剣の顛末は口外するようなことでなく、秘密裏も同然にギルドに運び込まれている。リムルヘヴンにそのことを知るタイミングなど皆無だった。

 嘆息混じりにセーマは言う。

 

「ギルド長の言うことならばと鵜呑みにしていましたが、ここに来て話が食い違ってきましたね。どちらが正しいことを言っているか、場合によっては大変なことになる」

「そう、ですな。リムルヘヴン殿の言っていることの方が正しい場合、ドロスが嘘を吐いていることになりますしのう」

「どういった経緯でリムルヘヴンちゃんが魔剣を使用するに至ったか……改めてドロスさんに聞く必要がありますね」

 

 その提案にロベカルは頷いた。ラピドリーたちも困惑しながら話を聞いているが、特にアインやソフィーリア、ジェシーらは経験も浅いためかいまいちピンと来ていないような顔付きでいる。後は魔剣士を叩くだけと、そう考えているのだろう。

 そんな三人にもなるべく分かりやすいようにと、老翁が説明した。

 

「リムルヘヴン殿が都合良く嘘を吐いているというだけならば、アリス殿が叱って皆でクロードを倒せば終わる。しかしドロスが嘘を吐いていたとなれば、話はずいぶん変わるのじゃ」

「『ロベカルさんに嘘を吐いてまで、独断でリムルヘヴンちゃんに水の魔剣を渡した理由は何か』って考えると……もしかしたらクロードくんだけじゃ済まなくなるかも知れないんだよ、三人とも」

「そ、れは……つまり、ええと」

 

 明言こそ避けたセーマだが、アインたちにはしっかりと伝わっていた……すなわち、ギルド長ドロスの嘘は『オロバ』と繋がっているがゆえの行動なのではないか、という疑惑。

 

 それを受けて少年少女たちは考えた。未だ純粋な彼ら彼女らからしてみれば、ギルド長が裏切りを疑われているというのは嫌な話だ。

 うんうん唸ってしばらく、おずおずとアインが手を挙げた。

 

「リムルヘヴンさんなら、魔剣を使いこなせると見抜いたから、とか……」

「どうやって見抜くのか、という問題がまずあるけれど……見抜いていたとして、そんな主観的な理由で魔剣を渡せるものかな? 返り討ちに遭えば最悪、水の魔剣が奪われるのに」

「う……」

「そうなってしまった場合のリスクと責任は取り返しのつかんレベルじゃぞ? ハーピーの群れ一つ壊滅させた事例が示す通り、容易に大量殺人を引き起こせる兵器なのじゃからな。その辺、アインくんにはよく分かろうて」

「そう……ですね。それは、はい」

 

 他ならぬアイン自身が炎の魔剣を使い、ある程度その力を引き出しているからこそ……セーマとロベカルの言葉に頷く他ない。

 魔剣とは兵器なのだ。容易く大勢を殺せてしまえる程に、強力で凶悪な殺戮剣である。

 次いでソフィーリアが手を挙げた。

 

「ギルド長がリムルヘヴンさんを追ったのって、万一敗れてもすぐに魔剣を回収するため、とか?」

「わしに嘘を吐いた理由が分からんのう、それでは。最悪魔剣士と相対する可能性もあるというのに、わざわざ一人で動くのは危険すぎる」

「渡したから責任は自分一人で取る……とか」

「そんなタマではないよ、ドロスは。人脈を駆使して必要もないのにS級を呼び出し、対外的なアピールなんぞするような強かな女じゃぞ」

「あー、実技試験……」

 

 言われてセーマも含めた新米冒険者たちには、実技試験が思い出された。

 王国南西部のギルドではドロスの意向により、豪華にもS級冒険者三人を試験官に据えての実技試験を行っている。他の地域のギルドではそのようなことはまずやっていないため、事実上王国南西部のみの特別制度であるのだ。

 それを踏まえた上でロベカルが、ドロスの本性を語った。

 

「人脈を巧みに操るあの女はのう、その能力を駆使して『責任を一人で取るような状況を作らない』ことを得意としておる」

「ふむ? 責任ある立場の割にはなんちゅうか、無責任が好きなんじゃのう……切ってきた尻尾、多そうじゃな?」

「左様……自己保身と責任転嫁に長けており、何をするにしても自分一人だけが失敗するようには動かぬ女なのです」

 

 アリスの皮肉めいた揶揄はまさしく正鵠を射ているらしく、ロベカルは大いに頷いた。

 

 必ずしも悪人とは言えない女だ……少なくとも良心や道徳、倫理といった善性はあることを、ロベカルはこれまでの付き合いで確認している。

 ──それらを加味してもなお、責任逃れを為す際の彼女は、およそ善人とは言い難いのだ。それなりに長く交友を持つ老翁をしてでさえ、そう断じざるを得ない。

 

「たとえ失敗してもその近くには必ず、その数倍の失敗と責任を負わされた何者かがいる……そやつを身代わりに己は最小限にダメージを抑え、むしろ踏み台にして更に高みへ至る。その繰り返しで、奴は亜人でありながらギルド長にまでのし上がったわけですな」

「うー、む……わしはカジノオーナーなんぞやっとるから多少、ギルド長の話も耳にはしとるが……ずいぶんトントン拍子に成り上がったもんじゃと感心しとったらそれとは、のう」

「本人もそれなりに申し訳なさそうにするのですが、それはそれとして容赦なく蹴落とすのが質の悪いところでしてな。普段はむしろ善良な分、人をたらしこむことも多いゆえ……」

「平時に縁を蓄え、緊急時に盾とするか。何ともはや……」

 

 呆れるやら絶句するやらでアリスは閉口した。セーマやアインたちも、思わぬギルド長の裏の顔に唖然としている。

 ドロス自身がどのような想いでいるのかは分からないが、客観的に見れば今ロベカルが述べたような振る舞いは中々に外道だ。今の地位に至るまでに一体、どれだけの人間を社会的に失墜させてきたのか……

 

 単純な武力とは異なる、政治力というものの恐ろしさ。それをにわかに感じる最中、ラピドリーがつまりと言った。

 

「そういう裏のある女なら嘘だって平気で吐いてるかもってこったな、ガキども。まずは話を聞いてみないと分からないし、そもそも行方知れずなんだからどの道探さないといかん……疑いたくないのは分かるが、最悪のことは想定しとけよ」

 

 覚悟を促すその言葉に、若者たちは苦虫を噛み潰す思いでごくりも喉を鳴らした。

 自分たち冒険者が拠点とするギルドのトップ……そしてS級冒険者であるドロスは、漠然とした目標であり憧れだ。そんな存在が、もしかしたら邪悪に手を染め、悪事に荷担しているのかも知れない。

 そんな想像に身を強ばらせるアインたちに、セーマは努めて和らげさせようと明るく言った。

 

「まあ、今のところは何も分からないからね! もしかしたらリムルヘヴンちゃんの方が、アリスちゃんに叱られたくないからって嘘を吐いている可能性だってあるし!」

「そ、そうでしょうか……」

「普通に考えたらギルド長がそんな、ねえ? だからほら、元気出そう!」

「……本人を前に、よくもそこまで疑いを掛けられるな、貴様」

 

 憎々しげにリムルヘヴンが抗議する。たしかに眼前で『こいつ、嘘吐いてるかも』などと話をしているも同然なのだから、彼女からすれば非常に不快だろう。

 頭を掻いて、セーマが謝罪する。

 

「ごめん……今はまだ、どちらも疑わしいって段階だから」

「……ふん。さっさと奴を捕まえて拷問なり何なりして聞き出せ。そして私の潔白を確信しろ」

「そうだね。取り急ぎそうするよ」

 

 正直、リムルヘヴンの方が嘘を吐いていてくれた方がよほどありがたいのだが……当然それは口にしない。

 そもそもセーマ自身、既にリムルヘヴンを微塵も疑っていない。先も述べた通り、彼女には水の魔剣がギルドで保管されていたことなど知るはずもなかったのだ。襲撃をかける理由などありはしない。

 

 となれば、やはりドロス……ギルド長が何らかの意図を以てリムルヘヴンに魔剣を渡し、ロベカルを騙して一人、行方を眩ませたことになる。

 推測していけば、どうにも嫌な確信を抱いてしまうのだが……祈るような気持ちでセーマは、ドロス捜索に乗り出すのであった。

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