ギルド長、謎の思惑
「……ふん、リムルヘヴンだ。本来ならば人間どもと手を組むなど冗談ではないが、あのクソウジ虫ハエ野郎を八つ裂きにするために協力してやる、ありがたく──」
「リムルヘヴン」
「うっ……き、協力させていただきます、よ、よろしくお願いいたします……!」
宿の一室にて一同が集う中、リムルヘヴンはおよそ自己紹介とも言えない自己紹介を行った。アリスの言葉には従うがそれ以外には聞く耳持たない姿勢を前面に押し出すスタイルに、しかしセーマは喜んでそれを迎え入れる。
「リムルヘヴンちゃん、君がいてくれれば心強いよ……アリスちゃんとアインくんを助けてくれて、本当にありがとう」
「勘違いするな……オーナーを助けたまでで、そこのガキはついでだ」
「リムルヘヴン! ちったぁ歩み寄れ馬鹿者、今一時は仲間じゃぞ!」
アリスが叱咤する。先程あれだけ泣いていた癖に、いざ人間を前にするとこれである。何とも筋金入りの差別主義だとアリスはため息を吐いた。
次いでリムルヘヴンに、今度はアインとソフィーリアが感謝の弁を述べた。アインももう既に動ける程度には回復していて、今はソフィーリアに寄り添われつつもソファに座っている。
「それでもありがとうございます、リムルヘヴンさん」
「私からも……ありがとうございます。貴女はアインの、命の恩人です」
「う……ふ、ふん。大袈裟な奴らだ、あれしきで」
純朴な少年少女二人からの、まっすぐな感謝の言葉。いかに人間嫌いのリムルヘヴンと言えどこれにはいささか照れ臭いものがあるのか、仄かに顔を赤らめてそっぽを向く。
まったくもって素直でない言動に、どこかほのぼのと肩を竦めるアリス。のどかな空気が流れる中、ロベカルが話を切り出した。
「さて……リムルヘヴン殿。アリス殿からある程度は聞いておろうが、我々は風の魔剣士クロード打倒のため、お主に協力をお願いする。それはよろしいな?」
老翁の確認。齟齬のない形で手を組むに当たっての言葉に、リムルヘヴンは鼻を鳴らして頷いた。
「問題ない……正直なところ腹立たしいが、今の私一人ではあのガキを地獄に叩き落とすことが難しいからな。それにオーナーのご命令でもある。気は乗らんが手を貸してやろう」
「うむ……ありがたい。こちらとしても中々に大変な相手のようなのでな。少しの間、よろしく頼むぞリムルヘヴン殿」
「良いだろう……だが馴れ合いはせん。それは弁えておけ」
「分かった。お主が人間に対して敵意があるのは、短いやり取りながらもすっかり分かっておるでな。好きにするがええ」
高慢、尊大な言動だが気にした様子もなく、ロベカルはリムルヘヴンを受け入れて答える。
とはいえ全員が全員そのような物分かりの良い者ばかりでもない。
「つっけんどんな奴だなー。無理強いはしないけど、連携を取りやすくするためにも多少はコミュニケーションしてもらわないとお互いに困るぞ」
「知るか。私はあの野郎を殺すために力を貸す、それだけだ」
「リムルヘヴン」
「っ……ま、まあことがことだからな。少しくらいならそういう、馴れ合いも良いかもな、ふ、ふんっ」
「……アリスの嬢ちゃん、無理強いはどうかと思うんだけど、俺」
ラピドリーが顔を引きつらせた。アリスは先程から、横柄な口を利く度にリムルヘヴンの名を呼んでおり、すぐさま態度を改めさせるのだ。
誰が見ても無理矢理である……さすがにそれはどうかとする周囲の目に、アリスは腕組みして答えた。
「こやつもいい加減、偏屈の気を直さねばならんでのう……この際に多少無理強いでも人間との付き合い方を叩き込んでやりたい」
「そ、そうなんですね……」
「そもそもが時代錯誤なんじゃ、人間への差別意識なぞ。古い時代のヴァンパイアごっこなぞ止めて色眼鏡を外さんことには、こやつは前に進めん」
「お、オーナー……」
困り果てたリムルヘヴンが眉を下げて見詰めるのを、しかしアリスは無視した。人間への差別意識……『エスペロ』にいた頃は人間と関わることもなかったため口頭での注意や警告ばかりに終始していた。
しかし冒険者として活動するからにはもはや、その身に叩き込んででもどうにかせねばならないだろう。これはアリスなりの一種の親心であった。
何しろリムルヘヴンは100年程前の世代交代の折、追放された旧世代のヴァンパイアたちに過度な憧れを抱いている。
傲岸不遜で身勝手、人間を餌として認識して餌かオモチャかゴミかのように扱う、悪魔のような連中……アリスのような穏健派、融和派を少数に留め、当時の大多数のヴァンパイアとはそのような者ばかりであった。
そんな連中に憧れているのだ、リムルヘヴンは。そして冒険者となった今でも、未だ続いている。
このままでは良くないと、さしものアリスも心配するのは当然と言えた。
「そんなわけじゃからこやつに変に気を遣わんでくれ、皆の衆。仮にも『エスペロ』出身の冒険者がこんな敵対的では、店の評判も下がりかねんでの、矯正せねばよ」
「うっ……くうっ。そ、そういうことだ。私とて『エスペロ』に迷惑ならば、己を曲げる。貴様らも協力しろ、私から貴様らへの偏見を取り除け」
「まずその居丈高な物言いをどーにかせぬか! ったく……」
呆れながらも、どうにか乗り気にはなったらしいリムルヘヴンを優しい瞳で見るアリス。新世代のヴァンパイアへの視線は……言うなれば頑固で拗らせた可愛い娘への、親のようなものだとセーマたちには思える。
ロベカルが穏やかに笑った。
「そういうことであれば、そうさせていただこうかの。いやはや、アリス殿やアインくんが助けられたことも含めて……勝手に持ち出された水の魔剣がこんな形で役に立つとは、のう」
「……は? 『勝手に持ち出された』?」
何がどこでどう役に立つものか分からない。そう呟く老翁に、リムルヘヴンは怪訝に反応した。
それに対してうん? と全員がリムルヘヴンを見る。
思わぬ反応だった。水の魔剣を勝手に持ち出した、そこからして物言いがつくとは思いも寄らなかったのだ。
そして彼女は困惑して、告げた。
「何を馬鹿な……魔剣は正式に譲り受けたものだ。ギルド長ドロスから、『風の魔剣士を止めてくれ』と頼まれてな」
「何だって?」
「……馬鹿な。ドロスめ、そんなことは何も」
唖然とするロベカル。セーマも話の食い違いに驚く。
ギルド長ドロス……その妖艶なる美の裏側が、いよいよセーマたちの目に止まらんとしていた。
荒野の地下……『プロジェクト・魔剣』アジト。
その中の一室に設けられたベッドの中、クロードとドロスは寝そべっていた。
美しきギルド長が寄り添うのを抱きしめ、少年は呟く。
「まさか、リムルヘヴンが水の魔剣をあそこまで使いこなすとは。誤算でした」
「物事に誤算は付き物よ。気にしても仕方ないわ……」
優しく慰めつつも、ドロスは頭を回転させていた。
リムルヘヴンがアインを──正確に言えばその近くにいたアリスをだが、助けた。すなわちアインのバックアップに付いている、勇者セーマたちとも合流したのだ。
恐らくは今頃、リムルヘヴンから事情を聞き出している頃だろう……そして知ったはずだ。彼女が勝手に魔剣を持ち出したわけではないことを。
程無くして彼らは辿り着くのだろう、ギルド長たる者が『オロバ』と繋がっているという可能性に。
いずれ、相対した時のことを想う。もはや後戻りはできない、完全に潮時だ……そんな想いを胸に、彼女はクロードに告げた。
「バルドーも回復しつつある。彼、貴方とアインくん、リムルヘヴンとの決戦のサポートに回るわ……250の亜人を率いて勇者たちの足止めに回る」
「心強いですね。あの、首領とやらも?」
「ええ。勇者と相対して、今の自分では手に負えないと判断したみたいだけれど……それでも足止めしないと目的が達成できないから仕方ないって、ぼやいてたわ」
スーツ姿の中年が、困ったように笑うのを思い出してドロスは言った。『オロバ』首領……未だ未完成ながら4本目の魔剣を手にした彼を以てさえ、まともな足止め一つできなかった事実。
ふん、と鼻を鳴らして面白くなさげにクロードは尋ねる。
「今の自分では、ですか……つまり今後は手に負えるようになると?」
「すべてのプランが完遂されれば、そうなるかもしれないわね……というよりそうなってもらわなければ困るのだけれど」
何しろそれこそが『オロバ』が今行っているいくつかの計画の、本願なのだから。
そう呟くドロスに、応じず彼は目を閉じた。
『オロバ』周りの状況が示された……決戦は近い。アインとリムルヘヴン、つまり炎と水の魔剣を相手取る己を幻視する。
負ける気はしなかった。『英雄』への道を順調に歩いている己が、たまたま力を手にしたに過ぎない一般人や人を見下す小悪党風情に、負けるわけがない。
──そしてそんな愚物どもに力を貸す『タイフーン』も『女帝』も、はたまた『勇者』でさえも。
真なる英雄、新しき世界と時代を担うこのクロードの正義にはやがて屈するだろう。その確信があった。
目を開くとドロスが微笑む。
「貴方は最高よ、クロード……私にも溺れず逆に利用する気概。どこまでも上を目指そうとする野心。惚れたわ、心底から」
「お世辞は結構」
短くクロードが返した。ぴしゃりとした口調だが……その声音に優越感はたしかに宿っていて。
可愛い子だと内心で嗤うドロスをよそに、彼は唱えるように言った。
「今はまだ、僕は『英雄』の素質を持っているだけに過ぎない……それを開花させられるかは、これから数日の内で決まる。そうでしょう?」
「……そうね。炎と水を下せば、貴方の英雄としての道は華々しく開く。いずれは歴史にも名を残すような大英雄にもなれるでしょう」
「だったら、貴女を惚れさせるのはそれからだ。まだ早いですよ」
自信に満ちた台詞。己の天性を、天命を微塵も疑わない狂信的なまでの英雄志向──そしてドロスへの執着と思慕。
女として、暗い情念が沸き上がるのを彼女は感じた。己の目的のために利用し合っている関係だが、それはそれとして、少年のこうした可愛らしい愚かさにはひどく心が擽られる。
それなりに本気で気に入っている己を自覚して、ドロスは呟いた。
「ミシュナウム……もしかしたら、この子も一緒に」
「? どうかしましたか?」
「あ、いえ何でも。こちらの話よ、ふふ」
誤魔化すように、ドロスはクロードと唇を重ねた。溶け合うような心地に、少年が浸る。
仮初めの関係、偽りの安寧。それでもそうと知らなければ、たしかに本物の日々なのだろう──これが『オロバ』に身を寄せる二人の、ささやかな幕間であった。




