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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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村にて、リムルヘヴンの涙

 急ぎ足で村へ戻ったのが、遺跡を出てから一時間程が経過してからだ。驚く衛兵をよそに宿屋へ向かい、すぐさまミリアによってアイン、アリス、そしてリムルヘヴンの治療が行われた。

 

「アリスちゃんとリムルヘヴンちゃんは半日安静にしてれば問題ないわね……アインくんも、薬効を加味すれば二、三日程で回復するでしょう」

「よ、良かった……!」

「良かったね、ソフィーリアさん! 良かったね、アインさん!」

 

 診断した結果を述べるミリア。それを受けて泣きじゃくってベッドに横になるアインにすがりつくソフィーリアに、ジェシーがその肩を抱いて慰めた。

 隣のベッドにはリムルヘヴンが未だ眠っている……『タイダルウェーブ・ドライバー』でよほど消耗したのだろう。水の魔剣持ち出しについて聞き出すのはまたの機会にして、今は安静にしておくことになっていた。

 

 そして、アリスは別室にてセーマやラピドリー、ロベカルに経緯の説明をしていた。

 セーマにとって衝撃的な、恐らくは悲しませるであろう事実を心苦しくも告げたのである。

 

「く……クロードくんが、風の魔剣士……」

「この目で、この耳でしかと確認しました……あれはたしかに、ご主人の同期のクロードでしたのう」

「な、んと……」

 

 セーマもロベカルも絶句している。両人ともに実技試験から彼とは知り合いの、同期であり期待の新人であるのだ……そんな彼が、魔剣を手にして外道に堕ちた。

 信じがたい──けれどアリスの言うことだ、間違いなく事実。言葉を失う二人に代わり、ラピドリーが問うた。

 

「そんでそのクロードとやらは、『英雄』になるためにあんたらを襲ったってことか?」

「そのようなことを言っとったのは間違いない……夢とか何とか。騙されてる感じでもないな、あれは。完全に迷いなく自分の信じる道を行っておる」

 

 答えるアリス。そしてクロードに感じた、何者の意思にも依らない強い信念を語る。

 

「誰かに丸め込まれたわけでもない……よしんば甘言にて動いておるとしても、その甘言にさえ気付いた上で己の目的のために利用し返す、そんな強かさを感じたよ、わしは」

「質悪いなあ。何でもそうだが迷いのない奴が一番強いもんだ。迷わない分最短距離で目的まで突っ切りやがるしな」

 

 ラピドリーが呻いた。セーマの同期ということはジェシーの同期。つまりは新人も良いところだ。

 それゆえ付け入る隙もあろうと思っていたが……確固たる信念に則って動いているのでは迷いがなく、端的に言ってやりづらい。

 その隣でセーマがどうにか、気を取り直して推測する。

 

「英雄になるために、力を欲して魔剣を手にし……そして、進化を求めてアインくんを襲った?」

「馬鹿な……そのような真似をして英雄だなどと」

 

 セーマの推測に老翁が頭を振る。あまりにも短絡的、あまりにも乱暴な動機だ……若気の至りなどという範囲を完全に超えている。

 

「ヴェガン先輩の曾孫とて、断じて許すわけにはいかぬ。必ずや捕まえて裁きを受けさせねば」

「ヴェガン? え、親父の先輩じゃなかったかその人」

「たしか……リリーナさんの昔の冒険者仲間だったとも聞いてますね。クロードくんの曾祖父でしたか」

「左様……清廉潔白、質実剛健。生真面目すぎて堅物とも言われる程でしたが、それでもその木訥な人柄は当時、皆の信頼を集めておりました」

 

 実技試験の際、初めて知り合った時に知らされたことだ……クロードは曾祖父に憧れて冒険者となった。

 リリーナにも並々ならぬ敬意を抱いていた、まだまだ初々しさの残る少年。多少神経質なきらいもあるようだったが、決して悪人ではない。

 それが何故、このようなことをしでかしたのか。

 

「英雄になるため、と言っても性急すぎる。何か切欠があったんだろうか……魔剣なんぞに手を伸ばす程に焦りを抱かせるような、何かが」

「んなもん、気にしてもしょうがないぞセーマ。問題はこれからどうするか、だ」

「……そうですね」

「うむ……無念じゃが、彼の動機はことここに至りもう問題ではない」

 

 ラピドリーの率直な意見に、セーマもロベカルも異議なしと頷いた。

 ふむ、とアリスが言う。

 

「となれば……何をおいてもまずはリムルヘヴンの話を聞かねば、ですのう」

「……ん? 水の魔剣を取り上げるんじゃないのか? つうかもう、今ここに確保してるけどよ」

 

 持ち出された水の魔剣。リムルヘヴンが眠っている今、それは既にセーマたちが取り返し、アリスの傍らに置かれている。

 そのままギルドに返却するのではないのか……そう訝しむラピドリーに、アリスは否と答えた。

 

「リムルヘヴンの『タイダルウェーブ・ドライバー』……風の魔剣に対してそれなりに有効のようじゃ。利用せぬ手はない」

「ふむ。つまり協力を要請する、と?」

「現状、アイン少年の炎の魔剣ではちと分が悪い。本人もクロードを殺る気満々じゃし、今後とも奴を探して彷徨くじゃろう……それならいっそ、こちらに引き込んでしまえばやりやすい」

「なるほど……」

 

 要するに味方に引き入れて手綱を握り、対風の魔剣に組み込もうというのだ。リムルヘヴンの気性をよく知るアリスだからこその提案だ。

 ギルドの調査チームを率いるロベカルが、その立場にいる者としてそれに頷きを返した。

 

「話を聞く限り、風の魔剣士は相当の力を振るえるのでしょう……勝手に持ち出したとはいえ、それを以てアインくんとアリス殿を助けてもいる」

「そもそもあやつが持ち出さなんだら、あんな状況にも陥っとらんような気もするがのう」

「もしもを言い出せばキリがありませんでな……ともかくわしとしては、いっそリムルヘヴンに水の魔剣、預けても良いのではないかと考えます」

「窃盗犯にそのまま使わせる、か。必要なら何でもやるとこは昔からだな、親父」

「清濁誤魔化すことに慣れとるだけじゃ……褒められた話でもない」

 

 自嘲気味に笑うロベカルだが、ラピドリーも口ぶりはともかく方針には概ね賛同のようで、納得したように頷いた。

 セーマもまた、老翁を肯定する。

 

「俺もその方が良いかと思います。幸いリムルヘヴンちゃんはアリスちゃんの言うことなら概ね聞いてくれる。言い方は悪いけど下手に野放しして話をややこしくされるより、アリスちゃんの近くに置いておいた方が良い」

 

 風の魔剣にある程度対策が打てるリムルヘヴンを無闇に放置しておけば、意図せぬタイミングで殴り込みをかけて状況を混乱させかねない。

 今回とてたまたま、アインとアリスが奇襲を受けて窮地だったためにセーマたちを利する形に落ち着いただけで、本質的には混乱の引き金であることには変わりがない。

 

 どのみち迷惑ならば、そんな要素は最初から手元に引き込んでおくのがベターだろう、そうセーマは考えたのだ。

 

「決まりですな……さしあたりアリス殿、リムルヘヴンの説得をお願いできますかな?」

「おう、任せい……助けられた恩もあるでな、奴にはリベンジの機会をくれてやるかのう、かかか!」

 

 茶目っ気めかすアリスに場の空気が弛緩する。

 かくして一行は、一時の安寧を得たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと柔らかなベッドの上。目を開けば真っ先に、そこまで白くはないが一応清潔には保ってある天井が見えて、リムルヘヴンは瞬きをいくつかした。

 

 ひどく、疲れている。こうなる前、何があったかが朧気だ……寝起きのうろんな頭でどうにか記憶を掘り返す。

 

「そ、うだ……私は、水の魔剣で、奴を……『タイダルウェーブ・ドライバー』で……!」

 

 徐々に思い出していく、こうなる直前の記憶。オーナー・アリスとその他一名を助けるべく、魔剣と共に進化し『タイダルウェーブ・ドライバー』を発現させ、それでもなお力及ばずに逃げられたこと。

 そこまで思い返して、彼女はハッと気付いて身を起こした。

 

「そうだ、オーナーっ! オーナーはどこだ、ご無事でいらっしゃるのか!?」

「おー、お陰さまでのう。そっちは……元気そうじゃな、リムルヘヴン」

「……オーナー・アリス!」

 

 妹と並び大切なアリス案じての叫びに、すぐさま答えは返ってくる。ベッドの傍らに置かれた椅子に、アリスが座っていたのだ。

 喜び笑うリムルヘヴンに、アリスは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「いやはや……今回ばかりは助けられたわ。感謝するぞ、リムルヘヴン」

「そ、そんなこと! 当然のことをしたまでです。むしろ……申し訳ありません、あのウジ虫コバエ野郎をまんまと取り逃がしてしまい!」

「ぼ、ボロカスじゃのう……ま、そんなこと気にするでないわ。わしやアイン少年もあやつに翻弄された。悔しいが相手が上手だったっちゅうことじゃな」

 

 けらけら笑って朗らかに風の魔剣士の手腕を認めるアリスだったが、リムルヘヴンの方はそそまで割り切れない。

 妹を負傷させ、次いでオーナーまでをも脅かした輩なのだ……必ずや八つ裂きにすると殺意をさらに鋭く強くする。

 そんなリムルヘヴンに、アリスは静かな瞳で問いかけた。

 

「のう、リムルヘヴン。何故、一人で奴に挑もうとした?」

「……オーナー、それは」

「お主は視野こそ狭いが分は弁えとる。分かっとったろ? 水の魔剣とて、ろくに経験も積まぬままでは勝ち目などないと」

 

 黙り込むリムルヘヴン。沈黙は肯定に他ならない……彼女も最初から分かっていたのだ。付け焼き刃の魔剣では勝ち目が薄いことを。

 それなのに何故、無謀に走ったのか。彼女はぽつりと呟いた。

 

「庇われたのです、リムルヘルに」

「何……?」

「あの時、最初に襲われた時……リムルヘルが、私の前に立って暴風を受け止めたのです」

 

 独白するリムルヘヴンの顔は、悔しさに満ちていた。強く両手を組み、歯を軋ませて語る……妹の、献身。

 

「『ヘヴンちゃんは死なせない』と……そんなことを言って。私があの子を護らなければならないのに、あの子が、私をっ」

「……そうか。リムルヘルが、そんなことを」

「相手の力量も見切れずに先走った私を! な、何の戦う力もないあの子が、庇ったのです! ぼ、ぼ、ボロボロになりながら、それでも、それでも私を死なせない、と……!!」

「リムルヘヴン……!」

 

 話していく内に感極まってか、リムルヘヴンは涙を流していた。双子の姉として、護るべきだった妹に逆に庇われ……そして深く傷付けてしまった。そのことが何よりも悔しく、辛いのだ。

 

 アリスは彼女をそっと抱き寄せた。小さな頃から面倒を見ているこの双子はそれぞれ対照的な性格だが、それでも二人揃えばいつだって仲睦まじい姉妹だ。

 そんな姉妹の、妹が姉を庇って傷付き、姉は妹に庇われて泣いている。それがどうにもやるせなく、アリスは慈愛を込めて彼女を抱きしめた。 

 

「だから余計に赦せなかった! あの子に傷を負わせた奴も、庇われただけの私もっ! だから、だから! せめて奴に、リムルヘルの痛みを少しでも!!」

「分かった……! よう、分かった。お主の悔しさ、このわしにも痛い程に伝わっとる。よう頑張った。やり方は良くなかったが、お主は、頑張ったよ」

「ぐ、う、ううう……! うあああああ! あああああああっ!!」

 

 堰を切ったように本格的に泣き声をあげて、リムルヘヴンはひたすらアリスにすがり付く。尊敬し信頼する親のような存在に心中を打ち明け身を委ねる安らぎに、彼女の抑圧が解放されたのだ。

 

 アリスもそれを喜んで受け入れた。平時、問題のある性格ではあるが……いや、そうだからこそ、リムルヘヴンもリムルヘルも可愛い娘のようなものだ。娘が傷付き泣きじゃくるのを、抱きしめてやれない彼女ではない。

 ぽんぽん、と背中を優しく撫で叩いて、耳元で慰めの言葉を囁く。

 

「今は泣け、リムルヘヴン……泣いて、泣いて、泣き尽くしたらまた歩き出せ。お主ならば、お主ら姉妹ならばできる。わしらも力を貸す……共に、あのクロードを倒そう」

 

 アリスの言葉に、未だ泣き続けるリムルヘヴンは、しかしたしかに頷いた。

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