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蠢くは闇、胎動する策謀

「……行った、か。まさか気配を遮断してなお気取られるとは。出鱈目な知覚能力だな」

 

 遥かに遠ざかる馬車を見据え、男が呟く。

 全身をローブで隠し顔さえ見えないその声音はしかし、微かな苛立ちと恐怖が混じりあっている。

 先程眼前を突き抜けた刺突の感触を思い返して彼は震えた。

 

 『警告』による余韻……想像と予想とを遥かに上回る事態に、既に危機的状況でないにも関わらず彼の本能は警鐘を鳴らし続けている。

 震える唇で、男はどうにか平静を取り戻そうと言った。

 

「まったく恐ろしい……この世にいてはいけない類のものではないのか、アレは」

「元々この世界にいるはずのない人ですから今更じゃないですかねえ、それ」

 

 止まらない冷や汗に不快感を覚えながら呟く男に、傍らの女が飄々と答えた。

 男と同じくローブを纏っていて、顔も体型も隠しきっている……感心したように、畏怖するように彼女は続ける。

 

「にしてもすごいですねえ……人間どころか亜人の限界さえぶっちぎっちゃってますよあの人。あれが改造人間──人造亜人『勇者』ですかぁ、おっかなーい」

 

 面白がる口調の女を鬱陶しく感じつつも、しかし今はその存在が男にはありがたかった。

 たった一人でアレと出くわしていたら……恐怖に怖じけて一昼夜はこの場で震えていたかもしれない。

 そんな内面を努めて表には出さず、男は言った。

 

「『勇者召喚術』……王国で世代を重ねる内に、元の形からずいぶんと独自の変化を遂げたとは聞いていたが」

「独自にも程があるでしょう? 元々を考えれば完全に別物になってるじゃないですか」

「信じられん真似をするな、まったく。異世界から引きずり込んだとはいえ、仮にも同種たる人間を捕まえてあそこまで改造し尽くすとは」

 

 わずか一度の『警告』から嫌でも伝わる勇者の能力、その力量……そして人間という種族の恐ろしさ。

 かつて王国に伝わった原始の『勇者召喚術』では、ここまでの存在は生み出せないことを男も女も知っていた──数百年前にそれを伝えた『組織』の一員であるがゆえに。

 

 王国側が、永い時間をかけて術式の改良を試みたのだろう……より強く、より効率的に、より完璧に人間を、別の何かに改変できるように。

 その行為のおぞましさ、そしてその結果発生したあの『勇者』の存在そのものに呻く男を尻目に、女は呆れたように呟いた。

  

「打倒魔王の執念でしょうか? 人間っていやはや、罪深いですねぇ」

「もはやそれだけを目的としているようにも思えないがな……まあ良い、そのような些事は今は問題ではない」

 

 執拗に『勇者召喚術』の改良、改善を行い続けた王国の思惑は今は関係ないと男は話を打ち切った。

 考えるべきはそこではなく、これからの己の行動指針。

 極力触れてはならないと最初から最大限に警戒していた存在が、活動開始直後にいきなり絡んできたという特大のトラブル。これをどう対処するべきかという点に他ならない。

 

「あの少年、アインくんには奴との接点はなかった。そこはしっかりと調査した……つまり偶々出会ったのだな、今回は」

「すっごい不運な話ですねえ」

「起きてしまったことはもはや仕方ないとするしかない。だが、これからもアインくんと奴が交流するとなれば……アインくんに渡した『魔剣』の正体が何か、奴ならば遠からず気付くだろうな」

 

 最悪のパターンを挙げる。すなわち勇者が魔剣の秘密、つまりはブラックボックスに気づいてしまう可能性だ。

 いや、あるいはもう気づいているのかも知れない──最悪を考慮すれば、そう想定せざるを得ない。

 そうなれば次に勇者がどう出るか、これはもはや考えるまでもない話だ。

 

「魔剣の正体に勘付けば、奴は間違いなく出張ってくる。そうなれば我らの敗北は確定だ……奴と、奴の一派を止められる存在などこちらにはいない」

「つまりはぁ、気付かれる前に『プロジェクト』を完遂するか……」

「奴との間に何か、楔を打たねばならない。介入は避けられないにしても決定的に対立することだけは避けなければ。目的を果たせずして全滅することだけは許されない」

 

 そこまで言って男は頭を抱えた。

 至難の業だ……魔剣を調べる過程でその危険性と目的に気づいた時点で、おそらく勇者は一切の容赦をしなくなる。

 

「奴め、だから焦るなと言ったのだ……たしかにアインくんの進捗は『彼』に比べてもやや遅めだが、下手なちょっかいを出して虎の尾を踏む方が余程まずかったと言うのに」

「性急にことを進めようとした結果、見事に虎……どころか得体の知れない化物にぱっくり食い殺されたわけですから、まったく迷惑な自業自得もあったものですねえー」

「自分はさっさとくたばりおって……なんたる迷惑さだ」

 

 アインと相対した亜人がその最期、勇者によって丁寧に息の根を止められた場面を思い出して唇を噛み締める男に、ならばと女は笑った。

 

「仕方ないですねぇ……良いですよ、一肌脱いで差し上げましょう!」

「お前の色仕掛けなど通じるわけがあるか。鏡を見てからものを言え馬鹿者」

「ちーがーいーまーすー!! 本当に脱ぐわけじゃあーりーまーせーんー!」

 

 即座に失礼極まりない言葉を放つ男に、女は激怒して叫んだが……冗談の通じる空気ではない。

 こほん、と一つ咳払いをしてから、女は気を取り直して提案した。

 

「私が貴方と彼の仲介役となってあげましょう! 少なくとも敬語の概念を持たないナチュラル無礼クソ野郎な貴方が直接交渉するよりかは、いくらか可能性高いですよ?」

「……何のつもりだ? ただの見物では無かったのか、お前は」

 

 訝しむ言葉を受けて、女は男を見据える。

 顔を覆ったローブから僅かに覗く深紅。ぎらぎらと燃える煌めきを覗かせて彼女は言った。

 

「いえいえ。このままストレートに『プロジェクト』が頓挫しちゃうと、私が『計画』そっちのけでこんなところにまでやって来てる意味が無くなっちゃいますからねえー。ま、お任せください?」

 

 愉快げな声音にどことない嘲りを滲ませて……楽しげに笑い、彼女は告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車は素晴らしい速度で町へと辿り着き、そのまま特別区の病院へと向かう。

 さすがに町中で同じような速度で爆走することは難しく、そうなれば混雑する町の中で立ち往生するのではと危惧したセーマだったが……その懸念は良い形で裏切られた。

 

「道空けて! 道空けてー!」

「急患だからどいたどいたー!」

 

 衛兵たちが馬車を先導しつつ、行き交う者たちに道を空けるよう声を張って呼び掛ける。その甲斐あってか綺麗に空いた道を、馬車は何の障害もなく進むことができた。

 

「ありがとうございます、助かりました!」

「人の命がかかってんだ、お安い御用さ!」

「しかも例の『通り魔亜人』を仕留めた冒険者なんだろ? 大したもんだ、死なせちゃいけねえ!」

 

 セーマの礼に豪快に返す衛兵二人。

 ──門を通過して町中へと入る際、彼らに事情を説明して馬車内で横たわるアインと寄り添うソフィーリアを見た瞬間、彼ら衛兵たちはすぐさま先導を引き受けた。

 

 ここ数日でそれなりに名が広まり、ややもすると町の治安にも悪影響を及ぼしかねない程に不気味がられて来た通称『通り魔亜人』……その討伐の功労者であるならば、アインはまさしく町の英雄と言えるだろう。

 元より人命のかかった状況であることに加え、そんな彼をむざむざ死なせて良いわけがないと……そう、発奮する衛兵たちであった。

 

「何だか大事になっちゃったなあ。あはは」

「それだけすごいことをしたのよ、アインは!」

「う、うーん」

 

 寝そべりながらも馬車外の喧騒を耳にして、何やら自分を巡って一大事が起きているようだと力なく笑う。

 気恥ずかしいやらむずがゆいやら、納得いかないやら……そんなアインとは裏腹に、ソフィーリアは興奮に顔を赤らめて反応した。

 

 人間が亜人を倒す。

 このこと自体はそれなりにあり得ることだ。冒険者に対しての依頼にも亜人退治はあるし、かの戦争においてもそのような光景は多く見られたものである。無論、複数で囲んでのものだが。

 

 ところが今回、アインの成し遂げたことはそれらとは一線を画する──複数人で連携しなければ戦うことも儘ならないはずの亜人を、彼はたった一人で相手取り、しかも勝ってさえ見せたのだ。

 控えめに言って快挙と呼べる事態であった。ソフィーリアが諸手を挙げて喜ぶのも頷ける話だ。

 

 無論、当事者であるアインには分かっている……あれは自分一人の功績ではない。

 彼にもよく分かっていない謎の一撃。突然亜人の腕を根本から斬り飛ばして千載一遇の好機を生み出してくれた一手。

 あの一撃無かりせば、決して生きて戻れなかっただろう。そのことは誰よりも彼自身が一番分かっていた。

 

 そのこともあってか素直に喜びにくいアイン。

 誰かは分からないが、たしかに助けられたのだ、自分は……それなのに一人で戦ったように言われて、まるで手柄を横取りしたみたいで申し訳ない。

 そんな若気らしい誇りや意地を感じさせる複雑な心境が垣間見えて、ソフィーリアが微笑んで言った。

 

「納得いかない?」

「え? あ、いやその。ええと、あの」

 

 見透かしてくる少女の笑みに、少年はしどろもどろに答え──最後にはやはり、こくりと頷く。

 

「たまたま助けられただけなんだ、僕は。何かいきなり亜人の腕が飛んで、その隙を突いたからどうにか勝てたってだけで」

「それでも倒したのはアインよ。胸を張って良いと思うんだけどなあ」

「……いきなり、亜人の腕が飛んだ?」

 

 アインの言葉を受け慰めるソフィーリア。それとは別に、亜人を襲った謎の奇襲についてジナが反応した。

 

「え、どういうこと? ボクらが来た時にはもう、あいつ片腕無くしてたけど」

「あ、はい。一か八かで突進して、斬りかかったタイミングでいきなり亜人の腕が根本から切り落とされたんです。剣が見えましたけど、すぐに消えて」

「──あ、あー。そうなん、だ」

 

 説明を受けてジナは察した……主セーマのサポートだ。

 空間を超えて遠く離れた場所への攻撃を可能にする、彼の十八番。単純ゆえに凶悪極まりない性能を持つその技は、直接斬り付けるのに比べればずいぶんと威力が減衰するがそれでも亜人の腕一つ程度ならわけなく撥ね飛ばせる。

 

「え、と。うん、それでも致命傷を放ったのはアインくんなんだし、やっぱり胸を張って良いと思うよ? 他の要因があったとしても、成し遂げたのは君なんだ」

 

 主の成したことと告げるべきか否か──少し考えてジナは、やはり黙っておくことにした。

 ここで下手にセーマのサポートがどうのとバラして、アインのプライドを傷付けたりソフィーリアの喜びに水を差すのもよろしくないと思ったからだ。

 

 ミリアが微笑んで頷いてくるのを見て、その判断が間違っていなさそうだと思いつつジナは更に続けた。

 

「どんなに絶望的な状況でも、最後の最後まで諦めずに立ち向かい続けた。その上でもぎ取った君だけの勝利だとボクは思うな。すごいと思うよ、本当に」

「あ、ありがとうございます」

 

 冒険者らしい物言いのジナに、アインは素直に頷く。

 年若く見えるが見るからに亜人である彼女は、きっと冒険者としても遥かな先輩に当たるのだろう。アドバイスは素直に聞き入れるべきだと彼は思っていた。

  

 セーマとジナ、それにミリア。助けに来てくれたこの冒険者の一団からは、不思議なまでの余裕というか経験の豊富さを感じるアインだ。

 リーダーらしいセーマはつい最近冒険者になったらしく、実際のところ後輩に当たるのだが……何故だか分からないが途方もない雲の上にいるベテランにも思えてくるのが不思議である。

 

 見た目もそんなに変わらないのになあ、と首をかしげるアイン。

 『森の館』の主人らしい、御者台にて手綱を引く青年に視線をやって──その謎の多さに想いを馳せるのであった。

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