炎と風、窮地の戦い
まんまと『オロバ』の首領に逃げられてしまったセーマ。それ自体は仕方のないこととして、アインたちがどこかへ連れ去られたことが一番の問題だ。
ひとまずヴィクティムを体内に戻しつつ、尻餅を着くラピドリーに手を差し伸べた。
「大丈夫ですか、ラピドリーさん。すみません、逃げられました」
「あ、ああ……気にすんな。いきなり襲われて無傷で済んだんだ、大金星だぜ」
「……ありがとうございます。しかし、首領とは」
手を取り立ち上がるラピドリーがあちこち身体の埃を叩き落とすのを見ながら、セーマは独り言ちる。
「それにあの魔剣、あの魔法……風じゃなければ見たこともなかった。俺の知らない魔法……か」
「それよりセーマ、上の二人はどうなってる!」
「……いえ、何者かによって連れ去られたみたいですね。恐らく今の首領とやらは囮で、本命はアインくんを狙っていたんでしょう」
「組織のトップ自ら囮を買って出たってのか……!?」
もはや気配のない二人に、悔しげにラピドリーは呻いた。セーマにしても、まんまとしてやられた形だ……またしてもアインが狙われたなど。
「まさか、また魔剣同士で殺し合いをさせるつもりか……魔剣の『進化』のために」
「こないだの水の魔剣との抗争とやらじゃ足りなかったってのか?」
「アインくんが連れ去られた以上、そう判断するしかないでしょうね。とりあえず、上に戻りましょう」
「そう、だな……四の五の言ってられんか、しがみついとくから上がってくれ、セーマ」
いつまでも地下でああだこうだと言ってもいられない……セーマはラピドリーを抱え、一息に跳んだ。
亜人さえも軽く越える身体能力を持つセーマだ、軽くでもあっという間に地上に戻る。そしてラピドリーを下ろした。
「どうも……勇者ってのは身体の出来からして違うんだな?」
「まあ、かもですね……と。あっちか」
ラピドリーの軽口もそこそこに応じつつ、セーマは彼方を見た。気配感知で、アインとアリスが連れ去られた方角だ。感覚を尖らせれば微かに、二人の残留思念を感じ取れる。
「向こうの方ですね。恐らくは遺跡の内部とは思いますが……ひとまず、残留した気配を辿って行きます」
「気配感知ってそんなことまでできるのかよ……分かった。現地でもしアインが魔剣士と戦わされてるんなら、さっさと助けてやらんとな」
「ええ……アリスちゃんもいますから、そうまずいことにはなっていないと思いたいですが」
そうして二人は駆け出した。ラピドリーの手前、先行しすぎることは控えつつそれでもセーマも急ぐ。
いまだ風の魔剣が発動している気配はない……起こるなら起こるでなるべく近くで発動して欲しいと祈りつつも、男たちは仲間を求めるのであった。
「──無事、か、アイン少年……!?」
「え、ええ……ありがとうございます、アリスさん」
ふらふらと立ち上がるアインに気遣いつつ、アリスは辺りを見渡した。ずいぶんと『飛ばされた』が、どうにか遺跡の内部であることには変わりないらしいと推測する。
そう、『飛ばされた』だ。アインと二人、主セーマとラピドリーの現場探索に邪魔立てが入らないよう、地上にて見張っていたところ、突然すさまじい、あまりにもすさまじい突風に吹き上げられて彼と彼女は飛ばされた。
『うわあああああああっ!?』
『な、何じゃあああああっ!?』
決して自然的なものではない、晴れた日には決してあり得ない暴風。ましてや小柄とはいえ人を飛ばすなど、どう考えても尋常なものではない。
『くっ──アイン、少年っ!!』
風の魔剣、その力によるものかといち早く気付いたアリスは、咄嗟にアインの腕を掴み己の方に引き寄せた。
『アリス、さん!?』
『黙って身を丸くせよ! 口も閉じておれ、舌を噛むでな!!』
驚くアインにそう命じ、アリスはその身体を霧へと変じ、アインを包んだ。人間のアインでは何の拍子に死ぬとも限らない、ゆえに己の身を盾にしても護る……主のお気に入り、そうでなくともこの騒動のキーマンを、決して死なせはしない。
そうして二人は風に飛ばされ続け、ようやく収まった風に緩やかに転がされるがまま……遺跡の内部、地下にまで運ばれて今に至るのであった。
「僕一人なら、死んでいた……」
がくがくと、今しがた己を襲った事態への理解と恐怖がアインを震わせていた。
途中、何度も壁にぶつかっていたのだが、霧と化したアリスのお陰かまるでダメージは負っていない。それは逆に言えばアリスがいなければこんな風に無傷ではいられなかったということに他ならない。
アリスを見やる。要所要所で霧の一部を実体化させ、アインを衝撃から守っていた彼女……外傷はなくともそれなりにダメージはあるのか、呼吸が荒くなっている。
「アリスさん、大丈夫ですか!?」
「ま、まあ、のう……死にゃあ、せん。死にゃあせんが、ベストコンディションとも、言えぬ、な」
「すみません……僕を庇って、こんな」
「かかか……若造が、気にするな。それより少年、誰か、おるぞ」
明らかに疲弊した様子のアリス。相当な負担を掛けてしまったことを悔やむアインだったが、状況は悠長な後悔を許す段階ではない。アリスの言葉に顔を上げ、魔剣を取り出す。
「『ファイア・ドライバー』!」
力を引き出し、炎を呼び出し周囲を照らす──そこに誰かいる。魔剣を一振りすれば、炎が辺りに散らばり、暗闇もろとも何者かを照らし出した。
銀髪の髪を後ろに流した、アインと同年代の少年。アインと同じく魔剣を手にしている。
「……誰だ?」
「お主……馬鹿な、そんな」
アインはその顔に見覚えはなかったが、アリスには知人のようであり、目を見開いて唖然と声を震わせている。
知り合いかと少年が問えば、彼女は困惑と共に頷く。
「く……クロードじゃったか。ご主人の、同期の」
「覚えていてくださってありがとうございます、『エスペロの女帝』」
「セーマさんの、同期……!?」
「そうだ、アインさん。クロードという……新たな時代の、英雄になる男さ。よろしく」
少年──クロードは名乗り、魔剣を構えて続けた。
「そして、すまない……恨みはないが彼女のために、君の冒険はここで終わりだ」
『Maximum phase』
「っ!?」
魔剣の、埋め込まれた緑の石が輝き音が響く。そして放たれるエネルギーの奔流に、アインもアリスも嫌でも理解する──今この状態でまともに受ければ、死ぬ。
アインは咄嗟にアリスの前に立った。炎の魔剣を盾のように構え、その力を引き出す。後のことは考えない……今持てるすべてを、防御に使いきってでも切り抜ける!
「『プロミネンス・ドライバー』!!」
「無駄だ……『ハリケーン・ドライバー』!」
炎の竜が顕現し、二人を護る炎の防壁と化す──瞬間、発動された風の魔剣がそれを吹き飛ばした。
クロードを中心に吹き荒れる豪風が発現し、遺跡さえも破壊しかねない勢いでアインたちに襲いかかっていく。そのあまりの風圧の強さに、『プロミネンス・ドライバー』がかき消されるところを見たアリスが呻く。
「炎が、消えよった……!?」
「そちらの魔剣は『第二段階』だが、こちらは『最終段階』だ。出力からして違うのさ」
「くっ……『プロミネンス・ドライバー』っ!!」
決してアインが、炎の魔剣が、『プロミネンス・ドライバー』が弱いわけではない。アリスにはそれがよく分かっているからこそ、クロードの放つ『ハリケーン・ドライバー』がどれだけ出鱈目な力かが分かっていた。
人間どころか、亜人でさえ扱えるものではない……『最終段階』。進化の行き着く先は、これ程のものというのか!
「っ、『プロミネンス・ドライバー』! ぐう、『プロミネンス・ドライバー』、『プロミネンス・ドライバー』っ!!」
「アイン少年?! 無茶は止せ、連発しすぎじゃ!!」
せっかく放った炎竜が、一瞬でかき消されていく。アインはしかし、その度に『プロミネンス・ドライバー』を放っていた。
そんな彼に、アリスは叫んだ。
体力を酷く消耗する技を連発している危険性に気付かない彼ではない。それでも、使わざるを得ないのだ……己とアリスを護るため、彼は命削りのその場凌ぎをしている。
「せめて、わしが攻勢に……!」
「おっと! そうはさせませんよ『女帝』」
「ぐうぅっ!?」
アインが持ちこたえている間にクロードを止めねばならないと立ち上がったアリス。しかし豪風が行く手を阻む──体調が万全であるならばともかく今現在、ダメージが抜けていない身体では耐えきれない勢い。
歯噛みして、せめて気を逸らせないかと彼女は轟く音の中で叫んだ。
「何故お主が魔剣なぞ持っておる!? バルドーに唆されたのか!?」
「いいえ? 僕は僕の意思で、この魔剣を譲り受けた」
「何じゃと……!」
「僕の夢、僕の目標……『英雄』になるためにね」
アインを追い詰めながら歌うように語る。英雄志願……何者かに唆されたにしても、その瞳はあまりにも正気を湛えていて、アリスの胸中に苦々しさが生み出されていく。
この男、分かった上で迷いなく道をひた走っている──!
先日のワインドよりもはるかに質が悪いと、アリスは渋面を浮かべた。唆され、主体性もなくただ流されていたあの男とは段違いだ……己がやっていることが正しいと確信して、信念を以て取り組んでいる。
確固たる自信から来るメンタル面のブレなさ……どうしたことか分からないがたしかにクロードは、己を正義と信じて力を振るっていた。
「それともう一つ……彼女が僕を選んでくれた、だから僕は彼女のために戦う!」
「彼女……!?」
「問答は終わりだ! 真なる英雄となるための、礎となってくれアインさんっ!!」
クロードから放たれるエネルギーがいよいよ増大されていく。
勢いを増した『ハリケーン・ドライバー』の暴風がついに『プロミネンス・ドライバー』の炎竜をかき消して、そのままアインを遥か後方に吹き飛ばした。
「ぐ──が、あ!?」
「アイン少年!?」
壁に叩き付けられ、崩れ落ちるアイン。『プロミネンス・ドライバー』の乱発により消耗していた身体へのダメージは深く、彼は朦朧とした意識でただ、呻くのみだ。
「ぅ、ぁ……が、ぅ」
「さすがにタフだ……苦しいだろうに。今楽にしてあげよう」
「止めよ、クロード!」
アインに近づき殺気立つクロードに、アリスは叫びつつ力を振り搾り霧と化す。暴風を掻い潜りつつクロードに攻撃を仕掛けようとしたのだ。
しかし──
「『サイクロン・ドライバー』!」
「くっ……霧が、飛ばされて!」
発動された風の魔法が、クロードに迫るアリスの霧を吹き飛ばした。ダメージこそないが、これでは近寄れない。
ならばと生身で飛び掛かろうにも暴風が迫り来て翻弄されてしまう……打つ手がない!
「止めよ! 殺るならわしから先に殺れ!!」
「本質的に貴女は無関係ですよ……セーマくんもね。無益な殺生はしません、それが『英雄』です」
「ぁ、う……ぐ、う」
未だ意識定かでないアインに、クロードは魔剣を大きく振りかぶる。その瞳に躊躇の色はない。あらゆるものを切り捨てる覚悟の漆黒を宿らせて、風の魔剣士は叫ぶ。
「せめて痛みのないように、一撃で塵に還してあげよう……『ハリケーン──」
「逃げよ! 逃げよアイン!!」
「は、ぁ──くっ、う」
もはや絶叫に近いアリスの叫び。
それにもアインはまともに応じられないまま……クロードの魔剣が振り下ろされた。




