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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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パーティ編成、老翁の教え

 朝食を終えたセーマたちは、さしたる間も置かず村を出て更に南の遺跡群へと向かうことにした。

 そもそものんびりできる旅路でも無いのだ……早急にドロスやリムルヘヴンと合流しなければならない。急ぎ必要ない荷物を部屋に置き、更に何人か村に残すべく話を始めた。

 

「入れ違いで彼女たちが村にやって来たりしたら、間抜けだからね……何人かはここで待機しておいてほしい」

「ふむ、それならばわしが。もしもドロスがやって来た時に応対しましょう」

「私も残りますね。リムルヘヴンちゃんとは面識ありますから、やって来ても対応できます。それから万一怪我人が出た場合には、すぐ本格的な治療が行えるように準備しておきたいですしね」

 

 ロベカルとミリアが、それぞれドロスとリムルヘヴンが入れ違いで村にやって来た時を想定して残ると言い出し、セーマもそれに頷いた。

 次いでソフィーリアに向けて言う。

 

「今回はソフィーリアさん、悪いけどアインくんと別行動で頼む」

「え──ど、どうして」

「風の魔剣……というか風の魔法を相手にする場合、弓矢などの遠距離攻撃は確実に役に立たない。まず間違いなく風でいなされる。狙撃がメインの君とは相性が悪いんだな、これが」

「!」

 

 愕然とするソフィーリア。アインが向かうところならばどこでも、パートナーとして同行して行きたいのに……セーマはそれを拒んでいた。

 申し訳なさそうにも彼は、続ける。

 

「決して君の能力や攻撃手段、戦闘法を下に見ているわけじゃない。ただ今回ばかりは、本当に相性が悪い……牽制のつもりでも放った矢が逆にこちらに逸らされて味方を襲う、なんてことも普通にあり得る」

「戦場でも、魔王の出てきた際にはありましたのう。矢から石から何から何まで、奴に向けて放ったものが次々、こちらへと反ってきたものですじゃ」

「そ、れは……」

 

 魔王が操る風の魔法を目の当たりにしていたセーマとロベカルの言に、少女は反論ができない。

 たしかに言うとおりの力ならば、ライフリング・ボウなどと強力な威力を誇る飛び道具がそのまま跳ね返ってくるのは堪ったものではないだろう。

 

「それならむしろ、村でミリアさんの手伝いをしてもらいたいんだ。万一怪我人が出てきた時の治療、その手伝いをね。絶対に無いとも言い切れないからさ」

「ソフィーリアちゃん、手伝ってもらえる? 貴女がいればすごく助かるの」

「……うう。わかり、ました」

「ありがとう……すまない」

 

 よほどアインと分かれがたいのか渋々、それでもしっかりと頷いた彼女に短く礼と謝罪を述べた。

 見ればアインもどこか不安げにしている。これまで二人で一緒にやってきて、別行動など取ったこともあまり無いのだろう。引き裂くような真似をして申し訳ない思いのセーマだが、やむを得ない話であるのはたしかなので受け入れてもらうしかない。

 

 と、ジェシーがおずおずと手を挙げた。ひくひくと顔をひくつかせ、にへらと笑って言う。

 

「あ、あのー。私も残りたいなー、なんて。あはは」

「何言ってるんだジェシー? お前はバリバリの近接戦専門だろう」

「で、でもでも! そんな、魔法なんてもの相手にできる程強くないし!?」

「……ふーむ。勇者殿から聞いた風の魔法の規模と威力……畏れても仕方ないのう?」

「ううっ!?」

 

 あからさまな作り笑いのジェシーだが、父ラピドリーと祖父ロベカルにすぐさま臆病風に吹かれたのを見抜かれて狼狽える。まったくの図星であった──戦場でも猛威を振るったような能力、関わり合いになどなりたくはない。

 はあ、とため息を吐いてラピドリーは嘆いた。

 

「何で今から気合いで負けてるんだジェシー? 常々言ってるだろ、まずは勢いで勝てって」

「で、でもぉ……!」

「まあ待てラピドリー。今のジェシーが絡むにはことが大きすぎるのも事実じゃろう。魔王の使った力を再現している相手など、冒険者となって一月かそこらの子が噛んで良い話ではないわ」

「……親父、孫には甘いよな。俺、ガキの頃似たようなこと言ったら半殺しにされたのに」

「状況が違うじゃろ、アホウ」

「昔は本当に厳しかったんですね、ロベカルさん……」

 

 あくまで困っているばかりの好好爺に、昔と今でまるで違うことを複雑な心境で息子が語る。

 聞いていたセーマも顔をひきつらせるばかりだ……昔のロベカルの苛烈さを垣間見た気がして、いくつか咳払いをして誤魔化す。

 

「こほん。それはさておき、こちらとしても無理に付いてこさせるつもりはないよ。魔剣になるべくなら関わりたくないってのは当たり前の感覚だ。それじゃあジェシーさんも村に残る側にしておく……ミリアさんのフォロー、お願いします」

「あ、ありがとう!」

「いやいやどういたしまして。さてこうなると、人数的には綺麗に二分されたか……俺とアリスちゃん、ラピドリーさんとアインくんの四人が遺跡に行き、ロベカルさんとミリアさん、ソフィーリアさんにジェシーちゃんが村にて待機と」

 

 結果的に四人組が二つ、きっちり分かたれたことになったことを受けセーマが纏めた。ラピドリーはともかく、アリスとアインはそれぞれ性格も実力も分かっていて頼れる存在だ。

 一方で町に待機する四人を見て、アリスがふむと呟いた。

 

「主要な戦力は概ね、遺跡に向かう感じですのう……待機側は何かあれば、そこの爺さんが矢面か。大丈夫か?」

「まあこの歳ゆえ、荒事というのはちと好みませぬがなアリス殿。それでもわしとてS級冒険者、何があろうとやるべきことはやってみせましょうぞ」

 

 ニッと笑い、老翁は身体に力を込めた──服の上からでも分かる、鍛え抜かれた肉体の盛り上がり。

 少なくとも戦えないわけではないとアリスも頷いたところで、セーマはそして締め括るのだった。

 

「ま、今回は人探しがメインだ……最悪でも風の魔剣士と相対するのは俺たち四人だ。いずれにせよ気を引き締めて取りかかろうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして出発していったセーマたち四人の遺跡探索組を、ロベカルたち待機組はそれぞれの想いで見送っていた。

 

「無理しちゃダメだよ、皆……ごめんね、臆病で」

 

 ジェシーが祈るように呟いている。人一倍警戒心の強い彼女にとっては、いかに勇者や父が付いていたところで不安は拭いされるものではない。

 そんな彼女の頭に手を置き、ゆっくり撫でくり回して祖父のロベカルは言った。

 

「英断じゃよ……話を聞くに風の魔剣、わしでも厳しい案件じゃ。新米のお主では足を引っ張るだけじゃろう。ラピドリーはまだ舐めとったようじゃがの」

「お爺ちゃん……」

 

 それは事実上、真っ先に冒険から離脱した孫への慰めである。風の魔剣の、魔法の恐るべき力を恐れた孫へのフォローだ。

 

「その慎重さは冒険者には必要な素質じゃ、心配するな。お主は間違っとらん……わしが先に言うべきじゃった。いらぬ恥をかかせてすまなんだのう、ジェシー」

「そんな、私こそ……臆病でごめんなさい」

 

 風の魔剣という未知の脅威。新米の孫が関わるには厳しいものがあるとは分かっていたが、特に風の魔法とあってはどうしようもない。

 かつて戦場を荒らし回った大災害……実力者でも為す術なく死ぬようなそれに、未だなりたての冒険者を突っ込ませようとは微塵も思わない。

 

 むしろ安易に考えて連れてきてしまった判断を悔やむばかりだ……ラピドリーが連れて来たのを、せっかくだからと受け入れた己にこそ責はある。

 自嘲の笑みを浮かべながら、彼は続けて言った。

 

「まずいと思ったら逃げよ。勇者殿も仰られていたが、とにかく死なぬことこそが肝要。負けても生き延びれば勝っても死ぬようなことよりは良いと知れ」

「は、はい!」

「よろしい。では、今はお主にできることをせよ……一体何じゃと思う?」

「……ミリアさんのお手伝い、です!」

「左様。さあ、行きなさい」

 

 力強く頷いて、ジェシーは駆けた。万一にも怪我人が運び込まれた時にと、最大限の医療を行える準備に取り掛かっているミリアの手伝いに向かったのだ。

 その背を見送る老翁の目は優しい。孫だから、というだけではなかった……できることをやろうとする若者への、慈しみの視線だ。

 

「何があっても生きようとする意志だけは捨ててはならぬぞ、若人たちよ……どんなに苦しくても辛くても、そればかりが人生ではないと、いつか思える時がきっと来る」

 

 独り言つ。

 それは彼自身感じていることだ……戦争中、何度も自殺めいた無茶を繰り返してなお死ぬに死ねず、その果てに今ここにこうして生き永らえている。

 数多の若者たちを目の前で踏みにじられて、そして自分だけは生き延びた、死に損ないの老いぼれ一人。

 死ぬべき時に死ねなかった後悔に戦後、何度絶望の夜を過ごしたことか。

 

 それでもこうして過ごすロベカルには、今はもう絶望はない。

 戦後、多くの若者たちが冒険者になるのを見てきた。その誰しもが、未来を見据えて輝いていた──少なくとも、彼らが戦争に脅えるような時代はもう、終わったと実感できたからだ。

 

「わしらの戦いは、あの子らの死は、無駄ではなかった。いつの日も輝ける明日という時に、たしかに繋がった──勇者殿が、繋げてくださった」

 

 何千何万の戦い。何万何億の死。数えきれない悲嘆と絶望。敵も味方も、人間も亜人もなく血に塗れた悪夢の時代。

 それらをすべて、あの青年が断ち切ってくれた。優しく、どこか儚さを纏うあの、セーマという最強の勇者が……光の届かぬ地の底に、救世の光をもたらしてくれた。

 

 それだけで報われる。若者たちの死も、老人の絶望も。これからを担う世代に繋がってくれるのならば、それだけで救われる。

 ──そして、だからこそ赦せない。

 

「ゆえに『オロバ』とやらは、断じて後世には遺せぬ。若者を利用しての勝手な振る舞い、命と尊厳を踏みにじる所業──必ずや打倒してくれるわ」

 

 新米冒険者を襲い、魔剣など用いていたずらに被害を拡大させる謎の組織『オロバ』。この連中をどうにかするために、王国内外から実力者たちが集結しつつある。

 

 ようやく落ち着き始めた戦後、本格的に歩み始めつつある平和。

 それらを守るために、このような不気味な謎の組織は後顧の憂いとして絶たねばならない。

 

 そう考えて、『タイフーン』ロベカルは鋭い目で麗らかな空を見上げた。

 鳥が舞っている。どこまでも蒼い空の下、のどかな村のすぐ近くにて、大変な騒動が引き起こされることになるのだと老翁は想いを馳せるのであった。

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