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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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朝食の陰、現れる者

 村の中央から少し奥まった場所にある宿にチェックインをしてから、一行はひとまず朝食を取ることにした。

 パンとバターにサラダ、そしてベーコンエッグにスープ。これらが人数分用意された宿場内のテーブルを囲んでの食事が行われたのである。

 

「シンプルながら、朝方にはちょうど良い感じですのう、ご主人」

「そうだね。オーソドックスって感じだ」

「むぐむぐむぐむぐ!」

「はふはふはふはふ!」

「アインに、えーっとジェシーさん? もう少し落ち着いて食べた方が……」

 

 少食のアリスやセーマがパンを齧り、のんびりとスープを飲む。一方でアインとジェシーは年頃ゆえか朝からでも豪快な食べっぷりを見せ、ソフィーリアを戸惑わせていた。

 

「うむうむ、若い内は健啖が一番じゃな」

「冒険者なら食える時に目一杯食っとくもんだからな。肝心な時に力を発揮できる奴は、やっぱり飯を食ってるもんさ」

 

 ロベカルとラピドリーも、パンを何枚も平らげてはベーコンエッグのお代わりを注文している。さすが、冒険者として経験の積んだ二人は食事の重要性を分かっているのだ。

 

「セーマとやら、お前も食うんだよ。『出戻り』だか『勇者』だか知らんが、戦場出てたんなら飯の大切さくらい分かってんだろ?」

「んー……いやあ、実はあんまり。あの頃から少食でしたし、そもそも食べる暇も無く戦ってたもので。戦場から帰っても食べる物が無かった、なんてのもざらでしたし」

「そ、そうなんだ……」

 

 あっけらかんとセーマが語る戦争の壮絶さに、ジェシーが息を呑んだ。つい最近、祖父からセーマの正体について聞かされたのであるが……こうして直に話を聞くと、本当に実感が湧いてくる。

 彼こそは魔王を打倒し世界を救った『勇者』その人なのだ、という実感である。

 

「……すごいなあ。本当に『勇者』って人なんだね、セーマくん」

「元ね、元。今じゃ道楽で冒険者やってる道楽者ですよ」

「はー、気楽で良いねえ?」

 

 面白くないとラピドリーが絡んでくる。気楽なのは気楽なので反論もする気はないが、その内にアリスやミリアが怒りそうなのであまり挑発するのは止めてほしいセーマだ。

 そんな折、ロベカルがラピドリーに冷たく言い捨てた。

 

「勇者殿やわしが戦場に出とった頃、呑気に開拓地で女遊びしとった下衆には及ばぬわ。のうラピドリー?」

「う」

「あの戦争にて、勇者殿のお陰で救われた命はそれこそ数限りない。それを思えば当然の戦後であろう……引き換えお前は徹頭徹尾、自業自得ではないか。恥を知れ、恥を」

「お、親父よお……たしかに俺の言い方も悪かったが、そりゃキツくねえかあ?」

 

 あまりの辛辣な言葉に思わず情けない声音で息子は抗議した。彼としてもジェシーを取られた嫉妬ゆえ、みっともない当て付けをしているという自覚はあるが……それにしても実の父の物言いは度を越えて厳しい。

 弱々しいその言葉に、ロベカルは鼻を鳴らして言った。

 

「わしはな。わしはあの戦争で、心が折れた」

「……親父?」

「ジェシーのような年頃の子らがな……目の前で、死んでいった。つい先程まで笑い合っていた、そんな子らがな、無惨な死に方をした。わしは何もできなんだ……護ってやることも、せめて庇ってやることさえ」

「ロベカルさん……」

 

 肩を落とした老翁は、年相応に衰弱して見えた。体力でなく気力が、心が疲れているように見えるのだ。

 未来を繋ぐ若者たちが、目の前で亡くなっていく地獄。その戦争体験が、たしかにロベカルの心を打ちのめしていた。

 

「だからこそ、わしは勇者殿に感謝する。敵の亜人を何万と切り裂き、それ以上の数の人間を救ったこの方は……まさしく人間の救世主。この世界の、未来を繋げてくれたのじゃ……息子とて、いや息子だからこそ、そんな方を貶めることは断じて許さん」

「……分かった、悪かったよ親父。悪かったな、セーマ。その、心無いことを言った」

「あ、いえ……お気になさらず。ロベカルさん、もう戦争は終わったんです。忘れろなんて言えませんが、せめてこれからを見据えて生きましょう」

 

 元より気にしていなかったセーマは、ラピドリーの謝罪もすぐさま受け入れた。それよりもロベカルの様子が気にかかり、声をかける。

 以前にも涙ながらに勇者への感謝を述べていたこともある……おそらくは戦争での経験が相当堪えたのだろう。トラウマと言って良い程に。

 災害のような戦争。誰にとっても利益のないものだったことを改めて感じながら、セーマはこほんと咳を一つ。

 

「朝からこんな話はするもんじゃないですし、気分も変えて腹拵えを終えたら、早速現場に向かいますか。そもそも悠長にもしてられないからね」

「そうですな……いや、しんみりさせてすまなんだ、皆」

「い……いえ、そんな……」

 

 アインが取り成すも、やはりその顔は暗い。見ればアリスでさえ、どこか神妙にしている。

 この中ではセーマと、ロベカルと、そして当時は戦場医だったミリアの三人にのみが知る、『あの頃』への想い。どこか触れがたいそれを感じながらも、アインたちは食事を摂るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またえらく、派手にやったものねえ……」

 

 ギルド長ドロスは呟いた。相対する少年は、何ら表情もなく応える。

 

「加減できる相手ではありませんでした。『破槌』に亜人が二人……『最終段階』を以てしてなお、気を抜けば殺されていたでしょう」

「責めてはいないわ。むしろ褒めているのよ。よくぞそこまで魔剣の力を引き出せたわね、クロードくん」

「貴女のお陰です、ドロスさん」

 

 少年……クロードはドロスの誉め言葉に笑みを浮かべた。尊敬する女性に認められる喜びが、未成熟な精神を高揚させる。

 先日彼は、成り行きから王国南西部の誇る冒険者を病院送りにした。やむを得ないことではあったが、ギルド長たる彼女の立場としてはむしろ叱責されるのではないかと内心危惧していただけに喜びもひとしおだ。

 

「修行の成果はあったみたいね……あの亜人たち、良い練習台になったようで何よりよ」

「ええ、ありがとうございます。たしか、セーマくんが捕らえた連中でしたね。中々の手練れでしたが、それでも彼からすれば生け捕りも容易だったわけですか」

「それはそうよ……スラムヴァールとレンサス、それに魔人に水の魔剣士の四人がかりでなお、素手の彼一人に命からがら逃げるのが精一杯って感じだったらしいわ」

「出鱈目も良いところですね……」

 

 暗く湿った遺跡内に畏怖の声音が響く。クロードの練習台となった三人の亜人……彼らを捕まえた『勇者』への、何度目になるかも分からないため息が吐かれる。

 二人は今、村から更に南に下ったところにある遺跡群の一つに潜っていた。以前クロードは別の遺跡にいたが、そこを件の冒険者たちとの戦いで解放した魔剣の力で根刮ぎ破壊してしまったため、河岸を移したのだ。

 

 そしてそこへ、ドロスがやって来たのである──ギルド長としてでなく、『オロバ』の構成員として。

 クロードがふと、尋ねた。

 

「水の魔剣を言えば、一本目と二本目の魔剣はどうなりました? アインさんと……誰でしたか」

「ワインドね。勇者がスラムヴァールとの会談で身動きができなくなっている間に、バルドーがアインくんに襲撃を掛けたわ……結果だけ言うとスラムヴァールと魔人、そしてレンサスはそれぞれの担当国へ撤退。バルドーは当面行動不能になって、そしてアインくんは──」

「『第二段階』へと至り水の魔剣士を打倒した。水の魔剣も『第二段階』へと至っていたが、それを封殺するための進化を、アインくんが選んだ形になるな」

「──!?」

 

 二人以外にいるはずのない空間に、唐突に割って入った男の声。気配感知を持つ亜人であるドロスでさえ気付かなかった存在に、彼女らは慌てて声の方を見た。

 そして、ドロスが戦く。

 

「し、首領!?」

「……首領? まさか、『オロバ』の?!」

「いかにもだ、クロードくん」

 

 ゆっくりと、クロードの目にも映る距離までやって来る男。スーツ姿にブラウンのオールバックの、パッと見た感じでは都会で営業でも生業にしていそうな中年の優男だ。しかし、その両目の渇ききった鈍い輝き……そして纏うオーラがただ者ではないと、魔剣の力を完全解放させた少年にはすぐさま察せられた。

 少なくとも今の自分では太刀打ちできない──あるいは、ドロスより強い。そんな男は、にこやかに紳士的な笑みを浮かべた。

 

「私こそが『オロバ』首領……名乗りは控えておこう、どこで漏れるか分からんのでね。昨今の人間たちの情報調査能力は素晴らしいものがある。決して侮れない」

「……貴方が何故、ここに? 来る予定だなどと、バルドーは一言も」

「それはまあ、突然押し掛けたからね。スラムヴァールにレンサスはおろかミシュナウムにまで援護要請が来たとあっては、どれ程のものかと気になったのだよ」

「ミシュナウム……っ!? あの子も来ているの!?」

 

 肩を竦め冗談めかす首領の言に捨て置けぬ名が出て、ドロスは悲鳴のような叫びをあげた。

 いきなりの悲嘆に、クロードが目を丸くして声を掛ける。

 

「ドロスさん? いきなりどうかなさったんですか?」

「あ、あの子まで呼ぶなんてっ……バルドーっ!」

「気持ちは理解するよ、ドロス……しかし今回ばかりは大目に見てやってくれないか? 彼にとっても仕方のない話なのだよ」

 

 いつになく激怒するドロス。髪が逆立ち、瞳孔が縦長に変形する。彼女の亜人としての特徴だ。

 慌てて、というわけでもないが首領が理解を示しつつなおバルドーを庇う。仲の良し悪しはともかく、同士討ちは避けたいというシンプルな理由からのものだ。

 

「何しろ彼には今、ほとんど打つ手がない。水の魔剣は敗れ風の魔剣は君のクロードくんが持ち、そして自身は『剣姫』にやられてしばらく戦闘不能だ」

「『剣姫』……リリーナ様か。さすがだ、『オロバ』大幹部をも打倒するとは」

「それに何より『勇者』が敵に回っている。こうして『最終段階』へ至った者が既にいるにしても、バルドーとて手をこまねいて快復を待つばかりではいられないと、理解してやってほしい」

 

 バルドーの、ひいては『プロジェクト・魔剣』の進捗は良いと言えば良いが悪いと言えば悪い。

 魔剣の力を完全解放した者が一人、遠からずそこへ至るだろう者が一人。当初の予想ではどうにか一人覚醒すれば良いとされていたものが今では、更にもう一人覚醒が期待できるという予想外の状況である。

 

 しかし裏腹に、本来であれば一切関わる予定でなかった『勇者』とその一派が、よりにもよって炎の魔剣士に与している。その結果水の魔剣士は敗れ、バルドー自身も大きなダメージを負うこととなってしまった。

 良くも悪くも予想外の事態が連続する現状を諭す首領だが、それでもドロスは納得できずに噛み付いた。

 

「しかし……! あの子には、あの子の目的だけをさせてあげたいのです!」

「無論、承知しているとも。だから私は当初、彼女の自由意思に任せた。『行きたければ行け、行きたくなければ行くな。どちらにしても私は向かうだけだ』とね。そうしたら彼女は、やることがあると言ってここへ来たのさ」

「やること……!?」

「それが何かは直接聞いてくれたまえ。今ここにはいないがね」

 

 そう言って、男はそれからと話を強引に変えた。ドロスとミシュナウムの私事にはこれ以上、言及することは無いという意思の表れだ……そして同時に、それどころでない事態が起きていることの表れでもある。

 

「私はここに、挨拶がてらこれを伝えに来たのだよ……『勇者』がもうじきここを訪れるだろう。風の魔剣士たるクロードくん、そして水の魔剣を持ち出した、何とかいう亜人を探して、ね」

「セーマくんが……!」

「炎の魔剣士アインくんも一緒だから、君は彼と対峙したまえ。これで彼をも倒せれば、君はまさしく英雄の名に恥じない力を手にできる」

 

 ついにこの時がやって来たかと、迫り来る圧倒的強者であるセーマの存在に、クロードは震える。しかしてそれを勇気付けるように英雄としての栄光をちらつかせる首領に、ドロスは訝しんで問うた。

 

「……しかし、私とクロードくんだけでは勇者を掻い潜りアインくんと戦うなんて、とても」

「そこは心配ない」

 

 意味ありげに笑う。そして首領は、高らかに告げた。

 

「『勇者』セーマは私が受け持とう。その取り巻きどもも、ミシュナウムの『魔獣』が相手をする。クロードくんは何の心配もなく炎の魔剣士を倒し、英雄の道をひた走ってくれれば良い」

「……分かりました!」

「ふふ──すべては来るべき福音のため。真の英雄になるのだ、クロードくん」

 

 力強く頷くクロードに、密やかに、首領は笑うのであった。

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