閑話休題、それぞれの車内にて
村へ向かう道中、馬車を飛ばして約一時間と少し。その間にセーマとロベカルは打ち合わせを始めることにした。
今回は特に緊急性が高い……リムルヘヴンが風の魔剣士に挑む前にその身柄を確保しなければ、下手をすれば返り討ちにあってしまう可能性もあり得る。すぐにでも彼女を探し当てなければならない状況であるのだ。
「そもそも……持ち出したところで使えるのかな、リムルヘヴンちゃん」
「魔剣ですな? ドロスの話では何やら水は出たとの話でしたが」
「『ウォーター・ドライバー』は使えるのか……『フリーズ・ドライバー』が使えるんなら、こっちとしても探しやすいかもしれないが」
ロベカルからの証言に呟き、セーマはしかし首を左右に振った。
『フリーズ・ドライバー』は追い詰められたワインドの現実逃避と自己防衛の意思を汲んだ結果、発現したものだ。リムルヘヴンに素質があったところでそっくりそのまま『フリーズ・ドライバー』が発動するとも思えない。
「……ああでも、どのみち風の魔剣士が何かしたら嫌でも分かるかな。『風』系統は大規模破壊が本領ですし」
「戦場でも見たことがありますのう……建物どころか地面までひっぺがして吹き上げる大嵐。今度の魔剣はそれだと?」
「ええ。レヴィさんからの話ではそうとしか考えられない。風の魔法……今度の魔剣はそれらを駆使してきます」
マオのことはあくまでも伏せ、セーマは断言した。
世界で誰よりも多く魔王と相対してきた彼は当然、魔法にもそれなりに詳しいエキスパートと言える。そんな勇者の断定に老翁ロベカルは神妙に頷いた。
「魔法ねえ……そんなにすげえのかよ? 地震だの噴火だの嵐だの果ては流星雨だの、まるで子供の妄想話みたいで現実味がないぜ」
「そうね、想像もつかないかな、私にも……」
一方でそんな二人に比べて、ラピドリーとジェシーの父娘はどこか距離のある反応だ。実際に魔法による天変地異を見たことがないのであれば、仕方のない話ではあるが。
ふと、ラピドリーに目を向けてセーマが尋ねた。
「ラピドリーさん、戦争には参加してなかったんですか?」
「ん……まあな。約20年前からずっと、俺は人類未踏地に向けての開拓団にいたからな」
「開拓……?」
聞き馴染みのない単語に訝しむ。人類……人間にとって亜人にとっても、未だ生息圏でないとされる世界地理上における未知のゾーンをして『人類未踏地』と呼称するのは知っていたセーマだが、開拓者がいたなどとは知らなかった。
自慢げにラピドリーが言う。
「この大陸から遠く離れた、帝国領のはるか北西に船を向けた先。そこには誰も到達したことのない大陸がある……そこの端っこに1000人程度で拠点構えてな、ずっと大陸奥地へのルートを模索してたのさ」
「そ、そんなことが……それで開拓」
セーマは興味をそそられる己を自覚していた。人類未踏大陸、その奥地への開拓者たち……何という浪漫、何というアドベンチャー!
少年心をくすぐられて瞳を輝かせていると、ジェシーがきょとんとして、しかし優しげに笑った。
「セーマくん、何か子供みたいで可愛い……!」
「!! いかん、やめろジェシー、それは罠だ! そうやってこいつはお前の母性本能をくすぐって隙あらば食っちまおうとだな──」
「しませんけど!?」
「するわけないでしょお父さんじゃあるまいし! 女の敵が何を自分のこと棚に上げてるのよ!!」
「ぐおぁっ!?」
娘からの言葉に心臓を抑えて呻く。あまりの大ダメージぶりだが、何か良からぬことでもしたのかとセーマがロベカルを見ると、老翁ははあとため息を吐いて語り始めた。
「身内ながらお恥ずかしい話ですが……こやつ、開拓地にて何人もの女に手を出しましてな」
「その内の一人との子供が私なのよ……腹違いの弟だっているわ」
「……へ、へぇ」
あからさまに侮蔑の視線でラピドリーを見やるロベカルとジェシー。
語られた悪行に、セーマは自然と口元を引き締めた。何というべきか……ひどく身に摘まされる話である気がしてならない。
ぶっちゃけて言ってしまうと、『開拓地』を『森の館』に変換してしまえばセーマの現状とてそう変わりはない。子供がいるかいないかだけなのだ……それに気付いて頭を掻く。
「ほんっとうに最低……冒険者としては尊敬してるけど、人間としては見下げ果てちゃうわ」
「責任を取るならまだしもこやつは所詮、一介の冒険者。こさえた子らの養育費の工面にも四苦八苦しましてな、それで戦後間もなくに冒険者を志していたジェシーを連れて、王国南西部にまで戻ってきたのです」
「あ、あーそうなんですか。うん、家族を養うとなると、お金要りますもんねぇ」
女遊びをしすぎて隠し子だらけになり、その養育費のために内地で金を稼ぎにきた……要約すればそういうことになる。
「くっ……戦争で開拓地への資金援助が絶たれさえしなけりゃ、お前みたいな悪い虫に可愛いジェシーを近づけることもなかったのに」
「お父さん、しつこい」
「うぐぅ」
彼我を鑑みるに、何とも反応に困る話だ。
実際に言えば、開拓地だろうがあくまで人間社会のルールに従うラピドリーと、人間社会の外側にいるセーマとでは立場や状況も違うのだが……男として、色々と身に摘まされる話ではある。
遠い将来、腹違いの子らにこのような物言いをされることのないよう、円満な家族関係を構築していこう。
改めてそう心に誓う、そんなセーマであった。
セーマがロベカル一家と交流を深めている、まさにちょうどその頃。森の館の馬車内ではアインが一人、唸っていた。
「『プロミネンス・ドライバー』で風をどうにか食べられないか……いやでも、元が氷をどうにかするためのものだしなあ。かき消されて終わりそうだ。となるとやっぱり、どうにか近寄って『ファイア・ドライバー』で」
ぶつぶつと椅子に座って俯き、何事か考えている。難しげに魔剣を触りながら、ああでもないこうでもないと悩んでいるのだ。
「アイン、お茶でも飲んで落ち着こう?」
ソフィーリアが水筒を渡す。持参してきたもので、中には砂糖と蜂蜜がたっぷり入った茶が入っている。
受け取り、いくらか口を付ける。甘ったるい糖分が考えすぎていた頭に染みるような心地を覚えて、アインは一息吐いた。
「ありがとうソフィーリア。どうしてもその、緊張とか不安がね」
「セーマさんやロベカルさんもいてくださるんだから大丈夫よ……戦争を終わらせた英雄にS級冒険者『タイフーン』よ?」
「そうだね……」
励ますソフィーリアだが、アインの顔は浮かない。未だ見ぬ新たなる魔剣……風を操る力を秘めた魔剣士の脅威が、どうにも気にかかるのだ。
自らも先般のワインド戦において強大な力を手に入れたからこその疑念……『敵は自分より進化しているのではないか?』という予感が、彼に漠然とした不安を与えていた。
ミリア共々御者台に座っていたアリスが、そんな車内の二人を覗きながら呟く。
「ぶつくさと何しとんじゃ、あやつ」
「風の魔剣との戦い方を考えてるのかしら? 今の彼じゃ厳しいって、マオさんが言ってたそうだし」
「あー……にしても、根詰めすぎと違いますかのう」
呆れやら感心やら心配やらでアリスが呟く。戦うための、勝つための方策を練る……戦士としては良いことなのだが、いかんせん風の魔剣と目されているその相手方の手管がいかなるものであるのか、分かりかねるのも実情だ。
今から思い悩みすぎるのもそれはそれで、疲れてしまうのではないかとアリスには思えていた。
「まったく……こんな時だからこそどっしりと構えねばならんのじゃがな」
「仕方ないわよ、そこは。いくら魔剣を操れて強くなっていても、彼、まだ子供だもの……焦りもするし不安にもなるわ」
「加えてまだ冒険者になって半年と少し、でしたなたしか……それを考えれば、ご主人の支援があるとは言えようやっとるもんですのう」
改めてアインのここ一月程の動向を考えれば、新人としては驚くべき、まさに破格と言って良い成長スピードだ。
『ファイア・ドライバー』の覚醒と通り魔亜人の撃破、リムルヘヴンとの試合では互角、セーマとハーピーを捕獲し、そして『プロミネンス・ドライバー』へと進化して狂気に壊れた水の魔剣士ワインドを打倒して見せた。
すべては魔剣を手にしたからこそのものでもあるが、それでもアイン自身の才覚や素質、秘めた潜在能力の高さはアリスとしても認める他ない。
そしてもう一つ。むしろこちらの方がメイドたちにとっては重要なポイントだ。
「何よりも評価すべきは、その精神性ですのう。ご主人はあやつこそ真なる英雄だ、とまで仰られておりました」
「明らかに期待を、一目を置いてらっしゃるわよね」
彼女らの主人であるセーマが、アインに対して格別な評価を下しているのである。
セーマの評価につられて、メイドたちもアインを評価していると言っても良い。何しろ先日のワインド戦以降、セーマは館でメイドたちと歓談中、嬉々としてアインを語ったのだ。
『アインくんこそ本当の意味で勇者だよ。いきなり魔剣なんてもの渡されて、否応なく巻き込まれて……それでもめげることなく勇敢に運命と戦っている。町を守るため、人を救うために。彼こそ、真の英雄だ』
……などと、異様なまでの評価の高さを示して。マオでさえ『お前あいつ甘やかしすぎ』などと呆れ返らせただけのことはある贔屓ぶりなのだ。
「リリーナさんもアインくんを褒めてたわね。かつて見てきた英雄たちと同じ輝きがある、と」
「ジナも絶賛しとりました……戦士にはアインの素質が分かるもんなんでしょうかの? わし、戦いは生業にしとりませんゆえそこら辺にはとんと疎く」
「私だってご覧の通り白衣の似合うサキュバスドクターだもの、分からないわよ」
セーマだけでなくリリーナやジナと言った、冒険者として戦士として超一流の実力を持つ者は皆、揃ってアインの英雄性を認めている。
三人を信じるがゆえ他のメイドたちも、アインは次代を担う英雄なのだなと認識しているのであるが……実感としてはあまりないのが本音のところだ。
「マオの奴もパクリ野郎とか言いながらアイン自体はそこそこ認めとるみたいですじゃし……あの四人が太鼓判押すというのも相当ですのう」
「本当ね……よっぽど何か、気に入るものがあるのね、アインくんには」
馬の手綱を巧みに操りながら、ミリアは背後をちらと見た。物思いのアインを、ソフィーリアが手を握り励ましている。
傍目には至って普通の少年少女のカップルなのだが……アリスに向け、彼女は笑いかけた。
「今回の冒険で、私たちも見られると良いわね、アインくんの持つ『英雄性』みたいなものを」
「ま、お手並み拝見ってとこですかのう!」
二人して笑う。若き英雄の、その輝きの一端でも見られることを願って。
穏やかな草原を馬車は急ぐ。暖かな日差しの下、村までもう少し。
リムルヘヴンと風の魔剣士を求めての、冒険が始まろうとしていた。




