まさかの正体、『タイフーン』の血族
翌日、未だ夜も明けない頃合い。町の正門前には錚々たる顔ぶれが集い、互いに言葉を交わしていた。
勇者セーマとその仲間たちと、S級冒険者ロベカルと彼が呼び出した腕利きたちとの交流である。
「ロベカルさん、お待たせしました」
「いえいえ勇者殿、大森林よりこんな早くからご足労いただき申し訳ない」
セーマとロベカル。以前から多少付き合いもあるためその口振りは軽い。方や戦争の英雄、方や歴戦の大冒険者として互いへの敬意を滲ませて言葉を交わしている。
ロベカルの背後に控えている二人の男女に視線をやり、セーマが言った。
「そちらの二人が助っ人さんですね」
「ええ、まあ何かの役には立ちましょうて。ほれ二人とも、挨拶せい」
老翁に促されて二人は前に出た。年の離れた男女である。
茶髪を伸ばした、整った顔の中年男性。やや垂れた目元にある黒子が特徴的な、甘いマスクと表現できる程度には美形だ。
そしてその隣に立つ少女。ふわふわとした茶髪に愛嬌のある笑みがどこか小動物を思わせる彼女の方は、セーマにも見覚えがある。
「ジェシーちゃん? ……まさかこんなとこで会うなんて」
「えへ、奇遇だねセーマくん!」
少女……ジェシーはふにゃりと相好を崩して笑いかける。彼女はクロードと同様、セーマと同じ日に新規冒険者実技試験を受けたいわゆる同期だ。
試験以来会ったことはないので、概ね一月ぶりくらいだろうか。意外な再会に、セーマはロベカルを見た。
「彼女も調査チームなんですか?」
「いえ。ですがそこの、隣のが連れてきましてのう。実技試験の時に実力は把握しとりますので、無茶をさせなければ堅実に働くかと」
「俺のパートナーだからな。連れてきて何が悪い」
ジェシーの隣、茶髪の男が不敵に言い放った。自信に溢れた強気な笑みだ……傲岸不遜な雰囲気もあってか男臭い色気が漂う。
ロベカルが眼光鋭くするのにも気付かず少年は、ジェシーの腕を取りセーマに告げた。
「お前がセーマか……ジェシーに要らん入れ知恵をしてくれたらしいな」
「……えーと、あなたは?」
「ラピドリー。A級冒険者でジェシーのパートナーだ。『出戻り』だか何だか知らんが調子に乗る──」
「何をいきなり抜かしとるんじゃ、馬鹿者!」
尊大な名乗りを挙げ、更に言い募らんとしたラピドリーに、ロベカルが声を荒げた。それだけではない……すぐさま彼に肉薄し、その後頭部を掴んで身体ごと持ち上げた。
人間としては信じがたい握力と腕力だ。セーマに対する態度の悪さに激昂しかけていたアインやメイドたちもこれには驚き目を丸くしている。
老翁は常の穏やかな眼差しを捨て去った、烈火を思わせる眼光でラピドリーに叫んだ。
「貴様なぞが生意気な口を利ける御方ではない! 娘可愛さもええ加減にせんか──この、馬鹿息子がっ!!」
「いてててててっ! や、やめろこら! 離せ親父!?」
「……息子!? えっ、いや、娘、え!?」
ほんの少しのやり取りの中で、いきなり大量の新事実が出ていた。娘可愛さの馬鹿息子、とロベカルが言った。ということはつまり、つまり?
混乱するセーマに、ジェシーが申し訳なさそうに笑いかけた。
「ごめんね、いきなり。その、隠してたんだけどね。私……あそこの『タイフーン』ロベカルの孫なんだ」
「なっ……えぇ!?」
「それで今、締め上げられてる失礼な人が私のお父さん。だからロベカルお爺ちゃんとラピドリーお父さんと娘の私、だね……冒険者の家系なの、私の家」
「そ、そーなんだ……」
唖然とするセーマ。かつてここまで驚かされたことは、あんまりない気がする。背後のアインやソフィーリアは何が何やらと目を丸くしており……アリスとミリアの二人はこちらに駆け寄り、囁いてくる。
「何やら驚かれておりますが、大丈夫ですかのうご主人?」
「少し馬車内でお休みになられますか? 栄養剤や着付け薬も持参しております。気休めにでも……」
「だ、大丈夫大丈夫。いや、実技試験の時にはまるで見ず知らずみたいに振る舞ってたから、衝撃が」
メイドたちの気遣いに答えつつ、彼は改めて彼ら三人を見た。言われてみればたしかに、ロベカルとラピドリーにはどこか似た雰囲気があるし、ラピドリーとジェシーは髪の色から顔立ちの整い方もそっくりだ。
未だ祖父が父を締めている様相を尻目に眺め、彼は困惑と共に孫に尋ねた。
「な、何で言わなかったの」
「血縁が試験官だーなんて言って、身内贔屓だとか言われたくなくて……あと、お爺ちゃんからも言われてたから。『試験中は赤の他人として振る舞え』って」
「そ、そっかー……」
「驚かせたようで申し訳ありませんのう、勇者殿」
たしかに、祖父が試験官だなどと言われれば色々吹聴もされかねないだろう。実技試験自体は腕試しのようなものでしかないが、それでも色眼鏡で見てしまう者もいる。
戸惑いながらも納得し受け入れていると、依然ラピドリーの頭を鷲掴みにして持ち上げつつロベカルが話に参加してきた。
「実技試験はS級三人を試験官として行うのがここのギルドの規則でしてな……どうしても数が必要だったこともあり、やむなく口止めしておりました」
「そうなんですね……他のギルドもS級三人での実技試験なんですか、もしかして?」
「まさか! ドロスの管轄たる王国南西部ギルドだけの独自ルールですわい。あやつくらい顔が広くなくてはS級一人とて用意できませぬよ」
「そもそもギルド長自身がS級だものねー」
「なるほどなあ」
王国南西部のギルドがいかに特殊か、ロベカルから聞かされるセーマ。
感心して頷いていると、ロベカルはなおも続けて言った。
「まあ、このような息子にあのような孫ではありますが……冒険者としての腕は保証いたします。共に行動するからには存分にこき使ってやってくだされ」
「ふざけんな親父! 誰がそんなガキの指図なんぞいてててて」
「さて、世間話も程々に、村へ向かいますかのう……そちらの皆様方も、よろしくお願いいたします」
ずっと息子の顔を握りしめたまま老翁は切り出した。そのような出で立ちのままにっこり笑ってアインたちに挨拶してくるのが、むしろ不気味で恐ろしくもある。
「よ、よろしくお願いします!」
「え、ええと……『タイフーン』とその家族と共闘できるって、喜ぶべき、よね?」
「息子さんの方とはあまり並び立ちたくはないですね」
「今度ご主人に舐めた口利いたら、今度はそこの爺より先にわしが絞めるからのう」
それぞれに反応するセーマたち側の者たち。当たり前ながらラピドリーへの反応は手厳しいものではあるが……それはさておいても今やるべきことは村へ行くことだ。
かくして一行は合流し、村へと向かうのであった。
草原を二台の馬車が横並んで走っている。森の館の馬車と、ラピドリーが個人所有している馬車だ。
森の館の馬車は言わずもがな最高級品だが、ラピドリーの馬車も中々に豪華なつくりだ。車内にはベッドやらテーブルやら椅子やら、家具が一式置いてある……牽いている馬もなんと4頭であり、それゆえかひどく横に幅を取っている。
御者人も二人就いており、こなれた馬の扱い方から専門のスタッフを雇っていることが窺い知れた。
セーマはソファに腰かけて内部を見回して感心した。今彼は、ラピドリーの馬車の方にいるのだ。
ロベカルグループとの友好関係の構築と、村へと着いて以降の打ち合わせのためである。
「ちっ……メイドの姉ちゃんらならともかく何でこんな奴を……おい後で料金払えよ」
「よっぽど、父の鉄拳が味わいたいみたいじゃのうどら息子」
「ジェシーに付いた悪い虫をなんでそこまで有り難がってんだ糞爺。ボケてんのか?」
「ま、まあまあ」
ぼやき、絡んでくるラピドリーと額に青筋立てるロベカル。厳格な父と軽薄な息子、対照的なイメージの二人を取りなしながらも、ラピドリーに話しかける。
「悪い虫って……それに『要らん入れ知恵』っていうのは、一体?」
「とぼけやがって」
ラピドリーは吐き捨て、憎々しげにジェシーの手を掴み引き寄せた。鬱陶しげな顔をする愛娘も構わずに続ける。
「あの実技試験以来、ジェシーはやけに慎重になっちまった! いやそれ自体は良いんだ、可愛いジェシーは何をおいても無傷で生還するのが最優先だからな」
「はあ」
「だが実の父親にして師匠であるこの俺を差し置いて、この子に影響を与えた奴がいるってことが許せねえ! だから一週間かけて聞き出したら、お前の名が出てきたんだよこんちくしょうがぁ!!」
「離してよ、もう!」
やけに絡んでくるのは父親兼師匠としてのジェラシーゆえに。そう叫ぶラピドリーを払いのけてジェシーは、セーマの隣に座り顔を赤らめている。
「ごめんね、セーマくん……うちのお父さん、ご覧の通り親バカで」
「いや、それは別に良いんだけど……俺何かしたっけ、君に」
「ううん? 何でもないやり取りの中でのセーマくんの言葉に、勝手に私が影響を受けただけ」
軽く頷いてジェシーは、胸にそっと手を当てて目を閉じた。微笑みが無垢な可憐さを湛え、少女の愛らしさを引き出している。
「アドバイスくれたでしょ? 『立ち向かうも勇気なら退くもまた、勇気』……ちょっとね、そう言ってもらえたのがすごく、嬉しくて」
「……はっきり言うけど、ただの励ましとか慰めだよそれ。俺の師の受け売りでもあるけど、君のお父さんを差し置いてまで拘ることじゃない」
率直にセーマは言った。特に何か、教示するつもりで放った言葉ではなかったのだ。
試験官に半殺しにされることもあり得るという実技試験。それに尻込みする彼女を慰めるために使ったにすぎない。
師であるフィオティナの『逃げても負けても最後にぶち殺せれば総合的に勝ち』という思想の一端を流用したに過ぎないのだが……それでもジェシーには強い影響がもたらされたらしかった。
「あの時ね、試験が怖くて……でもその言葉のお陰で、やるだけやって駄目なら逃げようって気になれたの。逃げるだけじゃ駄目だけど、無理と分かっていても立ち向かうのも、きっと駄目なんだなって」
「ん、まあ俺の師匠……フィオティナの奴もそんなニュアンスだった。死んだらそこで終わりだから、駄目そうならさっさと逃げて鍛え直すなり策を練るなりして挑み直す。殺せるまでそうすれば勝てるってさ」
ただ逃げ続けるだけでなく、勝つための準備を整えるべく逃走する。それがフィオティナの、戦場におけるスタンスだ。
元より人間ではどうあがいても亜人には勝てないのだから、時には逃げるのも立派な戦法なのだと彼女は考え、そしてセーマもその思想を受け継いでいた。
いずれはアインへと受け継がれるのだろう……森の館の馬車内にて待機している少年に想いを馳せる。
と、ロベカルがフィオティナの名に反応した。
「フィオティナ……王国騎士団長ですな。なるほど貴方に戦士としての教えを授けたのは、かの『銀鬼』でしたか」
「基本的な心構えと剣の型程度ですが。それでも彼女こそ、俺の尊敬する師ですね」
「おう聞いたかジェシー! お前もこんな風に俺への尊敬をだな」
「セーマくんに難癖付けて意地悪する師匠なんていりません! べーっだ!!」
「はぅぁあっ──!?」
弟子の心無き言葉に撃沈するラピドリー。絡まれたセーマからすれば自業自得に近いが、それでも哀れに想い心中にて冥福を祈る。
親として師として、複雑な関係性。いつか自分にも、子ができたらこのようになったりするのかなーなどとうろんに考えつつも、馬車は村を目指して走るのであった。




