ギルド調査チーム、その実態
ヴァンパイアの冒険者リムルヘヴンが、水の魔剣を持ち出して風の魔剣を追跡している──そのような話を聞き、セーマは単身ギルドへ舞い戻っていた。
水の魔剣は『クローズド・ヘヴン』のゴッホレールとカームハルトから、『タイフーン』ロベカル率いる魔剣騒動調査チームに渡ったと聞いている。そしてそこからリムルヘヴンが持ち出したのならば、まずはチームに話を聞かなければならない。
マオやアイン、ソフィーリアは引き続きレヴィの見舞だ……何も大勢で動く必要もないと、セーマが一人で抜け出たのである。
「ここか……失礼します」
ギルド二階にある部屋の一室。事務員から調査チーム本部の場所を聞いてやって来たセーマは、ノックもそこそこにドアを開けた。
入室するとまず目についたのは長テーブルだ。いくつも並べられた上に、資料らしき紙の束が置かれている。それを囲むように置かれた椅子には何人か座って煙草を呑んだり話をしている。
セーマに集まる視線。中年が多く、男ばかりだ。冒険者なのだろうが、顔に傷があったり明らかにこちらを睨み付けてきていたりと素行のよろしくなさそうな者たちだ。
構わずセーマは言った。
「魔剣騒動の調査チームの詰所はここですね? リーダーのロベカルさんと話がしたいのですが、出してもらえます?」
「あー……?」
用向きを伝えると、男たちの中でも一番セーマに近い男が立ち上がった。
セーマより頭二つ分は大きな大男だ。そのまま近寄ってきてはあからさまに、見下してくる。
「ガキの遊び場じゃねえんだ、さっさと帰んなぁ」
「ったく、最近の冒険者ってのはこんなガキでもなれるもんなのかねえ」
「家でママのおっぱいでも吸ってな、ボーヤ」
「……」
何とまあ、お約束のようなごろつきどもだといっそ感心するセーマ。何を基準にロベカルが、このような連中を集めているのかは知らないが……少なくとも人格や品性ではないだろう。
はあと息を吐いてから、セーマは大男の脇をすり抜けて一番奥の席にまで進む。
「おい、てめえ……聞こえなかったのか、あ?」
「人が優しくしてるうちにとっとと帰れっつって──」
「水の魔剣を奪われたんでしょう?」
「……!?」
「どういうわけか、話を聞くまで待たせてもらいます……あれを確保した者としてね。もう一度言いますが、ロベカルさんを出してもらえますか?」
いきり立たんとする男たちは、その言葉に動きを止めた。未だにチーム内にしか漏れていない情報が、どうしてか漏れている。
愕然と息を止め、すぐに男たちはセーマに詰め寄った。
「て、めぇ! どこから聞いたか知らねえが、知ったからにはただじゃ──」
「勇者殿!?」
「……いるんじゃないか、やっぱり」
胸ぐらを掴み脅さんとする男をよそに、セーマは部屋の更に奥のドアが開かれるのを見た。出てくるのは老人男性だ……皺だらけの顔は歴戦の風格を備えている。
老翁は部屋に入るなりすぐさまセーマを見つけ叫ぶ。知らぬ仲でもない青年が何故かいて、しかも荒事に見舞われているのだからその驚きようはただ事ではない。
「何故ここに……いやそれより、何をしとるんじゃ貴様ぁ!!」
「へっ──ぐぇええっ!?」
「じ、爺さま乱心?!」
「ついにボケたか!?」
「ボケとるのは貴様らじゃ愚か者どもがっ! この方をどなたと心得て胸ぐらなぞ掴んどる、ああっ!?」
そしてすぐさま手にしていた杖で、強かにセーマに絡んでいた男の脇腹を衝く。無防備に柔らかな箇所を攻撃され、男為す術もなく吹き飛んだ。
何事かと騒ぐ面々にすさまじい剣幕で怒鳴り付ける老翁に、セーマでさえも目を丸くして絶句した……いつも穏やかな物腰だったので、ここまで激昂するとも思っていなかったのだ。
彼こそがS級冒険者『タイフーン』ロベカル老。遺跡発掘や調査において歴史的発見をいくつも成し遂げた、冒険者としてもう半世紀以上も活動している大御所である。
そんな老翁が、吹き飛ばした男の代わりにセーマに対して酷く狼狽して話しかけていた。
「ご無事ですか勇者殿!? バカ垂れどもがとんだ無礼を、何とお詫びしたものか!」
「いえいえ。こちらこそ突然押し掛けて申し訳ない。水の魔剣が持ち出されたと聞きまして、詳しい話をお伺いしたく思い急ぎ参りました」
妙な方向に話が逸れる前に、セーマは先んじて用向きを告げた。チンピラ紛いの冒険者どもに絡まれたことなど今はどうでも良く、とにかくリムルヘヴンが水の魔剣を持ち出した剣について詳しい話を聞くことこそが最優先だ。
ロベカル老は深く頷いてその意図に則った。
「おお……さすがはお耳が早い。いやはや、とんだ事態になってしまい申し開きも──」
「おい、爺! いきなり何しやがる!!」
しかして周囲の者たちは依然、セーマとロベカルの間の空気など読みはしない。むしろ何故自分たちが叱られるのかと激昂して抗議の声を挟む程だ。
面倒くさい──思わずセーマの顔が歪んだ。平時なら笑って済ませるところだが、比較的緊急性のある事態においてこう何度も絡まれるのは、はっきり言って不愉快ですらある。
「何でそのガキ放り出さねえんだ、おかしいだろ! 勝手に入ってきて舐めた真似してんだぞそいつは!」
「いくらあんたでもそのガキ付け上がらせるのは良くねえなあ?!」
「魔剣のことを知ってやがる……もしかしたら容疑者かもな!」
「爺さんがそんな風に甘やかすから、最近のガキどもは簡単にくたばっちまうんじゃねえのか?」
「貴様ら……!!」
言いたい放題の中年冒険者たち……言動から察するに古くから冒険者をやっている叩き上げなのだろうが、些か目に余る言動ばかりだ。
ロベカルもあまりの放言にいよいよ怒髪天に来たのか、眼光も鋭く彼らを睨み付けている。一触即発の空気に、セーマは、ぼそりと呟いた。
「──もう良い。あんたらに用はない、寝てろ」
「あ!? 何だガキてめっ、え……」
「か!?」
「けひゅっ」
なおも絡もうとする男たちを一瞥。それだけの動作だった。ただ視界に入れただけの、睨んですらいない行為。
それだけなのに……男たちはその場に崩れ落ちた。白目を向き、泡を吐いて、あまつさえ失禁までしている。完全に気絶したのだ。
急な事態に老翁は、先の怒りも吹き飛び愕然と叫んだ。
「な!? これは、お主らどうした!?」
「すみませんロベカルさん、手荒になりましたが眠ってもらいました……喧嘩してる場合じゃないですし」
「勇者殿が?! しかしどうやって」
「ええと、まあ威圧ですよ。ちょっと強めですが」
「威圧? ……相手に物理的な作用をもたらす殺気などと、そのようなことが?」
先程とは別の意味で、ロベカルは愕然とした。
殺気や殺意を込めた眼力で相手を威嚇、威圧する技術……たしかにその手のものもあるにはあるが、あくまで精神的なやり取りでのものだ。実際に相手の意識を断つような、そんな攻撃手段であるはずもない。
しかし今、セーマはそれをやってみせた。ただ相手を見る、それだけのことで経験を積んだ腕利き冒険者を数人、完全に気絶させたのである。
「油断した相手には有効ですよ、これ……たぶん条件さえ整えば誰でもできると思いますし」
「何と……いやはや。改めてこの老いぼれ、感服する他ありませぬなあ」
「あまり人に向けてやりたくはないんですけど、どうしても急ぎだったものでやむを得ず処置しました。すみません」
「いえいえ、極力穏便に済ませていただきまして有難うございます……何しろこやつらときたら、腕は立つもののとんだ問題児ばかりでしてな。まったくドロスめ、役に立たんのばかり雇いおって……」
申し訳なさそうに頭を下げるつつもぶつぶつ言うロベカル。正直もう男たちのことはどうでも良いので、セーマは先を促した。
「ともかく水の魔剣についてお話を。どうやらまた、新しい魔剣も絡んできているようですので……なるべく早急に取り返すなり確保するなりしなければ」
「おお、そうでしたの! 分かりました、それでは奥の部屋でお話しさせていただきます」
急いだ様子に、ロベカルも当然ながら重大な事態であると認識し、その顔を引き締めた。さすがの切り替えの早さ、さすがのS級冒険者と言うべきだろう。
かくしてセーマは奥の部屋へと通された。応接間を臨時に改装して用いているのか、テーブルを囲んでソファが置いてある。
早速向かい合って座りひとまず落ち着けば、ロベカルが先んじて口を開いた。
「さて、とにかく水の魔剣についてですな……とはいえわしも、直接奪われた場面に居合わせたわけではないのです」
「そうなんですか?」
「ええ……調査チームのもう一人のリーダー、ここのギルド長ドロスからの報告で知りましてな」
「ドロスさんの……」
言われて思い返す。
ギルド長ドロス……実技試験の折りに一度だけ会ったことがある、自身もS級冒険者であるという妖艶な美女だ。気配からも亜人であるようだったが、あまり深く関わってもいない女性である。
「あやつの話では、下手人は突然やって来て魔剣を奪っていった、と。最近『破槌』と行動を共にしておったヴァンパイアの片割れというのはかろうじて判別できたため、わしが聞き取りに向かった次第です」
「ふーむ……ドロスさんからもお話を聞けますかね」
「それは難しいかと……あやつも今回の件は重く見とりまして、魔剣を取り戻そうと直接動いとりますでな」
ロベカルの言葉にやや落胆するセーマ。実際の目撃者から話を聞ければ、また何かしら見えるものもあると思ったのだが。
窓から夜の空を見上げてしばし、考え込む。満天の空は煌めきが連なっており綺麗ではあったが……楽しむ間もなくセーマは言った。
「……となると、風の魔剣を追うリムルヘヴンちゃんを、更に追うドロスさんという構図か。まずはドロスさんと合流すべきですかね」
「闇雲に探すよりは良いかもしれませぬな……しかし間の悪い。まさか魔剣を修復した矢先にこれとは」
「ん……? あ、柄の部分ですか」
一瞬訝しんだセーマだったが、すぐに得心した。ワインドとの最終決戦において、水の魔剣はその柄の部分から二つに切断され、そのままでは扱える状況にはなかったのだ。
そしてギルドに渡り、調査チームが修復に取り組むようになった。魔剣を調べるに当たり、故障品では埒が明かないという判断からだろう。
それをリムルヘヴンが持ち出したのならば、すなわち使用可能な状態にまで復元されたと言える。素直に感心して彼は言った。
「修復に成功したなんてすごいですね……結構スパッと切断されてましたのに」
「そうですのう。ドロスの知り合いとかいう腕利きの鍛冶に任せたのが裏目に出た形ですな……」
「か、顔が広いですね……さすがはギルド長」
得体の知れない魔剣までしっかりと修復してしまう程の鍛冶師……さぞや名匠であろうと深く頷くセーマであった。




