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急げ町へ、謎を秘めた魔剣

 ある程度の情報を得てから、宣言通りに苦痛なく亜人の男を葬った後。

 馬車に戻ったセーマが馬車内を確認すれば、先程の少年少女たちの治療もある程度進んでいたところであった。

 

「どう? ミリアさん」

「はい、大体終わりました。女の子は元より無事でしたが、男の子の方がやはり傷が酷いですね……どうにか一命は取り留めましたが、出来る限りすぐ町に戻って設備の整った病院で見てもらうべきです」

「やっぱりか……」

 

 ミリアの見解にセーマが息を吐いた。さしあたり死にはしなさそうであるのが不幸中の幸いだが、さりとて今すぐにでも町に戻る必要があるのならば、そうするべきだろう。

 

「分かった、今すぐ戻ろう。特別区の病院なら夜でもやってるはずだし、そこへ──」

「ま、待ってください」

 

 すぐさま帰還を提案するセーマを止める声。振り向けば、あちこち包帯を巻いた見るからに傷の深い少年が馬車の奥、横たわりつつもこちらを見ている。

 セーマは彼に近づいた。なるべく音も振動も起こさないようにゆっくりと座り、覗き込むようにして努めて優しい声音で応える。

 

「どうした? 君の状態を考えれば、すぐに町へ向かうのが一番なんだけど」

「あ、いえ……その、依頼が」

「依頼?」

「わ、私から説明します。」

 

 眉を潜めるセーマに、少年と側に座る少女が頷き、亜人に襲われるまでの経緯を説明した。

 

 知り合いの娘に頼まれて、丘陵地帯の向こうにある花畑にまで花を取りに来たこと。

 新米冒険者だけを襲う亜人が出没していることは聞いていたが、夕方までに行き来すれば大丈夫だろうと思ったこと。

 そして──当ては外れ、亜人は早々に丘陵を徘徊しており、それに気付いた時にはもう遅かったこと。

 

 これらを聞いてセーマとジナの冒険者組は二人、顔を見合わせてから言う。

 

「事情は分かった。なら、少しだけ待っていてくれ。ジナちゃん、頼めるか?」 

「お任せください。ここからなら10分だってかかりませんよ。ねえ、君たち。ええと──」

 

 主の考えをすぐさま理解して頷くジナは、少年少女に確認を取ろうとして……そこで少女がハッと気付いて頭を下げた。

 

「す、すみません。助けていただいたのに名乗りもせずに。私はソフィーリアと言います。それと彼が……」

「アイン、です。半年前に冒険者になったばかりです、僕たち」

「アインくんにソフィーリアちゃんだね。ボクはジナ。それと向こうの人がミリアさん。そしてこちらの方がボクらの主人、セーマ様だよ。よろしくね」

 

 互いに名乗る。少年少女──アインとソフィーリア。

 新人にして亜人を倒すという快挙を成し遂げた、この若き英雄たちの名を胸に刻みながら……しかしセーマは割って入る。

 

「挨拶は後でゆっくりとしよう。それで、花は何でも良いのかい二人とも」

「あ、いえ……赤と青の花、それを欲しがっていました、あの子」

「押し花、作るんだー、って……」

 

 どこか呑気な空気で答える二人。つい先程まで死の直前にまで足を踏み入れていたのだ、安堵して脱力するのも無理もなかった。

 あるいは普段からこのようにのんびりとした二人組かも知れないな、と頭の片隅で考えつつもセーマはジナを見る。

 

「赤と青。分かりました、それじゃあ少しだけ待っててください皆さん、全速で行きます!」

「頼んだ」

「気を付けて!」

 

 セーマとミリアの声を背に受け、ジナは即座に馬車から飛び出た。そのまま数秒とかけずに丘陵の果て、その向こうへと消えていく。

 

「は、早……!?」

「ミリアさん、今打てる手はある?」

「いえ……現時点でできることはすべてやりました。後は一秒でも早く病院へ運ぶしかありません」

「ここに『マオ』がいればな……言っても仕方ないが」

 

 あまりの早さで遠ざかるジナに驚くソフィーリア。アインも目を見開いて絶句している。

 一方でセーマはミリアと話して、やはりすぐさま病院へと向かう外ないと知った。

 

 およそ何でもできる万能能力を持つ、館の食客の一人『マオ』がここにいれば……と、ついつい無い物ねだりをしながらも立ち上がる。

 

「ジナちゃんが戻り次第、すぐさま馬車を動かせるように準備しておくか。ミリアさん、二人を見ていてあげてくれ」

「かしこまりました……アイン君、少し目を閉じて安静にした方が良いわ。ソフィーリアちゃんも、気持ちを落ち着けて」

 

 何をしてやれるわけでなくても、せめてできることを行う。

 ミリアに少年少女のケアを任せ、セーマは御者台に移ってノワルとブランをいつでも走らせられるよう、用意をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、ご主人さん!」

「よし、行くか……ノワル、ブラン!」

 

 実際には10分どころか5分とかけずに、彼女は戻ってきた。

 ジナだ──その腕には赤と青の花を多く抱えている。

 

 彼女が馬車に辿り着くのを見計らって手綱を握る。黒白の双馬ノワルとブランも緊急事態だと分かっているのか、すぐさま全力で駆け出した。

 

「すご……全然揺れない、この馬車」

「よく見れば内装も豪華だし……セーマさんたち、お金持ちなんですか?」

 

 馬車内からアインとソフィーリアの驚く声が聞こえる。その素朴と言うべきか、やはりどこか呑気な内容に苦笑しながら馬車を走らせる。

 

 いかにもこの馬車も森の館同様、最高級の素材と技術を用いた高性能の馬車だ。

 ベッドにソファ、椅子やテーブルなど、まるで高級宿の一室じみた内装はすべて固定されており、また骨組みにもバネを多数仕込んでいるため走行中でも揺れたり内部の置物が転倒したりすることはない。

 

 車内で二人の世話を焼くミリアがセーマの代わりに答える。

 

「ご主人様は大変な資産家ですもの、このくらいの馬車ならいくつも所有してらっしゃるわ……『森の館』について聞いたことはある? 二人とも」

「え? あ、はい。大森林のどこか奥深くにあるって言う、ものすごい豪邸ですよね。亜人のメイドさんがたくさん住んでるって噂の」

「……メイド? あれ、じゃあもしかして皆さんってあの館の?!」

「ええ。私とジナちゃんはかの館のメイド。『森の館』にてご主人様にお仕えしております」

 

 『森の館』について思い返すアインと、そこからピンと来たのか声をあげるソフィーリア。

 それに頷き、改めてミリアが自分たちの身分を明かせば二人して無邪気に驚きと好奇心に溢れた吐息を漏らしたのがセーマにも聞こえた。

 

「噂になってるのか……毎回町に行く度に目立ってるから然もありなんって感じだけど、マジかー」

 

 遠い目になり、普段から町では注目の視線を浴びていることを思う。

 必ずメイドの亜人を連れ立って行動しているのだ、目立つし噂になって然るべきというのは分かるのだが……何とも言えない気恥ずかしさを感じるのが正直なところだ。

 

「冒険の時くらい私服で参加してくれても……あーでもそうなると、変なのがナンパしてくるとかありそうでなあ……と、いやいやとりあえずそうでなく」

 

 それはさておきと、セーマは馬車を走らせながらも横目で御者台に立て掛けておいた漆黒の剣を見た。

 先程アインが落としていたので拾っておいたものだ。そのまま持ってきていたのだが……どうにも引っ掛かるものを感じたため、アインには未だ返さずにいる。

 

 手綱から片手を離して剣を掴み、手元に持ってくる。柄も刃も真っ黒だ……鍔の部分にのみ、真っ赤に輝く宝石が埋め込まれている。

 まじまじと見詰め──もちろん馬車の制御にも意識は割いている──セーマは独り言ちた。

 

「あれは間違いなく『ファイア』の炎だった。アインくんが、というより魔王以外に魔法を使える者がいるとは到底思えないから、むしろこの剣に備わっている機能と見るが。さて」

 

 かつて魔王の用いた、炎を放つ魔法『ファイア』。

 間違いなくそれと同種の炎を放ったのは、普通の人間であるアインよりはこの剣が関係しているように思える。

 

 セーマは剣を空に向けて軽く、何度か振った。何も起こらない。

 

「『ファイア』」

 

 次いで魔法の名を呟く。やはり、何ら反応はない。

 力を込めても、埋め込まれた赤い宝石に触ってみても何も起こらずにいる。

 

「うーん。他に手順があるのか、あるいは使用条件があって俺はそれを満たしていないのか……そもそもアインくんはどこでこんなものを手に入れたんだ?」

 

 いくらか確認を経たところで、根本的なところに疑問を抱く。どうにもキナ臭いものを感じさせる剣だ……普通の店では到底、こんなものは取り扱っていないだろう。

 

 となれば何故アインの手元にあるのか、そこが分かれば判明することもあるかもしれない。

 アインとソフィーリアが傷を癒し、元気になったタイミングで詳しい経緯を聞いてみても良いかも知れないと、そうセーマは判断した。

 

「──いい加減薄気味の悪い。取り込み中だ、ストーキングは止めてもらおう!」

 

 と、そこでセーマは思い切り剣を虚空へと突き出した。空間を超えて何処かへと放たれる刺突。

 『勇者』として戦争へと参加していた頃に編み出した、遠距離攻撃の技だ……知覚している範囲内ならばどこにでも彼は攻撃できる。

 更に言うならば、つい先程に亜人の腕を何の脈絡もなく切断したのもセーマの斬撃だ。彼は結果的に、アインへのこれ以上ない程のサポートに成功していたのである。

 

 そして今回放たれた刺突も彼の思惑通りに機能した。

 先程から『気配感知』にて探知していた、馬車を追跡してくる亜人の足止めに成功したのだ。

 亜人の気配にたしかな動揺と恐怖を感じ取り、ホッと安堵の息を吐いてからセーマは呟く。

 

「何者かは知らんが、それなりに機微の分かりそうな輩で助かった……相手してる暇ないんだよ。怪我人抱えてるんだぞこっちは」

 

 やろうと思えば、今の足止めはそのまま一撃必殺にもなり得たが……相手の意図が分からないままいきなり殺すのも乱暴な話で、さすがにそれは躊躇われた。

  

 それに何より、現状で優先すべきは間違いなくアインとソフィーリアを病院へと連れていくことだ。

 今は面倒臭そうな手合いに構っていられない状況だと、セーマはあからさまに怪しい気配を敢えて見逃したのである。

 

 そうした彼の意図を、今しがたの『警告』から多少なりとも察したのか……立ち止まる亜人の気配。

 それを遠くに置き去りにして、馬車はいよいよ町へと戻っていくのであった。 

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