急転、思いがけない事態
「ほー。それじゃあお前ら、今から晴れてC級冒険者になるのか」
「そうなるな……正直FでもSでも何でも良いんだが」
酒を飲みつつ答えるセーマ。それなりにキツい酒だが、亜人ゆえの強靭な肉体にはそれでも頼りない。
向かいのマオはセーマから渡された冒険者証をしげしげと眺めている。あまり熱意のある様子でもなく、ちょっと気が向いたから眺めている程度の関心だ。
ちびりちびりとグラスを傾けて、セーマが言う。
「一応は貴重品なんだし無くすなよ?」
「分かってるよ。しかしまあ、こんなカード一枚で何が変わるんだか」
「それが結構、変わるんですよお二人とも!」
だらだらとした会話に割って入るのはアインだ。未成年ゆえ酒は飲んでいないが、隣のソフィーリアと共に興奮で顔を赤くして瞳を輝かせている。
「F級冒険者は結構、活動に制限がされてるんですけど……昇級によってその制限が徐々に解除されていくんです!」
「そうなの? 全然知らないんだけどそんなの」
「ま、まあセーマさんの場合は……たぶんギルドの人たち、相当特別扱いしてたんじゃないでしょうか」
「……無いとは言い切れないのが何ともなあ」
うーむと腕組みして唸る。たしかにセーマ自身、ギルド側からの言葉なき忖度を感じとることは多々あった。
恐らくは『出戻り』として荒事にも経験があると思われていたこと、そして実技試験で一暴れして腕が立つことを知られていたことからのものであろう。それはそれで構いはしないのだが、どこでも特別扱いなのには少しばかりため息を吐きたくなる心地だ。
マオがけらけらと笑って言った。
「リリーナ相手に真正面から打ち勝てる新人を、そこらの木っ端と一緒くたにするわけないだろ? 実技試験とやらの時にはしゃいだ自分を呪いたまえよセーマくん」
「あー……でもリリーナさんとの本気の打ち合い、楽しかったしなあ」
「『剣姫』様との戦いをそんな風に楽しめる人、セーマさんくらいだと思いますよ……」
ソフィーリアがかなり本気で引いた面持ちで呟いた。更にアインと、あまつさえマオまで何度も同意したように頷くのがセーマには心苦しい。
酒を一気に呷る。相変わらずアルコールの回る気配はないが、それでも喉の焼ける感覚を大人らしいものとして味わいつつ言った。
「ま、別に良いさそこは。それでアインくん、昇級すると具体的に何が変わるんだ?」
「あ、はい。一番大きいのは、受けられる依頼の幅が増えることですね。C級だと護衛任務や警備任務が解禁されます。ちなみにD級では亜人討伐、E級では人間の賊討伐が解禁されます」
「見事に荒事ばかりだな……」
「危険じゃない依頼は大体、F級の時点で受けられますから。それと長距離移動依頼もD級で解禁されますね」
アインの説明とソフィーリアの補足を受けてなるほどとセーマは頷いた。安全な依頼から経験を積み、やがて昇級と共に段階を踏んで危険な冒険にも挑んでいく……実力を付けることでステップアップしていく形だ。
鼻を鳴らしてマオが感心する。
「ふん……中々考えてるもんだ。最初からズルじみた強さのセーマくんや途中からインチキ装備使い始めた小僧でもない、本当にただの素人の場合ならそれで順当に行けたろうな」
「ズル言うな!」
「インチキ装備……」
まるで身も蓋もない言葉にセーマは反論し、アインは苦笑いに留まる。
ズルにインチキ……二人とも本当にそう言われてもおかしくない成り行きで力を備えたのであるが、魔王に指摘されるとお前にはあまり言われたくないと言い返したくなるセーマだ。
「おっ、いたいた。おーい、セーマ!」
「うん?」
──と、そんな頃合いになってセーマに一声かけられた。振り向くとそこには見覚えのある顔が一人、手を振ってこちらへと向かっている。
「……ノリスン! 奇遇だな、こんなところで!」
「いやいや、実はさっきもあんたを見かけてたんだよ!」
「何だよー、言ってくれれば一緒に飯食えたのに!」
「すげえ賑わいだったから近寄ることもできなかったんだよ、ははは!」
喜色満面に握手と言葉を交わすセーマとその男、ノリスン。
一方でまるで面識のない三人は目を丸くしており、特にマオは面白くなさそうにじとりとノリスンを見据えてセーマに誰何を問うた。
「セーマくん、誰そいつ? 戦争時代の知り合いか?」
「いやいや、彼はノリスン。こないだワインドに殺されかけてた二人組の片割れだ」
「ども、C級冒険者のノリスンだ。変な通り魔に殺されかけたところを、このセーマに助けられたんだ。彼は恩人だよ」
挨拶するノリスン。数日前、水の魔剣士ワインドに逆恨みから襲われた二人組……それがトラインとノリスンだった。
トラインが瀕死の重症を負わされ、あわやノリスンと死に瀕したところをセーマに救出されたのである。
ふとセーマが尋ねた。
「と、そう言えばトラインだったか。彼はどうなった?」
「おう、そのことでな……なんとか一命を取り留めてくれたよ! ありがとうセーマ、あんたが救ってくれた命だ!!」
「──! そっか……良かった、二人とも!」
ノリスンとコンビを組んでいる冒険者トライン。彼は直接『ウォーター・ドライバー』を受けてしまい瀕死にまで追い込まれていた。
割って入ったセーマとフィリスによって病院に運び込まれ、そこから余談を許さぬ状況だったみたいであるのだが……どうにか生き延びたということで、セーマは喝采をあげた。
「今はまだ傷も塞がってないから入院中だけどさ。しっかりリハビリすれば問題なく冒険者に復帰できるってよ!」
「ああ、それは何よりだ! 今はゆっくり回復してくれって伝えといてくれよ、ノリスン」
「ありがとうセーマ……トラインがよ、感謝してたぜ。『貴方のお陰で死なずに済みました。俺に生き抜く勇気をくれてありがとう、いつか必ず恩返しをします』ってさ」
「恩返しなんて気にするなって。よし、じゃあ祝いだし一緒に飲もう!」
ノリスンの肩を叩いて喜ぶセーマ。割って入ったタイミング的に生死が微妙だった者が生還したのだ、これは素直に喜ばしい。
しかしそんな彼に対して、ノリスンは首を横に振る。
「いや、飯ならもう食ってさ……あんたに一言だけでもお礼が言いたかったのと、それとちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
唐突に深刻そうな顔付きになるノリスンに、セーマは不思議がる。
そして次の言葉で、彼のみならずアインもソフィーリアもマオでさえも、目を丸くして驚いた。
「こないだ、冒険者のパーティが何者かに襲撃されて病院送りにされてよ。それがどうも、俺らを襲った奴と似たような不思議な力を使ったらしいんだ」
「……まさか、三本目の魔剣?」
「魔剣ってのは知らないが、あの野郎よりヤバい奴かも知れねえぜ……何せ被害者がA級冒険者、あの『破槌』レヴィのパーティだからな」
「──レヴィさん!?」
驚愕に叫ぶセーマ。
次なる騒動が既に起きていることを、彼は思い知るのであった。
ノリスンから思わぬ事態が起きていたことを知らされたセーマたちは、食事もすぐに終わらせてレヴィたちが入院しているという病院へと直行した。
住宅区にある大きめの病院で、元より冒険者を多く受け入れている所らしく手慣れた風な看護師が受付をしていた。
「すみません。先日入院したというレヴィさんの友人なんですが……彼女の病室を教えていただけますか?」
「あ、はい。ご案内しますがその前に身分証明書をお願いします。何しろ荒事もする冒険者さんなら、見舞に見せかけた襲撃なんかも無くはありませんので」
「そ、そうですか」
やたら物騒なことを仄めかす看護師に、やはり冒険者とは中々にヤクザな稼業なのだなと顔も引きつるセーマだが今はそれどころではない。さっさと貰ったばかりの新しい冒険者証を見せ、看護師に言った。
「どうぞ、冒険者証です。俺一人だけで良かったですか?」
「はい、大丈夫ですよ。それではご案内いたします」
「……助かったな。君や小僧小娘はともかく私は身分証明の類、無いからね」
案内を受ける傍らでマオが小声で呟いた。彼女は元々魔王であり、当然人間社会の外側にいた者だ。しかも大概の事態を魔法の万能性で解決できてしまうため、身分証明など必要ない身の上だ。
それでもこういう些細なところで躓きかけることはあるのだ……セーマが悩みつつ言う。
「お前も何か、身分証明書要るかもなあ……王国籍でも取るか?」
「馬鹿言え、何で私が人間社会に迎合しなくちゃならんのだ。今度ローランに適当なの作らせるよ、貴族待遇とかされる感じの奴」
「へ、陛下にですか……!?」
王国を統べる『豊穣王』、この国の頂点たる存在に何ということを頼むつもりなのかとソフィーリアが唖然とした。
アインも閉口しているが、こちらはいい加減マオがセーマ級にとんでもない存在だと気付いてきているので、己の常識で推し量ることは無意味だと割り切り始めているらしかった。
「無茶苦茶ですよマオさん……いくらセーマさんが陛下と仲良しだからって、そんな」
「まあ身分証明書くらいなら頼めば作るんじゃないかな、あいつも。下手に断って逆恨みされるよりは恩を売っておきたいだろうし」
「え」
「いやーだってこいつ、タチ悪いから。ぞんざいに扱うとしつこく嫌がらせとかしかねないんだよ」
マオを指差しセーマがズバリ。
勇者として誰よりも魔王に向き合ってきた彼だからこその一家言だ……この女、これで案外タチが悪い。
余裕がある時はまだ良いのだが、一度追い詰められると形振り構わず陰険なやり口にまで手を染めるところがあるのだ。戦争の最終盤、完全に勝敗が決してなお遅延戦術じみたゲリラ戦に移行してきたのを振り返るセーマに、マオは憤然と抗議した。
「人聞き悪いこと言うな。そんなことくらいで逆恨みなんてするかよ……精々毎日フィオティナ煽って暴れさせるくらいだ」
「信じられない迷惑行為を思い付いてるな、お前!? 派手好きな癖して何でそう、発想が微妙に陰湿なんだ!」
「陰湿というか、ちょっと……嫌な人っぽいような……」
「陰湿!? 嫌な人ぉ!?」
平然と騎士団長を利用しての嫌がらせを語るマオに、セーマとソフィーリアがさすがに呆れ顔で言う。
前から思っていたがこいつ、素の性格はかなり地味で暗いんじゃないのか? ──とさえセーマは考えつつある。
と、案内を受けながら紛糾する三人にアインが声をかけた。更にその後ろには、しかめ面した看護師がいて、アインに続けて声音も低く話しかける。
「あのう、三人とも。そろそろ静かにした方が」
「すみませんが病院内ではお静かに願います」
「ご、ごめんなさい……」
病院内では静かに。当たり前のルールを持ち出され、セーマは一も二もなく謝る。
そんな一幕もありつつ、彼らはやがて病室の前に辿り着いた。
「こちらになります。病室内でもくれぐれもお静かに」
「あはは、は。はい、わかりました」
釘を刺す看護師に頷きつつ……彼らは、病室のドアをノックした。




