帰還と昇級、駆け上がる冒険者たち
王都にて、『豊穣王』ローランとの謁見を経て、更にアインとソフィーリアは騎士団長『銀鬼』フィオティナと交流までしてから……一行はマオの転移魔法『テレポート』にて王国南西部の町にまで戻ってきていた。
そのままギルドへと向かう……セーマとアインが受付に呼び出されているためだ。
「それにしてもすごい便利ですね『テレポート』……王国南西部と王都を一瞬で行き来できるなんて」
「この間の水の魔剣騒動の時に、初めて体験しましたけど……こんなとんでもない技、聞いたこともないです。何かデメリットとか無いんですか?」
「あるわけ無いだろ? マオさんの魔法は世界一さ……魔剣だの魔眼だのとパクリが横行している昨今だがそれらは所詮劣化品、本家本元たる私の魔法には敵わない」
鼻も高々に己の魔法を誇るマオ。アインやソフィーリアにはまだ伝えていないが、さぞや驚くことだろう……この、何とも幼稚な勝ち誇りをする少女の正体が、かつて世界中の人間たちを恐怖に陥れた魔王その人であることに。
そんなことを思いながらも、セーマはマオの頭を二、三回軽く叩いた。
「ハイハイすごいすごい。それじゃ俺とアインくんは受付行くから、お前はソフィーリアさんと食事処で席確保しといてくれよ。夕食にしよう」
「子供扱い止めろ……分かったよ、もう! 行くぞ小娘、付いてこい」
「あ、はい。アイン、それじゃ後でね」
「分かったよ、ソフィーリア」
まるで子供扱いなセーマに文句を付けつつも、マオはソフィーリアを伴ってギルド内の食事処へと向かう。
「やれやれ……いざという時は頼りになるんだが普段がまるきり子供なんだ、あいつは」
「それだけセーマさんに心を許してるんだと思いますよ?」
「……まあ、だったら悪い気はしないけど。とにかく俺たちもいこう。あんまり遅れると本当にヘソを曲げるぞ、マオの奴」
残されたセーマとアインも受付へと向かう。
ギルドの受付は大体の場合、朝と夕暮れ辺りが一番賑わう。今回もご多分に漏れず、かなりの冒険者が受付前を屯しており……これはどやされるかなと二人して頭を掻いた、その時だ。
「──あっ、セーマさんにアインさん! お二人ともこちらへ!」
「へ?」
「え?」
受付からの呼び声に、行列の最後尾ながら声をあげる。めざとくも事務員の女が二人を見つけ、こちらへ来いと手招きしていた。
「えぇ……? 良いのか、これ」
「ま、まあ事務員さんのやることですし」
行列を無視する形で恐縮なのだが、さりとて無視もできない。立ち並ぶ冒険者たちの横合いを通り過ぎ、二人は受付へと赴いた。
事務員の女が、ひどく明るい顔と声音で迎え入れる。
「お待ちしていましたお二人とも!」
「え? えーと」
「何か、用事があるって聞きましたけど……」
「はい!」
やけに高いテンションなのはセーマとアインの見間違えでもないだろう。明らかに興奮した様子で事務員は笑っている。
とにかく訝しい二人に向けて、事務員はカードを差し出した……冒険者証だ。別に落としたわけでもなければ無くしたわけでもないのに、何故?
「おめでとうございますお二方! この度我々ギルドは晴れて、セーマさんとアインさんをC級冒険者へのランクアップを承認しました! 史上初の、二段飛ばしの昇級です!」
「え、えええ!?」
「……はあ」
高らかに告げる事務員に、周囲の目が一気に二人に集まる。驚愕と好奇に満ちた瞳だ……何やら面倒そうだとセーマは苦笑した。
一方でアインは素直に純粋に驚いている。昇級、それ自体が驚くべきものを、しかも一気にFからCだ。つまりはD級とF級を飛ばしてのランクアップ……そんなことは聞いたこともない。混乱して少年は詰め寄った。
「え、な、どうしてです!? 聞いたこと無いですよそんなの、ていうか早くないですか!?」
「はい! とっても早いです! 通常、戦後に冒険者となったF級の方が昇級するのは、最低でも一年はかかります……それをアインさんは半年、セーマさんに至っては一月足らずでの昇級! それも一気に三段階! 快挙ですよ快挙!」
「ふ、ふわわわわ! す、すごいですよセーマさん!?」
「そ、そうなの……すごいなあ」
興奮で早口ながら、よく口の回る事務員の称賛。アインもつられて嬉しげに笑いはしゃぐのだが、セーマはあまり乗れずにいる。
周囲の冒険者も何やらどよめき、拍手したり指笛を吹くなりして祝ってはくれているのだが……愛想笑いに終始するセーマに、事務員がきょとんと声をかけた。
「あれ……嬉しくないですか?」
「あ、いえ……ええと、ちなみに理由の方は?」
「それはもちろん! 魔剣騒動に絡む功績ですとも!! セーマさんはアインさんとソフィーリアさんの救出に加えて町中での殺人の阻止! また『オロバ』に関する情報収集と大幹部の撃退も込みですね! 実技試験が満点だったことも考慮し、前代未聞の三段階昇級となりました!」
セーマの昇級理由、すなわちこれまでの活動における実績や功績を語る事務員。注目を集めている中とあって周囲の冒険者たちにも筒抜けだ……セーマの聴覚が、彼らの囁きをしっかりと捉えていた。
「実技試験満点んん!?」
「す、すげぇ……あれボコられて鼻っ柱へし折られるための儀式じゃなかったんだ」
「たしか森の館の主だろ、あの兄ちゃん? 金持ちで美人メイドわんさか抱えてる上に腕も立つのかよ……」
「噂じゃ『出戻り』だそうよ? ここら辺で呑気にしてた私らとは、そりゃ色々違うわよねえ」
「戦争中も普通に暮らしてたもんなあ俺ら。よそは今や滅茶苦茶らしいし、おっかねえよなあ」
口々に感嘆の念を漏らす冒険者たち。案外、嫉妬や怨嗟は聞こえてこないことにセーマは内心で意外に思ったのだが……何しろ会話からも分かる通り根本的に呑気で平和なのだ。羨む程度で悪感情まで抱くことはないのだろう。
やはり、この辺りの人間の長閑さは感心すべきものがある。かつては戦争で荒れた地域やそこに住む人たちを嫌になる程見てきたセーマには、当たり前のようなこの穏やかさが何とも心地よい。
悦に浸る彼の傍ら、今度はアインが手を挙げた。
「えっと……それじゃあ僕の方は」
「アインさんは通り魔亜人の討伐と、水の魔剣使いの撃破と捕縛です! 特に後者では『剣姫』『疾狼』『エスペロの女帝』との共同戦線だったとのことですので、将来性において極めて有望と評価されました! 『クローズド・ヘヴン』のゴッホレールさんとカームハルトさんのお墨付きなんて凄いですよ!!」
「ああ……あのお二人の報告でしたね」
「ちゃんと報告してくれたのは良いんだけど、尾ひれ羽ひれ付けちゃいないだろうな……」
遠い目で呟く二人。ゴッホレールとカームハルト……『クローズド・ヘヴン』のメンバー二人は、セーマに頼まれた通りに水の魔剣を巡る抗争の顛末を報告してくれたようだ。とはいえどうも浮き足立っていた様子のコンビだったので、いまいち正確に伝えてくれていない気もするのだが。
「『クローズド・ヘヴン』が来てたの!? 嘘だろ!?」
「こないだ見たぜ俺、ここの食事処で『タイフーン』と酒飲んでたわ」
「ていうか『剣姫』に『疾狼』、『女帝』って……とんでもないビッグネームばかりじゃないの」
「そんな連中と共闘って……やるなああの子。それに通り魔亜人の討伐っててあれだろ? 新米ばっかり狙ってた糞野郎の亜人の事件」
やはりざわめく冒険者たち。心なしかセーマの時より戸惑いが強いのは、アインというよりは会話の中で何人もの有名冒険者たちの名が出てきたためだ。
とはいえアインがそのような実力者たちと肩を並べた末に前代未聞の昇級を果たしたのは変わりなく、やはり拍手を以て祝福されたのである。
「何にせよすげえじゃねーか!」
「『オロバ』とか魔剣とかよくわかんねえけど、おめでとさん!」
「くそー、羨ましいぞガキども、奢れ奢れー!」
「うわ、僻みだ僻み。みっともなーい」
「こりゃ二つ名付きになるのも近いかもなあ……王国南西部出身の二つ名付きが増えるなんざ胸が熱くなるな」
冗談混じりのやっかみもありつつ、概ね好意的な反応。セーマもアインもどこか照れたように笑い、互いを見た。
「な、何かすごいねえ。いやー正直、昇級とかあんまり興味なかったんだけどさ。こんな喜ばれると嬉しくなってきたよ、俺」
「え……興味ないって、それもそれですごいですね」
「アインくんは分かってるだろ? 俺もう、隠居してるからさあ」
そう言って肩を竦めるセーマ。
アインには分かっていた。彼がかつての英雄、勇者であることと、それゆえの悲願……すなわち平穏な日常。やることをやった後は平穏無事に日々を送る隠居生活を、彼は望んでいるのだと。
「それは、まあ。でも活躍ぶりを見るととてもそんな風にも思えませんよ」
「そこはそれ、成り行きだからね……さっさとバルドーをとっちめて、元のスローライフに戻りたいよ」
「あは、ははは」
しかして現在、セーマの思うような隠居生活は送れているとは言いがたい。
無論、彼の生活の軸は変わらず森の館であるし魔剣が関わらない日常も送ってはいる。それでもやはり、王国南西部に『オロバ』の魔の手が伸びている現状では、どこか気兼ねしてしまう所もあるのだ。
それゆえに彼としては、なるべくさっさとバルドーを倒して魔剣騒動に決着を付けたいのが本音のところだった。
「ま、とにかく今は昇級したってことで、とりあえず喜ぼうか。事務員さん、他に何かあります?」
「いえいえ! 後は前の冒険者証だけお返しいただければそれで今回のお話は終わりです」
「あ、そうですね。それじゃあどうぞ」
「僕のもどうぞ」
言われるがまま古い冒険者証を渡す。最新のものがある今、手元にあっても混乱するだけだろう。
受け取って事務員は笑顔を見せつつ、ふと気付いて言った。
「あ、それから一つだけ。ギルドの調査チームを率いているS級冒険者『タイフーン』ロベカルさんから、近い内にでも情報共有がしたいと言伝が」
「ふむ?」
セーマは暫し考えた。ロベカル率いる調査チーム……正直、今の今まで大した関わりもないままなのだが、今後を考えると交流はしておいても損はない。
何しろバルドーは形振り構わず仕掛けてくるかもしれないのだ、情報共有は是非とも必要であろう。
「なるほど、たしかに連携は必要ですね。良いかなアインくん?」
「ええ、もちろんです。たしか水の魔剣も今、チーム預かりですよね? あの後どうなったかも気になります」
「そういやそうだったな……構造や仕組みに関して、ちょっとは分かってたりするのかな、向こうさん」
アインの承諾も得たことだ、明日にでも調査チームを訪れてみるか。そう思いつつもセーマは彼を連れて受付を出た。
多くの冒険者の注目を集める思わぬ事態ではあったが、後はマオとソフィーリアも含めた四人で楽しく夕食だ。
そうして彼らは食事処へと向かうのであった。




