セーマとフィオティナ、そしてアイン
食事も終わり、三人は観光に精を出していた。
フィオティナの、拙いながらも案内を受けつつそこらの土産物屋を巡っているのだ。
「王都クッキーに、王都ビスケット! 王都アイス……は、持っては帰れないね。溶けるし」
「王国ワッペンと、あら、王国茶! お母さんが飲みたがってたのよ! ふふ、買っちゃおーっと」
「おいおい、とりあえず何かしらに『王都』とか『王国』付けてるだけじゃねえか。何かしみったれたネーミングだなあ」
はしゃぐアインとソフィーリアを尻目に、呆れたように土産物を眺めるフィオティナ。王都住まいゆえ、縁のない物であるが……改めてみると色々あるなと呟く。
「『豊穣王』印の茶葉に……『剣姫』もお気に入りの饅頭?! おいおい、リリーナの奴に許可取ってんのかよこれ……俺なら怒るな、こんなの勝手に出されたら」
「あ、フィオティナさん! 見てくださいこれ、『銀鬼』愛用のハンカチって」
「店主出てこいオラァッ!! 俺ァハンカチなんざ一枚だって持ってねえぞコラァッ!!」
「そ、それはそれでどうかと……」
このように、勝手に人の名前を出しての売り出しにフィオティナが激昂したりもしたが……概ね平穏無事に王都巡りは行われていた。
「てか、お前ら観光地とか行かねえのかよ? 土産物屋ばっかりじゃねーか」
「行きたい気持ちももちろんあるんですけど……あんまり広くて気後れしちゃって」
「王城から離れすぎるのも良くないかな? とも思いますし、とりあえずお土産から済ませようかなと」
「ほーん……ま、たしかに広いしな。初めて来たらそりゃ、どうすりゃ良いか迷うか」
都会の広さに圧倒されている少年少女に、そんなもんかとフィオティナは視線を向けた。既にそれなりの量、土産物を買い込んでいる……これでは中々遠出も厳しいだろう。
ふむと考えて、彼女は提案した。
「よし! じゃあこの近場で一番の有名所だけでも見て帰れよ。いくらなんでも王都来て何も見ずに土産だけ買って帰りましたーなんてのは、騎士団長としても見逃せねえ」
「そ、そうですか?」
「じゃあよろしくお願いします、フィオティナさん!」
「おう、任せなアイン、ソフィーリア!」
戸惑うソフィーリアと、いち早く応えるアイン。
対照的ながらも中々、素直な二人の反応にフィオティナも上機嫌だ。
弟子であるセーマが一目置くのも分かる──戦士として以前に、人間としてひどく純朴で可愛いらしい。
ついつい力を貸してやりたくなる、そんな魅力があるのだ、このアインと言う少年には。
面白い奴が孫弟子になったと喜びつつ、王国騎士団長は豪快に笑った。
「よっしゃ! じゃあ行くか。すぐそこだからよ!」
「ちなみに何て場所なんですか?」
「博物館だ。ちょうど今、あの戦争で名を馳せた英雄たちの武器やら防具、使用してた器具やらのレプリカを展示してるんだとよ」
「そうなんですか!? それ見たいです、僕!」
アインが瞳を輝かせた。やはり年頃の少年、英雄の武器や防具と言うものにはロマンを感じるのだ。
そんな彼を見て微笑むソフィーリアだったが、彼女としては正直興味は向かない……とはいえアインが関心を示しているのだから、それなら一緒に見るのも吝かでは無いのだが。
「英雄の装備、ですかー」
「おめえらも冒険者なら見て損は無いはずだぜ。何せまだ現役な奴も多いしな、どっかで鉢合わせた時に役立つかも知れねえ」
「あ、そうですね……冒険中に関わることだってもしかしたらあるかもしれませんし」
「何にせよ情報ってのは大切だ。どんな些細なもんだとしても、いつか必ず何かの役に立つ……戦士だからこそ情報不足は恐れろよ、お前ら」
実感の籠ったフィオティナの言葉。
セーマの師匠……アインがセーマの弟子とするならば、あるいは大師匠に当たる騎士団長の教訓に、少年少女はしっかりと強く頷く。
「よーっし、行くか! 金の方は任せろ、言い出したからには出すからよ!」
「結局僕ら、お土産代にしかお金使ってないね……」
「まあ、貯金できると思って。きっと後から入り用になるわよ、アイン」
そうして一行は博物館へと向かう。
昼過ぎのよく晴れた王都。アインとソフィーリアの観光は続いていくのであった。
「で……結局夕暮れまで二人を振り回したのか、フィオティナ」
「い、いやーははは! あんまり楽しくってよ、つい」
夕陽を浴びて王城近くの公園内、セーマが腕組みして言えば、相対するフィオティナは気まずそうに頭をかいて項垂れた。
周囲には狼狽えるアインとソフィーリア、そして面白がって眺めているマオがいる。
──博物館で一頻り、先の戦争で活躍した英雄たちの装備と逸話を堪能した三人。特にアインの盛り上がりは熱く、パンフレットを片手に食い入るように展示品を見ていた。
そしてその後には実際にフィオティナ本人から生の体験談を聞き……気が付けばすっかり夕暮れ時を迎え、ローランとの会談を終えたセーマとマオが痺れを切らしてやって来たのが今現在のことだった。
「あんたのことだから、アインくんに何かしら絡むだろうかなーとは思ってたが……何も延々自分語りすることはなかったんじゃないか?」
呆れたようにセーマが言う。気性は荒いがお節介焼きな面もある彼女のことだ、アインを探しだして見定めるなり世話を焼くなりはすると読んでいたが、まさか夕暮れまで戦争体験をスピーチするなどとは予想外にも程があった。
加減を知らないのかこの女。そんな思いでフィオティナを見ていると、彼女は目を泳がせながらも抗弁する。
「そ、そのよ! 何か参考になればなーと思って! ついつい度が過ぎて話し込んじまったのは……悪かったな、ガキども」
「え? あ、いえ! 貴重なお話ありがとうございました!」
「私たち、気にしてませんから……そんなに怒らなくても」
「ほ、ほら! 坊主もこう言ってるしよ!」
「……まあ、アインくんたちがそう言うなら。それと怒ってはないよ。若干呆れただけで」
終いにはついに非を認め謝る騎士団長に、アインとソフィーリアも慌てて取り成した。たしかに最後の方は割と聞き疲れもあったが、それでも貴重で参考になる話ばかりだったのは間違いない。
そんな思いからの言葉に、セーマもすぐ身を引いた。そもそも怒ってるわけでもなく、本当にちょっとした苦言程度なのだが……やりすぎも良くないと師への追及を止める。
「引くわー……フィオティナさん引くわー」
と、今度はマオが口を出してきた。
ニヤニヤと含み笑いで、からかうような声音だ……まるで玩具を見つけた子供のように、その顔は無邪気な悪意を覗かせている。
「え、何? セーマくんの師匠を気取って小僧相手に自慢話ですか? 騎士団長様はお暇ですねー」
「うっ……うるせえ! お前にゃ関係ねえだろ!」
さすがにマオには言われる筋合いはないと叫ぶ。しかしてエメラルドグリーンの少女は嬉しそうに楽しそうに、ここぞとばかりにフィオティナをからかった。
「関係ないわけ無いだろ……私だぞ、こいつらここまで運んだの。お前が気持ちよく一席ぶったことで、この後の都合みーんなズレこんでるぜ」
「えっ……ま、マジかよセーマ」
「いや別に? 帰ったらギルド寄るくらいで後は暇なもんだよ」
セーマが答えた瞬間、マオのいる場所めがけて閃光が走った。フィオティナが目にも止まらぬ速度で轟剣を放ったのだ。
「うるぁぁっ!」
「うおっと! ……あっぶね、お前ぜんっぜん短気なの直ってないじゃないか!」
「うるせえ馬鹿野郎、てめえ人おちょくりやがって舐めてんのかキャベツ頭!」
「キャベ……何だとこの野郎!? ゴリラが、もういっぺん言ってみろこら!?」
無論鞘ごとでの斬撃、実際に抜刀まではしていないが……それでもまともに当たれば亜人と言えど相当に痛い。
どうにかそれを回避して言い合いを始める二人に、いよいよアインとソフィーリアがおろおろとセーマに助けを求めた。
「あわわわわ、セーマさーん!」
「はわわわわ、大変ですよー!」
「落ち着いて二人とも。あいつら戯れてるだけだから。案外仲良いんだよ、最近」
「あ、あれでですか……?」
少年少女から見ればかなり激しい言い争いだが、セーマから見れば仲の良い範疇だ──何しろその実態は騎士団長と魔王。本来ならば言葉を交わすこと一つなく殺し合いをしていてもおかしくはない。
マオがセーマの元に身を寄せることになり、その都合上フィオティナとも何度か顔を合わせることにもなった。そしていくらかやり取りする内に、互いに苦手なまま息は微妙に合い始める、そんなおかしな関係にもなっていったのだ。
「フィオティナはともかく、マオの方がかなり拒否反応出てるけど……まああいつ、戦場でのフィオティナを知ってるからな」
「そうなんですか?」
「ああ。まあ詳細は省くが……『銀鬼』なんて呼ばれる程の暴れぶりだったのはたしかだ。何せ二つ名なんてなかった頃から自然とそう呼ばれてたからね。筋金入りだよ」
「筋金入り……」
勇者であり亜人でもあるセーマをして、そこまで言わしめる程の大暴れ。フィオティナとは一体、戦場で何をしたのか……ごくりと喉を鳴らすアイン。
そんな彼に笑いかけ、セーマは続けた。
「戦いとなると厳しい奴だから、アインくんに何かと難癖つけたりしないか不安だったけど、杞憂で良かったよ……と、そろそろ止めろお前ら! もう帰るんだからな俺たち!」
「……っち、覚えとけよてめえ。今度会ったらその鬱陶しい髪、肩口で切り揃えてやる」
「こっちの台詞だゴリラ亜人め。次こそ野生に返してやるから覚悟しとけ」
セーマの言葉に、睨み合いつつも渋々両者共に引き下がり、そっぽを向き合う二人。
まるで子供の喧嘩だ。やれやれと勇者はため息を吐く。
「アインくんやソフィーリアさんの前でみっともない……大人になれよ二人とも」
「だってよ、セーマ。こいつが」
「私じゃないしー。こいつだしー」
「分かった分かった。とりあえず今日のところは引き上げるぞ、もう日も暮れるから」
マオの手を引く。『テレポート』による転移がなければ王国南西部には帰れないのだ……こんなところでふて腐れられても困る。
そしてフィオティナに向けて、そう言えばとセーマは言った。
「聞いたよ。あんたまで王国南西部に来るそうだな……大丈夫なのか? ここの治安とか」
「あ? おう、問題はねえ。最近ようやく、王国全土が落ち着いてきたんだ。俺がいようがいまいが直に平和になるよ」
「そうなのか。ようやく落ち着くんだな、王国」
朗報だった。少なくとも王国においてはようやく、平和の兆しが見えてきたのだと言う。
だからこそ騎士団長たるフィオティナが、わざわざ王国南西部にまで出張れるのだろう。彼女は満足げに、そして不敵に笑った。
「つっても復興はまだまだ続くけどな。戦争の後遺症はしばらくありそうだよ」
「それでも大きな前進だろ? ……騎士団も大変だったな、ひとまずお疲れさん」
「へへ……ま、そんなわけでよ。ちっとは手も空いてきたし、今一番変なことになってる王国南西部に行ってみようかってなったのさ。一週間後には着くからよ、よろしくな!」
明朗に告げるフィオティナ。
ますます賑やかになりそうだと……セーマもアインも、顔を見合わせて笑うのであった。




