王都、思わぬ出会い
「すっ……ごぉーい!」
「広い! 大きい! 人多い! これが王都かぁー!!」
セーマから報酬名目で金を受け取ったアインとソフィーリアは、王城を正門から出たところで城下に広がる王都の広大さを見下ろし、叫んだ。
町の何倍もの規模の都だ……何しろ果てが見えない。
あまりのスケールに初めて王都を訪れた二人が騒ぐのも無理はなかった。
長く下る石の階段を下りていく。高い丘の上から一気に町へと辿り着けば、祭りでもないのに行き交う人、人、人の群れ。
整備された大通りの左右に多種多様な店が立ち並ぶ……この辺りでは特に土産屋が多いようだった。
王国南西部とは比べ物にならない程の人の量……アインがごくりと緊張と不安と興奮を飲み込んで呟く。
「ど、どこから回ろっか」
「そ、そうね……とりあえず手を繋ぎましょう! はぐれると大変だもの!」
「そうだね! さすがソフィーリア!」
完全におのぼりさんな──事実そうだ、田舎から上京してきたも同然なのだから──二人は慌てて手を繋ぐ。人混みの中、万一にも離れ離れにならないようにするためだ。
そんな少年少女に周囲の目は柔らかい。遠くからの観光に来たカップルを暖かく見守っている。
誰一人として知る由もないだろう──少年の方が、数日前に町を一つ救い『勇者』に見込まれた、新たなる英雄であるなどと。
「……おい、そこのカップル」
「え?」
「はい?」
と、つい先程下りてきた階段から声がかけられる。
きょとんとして二人が振り向けば……そこに一人、女がいた。
銀髪の女だ……勝ち気な表情の、つり目気味の美人。アインとソフィーリアを見下ろしながら更に言い放つ。
「お前ら、セーマのツレだよな……何してんだ? 二人だけで」
「えっと……僕らはもう用件も終わったんで、観光に」
「セーマさんならまだ、国王陛下とお話ししてるかと」
「ふーん……それでデートか」
女は階段を降りつつ呟く。絹のブラウスとスカート。武装は腰にぶら下げた剣だけと軽装だが、アインには一目で分かる──とんでもない実力者だ。
下手しなくても自分より強い。おそらくは騎士だろうと当たりを付けていると、美女は目敏くそんなアインの値踏みを察し、笑った。
「その年でよく目が利くな、坊主……お前がアインだな? 魔剣とやらを使う、セーマの弟子の」
「あ、はい……弟子かは分からないですけど、お世話になってはいるアインです」
「私は彼のパートナーのソフィーリアです……貴方は?」
「ん? おう、悪かったな名乗りもせずにいきなり!」
美女は歯をむき出しにして獰猛に笑う。豪放磊落……あるいは傍若無人。そのような感じの、我の強さを漂わせる笑みだ。
そして女は優雅に一礼し、名乗った。
「改めて名乗らせてもらうぜ……俺はフィオティナ。王国騎士団長フィオティナ!」
「……ええ!?」
「セーマにちょいとばかしだが剣を教えた、一応の師匠としてよ……孫弟子の面くらいは拝まさせてもらおうと思ってなぁ!! さすがにボンクラじゃ無さそうで何よりだぜ、わはははははっ!!」
「騎士団長……が、セーマさんの、師匠!?」
高らかに笑う彼女をよそに、アインとソフィーリアは顔を見合わせて驚く。
王国騎士団長フィオティナ……『世界最強の人間』はこうしてアインと出会ったのだった。
「遥々王国南西部から来たんだ、王都で一番旨いもん食って帰れよ、ガキども!」
「は、はあ」
「その……えと」
「何だぁ? 遠慮すんじゃねえよ、俺の奢りだ! こう見えて腕っぷしと金だけはあるからよ、こういう時に使わねえでどうするってんだ!」
豪快に叫び、目の前のテーブルに置かれた大量の料理を次々に平らげる。
騎士としては粗野に過ぎる食べっぷりに唖然としつつ少年少女らも食べ始めた。
「い、いただきます……おいしい!」
「あむ。……わ、本当! すごく美味しい!!」
さすがは王都の有名店、あまりの美味しさに頭が爆発しそうな二人だ。
──フィオティナに連れられて入ったのが、王都で最も高級な、つまりは王国で一番美味しい料理店だった。
それゆえにすっかり萎縮していたのだが……評判通りかそれ以上の極上料理の数々に魅了された様子で勢い良く食べ始める。
そんな二人を見て、フィオティナは嬉しそうに気さくに笑う。
初対面のアインたちに対して大盤振る舞いだと自身でも分かっていたが、それでも施さずにはいられなかった……特にアインだ。
「まさかあのセーマが弟子を取るなんてなあ! 俺にとっちゃ孫弟子ってこった、何だかこそばゆいな!」
「あ、あの……僕別に、セーマさんの弟子ってわけでも」
「あ? でもお前、あいつから稽古つけられてんだろ?」
「ええ、まあ」
言われてアインは頷く。
たしかに魔剣を使うようになり、セーマと知り合ったことから彼に鍛えてもらう機会は多いが……さりとてアインもセーマも、自分たちが弟子だとか師匠だとか考えて振る舞っているわけでもない。
その辺、微妙なところなのだが……
「だったら師弟みてえなもんじゃねえか。俺も正直、ちょっとした手解きくらいしかあいつにゃしてないけどよ。それでもあいつは俺を師と思ってくれてるぜ」
「そうなんですか? ちょっとした手解きって……」
「ひたすら実戦形式だよ。戦場までの道中しか時間が取れなくてな、身体に騎士剣術を仕込んだのさ。暇さえあれば打ち合ったなあ」
「身体に……か、苛烈なんですね」
さらりと壮絶な特訓を語るフィオティナに、ソフィーリアが恐々と反応した。
セーマが異世界から来て、そこからすぐに戦場へ向かったことまでは二人も知っている。
つまりは当時の彼は素人同然だったのだ──そんな状態でいきなりそのような実戦的な訓練。
見た目の美人さとは裏腹に、しかして言動の豪快さのままに。
騎士団長とは中々ハードな女傑であるのだなと、アインもソフィーリアも極上の料理に舌鼓を打ちながらも顔を引きつらせていた。
「つってもあいつ、『勇者』として身体だけは既に強靭だったからな。最低限の型と技術を覚えたらそれだけで俺より強くなりやがってよ。そこで訓練も終わって師弟関係もそれきりだ」
「え……そこで終わったんですか?」
「何か技を教えたとかは……」
「ねえなあ。そのまま戦場入りしたから、後はひたすら本番で斬った張っただ。あいつは魔王を追って世界中を周り始めたし、俺は俺で王国周りの戦場出てたしで、たまに鉢合わせはしたけど、あんまり会話もなかったなあ」
「ふえー……」
「ふあー……」
食事も忘れて聞き入る。戦争に纏わる壮絶なエピソードが、二人の興味を引いていた。
まったく平和に過ごせていた王国南西部の人間だからこそ、そうした話への関心も高い。
「セーマさん、世界中の戦場を転々としてたんですか……」
「おう。人類未踏破地区を除けば、ほぼ全ての大陸と国の戦場に行ったんじゃねえかなあ……何せ人類のいるとこなら大体どこでも戦場だったからな」
「王国南西部は平和だーって、移住してくる人たちは皆言ってますね」
「実際、まあ魔剣とか色々あるけど基本平和だろ? 他所の地域や国なんざ大変だぜ、亜人の残党やら賊やらが跳梁跋扈でなあ」
やれやれとため息を吐くフィオティナ。
経験からくる言葉の数々に、改めて目の前にいるのが先の戦争でも多大な功績を残した騎士団長フィオティナその人なのだと感嘆する二人だ。
そしてアインが尋ねた。
「ところでその……どうして僕らと食事を」
「んー? 特に大した理由はねーけどよ、王国南西部の騒動についての報告は俺も聞いててな。そんで今日、話に聞いてたセーマの弟子がやって来たーなんてプラムニー大臣から聞いたし、よしじゃあ挨拶がてら飯でも奢るかって」
「そ、そうでしたか」
「ボンクラだったらちょいと鍛えてやろうかとも思ってたが……要らねえ心配だったな、坊主。中々仕上がってんじゃねえか」
「あ、ありがとうございます!」
いつの間にか強制的にフィオティナの訓練を受ける瀬戸際だったことに、背筋に冷たいものが流れる。
そんなアインの手を握るソフィーリアをも目敏く見つけ、フィオティナは更に続けた。
「なるほどなあ……セーマが気に入る理由、分かった気がするぜ」
「それは、えーっと?」
「あいつ、お前らみたいなのに一際甘そうだしな……特にアイン、お前さんにゃ相当肩入れしてると見た」
うんうんと頷きながらアインを指差す。
セーマのお気に入り……きょとんとするアインだが、すぐに訝しげに応える。
「僕に……?」
「おう。あいつはお前と同じくらいの歳に戦争に参加して、そこから5年近くをほとんど一人で戦ってきたからな。似たような境遇の奴は助けてやりたいんだろうさ」
「5年も、たった一人で!?」
「え、何でそんなことに!? 仲間とかは!?」
驚愕に叫ぶアインとソフィーリア。
『勇者』として戦場を巡り、最後には魔王を倒した英雄であることは聞いているが……まさかたった一人で転々としていたなど予想もしていなかった。
多くの仲間と共に、苦境を切り開いてきたと思い込んでいたのだ。
そう述べる二人に、フィオティナは苦く笑った。
「仲間なんてもん、あいつにゃあ一人だっていなかったよ。強すぎたんだ……あいつは大概、戦える者が他にいない程に崩壊した最前線にばかり送られていたよ」
「そんな……」
「リリーナさんは、その頃はセーマさんの傍にいなかったんですか? いくらなんでもあの人なら」
期待と願望を込めて『剣姫』の名を挙げる。彼女ならば少なくとも、セーマと共に戦えるはずだ。
栄光に満ちた肩書きとは裏腹の、あまりにも寂しい実態。戦争においてセーマの歩んだ道のりがそんな悲しいものだと思いたくはない……そう思うアインであったが、無情にもフィオティナは首を横に振った。
「あいつらはそれぞれ単独で遊撃を担ってたから、戦場を同じくすることはまずなかったよ……人間側の最高戦力二人だ、誰も代わりになんざなれなかったんだ。俺も含めてな。たまに拠点で顔を合わせるくらいはあったがよ」
「……」
「だから、あいつは一人だった……一人で戦場に出て、一人で亜人の群れを殺し続けて、一人で魔王を追い詰めた。全部、一人っきりでな」
惨い話だった。
強すぎるがゆえの孤独、孤立……勇者であったために、英雄であったためにセーマは一人ぼっちで戦い続けた。地獄のような戦場で、5年もの間。
「そんな成り行きだったからよ……お前みたいな若いのが、変なことに巻き込まれてんのを捨て置けねえんだろうなあ」
「僕らに、あんなに親身になってくださっているのは……」
「それなりに付き合いがあるなら分かってるだろ? あいつ、何だかんだお人好しなんだよ」
今や穏やかに暮らす、一見すれば普通の青年。しかしてその実態はかつての英雄。
アインやソフィーリアにとっては命の恩人であるし、またことあるごとに力を貸してくれる頼れる兄貴分でもある。
更に言えば、アインからすると……たしかに、師と呼べるような人かもしれないとまで思っている。
彼のような強く、優しい男になりたいと思う気持ちはたしかにあるのだ。
セーマへの尊敬と憧れ、そんな想いが今のアインにはあった。
「ま、それでもセーマの勝手な厚意だってのには間違いねえんだ、気にしすぎんのも良くねえぜ」
「……いえ、その。セーマさんのご期待には応えたいかなー、と」
「無理しない程度にな。あいつ変なところでズレてるから、そこは気を付けろよー」
けらけら笑うフィオティナ。
曖昧に頷きながらも──アインは、今この場にはいないセーマに想いを馳せるのであった。




