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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第三章・ゲットオーバー『VOLCANO』
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セーマとローラン、ただ一つの友情

 謁見も恙無く終わり──

 セーマとアインは一旦退室し、応接室で待っていたマオやソフィーリアと合流していた。

 

「よっ、ただいま」

「ソフィーリアぁ……ただいまぁ……!」

 

 いたって変化なく部屋に入ったセーマと裏腹に、アインはげっそりと窶れた顔でフラフラとソフィーリアの方へと向かい倒れる。

 慌ててアインを抱き止めるソフィーリアが目を丸くした。

 

「ど、どうしたのアイン!?」

「……き、緊張したぁ」

「最初から最後までずっと緊張しっぱなしで気疲れしたんだよ。しばらくそうしてあやしてやってくれソフィーリアさん」

「あ、あー。お疲れ様、アイン」

「あううう……国王陛下凄すぎて凄かったよぉ……」

 

 極度の緊張からの解放。弛緩する身体を受け、ソフィーリアは優しくアインを抱きしめてその頭を撫でた。

 まさしくカップルらしい仲睦まじい空気を放つ二人を尻目に、セーマはソファに腰かけたマオの隣に座る。

 

「ローラン王と何の話してたんだ」

「取り敢えずアインくんの紹介と、手紙の件についていくつか話しただけだ……後でまたローランの私室で話すから、重大なことはそこでかな」

「ふうん? 『勇者』に関する話はそこでか。まあ込み入ったことならそこの小僧はいらんよな」

「ひどい言われ方してる気がするよソフィーリアぁ……」

 

 ソフィーリアに甘えるように抱きしめられながらアインが呻く。

 少しばかり早かったかなと罪悪感も少し感じながら、セーマは懐から財布を取り出した。更にそこから、結構な分厚さの紙幣を取り出す。

 

「アインくん、ソフィーリアさん。二人はもう自由行動だ、お疲れ様……せっかくだから王都を楽しんで来ると良い。はい、ここまで付き合ってくれた報酬」

「……え、すごい額!? 貰えませんよこんなの!」

「良いから良いから。こないだ君たちを囮にしちゃったから、その詫びも含めてね」

 

 そしてそのままアインの手を取り、紙幣を握らせた──先日のワインド戦での慰謝料や本日の謁見に付き合わせた報酬は、合わせれば軽く一週間は豪遊できるだけのものがある。

 予想だにしない額に目を白黒させるアインだが、半ば強引に受け取らされて困惑しつつソフィーリアと顔を見合わせた。

 

「ど、どうしようこんなすごい金額! ステーキ百枚分はあるよ!?」

「ステーキ換算やめよう? ……でもそうね。お言葉に甘えて王都巡りしましょうよ。残ったら貯金すれば良いんだし」

「そ、そうだね……ありがたくいただきます、セーマさん!」

「どういたしまして。さあ、楽しんでおいで、二人とも」

 

 優しく笑うセーマに、少年少女は頷いた。

 そしてアインとソフィーリアは退室していったのであった。

 残されるはセーマとマオ。エメラルドグリーンの少女が彼を、じっとりとした瞳で見据えている。

 

「……お前さ。アインを猫可愛がりするのも程々にしとけよ?」

「猫可愛がりって。正当な報酬を支払っただけだろ?」

「孫にお小遣いあげるお爺ちゃんみたいだったぞ、今の」

「そんなに!?」

「そんなに。ったく……気に入った相手にはとことん甘くなるのが君の弱点だな」

 

 ため息混じりに出された言葉は呆れと共に、どこかからかいの色も混ざっている。

 明らかにセーマの気質を面白がっている彼女に、彼は憮然として頭を掻くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少ししてから、セーマはまた謁見の間へ向かった。

 今度は玉座の向こう、扉開けた先の部屋での用向きだ。

 

「勇者殿、マオ殿はどちらへ?」

「アイツなら『勇者召喚術』関連の研究資料を纏めに、書庫まで」

 

 謁見の間にいたプラムニー大臣と言葉を交わす。

 彼もローランもだが、当然ながら魔王マオがセーマの下に身を寄せていることは把握している。

 その上で本来ならば敵対者である彼女を、勇者が見張っているならばと手出しせずにさえいるのだ。

 

 そもそもセーマ以外にはどうしようもない存在なのだから手出しのしようがない、というのもあるのを差し引いても、これは極めて特例的な扱いだ。

 そのことはマオ自身にも分かっているため、あまり王城では目立たないように心掛けていたりする。

 

「マオ殿の正体を知る者は私を含め、陛下や大臣級、それと騎士団長くらいですが……万一にも気付かれれば一大事ですからな。くれぐれも目立つ動きは控えていただければ助かります」

「そこはもちろん、再三言い聞かせてますから大丈夫ですよ。いくら派手好きでも時と場合はありますからね」

「ご配慮、痛み入ります。それでは私は退室いたしますので、陛下をよろしくお願いいたします」

 

 そして謁見の間から退室するプラムニー。

 残されたセーマは一人、玉座の奥……ローランの私室へ通じるドアの前に立つ。

 いくつかノックをすると、ドアの向こうから声がした。

 

「はい、どうぞ!」

「……失礼しまーす」

 

 聞こえてくるの快活な少年の声音。

 それを受けてセーマはドアを開け、入室した。

 

 ベッドやテーブル、ソファに椅子。クローゼットなどシンプルながら質の良い家具の置いてある、広い部屋だ。

 足を踏み入れてすぐ、金髪の少年が笑顔でセーマを迎え入れた──『豊穣王』ローランだ。

 

「よく来てくれたねセーマ。これでようやく、肩の力を抜いて話せるよ」

 

 華やかに愛らしく、満面の笑みを浮かべて気さくに笑いかける。

 謁見の間での、威厳もたっぷりに鎮座していた姿とはまるで違う……あどけない幼子にも似た笑み。

 これが、これこそが本来のローランの姿なのだ──近寄ってくるその頭を優しく撫でつつ、セーマも笑い返した。

 

「相変わらず真面目だな。もうちょっと気楽にやっても良いんじゃないか?」

「む……そうはいかないよ。僕の言動一つで色んなことが動いちゃうんだから、気なんて抜けっこない」

「いいかげんで良いんだよそんなの。マオを見習え、控え目に言って行き当たりばったりだぞ」

「彼女は参考に……うーん、なるかなぁ?」

 

 やり取りをしながらローランに促され、ソファに座る。

 深々と沈む柔らかな感触。隣にローランも座り、ソファ横のテーブルから用意していたカップを差し出してくる。

 

「はい、セーマ。コーヒーだけど良いかな」

「ありがとう……お前、紅茶の方が好きじゃなかったか?」

「セーマはコーヒーの方が好きだったでしょ? ……苦。やっぱりブラックは好みじゃないや」

「そういうところは年相応だな……ん、うまい」

 

 ブラックコーヒーに砂糖を入れるローランと、そのまま飲むセーマ。見た目は同じくらいの年の頃だが、やはりローランの方が精神年齢的に若いためか幼げな部分も多い。

 そして一息つけてから、二人は話し始めた。

 

「今日は悪かったな、突然押し掛けて。ビックリしたろ」

「ううん、気にしてないよ。むしろ嬉かったくらいさ……でもどうして急に? あの彼を、アインを紹介したかっただけとも思えないけど」

「もちろん。アインくんはまあ、ついでと言えばついでだな」

 

 さてとセーマは本題に入る。

 それは先日の対ワインド戦の最終盤、スラムヴァールが去り際に放った言葉だ。

 

「──『勇者召喚術』に関する資料を、早めに確保しておけと……『オロバ』の幹部スラムヴァールはそう言ったんだ」

「……なるほど。そのスラムヴァール、ひいては『オロバ』なる組織によって『勇者召喚術』はもたらされた可能性が出てきたわけだね」

「そうなる。それでまあ、一旦家に持ち帰ろうかなと。今マオに資料を纏めさせてるんだが、構わないよな? 事後承諾みたいで済まないが」

「もちろん! どのみちもう、『勇者召喚術』は破棄しようかと思っているしね」

 

 にこやかに笑うローランの口から、かなり重要な話が出てきてセーマは目を丸くした。

 熱く薫り立つコーヒーを片手に、聞き返す。

 

「『勇者召喚術』の破棄ってお前……良いのかよ? 客観的に見たらあれはたしかに、魔王に対する切り札でもあるんだぞ」

「もう大臣たちとも決めてあることだからね……正直なことを言うと、リスクが大きすぎるんだよ」

「……リスク?」

 

 うん、と一つ頷いて、ローランはセーマを見詰めた。

 蒼く澄みきった空を思わせる瞳が、勇者の姿を映している。

 

「勇者の力は絶大だ……術式を改良していったからこそのものなんだけどね、どうやらやり過ぎたらしい」

「……俺が強すぎて手綱が握れないか」

「まあ、平たく言えば。たとえばセーマが世界を相手に戦いを始めたら、そのまま世界は滅亡するだろうね。そのくらい滅茶苦茶なんだよ、現行の『勇者召喚術』で呼び出してしまえる勇者は」

 

 強すぎる──世界まるごとどうしようもないくらいに。それが今の勇者、それがセーマだ。

 そもそも星の化身たる魔王でさえもう、今の彼には傷一つ付けられないのだ……もはや誰にも止められないのが現実だった。

 

「術式を意図的に弱いものに戻せないのか?」

「残念ながら。何百年も手を加えてきた術式だから、下手に削ると全部が台無しになる」

「何とまあ……向上心が仇となったか」

「そもそもどうしたところでもうセーマはこの世界にいる。今更弱くしたのを連れてきたって、君の怒りをいたずらに買うだけだよ。そんな命知らずになった覚えもない」

 

 努めて冷静に、王として客観的な視点から発言しようとしている弟分、ローラン。

 たしかに──例えばまた別の『勇者』が異世界から呼び込まれたなら、セーマはきっと怒るだろう。しっかりその辺りの機微を把握している少年王に感心しつつも、彼は言った。

  

「それで、『勇者召喚術』を破棄することにしたと」

「うん……後は個人的にね。やっぱり異世界から人を連れてきて改造して、兵器に仕立てて全部押し付けるなんて、間違ってると思うから」

「……それで自国民が大勢、助かるにしてもか?」

 

 意地の悪い質問を承知で、セーマは問うた。

 友と民と、どちらを取るか……悪戯にしても質の悪い選択肢だ。

 

「是非もなし」

 

 しかし、ローランは何ら迷うことなく答えて見せた。

 信念の輝きを秘めた、英雄の覇気を以て勇者に答える。

 

「この世界のことはこの世界の者たちだけで決着を付けるべきだ。その結果がどうであれ……異世界からの助力がなければ何もできない、しようとしない怠惰な姿勢でいるよりはマシだ」

「……思いきったこと言うなあ」

「異論はもちろんあるだろう。けれど僕は、そう思うよ──自分たちの世界なんだ、自分たちで決めて自分たちで生き抜くべきだ」

「……そっか」

 

 おそらくはセーマの存在が多分に影響を与えたのであろうその思想を、セーマは肯定も否定もせずに頷いた。

 要は自立すべきと言っているのだ……勇者に頼らず、己らの力で亜人にも、魔王にも打ち克つべしと。

 

 立派な心がけだが理想的すぎるところはある。矢面に立たされる戦士や平民からすれば堪ったものでは無いだろう──けれど、何の関係もないのに矢面に立たされた異世界人であるセーマとしては、むしろローランの心掛けが嬉しくもある。

 複雑な、きっと答えの出ない類いの命題だろう……ローランは今後も一生、何かある度に考え直して苦悩するのかもしれない。

 

「……俺のことは遠慮なく頼れよローラン。色々あって、心地はすっかりこの世界の人間なんだ。お前の力になりたいんだ──友達だろ」

 

 だからこそ、セーマはこう言うだけに留まった。

 理想と現実を見据えて生きていくこの王を、異世界人でも勇者でもなくただ一人の友として力になりたいとだけ伝える。

 

「……ありがとうセーマ。君は僕の、たった一人の友達。たった一人の憧れ。たった一人の英雄だ」

 

 そしてローランも、そんなセーマに笑いかけたのであった。

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