『オロバ』の者たち、戦いは次なるステージへ
──荒野の地下深く、『プロジェクト・魔剣』チームのアジトにて。
ワーウルフ・バルドーは部下の手当てを受けつつ、地に伏せていた。
「ダメージは大きいか……それで、事態はどうなった」
「どうもこうも、予想と対して違わん」
有翼亜人──蝙蝠の翼を背から生やした部下の一人が、全身に包帯を巻かれていくバルドーを見下ろしつつも答えた。
「アインは第二段階に突入……ワインドを打ち破った。『フリーズ・ドライバー』を溶かし、狂気に堕ちたワインドをも正気に戻してな」
「そうか……くくく。やはりアインくんか、勝ったのは。ワインドくんも中々、予想外の健闘をしてくれたが──期待を超えはしなかったな」
「面白がっている場合か。『剣姫』の技を受けてボロボロの体で」
「レンサスもスラムヴァールも帰っちまったみたいだし、どうすんだこれから」
愉快そうに笑うバルドーに部下たちが口々に言う。
彼らは地下のアジトにて温存されていた戦力だ──その数なんと250人。
アインとワインドの一騎討ちを実現させるために用いた戦力はあくまでも一部に過ぎなかった。
彼らの中で何人かが地底から、あるいは空高くから戦いのなりゆきを観察しており、そして今、俯瞰的な情報をバルドーに聞かせているのである。
「魔剣ももう、アインのとドロスの持ち去った分だけだ。ちなみに聞くけど、『四本目』は……」
「当然使わん。あれこそが本命……最終的に『宿命』として献上する魔剣だ。使えるはずもなかろう」
「だよなあ」
「ドロスの『三本目』……使い手は誰だ? 進捗はどうなっている」
痛む身体中を気にも留めず、バルドーの思考はアイン、ワインドに次ぐ三人目の使い手へと向いていた。
先般、使い手に足る素質を持つ者を見出だしたという報告を、町のギルド長であり『オロバ』の構成員であるドロスから受けたバルドー。
そしてその者を用いた『進化』への誘導を任せて欲しいと頼み込んだため、己と異なるアプローチがあっても良かろうと思って三本目の魔剣を渡したのである。
しかし以後、その件についてドロスからは音沙汰がない。
アインよろしく進捗にはそれなりに時間がかかるものであるし、もう少ししてから確認するかと思っていたのだが……レンサスとスラムヴァールが離脱した今、そのような悠長さは持っていられない。
「三人目……接触せねばな。おい、鎮痛剤を。この際強烈なものでも構わん、私に──」
「その必要はない」
必要ゆえ、亜人の強靭な身体でさえも誤魔化せてしまえる強力な薬を用いようとしたところ、思わぬ声に否定された。
部下の声ではない……聞き覚えのある、この場で聞こえるはずのない声。
倒れたまま、部屋の入り口の方に目を向ける──
男がいた。
乾ききった瞳がやけにギラついて光る、中年の男性だ。
バルドーを見下ろしつつ、呟く。
「やれやれ……来て正解だったな。やはり無茶をしようとしていたか」
「……何故、ここ、に」
すっかり顔を蒼くして、バルドーは震え声で呻く。
怯えていた──『剣姫』リリーナにも立ち向かった実力あるワーウルフが、恥も外聞もなく怯え、震えていた。
「わ、わた、私は呼んで、など」
「いやなに。スラムヴァールが、な」
「奴がわしを呼んだのじゃ、バルドー。ドロスが危ないゆえ、来てくれとな」
また別の声。しゃがれた、しかし不思議と通る声だ。
声の主は男の横から姿を見せた──老婆だ。身体中をローブで覆い、顔以外の情報は無い。皺にまみれた、相当に高齢の老婆だ。
老婆はニヤリと笑い、嘲るように言った。
「久しぶりじゃのう、ワーウルフ。いつも偉そうに粋がっておいてそれか、情けのない」
「ミシュナウム……!『剣姫』の奥義を受けてまだ五体満足でいるのだ、これでも上出来だろう」
「何とまあ、『プロジェクト・魔剣』の責任者たる者とは思えん見苦しさよ」
「貴様……! 『オペレーション・魔獣』に専念しておけば良いものを!」
そう言って、バルドーは老婆……ミシュナウムを睨んだ。
鼻を鳴らして嘲るミシュナウム──バルドー、レンサス、スラムヴァールの三人同様、この老婆もとある命題を果たすべく動いている。
遠くは王国の北側、連邦領土にて『オペレーション・魔獣』を進行させるべく暗躍しているのだ。
ワーウルフと老婆……互いに睨み合う様相であるが、さておいて男が口を挟む。
「ほう? 『剣姫』とやり合ったか。スラムヴァールからの話し通り、勇者を敵に回してしまったようだな」
「っ……! や、やむを得ん流れだった。偶発的なものだと、奴から聞いているなら分かってくれているはずだ」
「無論だとも。だからこそ、スラムヴァールの要請に応えたミシュナウムの付き添いがてら、私もここに来たのだ」
「……、何をしにだ」
バルドーの怯えた視線、震える声。
それらをすべて穏やかに凪いだ、しかし乾ききった瞳のまま受け止めて──男は嗤った。
「知れたこと……『プロジェクト・魔剣』の助太刀に、だよ」
「ドロスが三本目を秘蔵っ子に渡しとるんじゃろう? ならば其奴をアインとやらにぶつけるよう仕向ければええわけじゃ……造作もない」
「そこの婆はともかく、貴方は駄目だ!」
動けぬ身体のまま、それでもバルドーは叫んだ。
畏怖し恐怖する男を、それでも案じて言葉を放つ。
「貴方に何かあればそこですべてが終わる! 私とドロスと、ついでにそこの婆に任せて貴方は、成り行きを見ていてくれ!」
「心配性だな、バルドー? 勇者はたしかに恐ろしいが……しかしそうだな、スラムヴァールよろしく会談でもして時間稼ぎくらいはできるだろうさ」
「奴を甘く見るな! 初見でいきなりレンサスとスラムヴァールを殺しにかかった、思考の何かがズレている可能性のある男だ! 貴方の素性を知ればきっと、是非もなく殺しに来る!」
必死に反論する──勇者とこの男を会わせてはならない。少なくとも今は、まだ。
知れば間違いなく勇者はこの男を殺そうとする。少なくとも二度とまともに動けない状態くらいにはするだろう。
そう、知れば。この男が……
「『オロバ』首領として、どうか自重してくれ! 我らの最終目標に、貴方こそが最大にして必要不可欠な要因なのだ!」
この男こそが『オロバ』を束ねる者。
すなわち首領であることをしれば──勇者が何もせず逃がすことはあり得ない。
確信があったからこそ、バルドーは叫ぶのであった。
──そして、森の中。
一人の少女が蹲って震えていた。
「ひ、ぃ……ひぃぃ、ひいいぃ」
痛む身体が癒えぬままにひたすら、刹那に襲った死の実感とその恐怖に怯える少女。
『魔人』エー。ジナの必殺奥義『万象拳・共天導地』を受けて辛うじて生き延びた彼女は、しかしその心に初めて生まれた感情によってへし折れかけていた。
「し、死に、たくない。死に、た、くな」
無表情な顔立ちの中、しかし困惑と恐怖にだけはたしかに浮かべた表情で、震えて嗚咽を漏らす。
エーは、生まれて初めて恐怖していた。
「……ちゃーん、……ちゃーん」
「!! この、声は」
そんな中、森の向こうから聞こえる微かな声。
聞き覚えのある声……彼女は叫んだ。
「マスター……! マスター、マスター!!」
「──ん、おおーっ? こっちからぁ、エーちゃんの声ぇ? おーい、エーちゃーん、エーちゃーん!」
「マスター! マスターッ!」
必死に呼び合う声と声。
そして──
「……あ、見ーっけたぁ、エーちゃん!」
「マスター……! マスターぁ!!」
「うわっほぉーい!? え、何ぃ!?」
森深く、どうにかエーがマスター、スラムヴァールと再会を果たし……安堵と感動から、彼女はその胸に飛び込んだ。
「ほえぁ?! え、エーちゃん!?」
「マスター、マスター、マスター……!」
「え、エーちゃん? ……え、怯えて?」
尋常ならざるエーの様子から、即座に彼女が恐慌状態であることを察知してスラムヴァールは目を見開く。
何があったのか知らないが──これまでエーには無かったものが、今はある。
「感情に目覚めてるー?! エーちゃん、何があったのぉ!?」
「し、死にたくないです……殺されたくない、死にたくない……っ!」
「──死の、恐怖? 殺されかけて、それがトリガーになった?」
聡明なるスラムヴァールは、ゆえにすぐさま、エーの必死なる叫びからその恐怖の正体を看破した。
『魔人』──これまでに一人として感情に目覚めた者のいない、スラムヴァールの愛し子たち。
心無き人形。だからこそ開発者たる彼女はマオを求めた。魔人の元となる魔法を駆使する、本家本元の魔王……彼女の力から、魔人の製造と感情の生成について何かのヒントを得られれば、と。
それが思わぬ形で実った。
極めて偶発的で再現は難しいが……たしかにエーには感情が生まれた。
心無き人形に、魂が生まれたのだ。
「機心、宿れり……!! 王国南西部来て良かったぁ!!」
「マスター……?」
「エーちゃん、もうこんなとこさっさと抜け出してぇ、帝国帰ろー! やー、大収穫! これでやーっと目処が立ったよぉー! エーちゃんのお陰、お陰! んー、ちゅっ! ちゅっ!」
「ま、マスター、それは」
感動と興奮からエーを抱きしめてキスの雨を降らすスラムヴァール。
そんな造物主に、生まれたての感情を処理しきれずに顔を赤くして慌てるエー。
ともあれ王国南西部における二人の活動は、これにて終いとなる。
彼女らが次に表舞台に立つのは、戦いの舞台が遥か海の向こう──『英雄皇帝』カルドークが治める帝国領土に移るその時となるのであった。
レンサスとスラムヴァールが抜け、ミシュナウムと『オロバ』首領を新たに迎えたバルドー。
一先ずの休息を迎えた勇者と英雄たちの近くにて、未だ邪悪の胎動は収まらずにいる。
そして既に──次なる戦いはその気配を濃くしていた。
「くっ……き、さまぁ!!」
「こ、こんな……!?」
「きゅう」
倒れ伏す三人の冒険者たち。
見下ろすは、一人の男。
「恨みはないが……これも彼女のためだ。悪く思うな」
呟き、そして──
『MAXIMUM Phase』
「……『■■■■■・ドライバー』」
──冒険者たちに向け、『三本目』が振り下ろされた。
『進化』は終わらない、止まらない。
アインと魔剣を巡る戦いの、新たな幕が上がろうとしていた。
これにて第二章は終わりですー




