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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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帰還、報告と手紙と

「さーて、そんじゃあそろそろ行くさねぇ……カームハルトくぅん、行くぜー」

 

 一頻り挨拶やらちょっとした話やら済ませてから。

 『クローズド・ヘヴン』の二人、ゴッホレールとカームハルトは町へと帰ろうとしていた。

 セーマが声をかける。

 

「悪いけど報告の方、頼むよ二人とも」

「おう、任せてくれよセーマさん。これこの通り、水の魔剣とその使い手もこっちで扱うさね」

「ずーばーり! 魔剣はギルドの調査チームに、使い手は保安に引き渡しですねえ」

 

 答える二人。

 ゴッホレールは柄のない剣を手に持っていた──リリーナによって叩き斬られた水の魔剣だ。

 そしてカームハルトの手には紐が握られている。水の魔剣を用いてハーピーの虐殺他、数多罪を重ねてきたワインドの両手を縛る、捕縛の紐である。

 ワインドに向けてカームハルトが言う。

 

「ずーばーり! ワインドさん、分かっているとは思いますが抵抗はしないように」

「……はい」

 

 生気を失い、ただ返事するだけのワインド。

 既にこの男が、どのようにして罪を重ねるに至ったかについては自白がなされていた──バルドーと魔剣によって道を歪められた、ある点においては哀れな被害者でもあることは既に判明している。

 

 無論、犯した罪は今後、彼自身のすべてを捧げて償っていかねばならないものではあるが……それ以上に赦しがたい者がいるとセーマは呟いた。

 

「バルドー……か」

 

 去っていく『クローズド・ヘヴン』の二人と、ワインドを見送りながらも思い返す。『オロバ』大幹部の一人にして魔剣騒動の首謀者……許されざる悪魔のことを。

 

 アインとワインドに魔剣を渡し、アインには亜人をけしかけ、ワインドには殺人を唆して大量殺戮の切欠を与えた大罪人だ。

 未だ面識のないセーマだが、スラムヴァールとの会談やアインたちの話を聞き、かのワーウルフこそが真に倒すべき敵とはっきり認識していた。

 

「後はどうにか奴を捕まえるだけだが、さてどうなるか」

「……セーマさん。僕は、あのバルドーだけは赦せません」

「アインくん」

 

 はっきりと怒りを込めて呟くアインに驚くも、すぐに然もありなんと頷く。

 特に彼の場合、直接手渡しで魔剣を受け取っているのだ……下手をすればアインがワインドの立ち位置になっていてもおかしくはない。

 

 そう考えるセーマだったが、アインはまるで違うことに怒りを示していた。

 

「過ぎた力を与えて、殺人を唆して……何が『進化』なもんか。僕はそんなもの、認めたくありません」

「……そうだな。俺も認めない。認めるわけにはいかない」

「必ず奴を倒しましょうね。ワインドさんやその被害者も含め、この騒動で踏みにじられたすべての人たちのためにも」

 

 自分のことでなく、ワインドのことについてバルドーへの怒りを露にする少年の姿が、セーマには眩しかった。

 『プロミネンス・ドライバー』の発現と、それによるワインドの撃破……修羅場を超えたことで成長したアインからは、紛れもなく英雄のみが持ち得る気迫が感じられる。

 

「『進化』したんだな、君は。身体とか技だけでなく、心そのものが」

「え……そ、そうでしょうか?」

「そうさ……尊敬するよ、心から」

 

 ことここに至り、セーマはアインへの見方を大幅に変えていた……すなわち彼を、『英雄』の気質を持つヒーローだと確信したのだ。

 虐げられる者たちのため、命を懸けて戦う正義の戦士。アインはセーマにとって、そんな存在へと昇華されたのである。

 

「──だけど、まだまだ強くなれる余地はある。精進あるのみだよ、アインくん」

 

 同時にしっかりと釘は刺しておく。せっかくの素質が、こんな程度のところで傲りで損なわれるなど冗談ではない。

 そんなセーマの考えを知ってか知らずか、アインは頷き笑顔で答えるのだった。

 

「はい! いつかはセーマさんとだって、肩を並べられるようになってみせます!」

「ふふ……それは楽しみだ。いつか君と二人、共に戦いたいな」

 

 それは聞くものによっては失笑ものの目標だろう……実際マオなどはやれやれと肩を竦めている。

 けれどセーマには、そう遠くない未来でそんな、アインと共に悪と戦える日が来るような気がして──ひどく嬉しげに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セーマたちはその後、一応荒野をある程度探索した。

 凍土が残っていないか確認するためと、バルドーが逃げ込んだ地下アジトへの入り口が見つからないか……探るために。

 

 しかしさすがに本拠地だけあってまるで不審なものは見受けられず、凍土も残っていないようだったのでひとまずは町へと戻ることにした。

 何より、アインが既に疲労困憊だったためだ──魔剣の連続使用と進化は、やはり相当な負担となっていたらしい。

 

「大丈夫か、アインくん? 何だったら病院にでも」

「いえ、大丈夫です。ちょっと疲れちゃっただけですし……」

「本当? 無理してない?」

「大丈夫だよ、ソフィーリア。ありがとう」

 

 マオの『テレポート』で町へ戻った後、大分疲れていたアインを慮るセーマとソフィーリア。

 口でこそ平気と言うが、やはりアインの表情は疲れを隠せていない……ひとまずは休ませるべきだ。そう判断してセーマが後の仕切りを行った。

 

「今日はとりあえず解散しよう。俺たちも館に戻らないとな……リリーナさん、アリスちゃん。アインくんとソフィーリアさんを家まで頼むよ」

「畏まりました……というわけだ、二人とももう少しだけよろしく頼む」

「今日は二人とも、よう頑張ったのう。後の始末はご主人にお任せして、まずはゆっくり休むとええ」

「ありがとうございます!」

 

 指示を受けてリリーナとアリスがアインたちに付く。

 偉大な先輩方の送迎だ……恐縮しながらもアインとソフィーリアは笑顔を見せる。

 一方でセーマは更に言った。

 

「俺とジナちゃんは、ギルドに報告しに行くよ。荒野でのことはゴッホレールやカームハルトに詳細な報告を任せたけど、スラムヴァール絡みは俺からしか話せないしな。マオは……何なら付いてくるか?」

「ん……ま、一人だけブラブラしてるのも難だしな。そうするよ」

「分かった。一頻りそれぞれ用事を済ませたら、宿に戻ろう……疲れたし、ゆっくり寝て明日の朝には町を出る」

 

 指示を出せばリリーナとアリスはその通りに頷き、アインたちと共に住宅区へと向かっていく。

 そしてセーマとジナ、マオの三人はギルドへ向かい歩き始めた。

 

「……それにしても、王国南西部のゴタゴタについては早目に収まりそうだな」

「よその国でも何かしてるみたいなのが問題だけどな……」

 

 セーマが口を開くと、マオがため息混じりに言った。

 スラムヴァールやレンサスなど、『オロバ』にて魔法再現を試みようとしているらしい者たちは未だ健在だ。

 魔剣騒動を解決しただけでは完全な終息とはいかないのだから、彼女としても悩ましい話だろう。

 

「マオさんは……もしかして『オロバ』を追って館を出たりするつもりなんですか?」

 

 ジナが問うた。こうまで敵対意識を示しているのだから、下手をすれば組織と戦うべく他の国や地域に移るのではないかと思ったのだ。

 それに対してマオは、いかにも面倒くさげにうんざりと答えた。

 

「やだよ、そんなの。何でそんな奴らのために今の、のんびりダラダラ食っちゃ寝生活を手離さなくちゃいけないんだ」

「……」

「連中は見つけたら潰すけど、私はこの夢のようなゼータクライフは何があろうと続けるともさ」

「は、はあ……」

 

 出てけこの野郎──思わず言いそうになるセーマだが、寸でのところで抑える。

 言ってはならない言葉もある。たとえ寄生じみた生活を送る女でも身内だ、追い出したくなどない。

 

 こほん、と咳払いして、マオの頭を鷲掴む。

 ほへ? と目を丸くする彼女ににこりと笑い、セーマは青筋立てて万力を込めた。

 

「この騒動が終わったらお前はぁ……っ、翔子と一緒に『勇者召喚術』についての研究だろうぅ……っ?」

「どわぎゃああああっ!? いででででででで」

「そんな食っちゃ寝生活ぅ、できると思うなよぉ……っ!」

「ごめんごめんごめんってあててててて」

「あ、あはは……ご、ご主人さん。往来ですから……」

 

 無論手加減はしつつも適度に締め上げていくセーマに、マオが謝りながらも叫び呻く。

 ジナが苦笑して取り成すそんな光景を、道行く人たちが目を丸くして眺めていく。

 

 そんな夕暮れ時の町の光景が、今日も平穏無事に流れていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──以上が、スラムヴァールとの会話から得られた情報になります。アインくん側の、レンサスやバルドーとのやり取りについての報告は『クローズド・ヘヴン』のゴッホレール殿とカームハルト殿がしてくださいますので、そちらを」

「分かりました……『オロバ』ですか。何ともはや、とんでもない連中もいたものですね」

 

 セーマからの報告を受け、事務員の女は頭を抱えた。予想以上に騒動の根が深いことへの、衝撃だ。

 ここはギルド内の応接室……個室だ。例によって重大事項のため、こうして受付でなく別室で聴取がなされていた。

 

 ひとまずスラムヴァールとのやり取りをすべて明らかにしてからセーマは、それはそうとと切り出した。

 

「まさか『クローズド・ヘヴン』が絡んでくるとも思ってませんでしたよ。驚きました」

「私たちもですよ。調査チームのリーダー、ロベカルさんがいきなり連れてきて連携すると言い出しまして……しかも国王陛下の命によるものだと聞いた時には、もう心臓が止まるかと」

「ギルドにとっても突然だったんですね……」

 

 ジナが苦笑する。

 『豊穣王』ローラン……ずいぶん急に話を動かしたようだと、セーマも微笑んでいる。

 事務員の女がおずおずと、セーマに問いかけた。

 

「その……国王陛下からセーマさんに宛てた封筒もお預かりしておりまして」

「封筒……?」

「こちらです、どうぞ……国王陛下ともお付き合いがあるなんて、何と言いますやら」

 

 渡された封筒をしげしげと眺める。上質、かつ上品な封蝋で留めが捺されている。

 何じゃらほいと封を開け、中身を取り出す──手紙が一枚。

 広げて目を通すが、セーマはこの世界の文字がほとんど読めないために何が書いてあるのか分からない。

 

「ジナちゃんよろしく」

「はい。ええと……」

「セーマさんは文字が読めないのでしたね。一応冒険者の技能講習コースとして『一から分かる王国共通語講座』などありますが」

 

 恥を偲んでジナに手紙を渡す。

 すかさずギルドで取り組んでいる冒険者の教養を高めるための講座について事務員がアピールすれば、セーマは悩ましげに唸った。

 

「それねー。さすがにこのままじゃ格好も付きませんし、受けてみようかなーとか悩んでいるんです。でもほら、何しろ家が遠いでしょう?」

「少し値上がりしますが、個別学習コースもあります。受講者のペースに合わせて授業が組めますよ」

「あ……そうなんですか? そっちだと助かるなぁ……」

「他にも講師選択制度や授業料割引キャンペーンなど色々と取り揃えております。後程パンフレットをお渡ししますので、是非ともご一考ください」

 

 にこり、と営業スマイルを浮かべる事務員。何やらノルマでもあったりするのだろうか、少しばかり必死さも漂う。

 かなり前向きに検討しつつ頷いて、セーマは改めてジナを見た……ジナが読み上げ始める。

 

「では読みますね……『我が最高の友、セーマへ』──」

 

 そうして読み上げられるはローランの文。

 この国の頂点、『豊穣王』ローランの直筆文章であった。

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