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はじまりの焔、英雄譚は開かれた

「あ──あ、あ? なん、だ、と」

「アイン!」

 

 受け入れ難い現実に愕然と震える亜人をよそに、ソフィーリアはアインに駆け寄り抱きついた。

 そのまますぐに包帯や傷薬を取りだし、てきぱきと最低限の止血を行う。

 

「何てこと……アイン……!」

「ソフィー、リア」

「すぐに応急手当だけするから、逃げよう? ね、逃げようっ?」

 

 泣きながら傷の手当てを行うソフィーリアに、アインはけれど彼女を押し止めた。

 

「アイン!?」

「逃げたいけど、さ。あいつ、逃がしてくれなさそう」

 

 そう言って構える。示した先──亜人の男は呆然とした顔付きながら、アインとソフィーリアに視線を向けていた。

 アインの一撃と、突然に切断された腕から血が吹き出ている……致命傷だ。

 

 だがそれ程の、人間ならばショック死していてもおかしくないような傷を負ってもなお……隙を見せれば容易く殺されるだろう。その確信がアインにはあった。

 亜人の顔を見れば分かる──幽鬼じみた表情だが、立ち込める雰囲気は殺意に満ちている。

 『隙を見せれば殺す』と、言わんばかりの気迫だ。

 

「何を、した」

「……その腕のことなら、僕にだって分からないよ」

「何が、起きた」

 

 どこか虚ろに問いかける男に、アインは答えた。

 今は時間が必要だった。もう一撃、この剣の力を振るえるまで回復するための時間が。

 

『Assault-code Please』

 

 『魔剣』が話しかけてくる。どういうからくりだかこの剣は喋るらしかった。

 何を言っているか分からないが、何を言いたいのかは不思議とアインには分かる。求めているのだ──必殺の一撃を放つ、その許可を。

 

 だがまだ体勢が整っていない。あともう少しだけ、時間が欲しい。

 アインは一か八か、会話を続けた。

 

「何で僕を襲うんだ。僕が何かしたのか」

「……?!」

 

 ソフィーリアが咄嗟に止めようとするが、アインの必死の形相を見てぐっと堪える。

 逃げられないのは彼女にも分かっていた。そしてアインには何か考えがあって話しかけたのだ……それを信じて、応急手当を施すしかない。

 

 少女が信じて少年が固唾を飲む中。

 亜人はやはり呆然と続けた。

 

「貴様では無理だ、あの剣は。どこからともなく、何だったのだ。あの一撃は」

「……?」

「信じられん。私の腕を、こうも容易く。だがどこかで見覚えがある。あれは、あれは?」

 

 じっとアインを瞬きもせず見詰めながら、しかし話すことは薄気味の悪い独り言。

 ぶつぶつと分からないことを呟く男から視線をそらさず、アインはあと一撃分の息を整えた。

 

 ダメージは大きく、血も流れている。

 ソフィーリアの手当てのお陰でこれ以上は悪くならないが……それでもこのまま立ち尽くせば、アインの方が先に参るだろう。

 

 深呼吸を行い精神を整え、真っ直ぐに敵を見詰めて彼は呟いた。

 

「よし。待たせた、魔剣」

『Assault-code Please』

「分かってるよ」

 

 催促するような魔剣の声に苦笑を漏らす。

 人間、死地にあっても笑えるものなのだなと、どこか気分を楽にしながら。

 

「行くぞ……っ!」

 

 彼は、走り出した。

 

「どこで、どこで。どこ、で。っ!?」

 

 瞬間、自失から立ち直る亜人──アインが駆けたからではない。

 アインとソフィーリアの後方。馬車から降りてこちらを見据える、一人の男を見たからだ。

 

「──貴様。貴様は。そうか、そうか。貴様か、貴様が」

 

 迫り来るアインも、その手に握った魔剣が炎を纏って迫り来るのさえも今や視界に映らない。

 ただ一人、たった一人の男を見据えて、愕然と亜人は叫び。

 

「貴様ぁっ! 何故ここにいる!? 『勇──」

「喰らえっ──『ファイア・ドライバー』!!」

 

 そして言葉を言い切れぬまま、炎を纏った魔剣を以て放たれた、アインの必殺の一撃を叩き込まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な、あれは」

 

 馬車から降りたセーマもまた、呆然とその光景を見ていた。

 亜人に対してではない──それと相対していた少年が放った、炎を帯びた剣の一撃を見ての驚愕だ。

 

 赤く燃え盛る炎が、使用者や周囲には害を及ぼさず敵対者にだけ襲いかかっている。

 そのような都合の良い現象など普通はあるはずがない……しかしセーマはたった一つだけ、そのような現象を引き起こす能力を知っていた。

 それ故の驚愕だ。

 

 ──それは戦争の折、彼がかつて追っていた存在が自在に繰り出した能力の一つ。

 まったく予想だにしなかったものを目にして、セーマはすぐさま近寄ることも忘れてただ呟いた。

 

「『魔法』……だと」

 

 先の戦争を引き起こした、亜人側の首魁たる存在、魔王。

 勇者セーマを除けば世界最強であろうその存在にはこの世界でただ一人、あらゆる物理法則を自在に操る万能能力の行使が許されていた。

 すなわちそれが『魔法』である。

 

 勇者として相対した際、幾度となく用いられた能力。自然災害さえも自在に操る魔王と戦い続けた彼だからこそ、分かる特徴。

 そう……今しがた少年の使用した炎の性質は、魔法によって生み出された炎に酷似していたのだ。

 

「どういうことだ、何故あんな少年が魔法を……あの剣に秘密があるのか?」

「ご主人様! 今はそれどころでは!」

「あの子、結構重傷ですよ!?」

「っ──馬鹿か俺は!? ごめん二人とも、すぐに向かおう!」

 

 唖然としてついつい考えを巡らせるセーマに、ミリアとジナが叫んだ。

 それによって我を取り戻し、すぐさま駆け出すセーマ。人命より優先されるべきことなど無いというのに、衝撃的な光景に思考を持っていかれていた己を恥じる。

 

 全速力で駆ければ、短時間ながらノワルやブランのトップスピードをも超える速度で動ける──セーマとジナの足は早い。

 唯一サキュバスのミリアだけそこまでスピードが無いため、セーマがその身体を抱えて少年少女の元まで一息に駆け抜けた。

 

「大丈夫か!?」

「──え? あ」

 

 あっという間もなく少年たちに合流する。

 即座に二人の傷をチェックする──パッと見でも分かる、少年の重傷と少女の無傷。

 抱えていたミリアを離してセーマは指示を飛ばした。

 

「ミリアさん、あの少年を! 絶対に死なせるな!」

「はい!」

「ジナちゃん、女の子の状態を確認して、それからミリアさんの補佐を!」

「分かりました!」

 

 二人に指示をしてから、セーマはミリアと共に少年に近付いた。

 燃え盛る亜人に未だ油断なく構える少年は、セーマたちが近付いても一切反応しない。

 

 恐らく極限状態の中でそれでも気を抜くまいと、もはや敵しか見えていないのだろう……その姿に敬意を抱きながら、セーマは話しかけた。

 

「君……」

「──っ!?」

「遅まきながら助けに来た。間に合わなくてすまない」

 

 話しかけながら少年に向けて軽く、本当に微量ながらも殺気を向ける……かつての師から教わった、簡易的な気付けだ。

 それを受けて少年はすかさず反応し……そしてようやく周囲の状態に気付いたようだった。

 戸惑いながらも呟く。

 

「あ──なたは」

「治療の準備が整っている。そこの亜人の始末は俺に任せて、後は自分の身体を優先するんだ──よく頑張ったな、女の子は無事だぞ」

「っ」

 

 優しくその肩を抱きしめ、ゆっくりと緊張を解す。

 そこでようやく現状を理解したのか、少年は手にした剣を離し、脱力してポロポロと涙を流し始めた。

 

「っ、う……く、う。う、う……!」

「怖かったろう、痛かったろう……もう大丈夫、心配いらない。あの子と二人、後のことは気にせずに治療を受けるんだ」

「はい……はい……っ!!」

 

 恐怖と緊張から解き放たれた安堵で泣きじゃくる少年をミリアとジナに任せれば、二人は優しく少年少女を介抱していく。

 先に手持ちの治療具で手当てをしてから、馬車に連れて行って本格的に治療するのだろう。

 

 特に重傷である少年を気にしながら、セーマは亜人に目をやった。

 炎は未だに燃え盛っている。『本家』に比べれば数段劣るがそれでも大した威力だと感心しつつ、腕を一振りすれば──瞬間、凄まじい勢いの風が発生して亜人を焼き尽くす炎は消し止められた。

 そして後に残る焼き焦げた男が、虫の息で喘ぐ。

 

「か──あ──」

「これでまだ生きてるんだ、改めてとんでもないよな、亜人ってのは」

 

 呆れたように呟く。この亜人の男は、まだ生きていた。

 腕を無くし、二度切り裂かれ、挙げ句に全身を炎で焼かれてなお……かろうじて息があるのだ。

 その異様な生命力にさしものセーマも、かつて人間だった者として感心せざるを得ない。

 

 その場にしゃがみ、顔を覗き込む。焼け爛れた皮膚は元の顔がどんなものだったか判別がつかない程に変形してはいるが、たしかにその目はセーマを向いていた。

 

「聞こえているか? 返事できるか?」

「く──う」

「……どうして若い冒険者たちを狙った」

 

 返事の無いであろうことを承知で、けれど尋ねる。僅かにでも情報を得たかったというのもあるし、彼自身の、若者を付け狙うこの犯罪者への憤りがそうさせた部分もあった。

 

「何が目的だ。強盗や快楽目的って風にも思えないんだが……」

「ゆう──しゃ──」

「っ」

 

 微かに漏れ出た言葉に、セーマは息を止めた。

 ゆうしゃ。勇者。この男は、自分を知っている。

 驚くセーマに、亜人は続けて囁くように言う。

 

「き、さ──ま。には、かん、けい──ない」

「関係ならある。この辺りに住んでてね、俺は。ご近所に異変があるなら、どうにか出来るもんならするもんだ」

「ふ、ざ──ける──な」

 

 たどたどしく息も絶え絶えに呟く男に、セーマはそろそろ楽にしてやるべきかと考える。

 彼とてこうなった者をいつまでも生き永らえさせて苦しめる趣味はない。

 だから最後に一つだけ、聞くべきことを聞いてそれで終いとすることにした。

 

 かつてとある伝から聞かされた、この王国の闇に潜んでいるという者たち。

 ここに至るまでに分かったいくつかの要素から、目の前の瀕死の男にその者たちの影を感じとり……セーマは問う。

 

「王国のあちこちに出没しているらしい亜人の集団は、お前と関わりのある連中だな?」

「──な、ぜ──それ、を──っ」

「うん? ……ふむ」

 

 思わぬ質問に目を微かに見開き、驚いた風の男の反応。それを受けてセーマは何やら考え込むが、それはさておいてそれなりに得るものはあった。

 これ以上苦しめるのも酷だろう──彼は立ち上がる。

 その手には先程の少年が安堵で落とした漆黒の剣。

 

「長々と苦しませて悪かったな。せめて最後は痛みの無いようにしてやる」

「く──そ。おの、れ──おのれ──」

「その言葉、お前に殺された若者こそが言いたかったろうよ……じゃあな」

 

 もはや呪詛を吐くだけとなった焼き焦げた男に、短く別れを述べてから……セーマは宣言通り、男を痛み無く葬るのであった。

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