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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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アインの決意、セーマの決断

 身勝手な理由によるハーピー虐殺の吐露、そして追い詰められてからの発狂と『第二段階』への移行──発動する『フリーズ・ドライバー』。

 壊れきった男が笑みを浮かべて向かうは、町。意中の女性メリーサに会いたいという一心での進行。

 

 それらを簡潔に話し終え、アインは深刻な表情で告げた。

 

「このままだと奴は、町に到達します。絶対に大変なことになる……止めないと!」

「なるほど、状況は分かった。『フリーズ・ドライバー』……やはり『フリーズ』だったな、マオ」

「うーん、何だかなあ。違和感のある話だよ、やっぱり」

 

 マオが唸る。『ウォーター』から『フリーズ』へ……その変遷がやはり、納得の行かない様子だ。

 そこでふと、先程を思い出して彼女は言った。

 

「そう言えばスラムヴァール、魔剣について何か説明しようとしてたろ。関係ありそうだし言え」

「あ、そうでしたぁ。話が逸れてたからすっかり忘れてましたねー」

 

 あっけらかんと答えてスラムヴァールは説明を始める──隠し立てするつもりも一切無いようで、むしろ嬉々として説明しようとさえしている程だ。

 

「先程にも少し触れましたけどぉ、魔剣は『炎』とか『水』みたいなぁ、一つの属性にテーマを絞って造られてますー。技術的な問題から、複数の系統の魔法を組み込めなかったんですねー」

「ふむ……それでも大した技術力だ。限定的とは言え魔法を再現できるんだからな」

 

 マオが言うように、本来ならば原理さえ分かるはずのないものだ、魔法とは……それを劣化とはいえ人間に扱えるレベルにまで実用化させたのだ。

 敵ながら技術力に関してだけは認めざるを得ない。

 

「で、属性に沿って進化する性質を持たせたってことか。最初から最大のポテンシャルを発揮させられなかったのか?」

「最初からフルパワーだとぉ、持ち主の身体の方が保たないんですー。そのため魔剣にはぁ、使用するにつれて徐々に肉体を強化する機能も取り付けられましたぁ。苦労してたみたいで、結構な数の被験者が壊れたみたいですよー?」

「……その口振りではずいぶん、人間を犠牲にしてきたみたいじゃのう」

「死んでも構わないような、そのうち死刑になるような連中ばかりを使ってましたー。まあ、資源の有効活用ってことでー」

 

 にこやかに嗤うスラムヴァールに、アリスの顔がしかめられた。

 つまりは重罪人を用いての人体実験を繰り返してきた結果、魔剣は今の形に落ち着いたのだろう……おぞましさを感じるメイドと少年少女たち。

 

 そんな空気をしっかり把握しつつ、『オロバ』の女は続ける。

 水の魔剣が『フリーズ』を発動させた、その理由についてだ。

 

「で、水の魔剣についてですねぇ。進化すると言いましたけどぉ、実はそれって持ち主に合わせて進化する性質なんですよねぇ」

「持ち主に合わせて……つまり今の場合は、ワインドに合わせて『フリーズ』が発現したってことか?」

「そうなりますねー。氷もまあ、ギリギリ『水』の系統ですしぃ」

 

 魔剣の性質が、使い手に合わせて進化するという事実。そこから類推して、スラムヴァールは語る。

 つまりは『フリーズ』を発現させたワインドの、その精神性である。

 

「アインくんの話を聞くにぃ、おそらくは追い詰められた末に感情が爆発して、魔剣がそれに応じた形で進化したんでしょうねぇ……彼の求めるものに合わせてぇ」

「求める、もの?」

「凍りつく……言ってしまえば相手の動きを停めて己から遠ざける現象ですぅ。つまりはあの人、自分の身を守りたい一心だったんじゃないでしょうかねー」

 

 自分の身を守る──すなわち保身。

 それを求めた結果、魔剣が反応を示して『フリーズ・ドライバー』へと至らしめたというのだろうか。

 セーマは呟いた。

 

「そういう理屈でいけば、ワインドの人格も見えてくるな。臆病で保身を優先する気質だが、大きな力を振るえる状況では気が大きくなる」

「自分の力を誇示するようにハーピーを襲ったのも、魔剣を手に入れて調子に乗ったから、でしょうね……」

 

 ジナと共にワインドの性格を予測付けていく。

 既に発狂した今、ワインド対策としては大した意味もないだろうが……何故『フリーズ・ドライバー』として進化したのか、そこのところは重要な事柄だ。

 更にマオも続けて言う。こちらは嘲りもたっぷりにせせら嗤うような口振りだ。

  

「けれども一度、不利な状況に置かれるとすぐに元の保身欲が前面に出る……だから魔剣は『フリーズ』を選んだわけか。あれは攻撃というよりは防御や牽制寄りだからな」

「うーん、改めて羅列しちゃうとぉ、実に小悪党って感じですねー」

 

 スラムヴァールも困ったように笑う。予想以上に人を見る目の無かった同僚を、もはや馬鹿にする気も起きずに失笑する。

 

「バルドーさんはー、たまたま見かけて素質がありそうだったから渡したーみたいに言ってましたけどぉ、本当だとしたら信じられない節穴ですよねぇ……」

「あの……そうなるとそんな節穴さんに選ばれた僕まで微妙なことになるので勘弁してほしいんですけど」

「貴方は正しく素質があると思いますよぉ? それはそれとしてぇ、バルドーさんの立場からは外れも良いところだと思いますけどねー」

 

 引きつりながら少しばかり抗議してくるアインに、スラムヴァールはにこやかに笑いかけながらズバリと言った。

 実際、バルドーからしてみれば一番余計な真似をしているのは間違いなくアインだ……成り行きとはいえ勇者と縁を結び、あまつさえ共同で抵抗してくる。なまじ素質がある分、ワインドよりも遥かに始末に負えない。

 

「ワインドさんも発狂した以上、正当な進化を遂げたとは言い難いですし……やっぱりあの人、人を選ぶ基準がおかしいと思いますねー」

「馬鹿な同僚への愚痴はもういいから。魔剣の弱点とか無いのか? 外部からの停止のさせ方とかないのかよ」

 

 痺れを切らしたのかマオがせっついた。状況を考えれば暢気に雑談などしている場合でもない。

 問いを受けてスラムヴァールは少し考える素振りをしてから……やがて首を振って答えた。

 

「残念ながら分かりませんー。魔剣開発はバルドーさん率いる『プロジェクト・魔剣』チームによるもので、私は関係してませんでしたからねぇ」

「……他の何かには関わってるんだな?」

「そこはノーコメントでお願いしますー。罷り間違っても王国ではやりませんしぃ」

 

 セーマの指摘にのらりくらりと返す。その態度そのものが『私は魔剣とは別口の企画に参加しています』と示しているようなものだったが……しかし今は些事だ、軽く流しておく。

 次いでふむ、とリリーナが言った。

 

「となればやはり、直接ワインドを止めるしかないか……とりあえず魔剣を奴から取り上げれば『フリーズ・ドライバー』は停止するんだな?」

「はいー。持ち主がいなければただの剣、魔法は消えますねー」

「決まりだな……ワインドを止める」

 

 セーマの決断。スラムヴァールを除いた全員が頷くのを見て、彼は軽くでも打ち合わせを始める。

 

「ワインドの元にまではマオの『テレポート』で向かう……全員で行きたいところだが」

「まだ凍土が残ってるんだしセーマくんは残れよ? 威力が低くても魔法によって環境がねじ曲げられたままなんだから、無闇にいつまでもそのままにしておくのも具合が悪い」

「だよなぁ……荒野はともかく、その周りの草原にまで被害が出てるかもしれないし」

 

 マオの釘刺しにセーマが唸った。

 『フリーズ・ドライバー』による凍土形成……その威力は人間や亜人だけでなく、土地そのものやそこに生息する生物すべてを脅かしかねない。

 

 何しろ夏の日差しも近いこの頃にあって突然、真冬でも中々無い程の冷え込みが一帯を襲ったのだ……早急に何とかしなければ、この辺りの生態系が全滅してしまう可能性すらある。

 それはセーマとしても防ぎたいところだ。

 

「仕方ない、悪いけど俺はこっちに残って凍土の処理をするよ。他は……」

「わたくしとジナ、そしてアリスが。必ずや奴を止めてみせましょう」

「氷柱の処理が面倒ですけど……アリスの『霧化』なら接近できますしね」

「わし向けの相手じゃな、実際。腕と言わず足と言わず、へし折ってやるかのう。サポートは頼むぞ、二人とも」

 

 メイド三人が意気軒昂に声をあげた。

 アリスはともかく、リリーナもジナも結局相対したバルドーやエーに逃げられてしまっている……セーマが気にしていないのはもちろん分かっているが、それでも名誉挽回といきたい二人だ。

 

「あの! 僕も、奴を止めます!」

「うん……え? アインくん?」

「アイン!?」

 

 ──と、そこで思わぬ声があがった。

 アインだ。決意の表情と共にセーマを見据えている。

 驚く一同も構わずに……隣で制止するソフィーリアさえも優しく宥めてから、彼は続けた。

 

「足手纏いにはなりません……お願いします、僕も戦います!」

「……いや、でもなあ。君を下に見るわけじゃないが、それでも三人と共闘するのは」

 

 決して馬鹿にしたり、侮っているつもりはないが──

 事実として、リリーナ、ジナ、アリスの三人とアインの間にはどうしようもない実力の差がある。

 

 魔剣の力があろうがなかろうが、技量の差だけはいかんともしがたい。

 その上で日頃から息の合う者同士、連携もしっかり取れている。そこに未だ未熟なアインが入っては、逆に動きを阻害してしまうことさえ考えられるのだ。

 何よりもアインの身を案じるからこそ、セーマは今はまだ早いと諭すのであるが……

 

「お願いします……何か、掴めそうなんです」

「何か、だって?」

「……よくは分かりません。だけど、確信があるんです。奴の『フリーズ・ドライバー』は……僕なら完全に無力化できる!」

「──」

 

 思わず息を呑む程の断言。普段ののんびりとした姿からは考えられない自信が、いや確信がアインからは見て取れる。

 

 まさか、とセーマには思い浮かぶものがあった。

 確証はないが……アインはきっと、おそらく。

 だとしたら強ちハッタリでも無いのだろうと思える。

 

 アインを正面から見据える。幼さの残る、燃えるような瞳がセーマを貫いていた。

 若さだけの熱意、だけではない。しっかりと地に足のついた、静かに燃え上がる闘志。

 穏やかに、しかし真剣に問う。

 

「……子供の遊びじゃない。もししくじれば、大勢の人が死ぬかもしれない。分かっているのか?」

「……はい。だからこそ、僕が奴を止めたい」

「わがままに過ぎないと、君自身分かっているだろう。それでも行きたいのか?」

「はい。わがままでも何でも、僕が、やります」

 

 答えるアインに迷いはない。子供の遊びではないと分かっていて、ある種のわがままだと分かっていてなお、それでも自分の手で決着を望んでいる。

 

「何故、それを望む?」

「──守りたいから! 町を、皆を、僕のこの手で!」

 

 高らかに叫ぶそれは、かつてセーマも抱いていた心。

 『守りたい』──大切なものを。

 妹を守りたかったセーマのように、町とそこに住む人たちを守りたいのだ、アインは。

 

「守れる力が今、僕の手にある! だから守りたい! 僕は、僕は──」

 

 セーマは眼前の少年を見た。

 言葉にしきれない想いを、ひたすらに『守りたい』という言葉で表す、そんな昂り。

 どこまでも純粋な願いを叫ぶ少年に、思わずはいられない。

 

 

 こんな人が、あの日、あの時。

 俺と翔子の傍に、いてくれたなら──

 

 

「僕は戦うっ!!」

「──分かった!!」

 

 魂の叫びに、勇者と呼ばれた男は応えた。

 認めたのだ……彼ならば、最善の形で事態を終わらせてくれると。

 

「リリーナさん、ジナちゃん、アリスちゃん……アインくんと共に戦ってくれ! 彼のサポートを!」

 

 そしてメイドたちに告げる。

 セーマはもはや迷いなく、アインに事態を託すのであった。

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