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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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スラムヴァールと魔剣の秘密、激震するは凍土の荒野

「……魔剣が、第二段階?」

「はい。そのようにワーウルフ・バルドーは言っておりました」

 

 リリーナから簡素ながら状況の説明を受け、セーマは辺りを見回した。荒野の閑散とした風景はすっかり凍土へと変貌しており、あまつさえ無数の氷柱が無法図に大地から生えている。

 

 魔法にて彼をここまで運んだマオが、氷柱を軽く小突いて呆れたように呟いた。

 

「『フリーズ』だな……『ウォーター』が第一段階で、第二段階が『フリーズ』? 分からなくもないが、微妙に変質してないか」

「そうなんですか?」

 

 首を傾げてジナが問う。魔法についてはよく知らないため、マオの言葉の意味がいまいち分からないのだ。

 そんなジナに応えるように、水の魔法についての講釈が始まった。

 

「水に関連する魔法としてはね、『メイルシュトローム』とか『ストーム』とか……『タイダルウェーブ』なんかもある」

「結構あるんですね、種類」

「それぞれ引き起こされる現象が違うからね。ともかく、水を起こす『ウォーター』の次としてはそういった魔法がある」

 

 しかしながら、と氷柱を指差す。

 目の前の現実に広がるのは凍土──『フリーズ』による強制的な冷却だ。

 

「水の次だから氷。まあ頷けなくもないが……どうも進化というよりは『変化』に近い気がするんだよねえ……どうでも良いと言えば良いんだが、魔法の第一人者としては気になる」

「さすがの慧眼ですねぇ、マオさんー」

 

 と、そこで割り込む声があった。

 金髪の、間延びした口調の女……スラムヴァールだ。セーマ共々マオによって転移していた彼女は、マオを始めその場の一同に語ってみせた。

 水の魔剣、ひいては魔剣そのものについてを。

 

「魔剣はそれぞれ、一つの属性をテーマに作られましたぁ。アインくんの魔剣が『炎』で、ワインドさんの魔剣は『水』といった具合ですねぇ」

「……主様。まさかこの女が」

「ああ、うん。スラムヴァールだ……今に限っては敵対したい感じじゃなさそうだし、まあ置いといて良い。それなりに情報もくれたからね」

「スラムヴァールと申しますー、この度はご迷惑お掛けしておりますぅ」

 

 頭を下げるスラムヴァール。

 今のところは敵ではない……そうは言ってもやはりあのバルドーの側なのだ、警戒するジナとリリーナ。

 そんな二人に配慮するように苦笑いを浮かべつつ、『オロバ』大幹部の一人は語りかけた。

 

「お気持ちお察ししますぅ。いくらでも警戒してくださって構いませんがぁ、私はもうバルドーさんを手伝いませんので、そこはよろしくお願いしますー」

「私がセーマくんに引っ付いてくると読んでいて、しかも魔法を見せてくれなんておねだりまでしてくるんだぜこの女。どんな面の厚さだと感心するよ」

「うふふー、畏れ入りますぅ」

 

 マオが茶化すように言えば、にこやかにスラムヴァールが返した──何やら打ち解けていると、ジナとリリーナは口を呆と開けた。

 

 ──マオの行動を読みきっていたスラムヴァールの、魔王に対する願い。

 

 『魔法を見せてくださいー。あ、怪我とかするのはもちろんなしでぇ。何ならー、アインくんたちの所までご一緒させていただくのでも構いませんよぉ?』

 

 その言葉にセーマもマオも呆気に取られたものだったが……褒美を取らすと言ったところ、ならばとスラムヴァールがそう答えたのだ。

 マオとしては今更駄目だと言えもしない。

 

 おそらく彼女なりの魔法の再現──すなわち『魔剣』や『魔眼』のようなものの開発のため、直に魔法に触れてみたいという目的があったのだろう。

 そのために王国まで来て、そのためにバルドーに協力していたのだ……すべてはこの瞬間、マオの魔法を具に観察せんがために。

 

 まんまと敵方に協力させられる事態となった……すぐさまそう見抜いた勇者と魔王であるが、仕方ないと苦笑いするに留まった。

 一本取られたことを見事と言ってしまう程度には、二人揃ってスラムヴァールを評価していたのだ。

 敵ながら大した女だと認めたのである。

 

 もちろん『オロバ』に関わり魔法を再現しようとしている以上、敵であることには変わりない。

 しかし、ともすれば次の瞬間に殺されてもおかしくない場において、なおも己の目的を達成せしめたその強かさはセーマやマオをして素直に感心せざるを得ない手際だ。

 

 ゆえに彼と彼女はどこか快く、スラムヴァールを伴って転移したのであった。

 

「魔法を……なるほど、そのために奴までも『テレポート』で運んできたわけですか」

「まあ、そうなるね。これが終わったら帰るみたいなこと言ってるし、ひとまずは置いておこう。今後この近くをうろちょろしてたらその時に改めて対処すれば良い」

「う……はいー。すぐ帰りますぅ、これ終わったらぁ……」

 

 寛大ですらあるセーマの言葉だが、スラムヴァールは顔を引きつらせた──いつまでもここに留まっていたら、本当に『対処』されかねない。

 

 いくらかのやり取りを経てスラムヴァールには把握できていた……『勇者』セーマのパーソナル。

 その根底は平和で穏やかな気質であるが、同時に必要ならばどこまでも容赦なく振る舞える、そんな類の男だ。

 

 あるいはマオ以上の冷酷さをその身に秘めている可能性さえある──今はたまたま気に入られて生かされているにすぎない。

 ことが終われば一刻も早く王国南西部から離れるべきだと考えて、スラムヴァールはため息混じりに呻いた。

 

「はぁ……こうなれば『オロバ』もヤバイかもですねぇ。さっさとやることやって離脱しないとぉ……」

「離脱したら私の下に来いよ、スラムヴァール。新生『魔王四天王』のリーダーにしてやる」

「慎んでお断りしますぅ。大体その四天王って、セーマさんによってサクッと殺された人たちじゃないですかぁ」

「そこまで調べてたか、残念」

 

 肩を竦めるマオにもやはりため息を吐く。何だか面倒な者に気に入られてしまったと自分を棚に上げつつ、スラムヴァールは話を戻す。

 

「でー、ええと、魔剣についてなんですが──」

「その前にアインくんたちと合流しようか、とりあえず。アリスちゃんも含めて一端集まろう」

 

 しかしセーマが制止をかけ、ひとまずの集合を呼び掛けた。

 どうやら事態は退っ引きならない状況のようではあるが、だからこそ全員で情報を共有する必要がある……そういった考えからの提案だ。

 メイドたちがそれに頷き、マオも賛同の意を示した。

 

「そうだな、セーマくん。何にしても『フリーズ』が発動した現場に居合わせただろう二人に事情を聞かないと始まらない」

「アインくんやソフィーリアちゃんの身も心配です、ご主人さん。この寒さだと人間には厳しいかと……」

「ああ、それもあるからな……さしあたりこの、凍ってるのをどうにかするか」

 

 ことも無げにセーマが言い、一同から少し離れたところへと移る。

 何をするのか──大方予想の付いているマオやリリーナはともかく、ジナとスラムヴァールは困惑しきりに声をかけた。

 

「あ、あのご主人さん? 一体何を」

「ええとぉ、マオさんの魔法でどうにかするのではー?」

「荒野が数日燃え盛ることになりかねんからな……全範囲とはいかんが、この辺りなら、こうやってっ!」

 

 答えつつ──セーマは拳を構え、勢いよく地面に突き立てた。

 

 瞬間起こる、大地震……『フリーズ・ドライバー』の衝撃など児戯に等しい程の振動が、荒野一帯を揺るがせる!

 

「うわわわっ!」

「大丈夫か、ジナ?」

「『フライ』……と。あれれースラムヴァールさぁん、立てないんですかぁー?」

「そ、空飛ぶのズルくないですかぁー!?」

 

 至近距離での大振動。突然のことに不意を突かれてジナがよろけるのを、リリーナが優しく受け止めた。二つ足で立つ彼女には微塵の揺らぎもない。

 一方でマオは飛行魔法で宙に浮き、誰の助けも得られずに転んだスラムヴァールを揶揄して笑った。

 顔を赤くして反論する彼女であるが、それよりも周囲を見回して愕然と呟く。

 

「う……そぉ。凍土が、砕けて」

「ふむ……やはり私の『フリーズ』に比べればまるで大したこともないな。地表を薄く凍らせただけか」

 

 マオが嘯くのも耳に入らない。

 勇者が地面を殴り付け、発生した大地震──それ自体が信じがたいものであるというのに、更にはそこから生じた振動と衝撃が次々と、凍土を氷柱と言わず地表と言わずに粉砕していった。

 

 細やかなダイヤモンドダストがまるで吹雪のように吹き荒れながらも、元の荒野の姿へと戻っていく凍土。

 さすがにすべてとはいかないだろうが、それでもおそらくは荒野ほぼすべて正常なものに戻っていくのを目の当たりにして、ジナが心底から驚いて言った。

 

「す……すごい。こ、こんなやり方で」

「言うまでもなく主様にしかできないやり方だな。真似すると怪我するから止めておけよ」

「したくてもできませんよ、こんな……」

 

 呻くように呟く。ジナも武術を修める身として、それなりに身体の使い方や技術については詳しいが──それゆえに今しがたセーマが引き起こした地震など真似られるわけもないと確信していた。

 

 技術も何もない、力任せの一撃。『勇者』として後天的に備わった筋力の一点のみで引き起こしたのだ……身体能力によるゴリ押しなど、シンプルゆえに真似のしようがなかったのである。

 

「こ……これが『勇者』ですかぁ。こないだもそうでしたがぁ、いざ目の当たりにすると本当に、本当にぃ……」

「絶句するだろ。私もしたよ、それも何度も。こんなのと相対しなきゃならないんだからさ、『魔王』も楽な稼業じゃなかったよホント」

「そして今後はぁ、『オロバ』が矛先になりかねないんですよねー……」

 

 顔から血の気を引かせ、真っ青になりながらスラムヴァールは呻いた。

 内心でいよいよ身の振り方を考えつつも、ひたすらに今起きた怪奇現象寸前の事態に呆然としている。

 

 それぞれが引き気味の反応を示す中、当のセーマは遠くを見ていた。

 凍土を砕いたことにより、アインやソフィーリアの動きがスムーズになったのを感じる……とりあえず安全地帯を求めて凍土でない方に動くことが予想されるため、直にこちらに向かってくるだろう。

 

 それよりも、ともう少し近くを見る。

 砕けた凍土の向こうから霧がこちらに向かってきて、やがて人の形をとった。

 『霧化』してバルドーの身柄を拘束しに出向いていたという、アリスだ。

 完全に少女の形態に戻ると、彼女はそのままセーマの元まで駆け寄ってきた。

 

「ご主人、今の振動はやはり貴方様の御業でしたか! ……して、会談は終わられたので?」

「どうにか無事にね。それより聞いたよ、バルドーとやらは?」

「……そ、それが」

 

 戸惑いつつも言い淀むアリス。

 やがておずおずと、どこか困ったように言い始めた。

 

「どうしたことか、あのワーウルフ……逃げとりました。リリーナの技を受け、もはや身動ぎ一つ取れないはずでしたのに」

「……何だと!? そんな馬鹿な!」

 

 思いも寄らない言葉に叫ぶリリーナ。

 アインやソフィーリアが徐々にこちらへと向かう中、セーマたちはひとまずのインターミッションへ移るのであった。

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