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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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邪なる信念、荒野に集う戦士たち

 時は前後して──

 

 ワインドが発狂し『フリーズ・ドライバー』を発動させる少し前。

 激突する二振りの魔剣から離れた荒野にて、倒れ伏すバルドーをリリーナが見下ろしていた。

 

「が──ぐ、く」

「さすがだな。わたくしの奥義を受けてなお五体満足とは」

 

 紫電の刀を鞘に納めながら称える。

 勝負はとうに付いていた……リリーナの必殺たる奥義は確実にバルドーを行動不能へと追いやっていた。

 それでも手足の一本とて失われていない、ワーウルフの頑健な肉体に彼女は改めて感心して言う。

 

「……つくづく惜しい。道を踏み外さなければ、きっと戦士としての友誼さえ結べたかもしれないものを」

「道は……踏み、外してなど、いないっ」

 

 もはや全身に力が入らず、傷だらけで仰向けに倒れたまま──しかしバルドーは意識を失うこともなく、はっきりと明朗にリリーナの呟きに反論して見せた。

 

「私はっ、正しいことを、しているっ! ぐううっ」

「……その『正しいこと』によって、多くの罪なき者たちが巻き込まれてもか」 

「そうだっ──悲しいが、仕方ない! 大いなる目的の前には犠牲者は付き物だ!」

 

 言い切られたその言葉に、リリーナは静かに己の心中の、最も繊細な部分を逆撫でされたのを感じていた。

 仕方ない犠牲──そう称してこのワーウルフが、己の目的のためにこれまで何をしてきたのか……想像に難くはない。

 

 ふう、と息を吐く。過去いくらでもいた手合いだ。

 自分のやっていることは正義で、だから何をやっても許されるという思考。目的のため、手段を選ばなくなった者特有の身勝手極まる独善。

 

 このような輩が町や王国の安心と安全を乱し、あまつさえ主の手を煩わせている。

 そのことがどうにも腹立たしく、リリーナは仰向けに倒れたバルドーを冷たく見下ろした。

 

「お前の信念など、主様の住まわれるこの地の平穏に比べれば、些事だ」

「っ! 些事、だと!? 私は──」

「いらん。諸々ご高説あろうがその先は法の裁きを受けた末、牢屋の中でやるが良い。稚拙な理屈でも共感する者がそこにならばいるだろうさ──同じ穴の狢がな」

「貴様……!」

 

 冷えきった声音、辛辣な口調。

 ことここに至りリリーナは、バルドーを完全に愚者として見放していた……戦士としてひとかどでも人として道を外したならばすなわち、外道。

 外道と交わす論はない。それが彼女のスタンスである。

 

「しばらくはまともに動けまい。今すぐアインの加勢に向かわねばならんし、さてどうしたか」

 

 落ち着いて考える。

 今こうしている間にもアインは水の魔剣を操る敵と戦っている……すぐに向かいたいところだが、バルドーの扱いをどうするかが悩ましい。

 

 とりあえず気絶させて、担ぐなりして戦場へ向かう──多少時間は遅くなるがここで待ち惚けするよりはましだと、そう判断した時だ。

 彼女の気配感知が、よく見知った二人の同僚を捉えた。

 

「アリスにジナ……良いタイミングだな。ここは二人に任せて私は──!?」

 

 それぞれ別の場所で戦っていた二人が無事だったこと、そしてこの場を任せられるだけの仲間との合流に喜ぶリリーナだったが。

 

 ──その瞬間、世界が震えた。

 

「何だっ!? この震えは!」

「こ、これは……っ!」

 

 大気の震え。10秒程続いたそれが収まり、リリーナは困惑に叫びバルドーはまさかと目を見開いた。

 しばらく周囲を見るが見た目の変化はない。

 だが不意に、己の身に感ぜられたものにリリーナは絶句した。

 

「寒い……!? 馬鹿な、もうじき夏だぞ!?」

 

 寒気。

 今や夏も目前に控える季節にはあり得ない程の気温の低下……それを肌で感じて彼女は愕然と叫んだ。

 

「リリーナっ!」

「リリーナさん!!」

 

 そんな中、 名を呼ばれる。

 やって来るのは気配感知で捉えていたアリスとジナだ。彼女らも異様な空気の変化に気付いて慌てて駆け寄ってきていた。

 

「無事だったか!」

「まあの! しかしこりゃなんじゃ!? いきなり大気が冷え込みよった!」

「まるで冬ですね……! 異常気象にしても唐突すぎます!」

 

 やはり二人も、この急激な気温の変化にはとんと心当たりがないらしく戸惑いの声をあげている。

 分からないものは仕方なく、ならばそれよりも差し迫った危機、すなわちアインの元へと向かおう──そこまで考えてリリーナは、ふと思い至り驚きの声をあげた。

 

「まさか……これは、水の」

「ふふ──ふは、ふはははは、ははははは!」

 

 突然の笑い声。

 話を遮るその声の主の方を、メイドたち三人が見た。

 動けないままに高らかに笑っている、バルドーだ。

 アリスが訝しみながら問う。

 

「何が……おかしいんじゃ、お主」

「いやいや。己の節穴さ加減にな、ふふふ。まったく、まさか彼が先に至るとはな。ははははっ!」

「っ!? まさかこの冷え込みは、あの水の魔剣士が!?」

 

 思い至り、ジナが吠える。

 にわかには信じがたい話だった……魔剣。魔法を使うとは言えどただの剣が、このような気象にまで影響をもたらすなど。

 

 しかしてバルドーは我が意を得たりと笑っているのだ、何らかの関係があるとせざるを得ない。

 そう考えて問う若きワーウルフに、男は嘲けるように答えた。

 

「何故、アインくんやワインドくんに魔剣を渡したと思う?」

「? 何を」

「特別な素質が必要だったからだ。魔剣を操り、共に進化するための素質がな」

 

 唐突な問いかけと答え。自問自答じみた言葉。

 倒れながらも不気味に続けるバルドーの姿に、メイドたちはどこか嫌な予感を覚えていく。

 どんどん冷え込み、ついに吐く息まで真っ白になる中、男はなおも続ける。

 

「実力でもなければ功績、将来性でもない……諦めの悪いその精神性と、感情の触れ幅の大きさゆえだ」

「精神的な素養で、あの二人を選んだというのか」

「そうだ……! 魔剣を操るのに必要なもの、それは無限エネルギーを引き出す心の高ぶりと、その力に溺れないだけの強靭さ! ふふ……だからワインドくんの方は半分、かませ犬だった」

「……何だって?」

 

 思わぬ告白にジナが反応する。

 先程の魔剣の男……どこか情緒不安定な印象のある、精神的な素養など欠片も感じ取れないあの男は、アインのために誂えられた踏み台と言うのか。

 

「彼は感情面の高ぶりこそ素晴らしかったが、精神的な強さなど皆無だった。ゆえ、アインくんに進化を促すための贄として魔剣を持たせたが……くくくく、まさか彼の方が『第二段階』へと至るとはな!」

 

 『第二段階』。その言葉の指し示すもの。

 ジナにもアリスにもピンとはこなかったが、リリーナだけはすぐさま見抜けていた──魔剣と魔法の関係性を知ってから、どこか懸念していたことだ。

 

 魔法の力を秘めた、魔剣。

 そんな代物が、果たして少しばかりの火や水を出したりするに留まる程度のものなのか。

 予てよりそこを疑問視していた彼女だからこその、戦争時に実際に魔法と相対した彼女だからこその気付きである。

 

「──貴様。魔剣とは、まさか」

「もう遅い、『剣姫』。進化は始まったのだ……私の勝ちだ。やはり私は、正しかった!」

 

 勝ち誇るバルドーによる、身勝手な勝利宣言。

 それと同時に、一際強く冷気が吹き荒れて──大地が凍土へと変化していくのを、一同は目の当たりにした。

 

「──何!?」

「と、凍結じゃとぉ!?」

「そんな!? こ、これは!」

 

 あり得ない光景。驚愕する三人だが次の瞬間、すぐさまその場を飛び退いた。

 凍土の広がりと共に咲いていく無数の氷柱が、彼女らのいた場所を突き上げたためだ。

 

「くっ!?」

「氷柱……! これも魔法の力というのか!?」

「まずい、奴と離れた!」

 

 飛び退いたことで結果、倒れ伏すバルドーとは分断されるメイドたち。

 しかも天高くにまで氷柱があちこち発生して見ることも叶わない。

 

 これでは死ぬか逃げられるかしてしまう。舌打ち一つして、ジナは氷柱に手を当てた。

 硬い。だが、この程度。

 

「──ふっ!」

 

 寸打。瞬間的な緊張と弛緩による超加速が生み出す拳の威力が、氷柱に叩き込まれた。

 響く轟音。そして亀裂が入り、割れていく氷柱。

 

 ワーウルフの肉体から繰り出される武術の技法が、凄まじい威力となって氷柱の中を反復増大させ……ついにはへし折ることにさえ成功したのである。

 ふう、と息を吐くジナに、リリーナとアリスが声をかけた。

 

「いけたか。さすがだ、ジナ」

「相変わらず出鱈目な破壊力じゃが……それでも多少時間がかかるか」

「そうだね……打ってみた感じ、異様に中身が詰まってる。折るのは折れるけど、結構時間かかるかも」

 

 話しながらまた次の氷柱に寸打を当てていく。ひとまずは元いた場所に向けてだ……バルドーを回収しなければならない。

 次いでリリーナも刀を振るい始めた。こちらはジナ以上にスムーズなペースであり、一振りするごとに一本、氷柱が倒れていく。

 

『わしは先に行っとるぞ。身動きできんにしても、奴の身柄は確保せねばな』

「頼むよアリス」

「何ならもう、意識を奪っておくのが良いかもな」

  

 『霧化』してアリスは先んじた。

 人間や亜人を相手取ることに専念したバトルスタイルの彼女にとって、氷柱は些か手に余る。

 ゆえにバルドーの身柄だけは確保せねばと、氷柱の合間を抜けて移動したのだ。

 

 それを見送ってから、ジナはリリーナにも声をかけた。

 

「リリーナさん、もうここはボクとアリスに任せてアインくんの方へ行って下さい」

「助かる。気配感知では今だ無事のようだが……向こうもこの有り様なのか、右往左往しているな」

「そうですね……この寒さ、人間には辛いでしょうから急いだ方が良いですよ」

「うむ」

 

 氷柱の処理とバルドーはジナとアリスに任せ、リリーナはアインの元へと向かうことにする。

 どうしたことか水の魔剣士が離れていくのを黙って見ているようだ……ダメージを負って動けないというよりは、この辺りと同じく氷柱があちこちに発生しているために身動きが取れないのかもしれない。

 

 それでは行くかと、リリーナが翔びかける──その瞬間だ。

 

「到着ぅ……って、は?」

「……うん? え、何だこれ。冬?」

「──これが、魔法。って、え、えぇ?! 寒いー!?」

 

 すぐ近くに突然現れた三つの気配、声、姿。

 間違えるはずもない──ジナとリリーナは振り向いた。

 

「主様!」

「ご主人さん!」

「あ、リリーナさん、ジナちゃん!」

「お前らがいるってことは、ここ、荒野か!?」

 

 メイドたちの呼び掛けに応える二人。

 最愛の主セーマとその友人、マオだ。

 

 会食を終え、スラムヴァールを連れて──今ようやく、彼も荒野へと参戦したのであった。

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