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開かれる戦端、少年冒険者アイン

 急ぎ馬車を駆り、セーマたちは町を離れて丘陵地帯へと向かう。

 夕暮れ時には間に合うだろう──セーマはそう判断して、しかし馬を急がせた。

 あるいは既に、件の亜人はその辺りを徘徊して獲物を探しているのかも知れないからだ。

 

「『気配感知』は俺の方でしとくから、ジナちゃんはいつでも戦闘に入れるようにしといてくれ」

「分かりました!」

「ミリアさんは救護の用意を──万一襲われている人がいるなら、どうにか助けたい」

「かしこまりました、ご主人様」

 

 セーマ自ら手綱を繰り、車内のジナとミリアに指示を飛ばす。丁々発止、二人のメイドは即座に応えて準備を始めていく。

 

「ノワル、ブラン……働かせて済まんが、しばらく全速で頼む」

 

 手綱の先、馬車を引く黒と白の双馬に声をかける。

 ノワル、ブラン。そう名付けられたこの二頭の馬は、戦争時代からセーマと共に世界中の戦場を駆け抜けた愛馬たちだ。

 

 二頭は主の檄に応えるようにスピードを上げる。

 みるみる内に流れていく景色の中──そしてセーマは感覚を研ぎ澄ませた。

 

 どこまでも続く広い草原の、ありとあらゆる情報を読み込む。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。五感すべてを駆使して広げる知覚範囲はセーマの目に見えるよりも遠い範囲まで、耳に聞こえるよりも正確な精度で人の気配を探索する。

 

 『気配感知』と呼ばれるこの技術は、範囲や精度の個人差はあれど亜人ならばほとんど全員が使えるものだ。人間を遥かに超える身体能力を誇るがゆえの探知能力である。

 

 特に改造を施された結果、後天的に『勇者』という亜人に変貌したセーマの気配感知は……その範囲と精度において亜人全体の中でも飛び抜けている。

 

 未だ丘陵に至らずとも、既にセーマは目的地付近まで探知していた。

 今のところ人間が数人いるばかりで亜人の気配は感じない……しかし油断することなくセーマは探知を継続していく。

 

「ご主人さん! 準備整いました、いつでも行けます!」

「こちらもです。よほどの重症でない限り絶対に死なせません」

「良し。俺ももうすぐ、丘陵まで探知が及ぶ──!?」

 

 そして、いよいよその範囲が丘陵へと伸びた頃。特異な気配を察知してセーマは叫んだ。

 

「いた、亜人! まずい、もう人を襲っている!」

「!?」

「そんな……!」

 

 ジナとミリアの驚愕の声をよそに、セーマはたしかに感じていた。

 人間の気配が二つと、人間とは明らかに異なる気配が一つ……亜人だ。恐らくは戦っている。

 

 今はまだ人間たちも動けるようだが、次第に追い詰められているのか動きが鈍くなっているように感じられた。

 直に保たなくなるだろう。亜人と人間では、絶対的なまでの能力差があるのだ。

 

 間に合わない。

 直感してセーマは、静かに呟いた。

 

「やるか、『ヴィクティム』」

 

 猛烈な勢いで丘陵へと迫る馬車。

 その手綱を握りながらもセーマは、今できる精一杯のフォローを放った──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人冒険者アインは、思いもかけず出くわした怪物を相手に決死の戦いを挑んでいた。

 

「こ、のぉっ!!」

「温い」

 

 大きく振りかぶって放つ斬撃は、まだまだ荒削りだが才能を感じさせる意気が秘められている。

 しかしそんな一撃をも無造作に片手で払い、返しに横薙ぎに腕が振るわれるのを──彼は咄嗟に受け止め、天高く吹き飛ばされた。

 

「ぐ、が」

「アイン!」

 

 宙を舞い、地へと叩きつけられる。

 衝撃に息もできないアインの側に、少女が駆け寄りその身を抱き起こした。

 

「アイン、大丈夫!?」

「く、う。ソフィーリア……っ」

 

 激痛の中、それでも己を呼ぶ少女の名を呟く。

 そして漠然とした混乱する頭の中で……何故こんなことになっているのか、ぼんやりと思い返していた。

 

 ──他愛の無い依頼だった。

 いや、依頼ですらない。知り合いの娘の頼みで、丘陵の先にある花畑の花をいくつか取ってくる、それだけの簡単な頼みごと。

 

 ここ数日、夕方から夜間にかけて新米冒険者を狙った亜人の襲撃があるとは聞いていたが……ならば足早に行って戻って、夕暮れまでに帰れば良い。

 そう考えて相棒のソフィーリアと二人、出掛けたのだ。

 

 それがこの様。

 亜人は昼過ぎにはもう徘徊していて、気付いた時にはもはや為す術もなくアインは襲われていた。

 

「く、こいつ!!」

「ようやく見つけたが……ふん、他愛の無い」

 

 近付いてくる亜人にまたも斬りかかる。今度は手の早さを重視した、息もつかせぬ連続刺突。

 同年代の中でも特に剣技に長けたアインの得意技は──しかし掠りもせずに見切られ、その腕を掴まれる。

 骨が軋む程に握力が込められ、呻く。そんな彼を、亜人は詰まらなさそうに眺めていた。

 

「が、ぁ……ぐ、ぎ」

「蛮勇ですらない。無謀、無理、無茶。無様なだけだな」

 

 腕をへし折りそうな程の強さで掴んだまま、アインを持ち上げ地面を叩きつける。それも一度ではない。

 二度、三度……地面のあちこちが陥没するまで叩きつける亜人に、たまらずソフィーリアが叫んだ。

 

「止めて! アインが死んじゃう!!」

「死ぬからどうだと言うのだ小娘」

 

 亜人が侮蔑と共に呟き、ソフィーリアのいる方へアインを投げ飛ばす。

 慌てて受け止め、アインを抱き締める……酷い怪我だ。すぐにでも治療しなければならない程に、まずい状態。

 

「アイン……! アイン! しっかり!」

「ぁ……ぅ、あ、ソフィー、リア」

 

 それでもソフィーリアに返事をする、そんなアインを亜人は睥睨した。

 見た目は人間とそう変わらない、額から角が生えた大柄な男。それでもその力は、そこらの人間では束になっても敵わない凶悪性を秘めている。

 

「『魔剣』の担い手、どんなものかと思いきや……ろくに起動もできんとは。ここ数日それらしいのを適当に襲ってきた甲斐が無いではないか」

「ま、けん……?」

「何なの、この人……」

 

 独り言ちる、というにはあまりにも大きな声。しかしその内容は理解不能で、アインもソフィーリアも困惑していた。

 

 『魔剣』──とは一体?

 ようやく息も整い始め、少しは冷静に考えられるようになった頭で、一つの心当たりに辿り着く。

 

 右手に握る、漆黒の剣。

 一月前に謎の男から受け取ったその剣を見て、アインは言った。

 

「『魔剣』……て、これ、か……」

「──奴め、本当に何も言わずに渡したか。素養があっても宝の持ち腐れだ、これでは」

 

 わけも分からず嘆く亜人。

 今度は憐れむように見下すようにアインを見据え、言う。

 

「貴様も貴様だ。それだけの剣を持ちながら、これまで少しも命を懸けて来なかったな?」

「いの、ち──?」 

「望めば手に入ると言えど望むためには命を張らねばならない、『進化』とはそういうものだ。それを貴様は怠った」

 

 言葉と共に亜人の気配が怒りを帯びていく。アインにもソフィーリアにも到底、理解など及ばなかったが……亜人はどうやら、憤激しているらしい。

 

「怠惰、不精、そして無礼。『進化』を何と心得るか──愚かだ、小僧。死を以て償うべき程に」

 

 死。

 それを亜人が明確に言葉にした瞬間に、ソフィーリアはアインを庇い前に出た。

 もうアインは戦えない。つまりはここで、二人とも死ぬ。そう絶望に息を喘がせながら、それでも少女は少しでも長く彼に生きていて欲しかった。

 

 そんなソフィーリアを見つめ、亜人の何一つ理解できない罵倒は聞き流し……アインは死に体の身体で、しかし本能的に考えた。

 

 亜人がやたら執着している、この『魔剣』とやら。

 一月前に一度だけその『力』を発揮して以来、うんともすんとも言わないこの剣だけが……現状を突破できる。

 

「アイン?!」

「ぁ、ぅ……くっ、う」

 

 息も荒く、それでも立ち上がりソフィーリアを押し退ける。亜人によって身体中のあちらこちらを負傷し、出血していた。

 それも構わずに、剣を握る。

 

 負けられない……たとえ死んだとしても。護らなければならないものがある。

 

「まだ何かしてみせるのか? もういい加減終わらせて、それは回収させてもらうぞ……まったくとんだ無駄足だ」

 

 もはややる気も無くしているのか、悠然と歩いてくる亜人。

 完全に油断している……後は適当に殺すだけ、そう思っているのだろう。

 

「……っけ、るな」

「? 何をぶつくさと」

 

 ふつふつと、怒りが込み上げる。

 勝手によく分からないもののせいで、勝手に殺されて……ソフィーリアも守れず死んでいくのは、嫌だ!

 

 不思議と身体の芯から湧いてくる熱量がアインを通して剣へと伝わる。

 両手を握り締める。燃え上がる炎のように、死にかけの身体に力が吹き上がっていく。

 

 怪我や出血も気に止めず、アインは力を振り絞って思い切り剣を振るった。

 

「ふざっ、けるなあっ!!」

『1st Phase』

 

 叫びと共に音が響いた。剣から発したそれは、逆転への撃鉄起動音。

 熱量が力へと変わる。剣へと想いが伝わる。力と想いが、強さに変わり……燃え上がる。

 

「な──にっ!?」

 

 亜人の驚愕する気配を肌で感じて、アインは更に熱量を込めた。

 異様に発熱する身体、それに応えるように力を増していくように感じる、燃え上がる剣。

 すべてを出し尽くすように……アインは手にした魔剣を振るう。

 

「ぅおおおおぉっ!!」

「土壇場で起動させたか! しかし、その程度っ!」

 

 勢いのまま、雄叫びと共に斬りかかる。さしもの亜人も先程の余裕は失せ、全力で迎え撃つのみだ。

 

 互いに全力、しかしアインは満身創痍で、やはり亜人に分がある現状。

 問題なく葬れる。そう判断した亜人は歯を剥き出しに嗤い、この愚かな少年の命を打ち砕くための最後の一撃を繰り出そうとして──

 

 ──スパン、と。

 

 どこからともなく現れた剣閃の、美しい程の軌跡が己の利き腕を根本から断ち切るのを見た。

 

「──な」

 

 吹き飛ぶ腕、飛び散る血液。そして止まる動き。完全な思考停止に陥り、亜人は息すらも忘れて硬直する。

 すなわちそれは、まったく無防備な姿をアインの眼前に晒す行為に他ならなかった。

 

「な、に──」

「ぉぉおあああああっ!!」

 

 硬直した身体に吸い込まれるように袈裟斬りが叩き込まれる。

 クリーンヒットだ……さしもの亜人も為す術もない。

 

 荒々しい軌跡に沿って血が吹き出るのをどこか呆然と見ながら、アインも亜人の男も、しばらく動けずにいた。

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