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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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二つの決着、そして始まる『2nd phase』

 荒野に亜人の群れが倒れ伏していた。

 一人として意識はない……腕なり脚なりを折られ、行動不能に成り果てている。

 これらすべてを、今まさに一人立ち尽くす少女が行ったのだと言えば、きっと、信じる者はそういないだろう。

 

 ヴァンパイアが持つ特殊能力『霧化』にて敵対者を軒並み昏倒させたその少女の名はアリス。

 現存する中でも最強最古のヴァンパイアでもある、勇者セーマに仕えるメイドの一人だ。

 

「……ふう、こんなもんかのう。ったく、数も中途半端なら腕前も中途半端と来とる」

 

 倒れ伏す亜人の一人を蹴り付け、アリスはぼやいた。

 約100人──リリーナによって消し炭にされた何人かを除いても、90人は下らないであろう数の亜人を一人で鎮圧してなお、その表情に疲れは見えない。

 むしろ物足りないとばかりに不機嫌がちに当たりを見回した……立っている者は一人とていない。

 はあ、とため息を吐いて呟く。

 

「どうせ敵対するんなら、もうちょい手応えのある奴がええのう……いや、さすがにジナやリリーナとかマオ、ご主人並のはいらんが」

 

 不満を漏らしつつ、彼女は気配感知に集中した。捜索するのはもちろん、アインだ。

 今回の防衛対象を何においてもまずは護りきる。それこそが主への忠誠であると彼女は信じていた。

 

「おらんな。ちっ、ずいぶん離されたか。こうなればジナかリリーナかと合流すべき、か……?」

 

 感知範囲内にアインの気配はなく、それゆえアリスは次善としてジナやリリーナの気配を探そうとした──少なくともどちらかはよりアインに近い場所で戦っているだろう、という確信からだ──が、その前に視界に移る人影を見てにわかに目を見開いた。

 

「……ありゃさっき、ジナを吹き飛ばそうとして巻き込まれとった怪生物ではないか! 馬鹿な、ジナから逃げ仰せたじゃと!?」

 

 あちこち傷だらけ、必死の形相で逃げているのは、気配の一切ないくすんだ緑髪の女、エー。

 ジナに奇襲をかけ、そのまま彼女と交戦状態に入った輩が逃げていく……つまり、ジナは?

 そこまで思い至り、アリスは首を左右に振った。

 

「な、わけねーじゃろ! あの女、明らかに満身創痍で逃げとるではないか……! ジナは無事じゃ、無事に決まっとる!」

 

 己を落ち着かせるべく声をあげる。よもやジナに何かあったのではないかという不安を宥めつつ、アリスは考えた。

 

「まず、逃げていく女はもはや追えん。明らかにわしより早い……となれば優先すべきはアイン少年。しかし気配感知内にはおらぬ、よってジナかリリーナを探す」

 

 口に出して思考を整理していく。波打つ心を落ち着かせるため、そして次に成すべきことを間違えないために。

 

「あの女に逃げられたことから、ジナが何かしら不意を突かれたのは明白。度合いによるが危険やも知れぬ。リリーナの方はひとまずおいて、まずはジナの方へ向かう、べきか!」

 

 言い終わると共にその身を霧に変じて素早く行動に移る。

 何らかの要因で敵を逃さざるを得なかったジナの、状況をたしかめる!

 

『ジナと合流後、状態をたしかめてまずそうなら戦線離脱! 行けそうならアイン少年の下へ! 急げよ、アリス……!』

 

 己へと呼び掛ける。

 最強のヴァンパイアはひどい焦りと共に、同僚を探すべく女が逃げてきた方向へと向かった。

 

 霧化したアリスのスピードは、人の形でいる時よりかはいくぶん早い……ジナのいるであろう方面へ急ぎ向かえば、すぐに彼女の気配が掴めてアリスはひとまず息を吐いた。

 気配上でのジナが、まったく以て無事であることを察知できたための安堵だ。

 

「とりあえず何よりじゃが……おった!」

 

 気配を辿り、ジナに合流する。

 向こうもアリスが急ぎやって来るのを気配感知で掴んでおり、むしろ彼女を待っていたようですらある。

 

「ジナ、無事か!? さっき逃げていく怪生物とすれ違うたぞ!」

「あー、だからこっち来たのか……まいったよ。最後の最後にドジ踏んで逃げられちゃったんだ。心配かけてごめんねアリス」

 

 岩に腰掛け、軽く休息を取っていたらしいジナが申し訳なさそうに言う。

 その姿からは大したダメージも見受けられず、やはり先程の怪生物は敗走していたのだと確信してアリスは問うた。

 

「お主が大丈夫ならまずはそれが一番じゃが……仕損じたのか? お主が」

「ボクにも予想できなかったよ……『山崩し』も『河穿ち』も完璧に決まった上で、なお僅かにでも『共天導地』の打点をズラされるなんて」

「なんと……! そうかお主、反動ダメージで追撃できなんだか」

「お恥ずかしながらね」

 

 苦笑いするジナを、アリスは責めるつもりもなかった。

 ジナの実力はよく分かっている。僅かでも理想の打拳から逸れれば反動があるような奥義を、ただ無為無策に放つような性格ではないことも。

 

 入念な仕込みを経てから放ったのだろう……絶対に当たる、確実に仕留められるタイミングで。

 それでも打点をズラされたのは、ジナのしくじりというよりも、怪生物の思わぬポテンシャルの高さに起因しているものとせざるを得ない。

 

「何の亜人じゃ、あやつ……間違いなく人間ではないが」

「でも戦ってみた感じは人間に近かったんだよね、正直……身体能力や反応速度より、何ていうかな、雰囲気が」

 

 ジナは呟く。

 彼女自身にも漠然とした感覚であり明確な証拠などありはしなかったが……それでもどこか、あの敵からは人間的なものを感じた。

 亜人以上の死への脅え……あるいは、恐怖。

 

 最後の最後に技がヒットする寸前に放たれたそれが、おそらくは打点をずらしたものの正体だろう。

 そう説明するとアリスもふむと頷き、言った。

 

「そもそも気配がないっちゅう時点でおかしなもんじゃ……相当きな臭い出自かものう、アレ」

「身体に稲妻を纏っていたあたり、魔法由来のものかもしれないね……」

「魔剣、魔眼ときて今度は魔生物か何かか? 洒落にならんのう」

 

 うんざりしながら呟く。魔王のみが持つ魔法……あの手この手で悪用せんとする輩の執念が感じられて薄気味悪さを感じるアリスだ。

 

 ──と、その時。

 二人のいる場所から少し遠くの空に雷光が迸った。

 晴れ渡る空から荒れ果てた大地に落とされる稲妻……二人にはそれが、リリーナの最強必殺剣の発動だとすぐに分かった。

 

「リリーナじゃな。あれが出たからには決着もついたか」

「反動も収まってきたし……行けるよアリス。リリーナさんと合流してアインくんを護ろう」

「おう……わしの動きを止めとった拘束、突然解き放たれたが何だったんじゃろ」

 

 ぶつくさ言いながらも二人、リリーナの元へと向かう。

 

 ワーウルフ・バルドーに思わぬ抵抗を示されたリリーナが、水の魔剣士ワインドにまで手が回らなかったことなど、この時点での二人には分かるはずもないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ウォーター・ドライバー』!」

「くっ……! 『ファイア・ドライバー』!!」

 

 ぶつかり合う火と水と。

 世界にただ一人、魔王のみが扱える技であることから本来ならばあり得ない、魔法と魔法のぶつかり合い。

 『ファイア』と『ウォーター』。魔剣によって人間の手にもたらされたこれらの力は、アインとワインドの二人によって激しい戦いの中、一切の加減もなく振るわれていた。

 

「お、おまえさ、え殺せ、ばぁ!」

 

 バルドーに言われるがまま、殺すために水の魔剣を振るうワインド。その目は血走り、顔は殺意と憎悪で醜く歪みきっている。

 『ウォーター・ドライバー』で形成された水の鞭が振るわれる。距離を置いての中距離攻撃だ……セーマにはまるで通じなかったが、本来ならば人間など八つ裂きにできるだけの威力がある。

 

「お前が……貴様がっ! ハーピーの群れを虐殺したのかっ!!」

 

 対するアインも負けたものではない。

 『ファイア・ドライバー』の発現により炎を纏った魔剣を駆使し、縦横無尽に迫る水鞭を的確に捌いて距離を詰める。

 相対した時点でアインには分かっていた──単純な戦闘技術で言えばこの男、素人同然だ。

 

 ならば剣技を修めたアインこそが有利なのは当然。

 徐々に近付きながら、ハーピーを虐殺した憎むべき男への怒りを叫ぶ。

 

「何故そんなことをしたんだ!? 大森林の亜人に危害を加えてはいけないと、法で──」

「こ、この俺、のぉっ! 偉大な、る俺、の魔剣、の力の、試し切りだぁっ!!」

「試し切り、だと──?!」

 

 帰ってきた言葉は理不尽の一言。

 思わず愕然とするアインに、背後遠くからソフィーリアが叱咤した。

 

「アイン! 今は、倒すことに集中して!」

 

 言いながらライフリング・ボウでワインドを狙い打つ──仕留められるとは思っていない、牽制の一撃だ。

 容易く水鞭にて止められるも、その分アインへの攻撃は止む。このようにしてソフィーリアはアインへの援護に徹していた。

 

 同時に我に返ったアインが、怒りに震えて魔剣を握る。

 憎悪ではなく、憤怒。罪なき者を虐げた目の前の男への、ひたすら純粋な義憤。

 

 踏みにじられた命と尊厳。

 何よりも……泣きながら犯罪に手を染めた少女を想い、アインの心が燃え上がった!

 

「──許せない。貴様はっ、貴様は悪魔だっ!!」

「黙、れ糞、ガキぃっ!!」

「『ファイア・ドライバー』っ! 貴様だけは、今日ここで燃やし尽くすっ!」

 

 激憤して魔剣を振るうアインに呼応し、『ファイア・ドライバー』の出力も上がっていくようにソフィーリアには見えていた。

 常になく吹き上がる炎──際限なきその勢い。

 

 比例して斬撃の威力も上がっていく。重さも強さも早さも……アインの肉体が、限界を越えていく。

 

「ぐっ、あ……!? う、そだ、うそだ! こんな、俺が、俺の魔剣が!?」

「おおおおおおおっ!! 燃えろ、魔剣っ!!」

「ふざ、ふざけ、ふざけるな! ふざけるな!!」

 

 徐々に勢い負けし、押されていく水の魔剣。

 それはとりもなおさず、アインとワインドの力量差、実力差の発露でもあり……何よりも、絶対に負けられない、絶対に勝つという信念においての上下の発露でもある。

 

「いける……っ! 罪を償え、水の魔剣士!!」

「ひぃっ!?」

 

 追い詰めていくアイン、追い詰められていくワインド。

 気付けば『ウォーター・ドライバー』も発動していない……ワインドの心が、意気が折れたのだ。

 尻餅を着くワインドに、アインが燃える炎の魔剣を突き付けて告げた。

 

「終わりだ……僕の勝ちだ。魔剣を離せ、罪を償え。貴様が踏みにじった命に、落とし前をつけろ」

「──いやだ」

 

 呆然と、ワインドは呟いた。

 未だ抵抗するかとアインも身構えるが、どこか様子がおかしい。

 

 虚空を見ている。瞳に生気がなく蒼白の顔で、ひたすらに小声で呟いている。

 

「いやだ、いやだ。──いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」

 

 ひたすら、無垢な赤子のように。あるいは、白痴の老人のように。

 呟き続けるワインドに、アインは思わず後退りした。

 

「こ、こいつ……!?」

 

 壊れている……そう感じて生理的な嫌悪と共に生まれた、その一瞬。

 魔剣に取り付けられている宝石がにわかに輝き始めた。

 

『FEEDBACK-FEELING,"EVOLUTION"』

 

 狂える男の、すべての現実を拒絶する願望に──魔剣が応えたのだ。

 

『2nd phase』

 

「何だっ!?」

 

 響く声。魔剣の音。

 そして男は発狂の笑みと共に、高らかに壁を越えた。

 

「い、や、だ──『フリーズ・ドライバー』ッ!!」

 

 瞬間、世界が震えた。

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