剣姫の戦い、疾狼の戦い
レンサスが『クローズド・ヘヴン』によって追い詰められ、そして逃げ果たしているまさにその頃……
地上ではリリーナがバルドー、ワインドを相手取りその剣を振るっていた。
「ここから先は通さん!」
「おのれ……!!」
次々に繰り出される斬撃はそのすべてが必殺級の威力を秘める。
そんなリリーナの絶技に、バルドーはどうにか防戦に持ちこたえるので手一杯の有り様だ。
「こ、この……こ、いつ! 『ウォーター」
「ワインド!! 君の相手は炎の魔剣だ! 彼の元へと向かえ!!」
そんなリリーナとバルドーの攻防に、付いていくこともできずにワインドは狼狽えるばかり。
どうにか割って入れるかと魔剣を起動せんとすればすかさずバルドーの叱責が飛び、彼はますます慌てて答えた。
「させんと、言っている!」
「ひぃっ!?」
言われるがまま、激戦の側を抜けてアインの元へと斬り込もうとして……そんなワインドに向け、神剣の雷が放たれて進路を塞ぐ。
思わずその場で尻餅を付くワインドに、リリーナが鋭く叫んだ。
「貴様も通さん! 魔剣同士での潰し合い、人間同士の殺し合いなど笑止千万!!」
「邪魔を……するな! 『剣姫』!!」
「甘い!」
激昂して殴りかかるバルドーの拳を掌で受ける。
防がれたばかりか受け止められたことに目を見開くワーウルフに向けて、そして尻餅を着いたままのワインドに向けて……S級冒険者『剣姫』は高らかに告げた。
「邪魔は、貴様らだ!! 町を巻き込み、少年少女を巻き込み、挙げ句に我が主まで巻き込んで!」
「な、にを!?」
「人の世に、ようやく訪れようとしている平和と平穏の! 貴様らこそが邪魔なのだ!!」
返す刀でバルドーに斬り込む。掴まれた拳が離されないままに放たれた一撃が、バルドーを袈裟懸けに捕らえた。
が、手応えがない。
「……!?」
「何と、言われようが……!」
硬い、余りに硬い肉体。徐々に膨らみ硬度を増していくバルドー。
体毛が増し、その顔付きも身体付きさえも変化していく。より野性的に、より獣的に。
『獣化』。一部の亜人が持つ特殊な性質であり、発動すれば身体をより野生に適した動物的な姿に変じさせ、あらゆる身体能力を数倍にまで引き上げることが可能だ。
欠点としては使用中、著しく体力を消耗するために長期戦には向かないというくらいだが……そのようなことは気にしていられず、バルドーは身に秘めた野生を全解放させた。
「貴様……!」
「私は私の、目的を果たすのみだ!! ぐぅぉあああぁっ!!」
リリーナの体躯を思い切り殴り付ける。愛刀にて防いだものの、相当な距離を吹き飛ばされてしまい彼女は焦った。
「し、まっ!?」
「ワインド、今だ行け!! そう長いこと足止めできん、早く戦えっ!!」
「は、はいいっ」
此度の戦いにおける最大の障壁を一時取り払い、バルドーは叫ぶ。
走り出すワインド。それを少しばかり見やってから、バルドーは一気に駆け抜けた。
凄まじい……先程に比べてもあまりに早すぎるスピードでリリーナに迫るバルドー。
手足ももちろん獣と化しており、爪も著しく巨大に鋭利になっている。
「ずぁあああああああっ!!」
「──ふぅっ!」
一心にこちらへ目掛けて突き抜けるバルドーに、しかしリリーナは冷静に対処した。
タイミングを合わせて紙一重で回避、カウンターの一撃を合わせる……閃光一刃。
すれ違い様に振り抜かれた雷光を纏った斬撃が、今度こそバルドーの身体にダメージを与えていた。
「ぐ、ぅっ……!」
「敵ながら大した執念だ……! だがそこまでして、奴とアインを戦わせる理由はなんだ!?」
思わずリリーナが叫んだ。
おかしな話だった……ワーウルフとしてもなお上位であろう強さを誇る男が、何故囮役までして魔剣同士をぶつかり合わせるのか。
「魔剣使い同士で戦わせて何が起きる!? 答えろ!!」
「ふ、ふ。貴様には分からん……私の思い描く理想など」
「何?」
問いへと返すは、失笑。
バルドーはこの期に及んで、圧倒的な格上であるリリーナを嘲っていた。
「数百年、かけた……我が理想。我が夢、我が信念。貴様ごとき『強者』には、何一つ理解できぬだろう。言うだけ無駄だ」
「貴様とて、強いだろうが」
「ああそうだ、私も強い……だから分からん。分かってやれない。彼らの気持ちに、寄り添ってやれない」
「……? 何だ? 何の話をしている?」
まるで理解不能な言葉に、リリーナが戸惑う。
こうしている間にもワインドはアインへと迫っている……話を聞いている暇さえ惜しい。
だというのに彼女はどこか、この男の気迫を無視できないでいる。
心底からの言葉。魂の気迫に気圧されていた。
「だから、私はぁ……! せめて手伝ってやりたいのだ、彼らの……!」
「っ! 来るか!」
「彼らの『進化』をっ!! 私がこの手で導いてやるのだぁぁっ!!」
咆哮、そして突進。
先程よりも早いそれを、リリーナは真正面から受け止める。
「ぐっ……!」
「貴様を足止めするぞ、『剣姫』ぇっ!! 『プロジェクト・魔剣』、我が命に代えてもやり遂げて見せるぞぉっ!!」
バルドーという亜人の、すべての命、すべての力、すべての気迫を込めての突撃。
受け止め、その圧力に顔をしかめる。
しかしリリーナは毅然と叫び、応えた。
「意気や、良し……! 邪悪でなければ、見事と言えたものをっ!」
「貴様、私を邪悪と抜かすかぁっ!!」
「如何なる事情とて、貴様の行いは紛れもなく邪悪!! ゆえにっ!」
万力を込めてワーウルフを押し返す、リリーナ。
ことここに至り、バルドーがその身のすべてを出し尽くしてなお……『剣姫』リリーナはそれを真っ向勝負で圧倒してしまえる力を持っていた。
バルドーを弾き返し、構えるリリーナ。
そして今一度叫び信念を示した。
「我が一刀にて貴様を止める! わたくしはリリーナ、堕ちたる天使!! 我が電光、恐れぬならばかかってこいっ!!」
「上等だ……『剣姫』えぇっ!!」
もはや全身にまで雷光をみなぎらせるリリーナ。
向かうバルドー……ここに、決着の一合が始まろうとしていた。
一方その頃。
エーの奇襲を受けたジナは、吹き飛ばされる間際に掴んだその脚もろとも戦場から離れた場所まで飛ばされていた。
「ぐっ──」
「っ」
敵を巻き込みながら転がり、ジナは瞬間的に考えた……気配のない怪生物、それが来たのだろう。
気配感知をフルに発動していたところに、それでも奇襲をかけられたのだ。そう考えるのが妥当だと彼女の聡明さが導き出していた。
「ならば!」
「っ!?」
転がる途中、頃合いを見てジナは一気に体勢を整えて立ち上がった。
その時にエーの脚も掴み、強引に持ち上げる。細い身体だがそれなりの重量。
咄嗟のこと、目まぐるしく変わる状況に対応できずに混乱するエーの隙を突いて、ジナの蹴りが唸った。
「しゃっ!!」
ローキック。天地逆さとなっている相手に放たれたため、必然的に頭部狙いとなる。
響く轟音。すべての攻撃が音の壁を超えるその衝撃……しかし腕で防がれる。
ジナは舌打ちをしてエーを更に振り回した。
「ぉおおっ!!」
「──『鉄槌捲土・リフレクトネード』」
エーもやられるがままではいない。掴まれた脚を起点に思い切り身を捻り、回転させる。
その勢いに弾かれてジナが手を離せば、エーも体勢を整えるべく彼女から距離を置こうとした。
「させないっ!」
「回避行動……敵、妨害。回避行動続行」
「気配がないお前は、こうして距離を詰められるのが一番やりづらいだろうっ!?」
叫び、ジナが拳を放つ。
いかにもその通りだ──気配がないこの怪生物はその性質から視界外からの奇襲を最も得意とする。
逆に言えば常に視界に納め、接近戦を行う限りは奇襲に移れないのだ。
それはジナなりの怪生物対策。エーのスピードを凌駕する彼女だからこその、常時インファイト戦術であった。
「『疾走踏破・アクセラレート』──」
「遅い!」
「──っ!?」
雷光を纏いし両足による、超スピード加速技。
それによる離脱を試みてさえも一切引き離すことができず、エーの顔がにわかに緊迫の色を帯びた。
発生する隙。それを見逃すジナではない。
「『地翔・崩山拳』!」
腕を掴み、強引に引き寄せてからの寸打。
引き寄せる動作と密着体勢からの全体重を乗せた一撃を放つ動作……その二つが矛盾なく噛み合う、ほんの僅かなタイミングにのみ放つことで成立する威力は想像を絶する。
ジナの戦闘スタイルである我流拳法、そのベースとなった古流武術の奥義を更に発展させた、彼女の切り札の一つである。
「く、ぁ」
「『天落・河穿蹴』!」
くの字に折り曲がるエーに、ジナの追撃はなお続く。
小さな肢体を活かし、敵の懐に潜り込んでからコンパクトな回し蹴り──右足がエーの顎を下から撃ち抜き、更に勢いのまま左足も同じ箇所を撃ち抜く。
ほぼ同タイミングだ……狂気的なスピードでの身の翻し、そしてその中でも寸分違わぬ場所を蹴り抜ける精密性がもたらす一点集中の破壊力。
顎に加えられた衝撃で今度は仰け反るエー。
もはや意識も明確でない中、ジナは止めの三連撃目を放つ。
「山崩し河穿ち、今こそ至るは大導の拳」
体勢を整え、両足はしっかりと大地を踏みしめる。
一歩、二歩と僅かな距離を、しかし身体中のばねを駆使してトップスピードで詰める──逃さぬため、そして加速により威力を高めるため。
体重を乗せ、握力を込め、そして速度も頂点へと達した一撃を、仰け反るエーの無防備な身体へと、今解き放つ。
「『万象拳・共天導地』」
「ぁ──」
エーの身に迫る、圧倒的な死の予感。
大した感情もない彼女だからこそ判別した──受ければ命はない、と。
冷静に判断し、しかし打つ手はないと諦めようとして……彼女は不可思議な感覚を掴んだ。
それは虚無の心に宿る、微かな灯火。
空っぽの瞳に微かな、恐怖の光が差し込む刹那。
形容できない身体を貫く寒気に、彼女が声をあげようとして……
「っ! あ、ぁぁぁあああっ!?」
それ以上の渇望と希求──すなわち『生きたい』という想いが、迫るジナの拳への僅かな対処を実現させた。
何ということはない、ただ腹を固めて、僅かに後ろに下がっただけ。
しかしそれが奇跡的、かつ効果的だった。元よりジナの技は繊細、ゆえに打点をずらせば必殺は必殺でなくなる。
「が、ぁ──っ!?」
「ズラされたっ!? 何てタフさ!!」
後方へ吹き飛ぶエーに、愕然とジナが叫んだ。
極めたはずだった。二つの奥義を命中させ、完全に動きを止めたところでの理想に近い必殺を放ったはずだった。
にもかかわらず極められなかったのは……ジナには確信がある。
己の方でなく、エーの方に何かがあったのだと。
「『恐怖』……死への恐怖が、咄嗟に身体を動かした、の?」
「は、ぁ、あ……っ!」
呆然とジナが見つめる先、エーは痛みに耐えて息を整えていた。
痛みが酷い。恐ろしいダメージを受けている……先の奥義二つは元より、最後の技が段違いだ。
打点をずらして威力を削いでなお、殺意を剥き出しにしている凶悪な拳。
「ひ、ぃい、い……逃亡、逃亡、とうぼ、とう」
ことここに至り、決着はついた──
エーは恐怖に歪んだ表情で、息を必死に整えて逃げだした。
弱々しくも雷光を纏った両足で、それでも足早に逃げ去る。
「待て! ……くそ、打点をズラされた反動で!」
ジナには追い縋ることはできなかった。
奥義『万象拳・共天導地』の打点がズレたことによる反動ダメージにより、少しの間ながら動くことができないのだ。
時間にして一分程度だろうが……もはや敵には追い付けまい。そもそも気配のない相手だ、見失えば探す術はない。
「やられた……! あそこまで追い詰められておいて、まさか動くなんて!!」
悔しがるジナ。
まるで動けぬ僅かな間、彼女は苦い勝利を噛み締めるのであった。




