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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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其は人間世界の守護者なり、名を『クローズド・ヘヴン』!

 乱戦続く地上を見下ろす、遥かに高い岩の上。

 頭から血を流し蹲るレンサスの前に、人間の男女が立っている。

 

「ひゅぅ……怪しいボーヤを殴った途端、『エスペロの女帝』が暴れだしたよ。こりゃ一体どういうことだろうねえ、カームハルトくん」

「ずーばーり! 『女帝』を抑えていたのがこの少年、そしてずーばーり! ギルドからの情報と照らし合わせれば……彼こそが魔眼使いのレンサス! ずーばーり! そうでしょうともゴッホレールさん」

「ぐ、う……く、そ。こんなとこまで、登ってくるかよ人間が……!」

 

 煙草を吸いながら、しきりに口笛を吹く仕草の女性。前をはだけたラフな格好で、血も滴る鉄製の棒を携えている──ゴッホレール。

 モノクルを付けた、タキシード姿の男性紳士。しかし言動はやたらと声高で、手には本を携えている──カームハルト。

 いずれも30前半といったくらいか。そんなコンビはレンサスから一切視線をそらさず、けれど軽快に会話する。

 

「ほっほう? そいつは難儀だ厄介だ。じゃあおねえさんたちは、下のおっかねえ連中はもっとおっかねえのに任せてここでこの子と遊んでようかぁ」

「ずーばーり! 実力的にもそれが良いかと。ずーばーり! いくら我々でも『剣姫』やその相方たちに割って入れませんので」

「やれやれハッキリ言っちゃって。ま、いくら『クローズド・ヘヴン』たって『剣姫』だのには届きゃせんやな」

 

 ハッハッハと二人、レンサスから視線を離さず声をあげる。

 嫌でも会話を聞いていた魔眼の少年は、愕然と目を見開いて呟いた。

 

「『クローズド・ヘヴン』……! お前らが!?」

「応ともよ、ボーヤ!」

 

 ゴッホレールが歯を剥き出しにした──威嚇じみた笑顔。あるいは笑顔じみた威嚇。

 瞬間、鉄棒が唸りをあげてレンサスを襲う。予備動作なしでいきなりの全力だ。

 

「先手必勝! うぅぅぅるぁぁぁぁっ!!」

「ちっ……『停止魔眼・"オンリー・ユー"』!」

「うおっぐ!?」

 

 しかしてレンサスの両目が輝き、ゴッホレールの動きが止まる。

 初めて身に受ける不可解な拘束に彼女はすぐさま看破した……これこそが今しがた『エスペロの女帝』さえも行動不能に至らしめた魔眼!

 間髪いれずに叫ぶ。

 

「カームハルトくぅん!!」

「ずーばーり! 今がチャンスですねえ!」

「っ」

 

 そしてレンサスの側面をカームハルトが襲撃した。

 手には分厚い本を開けて持っている……いや、本であるのは見た目だけだ。中身はページに見せかけた特殊な形の、刃!

 

「『354ページ・解毒剤とは毒を殺す毒である』!」

「舐めるな人間!!」

「──っと、とと!」

 

 そのまま振り下ろすもレンサスの視線なき反撃に合い、已む無く手にした刃で防ぐカームハルト。

 異様に伸び、しかも鋭利に尖った爪を振るうレンサスが、魔眼を発動しゴッホレールを拘束しながらもカームハルトに向けて言う。

 

「残念だったね! これでも亜人だ、気配感知くらい持ってるよ! 魔眼で『女帝』を止めることに専念していたさっきとは違う、不意を付けるだなんて思うな!!」

「だそうだぜぇ、カームハルトくーん」

「……ずーばーり。想定内ではありますがやはり、凶悪ですねぇ。打つ手はないこともないですが、骨は折れます」

 

 魔眼を備えた亜人を前に、尚も余裕を見せる二人の人間。

 どうにも不気味、かつ危険なものを感じてレンサスは問うた……密かに逃走の準備を整えながら。

 

「……『クローズド・ヘヴン』だって? お前らが? そこまで言うからには自己紹介くらいはしてくれるんだろうね、おじさんおばさん?」

「んんー時間稼ぎが見え見え。どうするさね」

「ずーばーり。こちらも少しばかり時間が欲しいので応えてあげましょうかね。あと名乗りもしてないのはずーばーり! そこの少年の言うとおり不躾ではありますし」

 

 レンサスのあからさまな時間稼ぎにも、二人は応じた。拘束されているゴッホレールには行動のしようもなく、カームハルトもまた、少しばかりの時間を稼ぎたかった。

 

 そして名乗りをあげる……其は世界最高の冒険者10人。S級冒険者の中でも選りすぐりの実力者によって構成される、人間世界の平和と秩序を護る国際組織。

 

「しゃーないさね……『クローズド・ヘヴン』No.9。S級冒険者『翔龍』、ゴッホレール!」

「同じく『クローズド・ヘヴン』No.5。S級冒険者『凶書』、カームハルト」

「王国を巡る謎の動乱、魔剣事件の鎮圧のためここに推参! ってなぁ!!」

「ずーばーり! 動けないのにカッコつけたこと言うのカッコ悪いですよゴッホレールさん」

「わかってらぁねぇ! くそ、動けないんだもんよなぁ」

 

 高らかに名乗りをあげる『クローズド・ヘヴン』の二人、ゴッホレールとカームハルト。

 レンサスは苦虫を噛み潰しつつ、ゴッホレールから視線を外さぬままポケットからハンカチを取り出して傷の部分に押し当てた。

 

「……まさかお前らまで出張ってくるなんてね。大概、紛争とか国家間の問題にばっかり首突っ込んでるイメージがあるんだけど」

「そいつぁ誤解さぁ。何人か目立つのがそういうの好きなだけで、ほとんどはこういう細々とした事案を、気が向いたらこなしてるくらいさぁね」

 

 やれやれ、とため息をこぼす。『クローズド・ヘヴン』……なったは良いが面倒は多いと、ゴッホレールは肩を竦めた。

 カームハルトがこほんと咳払いして言う。

 

「今回の件はずーばーり! 細々とはしてませんよゴッホレールさん? あの『魔王』の力を再現する代物などずーばーり! それだけで戦争が起こりかねない危険なものですからね」

「ってわけ。いやはや初めて聞いた時はまた与太話をと思ったが……あの『剣姫』が絡んでる上に『勇者』なんて超大物まで出張ってるって聞いちゃ、さすがに誰かしら動かざるを得なくてねぇ」

 

 その言葉にレンサスは困惑した……あり得ない単語が一つ、混じっている。

 ギルド伝の出動要請ならば、まず知らないはずの情報。

 

「『勇者』だと……馬鹿な、何故お前らがそれを」

「さぁて、何でだろうねぇ?」

「ずーばーり! 教える必要性もないですし。ずーばーり! 分かったところでもう詰みですし」

「──まさか」

 

 『詰み』……カームハルトの台詞に、レンサスは事態を正しく把握し戦慄する。

 恐るべき推察、まさに千里を見通すがごときの読みの鋭さであるが……だからこそ彼は同時に気付いたのだ。

 即座に逃げなければならない。すぐさま王国を出て、共和国に戻らねばならない、と。

 

「くっ!」

「何!?」

「ぬ──『196ページ・追跡者の嘲笑』!」

 

 思考からの結論、そこからの行動まではすべて一瞬だった。

 高所にも関わらずレンサスは身を投げた──落ちていく小さな肢体。

 カームハルトが即座に技を発動、ページ型の刃を飛ばすもレンサスは既に遥か眼下だ……叫びが響いた。

 

「バルドーッ!! 悪いが僕はここでリタイアだ!! あとは自分一人でやれぇっ!!」

 

 堕ちながらレンサスの右目が虹に輝く。

 もう会うこともないだろうバルドーへと最後に声をかける。

 

「お前はとんでもない馬鹿だが、使命にかける熱意だけは大したもんだったよ! じゃあなっ!! ……『転移魔眼"ウィー・アー"』ッ!!」

 

 地上へと激突する寸前、彼の魔眼は発動した。

 激しい光が一瞬放たれ──忽然と消えるレンサス。

 遥か天上からその様を見下ろし、『クローズド・ヘヴン』の二人は頭を抱えた。

 

「や……やられたぁーっ!!」

「ずーばーり! 私のせいですねごめんなさい!!」

「あのボーヤ、どういう頭の回りしてんだぁ!? 普通あんなやり取りで私らのバックに気付きゃしないさねぇ!?」

 

 魔眼の拘束から解放されたゴッホレールが頭を抱える。言うまでもなく大失態だ──敵方の重要人物を追い詰めておきながら、まんまと逃がすなどと。

 

 予想外だった……カームハルトの台詞に不審な点などほとんどなかったものを、どうやってか嗅ぎとったのだ。

 『クローズド・ヘヴン』を動かした存在、ギルドをも超える権威が動き出したことを。

 

「あー、くそっ……本当に格好付かないねえ。『剣姫』や『勇者』に何て言い訳したもんか」

「ずーばーり! 素直に謝るしかないでしょう。釈明のしようがありませんし」

 

 頭を掻いてゴッホレールが呻く。

 事態がひとまず落ち着いたところで、あの『剣姫』や『勇者』と会って情報共有をする算段だったのだが……いきなりやらかしたのでは信頼も信用もあったものではない。

 

「はぁ……あのボーヤを半年くらい行動不能にしたのは成果にカウントしても良いかなぁ?」

「ずーばーり! いやーどうでしょう? 私の刃、爪しか触れられてませんからねぇ」

 

 カームハルトも悩みながら答えた。

 彼の技の一つ、『354ページ』によって僅かに触れた、レンサスの爪──そこに込められた威が発揮するかは、また微妙な話だったためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和国、某所。

 レンサスは己が本拠地に戻ってきていた──『転移魔眼』が問題なく発動したのだ。

 

「ふ、う……くそ、まさか『クローズド・ヘヴン』まで出張るなんて」

 

 鉄火場を逃れた安堵に汗が吹き出る。彼はすぐ水場へ行き、コップに水を注ぎ飲み干した。

 一つ、二つ、三つ……喉を鳴らして水を嚥下する。清涼飲料の心地よさが臓腑に染み渡り、一心地つける。

 

「ぷは。はあ……しかし、まあ義理は果たした。もう会うこともないだろうし、これで王国のことは無関係だ無関係」

 

 ぼやきながら考える……『プロジェクト・魔剣』の行く末。

 元より『勇者』と魔剣の担い手なるアインに縁ができた時点でバルドーの死はほぼ決まっていたが、『クローズド・ヘヴン』の来襲によりそれが確定したことになる。

 

「『クローズド・ヘヴン』自体も脅威だけど、それ以上にあいつらを動かせるだけの存在が王国南西部の騒動に気付いたってのがね……?」

 

 そこまで思い巡らせて、ふとレンサスは気付くことがあった。

 身体が重い。腕から上半身にかけて、何やらふわふわした痺れがある。

 

「緊張からの弛緩……じゃないな、毒か」

 

 慌てることなく考える。タイミング的に間違いなく『クローズド・ヘヴン』による仕込みだ。

 だがいつの間に? 攻撃を食らったのは奇襲を受けた一度きり、しかし頭部だ、腕から痺れるというのはおかしい……

 

「いや……爪からか。カームハルトとやらの、あのけったいな得物だな。鬱陶しい」

 

 見当を付け、カームハルトと接触した爪を見る。

 やはりと言うべきか、変色していた。黒に近い紫。

 対亜人用の毒なのだろうが……爪にほんの僅かにのみということでこの程度に収まっているのだとレンサスは当たりを付けた。

 

 いよいよ痺れが回り、動きが鈍くなってきた。

 急ぎ自室に向かい、ベッドに倒れ伏す。

 脱力と共に襲い来る吐き気、悪寒を冷静に受け止めつつ、呟く。

 

「ふう……まいったな。相当強力な奴だ、これ。一月くらいは痺れるか。少なくともピーク過ぎるまでは動けそうもないな……」

 

 その頃にはもう、王国の騒動は終わっているのだろう。

 もはや諦めの境地だ。仕方ないとレンサスは、バルドーに別れを告げて目を閉じるのであった。

 

 『ミッション魔眼』責任者レンサス。

 『プロジェクト・魔剣』の責任者バルドーに協力する形で王国を訪れた彼は、こうして騒動から姿を消した。

 

 彼が再び表舞台に立つのはそれからしばらくしてのこととなる──

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