乱戦、明かされる名と思惑
『武装解除し、降伏せよ。そしてその上で、アインとワインドの一対一で殺し合え』
その言葉に、まずはジナが即座に激昂の行動を取った。
「この」
「むうっ!?」
瞬間、バルドーの眼前に姿を表す。
一秒とかからぬ神速の移動。トップスピード付近ならばリリーナさえも超える速度が、同じワーウルフである男に気取らせぬ接近を為さしめた。
そして『疾狼』は放つ。開戦の一撃を──このような愚者にもはや言葉は不要であると、ジナは判断した。
「ワーウルフの面汚しがアァッ!!」
「ぐうっ──!?」
音速の壁を容易く破り放たれる蹴りが、直線軌道にバルドーの腹を貫いた。
荒野に響く破裂音。周囲に衝撃波を発生させた程のその一撃は、かつてない激怒が込められていて。
アインは震えた──これが『疾狼』!!
蹴りの衝撃すべてが、体内にて反復増大されていく。あれ程の一撃を受けて、バルドーはろくに後方にも飛ばされなかった──ジナの体術。
わずかな時間で膨れ上がる痛みに汗をかきながら、彼はしかし嘲笑と共に呟いた。
「……ぐ、う。愚かな。如何に貴様らが強かろうが、この数を相手にたった5人、いや3人でどうにかできると」
『ジナ。そやつは任すぞー……わしはゴミ掃除しとくでな』
「なに……!?」
どこからともなく響く、反響する声。開けた荒野にも関わらずだ。
そして彼は気付いた。わずかに煙、否、靄がかかっている……アインたちを見る、一人居ない!
「ぐぎゃ」「げぺ」「ぐわあっ」「うおわあああっ!?」「た、たすけ……ひいっ」「うぐっ!」「いや、いやだっ!」「くそ、どこに──ぎゃっ!?」「に、にげろっ! にげ──」「ちくしょう! どこだ、どこにいやが、あっ!?」
次々に響く悲鳴、叫び絶叫、断末魔。
微かな靄の中、用意していた亜人が倒れていく。
「ヴァンパイア・アリス……!? ちいっ! レンサス!! 構わん、止めろぉっ!!」
バルドーは緊急事態を悟り叫んだ。本来ならば『剣姫』用の切り札を、即座にアリスへの使用に切り替えたのは英断と言える。
集団から離れた岩肌の上、スーツ姿の少年は一つため息と共にその両目を光輝く虹へと変じた。
「──つくづく馬鹿だ、犬ころめ! 『停止魔眼"オンリー・ユー"』!!」
『ぐっ!? 何じゃ!?』
「アリス!? どうした!」
『分からぬ! うご、けぬ!?』
アリスの苦悶の声が響いた。『ストップ』の魔眼によって、霧化したままその動きを封じられたのだ。
次いでバルドーは叫んだ。
「好機! 総員、『剣姫』を食い止めよ!」
「アリスはひとまず行動不能か……ならば! 総出の決断、敵ながら思い切りや良し!」
魔眼によってアリスが封じられたため、残る亜人たちが一斉にリリーナに襲いかかる。
それを受けてリリーナは抜刀した──刀身に紫電が迸る。彼女の愛刀に宿る、神秘の力の発現である。
「罪無き者を付け狙う不埒者どもよ、聞くが良い──我が剣、我が電光、我が力のすべては偉大なる主と護るべき者のため!」
「が!?」
一振りすれば、迸る雷光が辺り一面を焼き尽くす。
その余波を受け、亜人の何人かが消し炭と化した。なおも彼女は続けて叫ぶ。
「我が名はリリーナ、堕ちたる天使! 神雷の味知りたき者より前に出でよ!」
振り抜けば雷光一閃、それがまったくの隙無く放たれる脅威。
手出しもできずに回避と防御に専念し、それでも徐々に消し炭と化していく同胞たちに敵対者は歯噛みする──だがバルドーにとってはそれこそ本意。
何故なら『剣姫』もまた、押し寄せる亜人たちを食い止めるために少しながら手を取られている。
本来ならばアリスが霧化によって全滅させるべきだったところをレンサスによって封じられ、得手ではない一体多を強いられている故のほんの微かな……しかしたしかな苦戦である。
レンサスでアリスを止め、亜人でリリーナを足止めし──そして、眼前のジナは。
「貴様の相手は別にいる、小娘……エー!」
「──了解。『疾走踏破・アクセラレート』!」
「ボクの相手は変わらずお前だ、野良犬が──!?」
「『踏破鉄槌・クリティカルダムド』!」
まったく気配も無い、横合いからの超高速襲撃。数日前にセーマが受けたものとまったく同じ、雷光を纏った蹴り。
それを受けてジナは吹き飛んだ──咄嗟にその脚を掴み、諸共に巻き込む形で。
遠くに吹き飛ぶ二人を見、バルドーはニヤリと笑った。
「今だな……! ワインドくん、来い、今だ!」
「は、はい!!」
すぐさま駆けつけたワインド──それまでずっと岩陰に待機していた──を呼びつけ、共に駆ける。
無論アインの元へだ。
「あ、アイン!」
「この……! 下がっててソフィーリア!!」
迫り来るバルドーとワインドを前に、しかしアインは魔剣を抜いた。
逃げるつもりは毛頭ない……自分も冒険者の端くれ! そして相手は最低の悪魔! 逃げてはいけない、立ち向かわなくてはならない場面だ!
そう感じて魔剣に熱を込めれば、もはや十全に馴染んだそれはアインの意を介するがごとく出力を上げていく。
その様を見て男は叫んだ。
「嬉しいぞアインくん! そうだ戦え、進化を求めろ! 進化できない方が、今日死ぬのだっ!!」
「──図に乗るな、ワーウルフっ!!」
「!?」
嬉しさのあまりに嗤う瞬間だった。
先程まで亜人の相手をしていたはずの『剣姫』リリーナが行く手を阻み、バルドーとワインドはアインを眼前にして停止を余儀なくされた。
「馬鹿な、貴様……! 駒どもはどうした!?」
「我が友アリスが!」
「──レンサス貴様ぁっ!! 何をしているかぁっ!」
激昂してのバルドー。しかしレンサスには応える余裕はない。
遥かに岩肌の上、害及ばぬ場所……そのはずが。
「ぐっ、う……誰だよ、お前ら……人間だな」
「ひゅぅ、さすがは亜人。こんなにボーヤでもタフなもんだねぇ」
「ずーばーり! 話に聞く『シールド』の魔法でしょうねえ。ずーばーり! あなたの攻撃頭に受けて血を流すだけじゃ済むはずないですし」
血を流すレンサスの眼前、人間が二人。
そう……まさかの妨害者により、彼はアリスを留めておくどころではなかったのだ。
「人間と亜人の関係性……ね。俺は、そうだな……『相互互換』くらいに思えるけど」
その頃、町の特別区のレストラン。
『組織』の目的、核心へと至る話題に先駆けて、スラムヴァールの問いかけにセーマは答えようとしていた。
『人間と亜人の関係性について』である。
「相互互換?」
「ああ。人間は亜人より弱いけど、その分数が多い。亜人は人間より強いけど、その分数が少ない。だから、相互。実のところ優劣はないんじゃないかな」
「なるほどぉ……セーマさんは生態を基準とした考え方で、人間と亜人を捉えているのですねぇ」
セーマの答えにどこか納得のいったようにスラムヴァールが微笑んだ。
金髪がふわりと揺れる。ドレスを着ればまるでどこかの令嬢だ……彼女は言った。
「人によって、立場によって、考え方によって異なりますがー……そういった生態的なものもありますし、あるいは別の考え方もありますぅ」
「ふむ?」
「『餌と狩人』ですとか『敵と味方』ですとかぁ……面白い考え方として『親と子』なんてものもありますねぇ」
人間と亜人。あまりに近く、あまりに遠いその存在。
そのあり方と関係性について、この世界では遥か昔から思索が重ねられてきたとスラムヴァールは言う。
「何故こんなことを言い出したか……『組織』の目的がずばり、そこら辺に関係してるからですねぇー」
「人間と亜人の関係性、か?」
「はいー。私どもの『組織』においてはですねえ、人間は亜人の『失敗作』なんですよねぇ」
「……失敗作だと?」
眉を潜めてセーマが呟いた。人間を亜人の失敗作とするならば、つまりは亜人とは人間の成功作ということになるが……
「亜人のように長生きできず、そして強くもない……が、発展速度がすさまじく数も多い。俺にはとても失敗とは思えないんだが」
「そこが考え方の違いなんですよねぇ……『組織』ではー、『完全』により近しい生物ならば短命なはずも脆弱なはずもなく、ましてやそれを補うために数だけを揃えるようなこと、するはずがないって考えてるんですぅ」
スラムヴァールが苦笑して言う。その様子におや? とセーマは気付いた。
この女、『組織』とやらに対してやたらと含みがある……あるいは、どこか距離がある。
先日も魔剣の騒動に対するやる気のない言動と良い、これはあまりにおかしい。一枚岩ではないにしても限度がある。
「おかしいですよねぇ。亜人にも、人間より期間が長いというだけで平均値からしてみれば短命かつ多産の種も少しはいますのにねぇ。そういうのもまとめて失敗作とするならば、そもそも人間だの亜人だのというカテゴライズさえ機能しなくなりますのにー」
「……あなたは『組織』とは見解が異なるんだな?」
「はい、もちろんー。ぶっちゃけ私、『組織』の目的達成とか知ったこっちゃありませんしー」
「……なら何故、そんな『組織』に」
「やりたいことをさせてくれるからですよぉー! 資金も設備も実験体までも揃えてくれて、まったくもってありがたいんですぅー!!」
そこで初めて、セーマの背筋に冷たいものが走った。
間延びした口調、朗らかな笑顔と声。しかしその裏に潜む狂気を感じ取ったからだ。
スラムヴァールは無垢に──純粋な悪意でもって、綺麗に微笑んだ。
そうして明かす『組織』の目的。すべてではないが、隠し立てはしない。
「我々『組織』……内々では『オロバ』と自称しています。目的は『人間に進化を促すこと』」
「進化……アインくんに魔剣を渡した男もそんなことを言っていたそうだが」
「バルドーさんですねぇ。『オロバ』大幹部の中でも一際頭と要領が悪い、でも一際目的への情熱が強いワーウルフのワンちゃんですぅ。今度あったら可愛がってあげてくださいねぇ?」
そうやって嗤う彼女。
バルドー……思わずして首謀者の名を知ったセーマは、『オロバ』なる組織名と共に深く心に刻み込みつつも更に問うた。
「人間を進化させてどうなる? それでお前たちはどうすると言うんだ?」
「さて、そこまでは? 私雇われですしぃー……それに大幹部もそれぞれに個人の思惑があって、人間を進化させたがってますからねえ」
さて、とスラムヴァールはそこまで答えて立ち上がった。
何かする気かと、即座に殺せるように構えるセーマに向けて慌てて言う。
「勘弁してください! 貴方と敵対するつもりなんて少なくとも私には欠片だってありませんから!!」
「……花摘なら悪かった」
「な、何かズレてらっしゃる……? ええと、こほん」
汗一つ垂らして曖昧に笑うスラムヴァール。なるほどバルドーさんの言っていた通り、根底の気質が暢気で平和ですねぇ……とどこか穏やかな心地になりつつ、彼女は口にした。
「出てきていただけませんかぁ? 『魔王』マオさんー。貴女に会うためだけに私は、わざわざ王国までやって来たんですよぉ。ここで貴女に出会えれば、私は目的を果たして王国を去ることも叶いますー」
「──!」
「出てきてくださいー、『魔王』マオさぁん。私は、貴女と話がしたいのですー」
セーマをして唸らしめるその言葉。
読みきられていた──スラムヴァールは、マオがセーマに同行してくると読んでいたのだ!




