決戦の荒野、始まりの会談
そして当日、会談の時を迎え。
指定されていた、町は特別区にある高級レストランにて──セーマとスラムヴァールは相対していた。
どちらも服装はしっかりと調えられたものだ。ドレスコードに則ってのスーツとドレス。
事情を知らぬ者が見れば若くして財を成した夫婦の外食風景にさえ、見えかねない程に二人はきっちりとマナーに従っている。
「お似合いですよぉ、セーマさん。さすがは勇者、着こなしばっちりですねぇ」
「スラムヴァール……さん、もお似合いで」
「やだもーさん付けなんてぇ! 呼・び・捨・て! で良いですよぉー!」
「ははは……それならそちらも呼び捨てで構わないよ、スラムヴァール」
「いえいえ私はぁ、誰に対しても基本、敬語ですのでお気遣いなくぅ」
親密そうにけたけたと笑う女を前に、男も笑った──内心では双方共に敵意、までは無いにしろ警戒しているのだが、何も最初から睨み合う必要もない。
しばらく歓談に耽る。
ひとまずは敵味方のことは置いておいて、二人はプライベートについて話をしていた。
「『勇者』についても色々報告は来てましてぇ……異世界ですかぁ、良いですよねぇ夢があって」
「まあ、俺のいた国は平和だったな。よその国では戦争だの紛争もあったし、過去には何千万という人間が死んだ大戦争もあったが」
「何、千万……ちょーっとスケール違いすぎますねぇ。え、ちなみに亜人との戦争で?」
「いいや。元の世界に亜人はいなかった。人間同士の殺し合いだな」
「……それは、また。異世界の人間とは、何ともはや」
セーマの故郷のこと。亜人のいない、人間だけの世界……けれどもこの世界をも超える戦争と平和。
奪い合うこと、殺し合うことに世界の違いは関係ないのか……スラムヴァールがにわかに困惑する中、次いで彼女の話もなされる。
「へえ、じゃあスラムヴァールはエルフなんだな」
「そうなんですよぉ……まあ知識欲が高すぎて群れからはぐれたんですけどねぇー。いやはや、我ながら業が深くて」
「うちの子にも一人、人間の知識や文化に熱意のあるのがいるよ。君と話が合うかも知れないな」
「それは良いですねぇ! まったくうちの『組織』の連中ときたら、目的のための手段として知識を求めている者たちばかりで嫌になりますよぉー」
スラムヴァールの身の上。あまりの知識欲、好奇心の旺盛さがゆえに出奔した、元の種族はエルフ。
フィリスと同じだ……そして次いで漏らされた発言を彼は聞き逃さない。
「『組織』……か。本題に近いんだが、結局君たちは何がしたいんだ?」
「……んー。まあ、そーですねぇ」
「人間に魔法を使わせる、その理由が分からない。ましてや多くの犠牲を出してまで、そんなことをして何になる?」
セーマが問う。彼らの理由、彼らの目的。
魔剣──理屈は分からないが魔法の使用を可能にするそれを、何故アインやあの虐殺犯に渡したのか。
そこが分かって初めて会談は先に進む……セーマは重ねて強調した。
「俺の動機は至ってシンプルだ。『身内が怒っている』、そして『若者が苦しんでいる』。だからお前たちの邪魔立てもするし、いよいよとなれば皆殺しにしても良いとさえ思っている」
「……話には聞いていましたが、本当に町の人間はどうでも良いんですねぇ、貴方」
「優先順位としては、な。分かる範囲で死にそうな人がいればできる範囲でやることはやるさ、こないだみたいに」
「ドライですねえ……」
苦笑しつつも内心で、スラムヴァールは確信していた。
ここが、このタイミングが。今この場所こそが『一線』だ。ここでの振る舞いが、そう遠くはない将来に自分たちの生死を決める。
この時ばかりは嘲笑も狂気もかなぐり捨てて……覚悟と共に、彼女は口を開いた。
「……人間と亜人。その関係性について、貴方はどのような考えでいらっしゃいますか?」
同日同刻、荒野にて──
アインとソフィーリアは瞳を輝かせてはしゃいでいた。
「け、けけ、『剣姫』様……! お会いできて光栄です!!」
「後でサイン貰えますか!? ファンなんです私たち!」
「え。いやその……あの、困る。応援してくれるのは光栄だが、サインなどしたこともないのだし……」
護衛として森の館からやって来ていたリリーナに、完全にミーハーな気質を全開にして話しかけていたのだ。
すべての冒険者の憧れ、S級最強の『剣姫』を前にして、あまりの興奮と喜びに今そこにいる経緯も目的もすっかり頭から消えている。
一方で困るリリーナ。
このような手合いに絡まれることはこれまでも無いではなかったが、大体いつも適当に躱しつつ急いでその場を離れて難を凌いでいる。
しかし今回の場合はそれができないのだ──何故なら今ここにいるのは、この瞳輝く赤毛の新米を護るためなのだから。
「ふふはははは!! 見よジナ、あのリリーナが困り果てとるぞ!」
「珍しいもの見ちゃったなぁ……早速館の皆に良い土産話ができたね!」
「止めろ貴様ら! 土産にするなこんなところを!」
「まーまー遠慮するでないわリリーナ、お堅いお主はちいとくらいな、親しみやすいエピソードが有った方がええぞ!」
「他人事だからと好きに言うな!?」
どうしたものかと困るリリーナをやや離れたところから、アリスとジナがからかうように囃し立てた。
何しろ普段は大した弱みも見せないお堅い生真面目メイドなのだ……このようなところをもちろん見れば盛り上がる。
嫌がるリリーナがアリスと言い合うのを尻目に、ジナがアインとソフィーリアに話しかけた。
「二人とも肩の力が抜けてるみたいで良かった。今日はよろしくね」
「あ、はいジナさん! よろしくお願いします!」
「『疾狼』さんともご一緒させてもらえて光栄です!」
「は、ははは。まあ、よろしくね……」
やはりと言うべきか、自分にまで二つ名を持ち出してくるのには遠い目をせざる得ないジナ。
『疾狼』──いつの間にか付けられていたこの異名を、ジナはハッキリと好いてはいない。
そもそも人間の言葉遊びでしか無い上に、まるで見たまますぎて面白味の欠片もないのだ。
人間のセンスというのも個体差がありすぎる……そう考えずにはいられない。
「さ、さておいて……ソフィーリアちゃんも来たんだね。正直なところを言えば居ない方が良かったんだけど……」
「っ……分かってはいます」
「だろうね。それが分からない程、貴女は馬鹿じゃない」
肩を竦めるジナ。その仕草もあってかどこか皮肉げに聞こえるのは、ソフィーリアの感覚違いというわけではない……ジナの意識的なものでもないのだが。
続けて彼女は言った。
「でもアインくんが心配で来たんなら、ボクはその意思を尊重するよ。そもそも冒険者なんてのは、無理だ無茶だ言われてもやってみせてナンボだしさ」
「は、はい! ありがとうございます」
頭を下げるソフィーリア……アリスがやって来て、ジナをからかいげに笑う。
「おう、ジナぁ……後輩いびりは止めとけよ? 今から忙しくなるかもしれんのに」
「いびり!? え、してないよ!?」
「若干そこらのワーウルフっぽかったぞ、今。責めちゃおらんが、無自覚なら教えちゃろうとな」
「うええ……嘘ぉ」
ショッキングな物言いに唸るジナ──彼女はワーウルフという自らの種族そのものが持つ、特有の癖をなるべく身に付けたがらないでいる。
すなわち他種族に対しての侮りと軽視。己が種族への絶対的な自信があるために生じる、異様なまでのプライドの高さとそれゆえの言動に、ひどく気を付けているのだ。
「はぁ、くそー。ワーウルフって何でこう、無意味なまでに自分の種を絶対視してるんだ……?」
「ヴァンパイアにも種族単位でそんな気はあるが、ワーウルフは特別自惚れ屋が多いしのう……自制しようとするだけお主は大したもんじゃよ」
「特定の種族に生まれたからってだけで偉いわけないんだから、下らないんだよそんな自惚れ……ソフィーリアちゃん、ごめんなさい。嫌な思いさせたかも」
「あ、いえ……何だか、大変なんですね亜人の人も」
戸惑いと、多分の同情も込みでソフィーリアが労う。
今のジナとアリスのやり取りから、ワーウルフには何か先天的な性質があり、それを抑え込もうとしているのがジナであるということくらいは漠然と察していた。
──と、にわかにリリーナが表情を変えた。
「来たぞ、お前たち。そろそろ切り替えろ、仕事の時間だ」
「ですか……仕方ない。本当に来るなんてね」
「き、来た? ──あっ!」
表情を引き締めるメイドたちを見ていたアインとソフィーリアも、そう間を置かず気が付いた──遠くから自分たちを囲みやってくる亜人、亜人、亜人。
数にして100は下らないだろう絶望的な数の、多種多様な亜人の群れが、たった5人の面々に向けて遠巻きに包囲網を形成していった。
「ゴブリン、コボルト、エルフにオーク」
「オーガにワーウルフに……はは、何体かサイクロプスまでいますよ。よく揃えましたねあんなに」
「はん……さすがに『連合』ってところかの。つうかこんな連中が王国内うろついとったら、そら『豊穣王』とて警戒するわな」
メイド三人がそれぞれ言う。気楽なようだが、これでそれなりに驚いている。
何しろ亜人の種族同士が手を組むなど、まずあり得ないことだからだ……それぞれ文化も気性も異なるというのに、手の組みようがない。
魔王のような、絶大な力を持った存在による半ば強制的な従属くらいか。
瞬時に判別している彼女らとは裏腹に、アインもソフィーリアも顔を真っ青にしている。
「そ、そんな……なんて数」
「くっ……こ、ここまで本気で来るなんて」
無理もない。100を超える数の亜人など、少年少女の想定外も良いところだ。
楽天的でいられる範疇を遥かに越えた事態に狼狽える二人を、しかしリリーナは優しく笑った。
二人の背を擦り、落ち着かせるように言う。
「落ち着け、と言うのも酷かもしれんが……心配には及ばない」
「け、『剣姫』様……」
「というか正味、嘗められたもんじゃと言わざるを得んのう」
アリスも呟いた。その目には憐憫と侮蔑と、そしてたしかな憤怒。
舐められた──自分を、リリーナを、ジナを相手に『僅か』この数。
この程度で良いと見積もられたのだ……今度はジナが呆れて言った。
「そこは喜んどこうよ……やり易くて助かるってさ」
「む……まあ、そこな少年少女らを護るっちゅうからにはの」
「それに向こう方、これで手持ち全部なのかもしれないよ? ……どのみちボクらに差し向けるには役者不足もいいとこだけどさ」
今度は意図的に、あからさまに馬鹿にしてジナがせせら笑った。それを察してか、遠巻きの亜人たちがにわかに殺気だつ──それを片手で制止し、一歩前へと出る男が一人。
ローブの男だ。
「──あっ! あの時の、親切な怪しいおじさん!?」
「魔剣をお主に渡したっちゅう、ローブの野郎じゃな。ふーむ、ありゃあ……ワーウルフじゃな」
「察するにアレが例の『同僚』だな」
アインが驚愕に呻き、アリスとリリーナが推測した。
そのまま男は5人に相対し、大声で叫んだ。
「大人しく我らに従えっ! 従うならば危害は加えん!!」
「……は?」
呆れた声はジナのものだった。呆然としてすらいる。
あまりにも頓珍漢な物言いに、思わず声が漏れたのだ。
そして次に叫ばれた言葉に、今度こそ全員が呆然とすることとなった。
「我らの命に従え! 要求は二つっ!! 武装解除と即時投降、及び──炎の魔剣士アインと水の魔剣士ワインドの、一騎討ちでの殺し合いであるっ!! この私、誇り高きワーウルフがバルドーの名において、貴様らの身の安全は保証してやる! 降伏せよ!!」
男──バルドーの宣言。
その瞬間に、たちまちメイド三人は激怒した。




