謝罪と和解、密かな覚悟
激昂する少女の疑念に、セーマはすかさず答えた。
中々に面白い関係だとアインとソフィーリアを観察しつつ、しかし応対は真摯に行う。
そも彼女の怒りは至極真っ当なものなのだ……不誠実な言動はしない。
「落ち着いて欲しい、ソフィーリアさん。彼一人でなんてあり得ない……場合によっては連中を一網打尽にできるかもしれないのに、のこのこと彼だけを捨て置かないよ」
「そ、それは……そうですけど」
「ギルドとの協力体勢も既に整っている。護衛はちゃんと付く……でも、君の言う通りだ。アインくん」
「は、はい! 何でしょう!?」
「君を危険に晒すことになった。申し訳ない……ごめんなさい」
頭を下げて詫びるセーマ。
すっかり頼れる兄貴分のように思えている男の謝罪に、アインも激憤していたソフィーリアも息を呑んだ。
「今回ばかりは二人の都合を完全に無視している。ソフィーリアさんが怒るのは当然だ……だけど俺たちもギルドも、アインくんを見捨てたりなんか絶対にしないってことだけはどうか、信じてほしい。この通りだ」
「あ、頭を上げてくださいセーマさん! 僕は分かってますから!」
庇うアインだが、セーマは構わずに頭を下げ続ける。
これはして当然の謝罪だ……今回ばかりはあまりに彼に無理をさせることになってしまっている。
予定も都合も何もかも無視して、囮となって敵と戦えと言うのだ。よほどの理由でなければ自分なら拒否しているだろう。
それが痛い程に分かるからこそ、セーマはせめて謝罪に努めた。
その姿にソフィーリアは困惑した。
彼女も冒険者だ、時として理不尽なことにも従わなければならないことくらいあると心得ている。
そもそもセーマとて偶然の事態に割って入っただけなのだ。誰にも予見し得ない成り行きであることも承知していた。
それでも心は理不尽に憤るのだ──何故アインがそんな危険なことを!
行き場のない怒りに震える彼女を、しかし当のアイン本人が固い声音で宥めた。
「ソフィーリア、落ち着いて」
「アイン、でも……」
「分かってるでしょ? セーマさんやギルドが悪いわけじゃない。町の人たちを巻き込まないようにするには、こうするしかないって僕でも分かる」
少年にはセーマの意図がしっかり伝わっていた──水の魔剣の使い手。この男だけは何時であろうが何処であろうが、あるいは誰であろうが……殺人を厭わないだろう。
もしもあの男まで出てくるのなら、町中では大量無差別殺人が引き起こされかねない。そのためにセーマは、敢えてアインを囮にしたのだ。
「もしもセーマさんと立場が逆だったら、僕も間違いなくこうする。場所も状況も誰彼も構わず殺しにかかるような奴を、町の中で相手になんか絶対にできない。しちゃいけない」
「……」
「セーマさんはその上で、僕に護衛まで付けてくれるんだよ? ギルドと協力してね……感謝してもしきれないくらいだ」
そしてアインはセーマに向けて頭を下げた。
「ありがとうございます、セーマさん。それとソフィーリアが失礼しました」
「アインくん……不甲斐なくてすまない。ソフィーリアさんも、改めてごめん」
「……すみませんでした、こちらこそごめんなさい」
当のアインに謝られ、ソフィーリアも素直に謝罪した。元より八つ当たりに過ぎないことは自覚していたが、どうにもアインが絡み興奮してしまったことを反省する。
少年少女をこんな風に謝らせてしまった、それ自体を悔やみながら……セーマはしかし、せめて少しでも安心させようと頭を上げて二人に告げた。
「無理をお願いしたんだ、さっきも言ったけど護衛はしっかりと付ける……ギルドからはもちろん、森の館からも」
「えっ」
アインが驚きの声をあげる──ギルドはともかく森の館からも戦力が出されるとは思いもしなかったのだ。
それは隣で座り直したソフィーリアも同様であり、眼を見開いている──かつて聞いた話から、とある冒険者たちを連想して。
フィリスが問う。彼女には分かりきっていたことだが、少女を安心させるための敢えてもの問いだ。
「セーマ様、それでは?」
「ああ……リリーナさんとジナちゃん。それとアリスちゃんの三人を護衛に付ける」
「け……『剣姫』様と『疾狼』さんが!?」
予想が的中してソフィーリアが叫んだ。
歓喜の叫びだ……世界最強のS級冒険者『剣姫』とその相方たるA級冒険者『疾狼』。この二人がアインを守るために動くというのだからその喜びたるや尋常ではない。
アインに至っては呆然としている……まさかセーマがそこまでしてくれるとも思っていなかったのだ。
それだけ、自分を囮にしたことを気に病んだのかという申し訳なさと、それ以上にそこまで気にかけてもらっていることへの嬉しさと感謝が込み上げて、彼は薄らと眼を潤ませて言った。
「僕のために……そこまでしてくださってありがとうございます、セーマさん」
「このくらいはするさ、当然……その三人とギルドからの護衛だ。亜人が何人いようがどうとでもなる」
セーマが断言した。ギルドの護衛がどうであれ、何ならリリーナ一人で『亜人連合』とて壊滅させかねないだろう──それ程の腕前なのだ、『剣姫』は。
加えて館内においては彼女の次に実力のあるジナとアリスが付くのだ、万全と言って良い布陣である。
「あの、ちなみにアリスさんは……」
「ん、言ってなかったかな? 彼女はヴァンパイアという種の中でも最強の個体だ。こないだまでジナちゃん相手に勝ち越していた程の、うちのメイドの中でも3番目に強い子だよ」
「『疾狼』相手に勝ち越し……」
ソフィーリアが驚きに呟く。
見た目は華奢な少女だが、その正体は古来からヴァンパイア社会において重鎮として君臨してきた、筋金入りの実力者……それがアリスだ。
何十年と前、戦争が起きるずいぶん前にはリリーナの相方として冒険者活動を行っていたことからもその強さの程が伺えよう。そんな話をすれば、アインとソフィーリアもすっかり夢中になっていた。
「つ、つつ、つまり! 『剣姫』様の先代相方と当代相方が並び立つんですね!?」
「え? う、うん……え、そこ?」
「 こ、『弧月』とか見られるんでしょうか!? 特殊な斬擊法で剣の軌跡を一時的に具現化してトラップにするという、伝説の!」
「詳しいな! っていうか、あれ伝説なの!?」
先程の怒りや謝罪もすっかり彼方、今やミーハー気質の『剣姫』ファンが二人だ。
どうにか険悪にならず乗り越えられたことに安堵して質問に応じるセーマであった。
会談当日の打ち合わせをある程度済ませ、セーマは本来の用件であるハーピーについて問い掛けた。
「それであの子、どうしてる? 起きてはいるみたいだけど」
「セーマさんが戻ってくる少し前に目を覚ましました。ずいぶん落ち着いて、改めてライデルンさんたちにも謝っていました」
「今は朝御飯を食べています。久しぶりに火の通ったものを口にすると、泣きながら喜んでいましたよ」
「そっか……」
アインとソフィーリアの言葉にホッと息を吐く。どうやら錯乱状態からは脱しているらしい……気配も落ち着いている。これならひとまずのところ心配はないだろう。
ギルドとのやり取りを説明する。彼女の取り扱いについてはひとまず、保安に対して減刑を求めるとのことだ。
「保安の態度にも依るけど、まあそこまで罪には問われないんじゃないかと思う。何しろ原因が人間側にあるんだ、亜人に対して友好的な姿勢を示したい国としては、むしろ謝らなければならない案件ですらあるからな」
言いながらローラン……今現在この国を治める『豊穣王』を思い浮かべる。先代と比べて非常に穏健派な彼からすれば、今回の一件は赦しがたいだろう。
人間が亜人のテリトリーに侵入し、あまつさえ皆殺しにしてしまったのだ……背後にまた別の亜人の存在があるにせよ、これではローランの目指す共存国家に対する挑戦以外の何物でもない。
そこまで考えてふと、セーマはアインを見た。
思えばここまでの事態に及んでいるのだ、ローランに事態を説明しなければならないだろう……その際アインがいれば、魔剣の実例と共に容易く現状を伝えられる。
彼は決心した。
「アインくん、水の魔剣について一段落付いたら、俺と一緒に王城に行こうか」
「……王城って、はい?」
「『豊穣王』ローランに王国南西部で何が起きているのかを説明する。あいつから知らされていた『亜人連合』もいよいよ確認できそうだし、国にも動いてもらう」
「え、えええぇ!?」
少年少女は何度目かになるか分からない驚きの叫びをあげた。
『豊穣王』ローラン……この国で唯一無二の存在、王国を余すことなく束ねる至高の王だ。
そんな者といきなり会えと言われたのだ、アインは混乱と焦りで言った。
「な、なな、何をいきなり!? ていうかそんな、面会なんてできるわけ」
「俺とローランは友人関係だしそこは問題ない。王国内を彷徨いてる亜人の集団についても相談を受けてたからなあ」
「せ……セーマさん、貴方は一体」
ソフィーリアが後退りしながら呟いた。ここに来て、セーマの素性が一気に大変な身分のものなのではないかと思えてきたのだ。
国王と友人、しかも気軽に面会できる程の……何者なのか、セーマとは?
「もしかして、王族ゆかりの……だとしたら、私とんでもない口を」
「あ、いや! そういうのじゃないから! 一応そこらの平民の出だよ。ただ、戦争で知り合って意気投合してね、それだけ! 怖がらなくて良いから」
「そ、そうなんですか?」
血の気を引かせたソフィーリアを、宥めるようにセーマが頷く。
いい加減『勇者』であることくらいは告げても良い気がしているセーマだが……今は色々と立て込んでいるのだし、ローランと面会するタイミングで説明するかと考える。
「俺については一段落したら教えるよ……正直、君たちの予想だにしないものだろうけど」
「セーマさん……」
「君たちの力になりたい、その思いは本物だ……俺の正体がどうであれ、ね。それだけは信じてほしい」
人間ではなく、亜人。それもただの亜人ではない。
異世界から拉致した人間を後天的に改造して生み出した殺戮兵器。戦争のために造られた英雄……それが『勇者』セーマだ。
そのようなおぞましい出自を知ってなお、この二人は自分の側にいてくれるだろうか?
にわかに気にかかる。離れていくのならそれはそれで仕方ないのだが、なるべくなら変わらず接してほしい。
セーマは、そんなことを願いながら戸惑う少年少女を見詰めるのであった。




