報告と相談、きたる会談へ向けて
気配感知にてフィリスを辿り病院へと向かう。
さすが最寄りとあってかすぐそこにあった──特別区内にある貴族御用達の高級医院だ。
「貴族以外は看ないって有名なとこじゃねえか! トラインの奴、見殺しにされちゃいないだろうな……?!」
「急患相手にそんな真似する医者いるわけないって。それに手前で言うのも難だが俺は王族にも多少、顔が利く。うちのメイドが連れて来たとなればそう邪険にはすまいよ」
明らかに金のかけられた豪勢な施設を前に苦々しく呻くノリスンにセーマが安心させるように言った……常ならば人脈をひけらかすような真似はしないが、変に隠して無闇に彼を心配させるのは良くない。
そう考えての発言だ。
「お、おう……あんたマジで何者なんだよ? めっちゃ強いし王族にも顔が利くし」
「ただのしがない冒険者だよ。さ、良いから入ろう……トラインだったか、助かってくれれば良いんだが」
肩を叩いて入場を促す。戸惑うノリスンの傍ら、セーマは明らかに出血多量だった男、トラインの姿を思い返していた。
タイミング的には本当にギリギリだった……もう少しでも『止める』のが遅ければ、病院に運ぶまでもなく死んだだろう。
──そう、『止める』。セーマはあの瞬間トラインに対して拳を突き立て、心臓をはじめあらゆる体内の血液循環を完全に停止させた。そうして僅かながらに彼の出血を止めてみせたのだ。
『活殺自在法』。彼が戦争の中、独自に編み出した技術の一つによる神業だ。
この技術は己のあらゆる打撃・斬撃の威力を完全に調節するもので、これにより相手に痛みを与えず殺すことも、逆に無傷のまま死ぬ程の痛みを与えることも可能だ。
セーマ自身の防御にも転用でき、ほとんどすべての物理的な攻撃を軽減・無力化してしまえる攻防一体の超高等技術と言えるだろう。
そのような技を用いてセーマはトラインの心臓を止め、血液循環を停止させた。一種の仮死状態へ移行させることで出血を防いだのだ。
そして病院への搬送をフィリスに任せたのであった。
「脳へのダメージとか衰弱していたことを考えて、2分で息を吹き返すように調節したが……それまでにどこまで医者が治療の準備に取りかかれていたかだな。正直こればかりは読めない」
「人の生き死にも自在ってか、とんでもねえ……」
戦慄しながらノリスンは言った。
今の説明から察するに、セーマが用いたものは言うなれば一時的に人を死なせる技……しかも蘇生もある程度の範囲で思い通りだ。
まるで人間業ではない。
それどころか亜人とてこのような神がかった真似は無理だろう、その確信を抱きつつもノリスンはセーマに連れられて病院に入った。
「でけえ……初めて入るけどこんななんだな」
「俺も初めてだ。何というか、さすがに広いな」
内部は広々としており、あちこちにランプの灯る仄暗い空間には待ち合いの椅子に総合受付が見える。
各病室へと続く廊下が見えるのだが……ひとまず椅子から立ち上がるメイドの姿にセーマが反応した。
「フィリスさん……待たせてごめん」
「いえ、セーマ様。ご無事で何よりです。そちらは、路地裏にいた?」
「ああ、ノリスンだ。さっき運んでくれた男、トラインとコンビの冒険者らしい。ノリスン、彼女はフィリス……うちのメイドをやってくれているエルフだよ」
「の、ノリスンです。よろしく……つか、亜人のメイドってまさかあんた」
明け方を迎えんとする深夜ゆえ極力小声で、音を立てずにフィリスを迎えてやり取りする。
ひとまず簡単にでも互いを紹介すれば、何やらノリスンが勘づいたようではあるが……今はそれどころではないだろうとセーマが先んじてフィリスに問うた。
「それで彼の、トラインの状態は?」
「はい、現在手術中ですね……息を吹き返してすぐにまた出血が始まったので院内大慌てでした」
「そっか……ノリスン、聞いての通りだ。後は医者の腕と、トラインの生命力次第だな」
トラインの現状を説明するフィリスと、それを受け、ノリスンへと告げるセーマ。
二人の言葉に苦虫を噛み潰したようにノリスンは椅子に座り込んだ。柔らかな革張りのソファを軋ませながら息を吐く。
「ふー……分かった。あんたらがいなけりゃとっくにくたばってたのが、ここまで持ちこたえられたわけだ。感謝してもしきれねえよ、マジで……ありがとうセーマ、フィリスさん」
「礼はトラインと二人でしてくれ……きっと大丈夫、彼は助かるよ」
「セーマ様の仰られる通りです。お気をたしかに」
柔らかく激励する二人。
何から何まで世話になりっぱなしのノリスンは、自然と目に涙さえ浮かべ……ただひたすらに感謝と祈りを込めて、頭を下げるのであった。
ノリスンを病院に残し、セーマとフィリスは今度こそギルドへ向かった──思わぬ事態が起こったため遅れてしまったが、本来の目的である報告を行うためだ。
途中、路地裏にて気絶させた三人の亜人も回収する。首根っこを押さえて雑にギルドまで運べば、深夜勤務をしていた事務員の女が唖然として他のスタッフに捕縛を指示した。
「お……驚きました。まさか亜人が三人も」
「偶然といえば偶然なんですがね。それより、報告なんですが」
「あ、はい。こちらでお聞きします……どうも緊急みたいですしね」
目の前で気絶したままの亜人たちが拘束され運ばれていくのを見やりつつ、セーマとフィリスは事務員に促されて総合受付横の個室へと入った。
もうぞろ夜明けという頃合いに、森の館の主たるセーマが何やら緊急の報告にやって来た──この時点で極めて重大な事態が起きたのであろうというのはその場にいたスタッフ全員が確信したことだ。
ゆえに普段は使用しない個室にて詳しく話を聞くべく案内したのである。
鬼が出るやら蛇が出るやらといった心地の事務員を前に、セーマは今しがたの騒動も含めて一連の事態についてすべてを報告していった。
ハーピーの群れの壊滅、そして二本目の魔剣と使い手による殺人未遂、加えて気配を持たない怪生物と二人の『上役』……
それらすべてを可能な限り主観を排して客観的に報告していく。
特に二本目の魔剣とその使い手の男については、昼間にも迷惑行為を働いていたことも含めて説明した。
事務員はそのすべてを報告書に記載しつつも深刻に頷く。
「恐るべき事態ですね……まさか魔剣が複数あり、しかもそのような危険人物の手に渡るなんて」
「生け捕りにしようと考えずに、いっそ殺していれば逃がすよりは良かったでしょうね……すみません、判断を誤りました」
頭を下げるセーマ。つくづく、魔剣の男を逃がしたことが悔やまれた。
寸前で手傷を負わせ、魔剣もひとまずは『使用不能』にしたが、それでも逃がすくらいならばさっさと殺して後顧の憂いを一つ絶っておくべきだったと悔やむセーマだ。
しかし事務員は彼に応えた。
「セーマさんは最善を尽くしてくださいました。救助者二人に三人の亜人を捕獲……正体不明の集団を相手に素晴らしい成果ですよ」
世辞でも何でもない、本心からの言葉だ。
そもそもセーマには本来、あの場に割って入る義理など無いのだ。
完全に善意で助けに入り、見事二人を救い三人を捕らえた。その時点で最悪では断じてあり得ない。
そして話を聞くに、セーマ自身に隙や油断があったと言うよりはむしろ、敵方に正体不明の手札が多すぎたというのが事務員の認識だ。
魔剣はともかく気配感知をすり抜ける生物、そして何より『魔法』。
先の大戦における首魁が駆使したという万能能力による移動や防御など、誰にとっても想定の埓外だ。
そんな中でしっかりと成果を果たせたのは、やはりセーマが最善を尽くしたからに他ならない。
事務員は頭を下げた。
「ギルドから正式に感謝状が送られるとは思いますが、先に私個人からもお礼を言わせてください……ありがとございました。一人の人間として私は、貴方の行いに敬意を抱いています」
「事務員さん……」
ギルドの職員という枠を越えた、ただ一人の人間、ただ一人の女としての感謝。
セーマが救われたような声で呟くのを聞き、彼女こそがどこかホッとしながらも……話は本筋へと戻った。
「……それでは、さしあたり先程の亜人三人は調査チーム預かりとして尋問を行ってもらいましょう。ハーピーの群れについてもギルドから探索依頼を募ります」
「分かりました、お願いします」
「魔剣の使用者に関してはノリスンさん、トラインさんのお二方が落ち着いてから聴取します。そして、貴方と敵方……スラムヴァールとやらとの会談ですが」
目下のところ最重要事項だろう、セーマとローブの女との話し合い。それについて言及する事務員に向け、セーマは己の思うところを述べる。
「一対一との約束である以上、少なくともこちらは俺だけで行きます」
「セーマ様、それではあまりに危険では……」
「あの女を信用するわけじゃないが、どうにも上役二人は俺を異様に警戒していた。敵対したくないのは本音のように思えるし、そうなると向こうも下手なことはしないはずだ」
それよりも、と続ける。
セーマよりもむしろ心配すべきことは他にあるのだ。
「会談の間、連中が別な場所……俺の気配感知の範囲外で何かしてくるだろうからそちらに注力すべきだよ」
「何か、とは?」
「そこまでは何とも言えないけど……まあ十中八九アインくんが危ないかなーと。彼も魔剣の使い手だからね」
赤毛の少年冒険者、アイン。炎を操る魔剣を使用する彼とて敵方の何らかの思惑に晒されているのだ、何がないとも限らない。
そもそもセーマがスラムヴァールに対して投げた条件は『一般人を巻き込まないこと』だ……アインは一般人でないと解釈し、襲撃してくるのは目に見えている。
「正直、アインくんを餌に使った部分はある。彼には悪いけどね」
「なるほど……町内でも構わず殺人に走るような連中、ならばいっそアインさんを敢えてフリーにしてそちらへ集中させる、と」
「ええ……なので当日、彼には町を離れて荒野にでもいてもらう方が良いでしょうね。もしも魔剣の男まで出てきたら、間違いなくこちらとの約束も気にせずに無差別に暴れだす」
ふむ、と考える事務員。
アインとて冒険者だ、いわば囮にされるようなことも必要ならば受け入れるだろう。
しばし考えて彼女は答えた。
「それではギルドから当日、アインさんの方にサポートを回しましょう。何かしら襲撃があるのなら人手は多い方が良いですし」
「ありがとうございます。こちらからもリリーナとジナの二人を初め、何人かサポートを任せます」
「……世界一贅沢な冒険者になりましたね、アインさん」
事務員の女は苦笑して言った。
『剣姫』と『疾狼』、全冒険者の中でも指折りの実力者が二人、サポートに付くと言うのだ。
つまりはアインの重要度がそれ程までに高いと、セーマは認識しているのだ。それが窺えて彼女は続けた。
「それではそうしましょう……さて、それで後はセーマさんたちがここに来た本来の目的ですが」
「はい。まあこちらは頼みごとくらいなものですが……」
そこでようやく、セーマは本来の目的について話した。
居場所を失い畑荒らしを繰り返していたハーピーの少女。そんな姿に同情し、どうにか助けてやりたいと減刑を願い出ている依頼者の農場主ライデルン。
「ギルドには彼女の窃盗に対して、情状酌量の余地ありと減刑請求を行っていただきたいのですが」
「なるほど……分かりました、手続きを行いましょう」
あっさりと頷く事務員。いっそ拍子抜けな程のスムーズさに、セーマはフィリスと顔を見合わせた。
「は、早いですね」
「ことの経緯から情状酌量の余地があることは分かりきっていますからね……それに何より当事者がそれを望んでいるのならばギルドとしてはそうしますよ」
にこやかに答える事務員に納得する二人。
依頼人の意向を優先する、ギルドの基本的なスタンス。それを改めて目の当たりにしたのであった。




