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『勇者』

 8年前、彼は生きたまま地獄に堕ちた。

 

 先代国王アルバールの用いた邪法により、まったく何の前触れも無しに平和な世界から……血と殺戮の渦巻くこの世界に引きずり込まれたのだ。

 

 時は戦争真っ只中。日毎に追い詰められる人間側の捲土重来を目的とした、王国にのみ伝わる異世界干渉術を用いての事実上の拉致。

 人型決戦兵器『勇者』の製造のため、恐るべき邪法の生け贄として彼は選ばれたのだ。

 

 『勇者召喚術』──異世界から条件に適した人間を現世に引きずり寄せ、あまつさえ肉体改造を施すことにより強制的に人造亜人『勇者』へと造り変える、人間の尊厳を余さず踏みにじる邪悪なる秘法。

 その術により召喚され改造された彼は、アルバールの命令に従うままに戦場に投入され、亜人を相手に戦うこととなってしまったのだ。

 

 兵器とされるだけあってその性能たるや凄まじく、当時完全に劣勢だった人間側を一気に勝利確定の状況にまでひっくり返した程だ。

 まさしく八面六臂の大活躍である。

 

 決して彼自身、そうなることを望んだわけではない。

 いかに『勇者』へと成り果て世界最強の力を手に入れたところで彼は所詮、当時18歳の少年に過ぎない。いかに亜人と言えど人を殺す行為に手を染めるなどと望むわけがなかった。

 

 妹を人質に取られなければ、の話である。

 

 どういった理由によるものか、本来喚ばれるはずのなかった妹までもが兄と共に召喚され……アルバールは即座にその邪悪な魂胆を妹へと向けた。

 すぐさま妹を人質とし、その命の保障と引き換えに兄へと命じたのだ──戦争の首魁たる『魔王』の殺害を。

 

 人殺しなどしたくない。けれど、しなければ妹が殺される。

 絶望的な選択肢を前に、兄は──セーマは屈した。

 自らの手を殺戮に染めることになろうと、兵器扱いされ、人間であることさえ踏みにじられようと……それでも最愛の妹を護ることを選んだのだ。

 

 それから彼は数年間、世界中で戦い抜いた。

 いつの日か妹を救いだし、必ず元の世界へと送り還すために。

 人間であることを奪われ殺人兵器に堕ちた自分はともかく、妹だけは心身共に無事のまま元の世界へ、両親の元へと送り届ける……そのために、彼は遮二無二殺し続けた。

 

 そうして数多の命、数多の代償を捧げ。最期には己の何もかもでさえ粉々にして。

 その果てにセーマは、妹の命を護り抜いたのである。

 

 それから戦争が終わり、紆余曲折を経た今。

 妹を館に迎えつつもセーマは、ようやく穏やかな日々を過ごしているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薬草採取の依頼をこなしてから一週間程が経過した頃、セーマたちはまたも町へと出向いていた。無論、冒険のためだ。

 概ね一週間に一度くらいのペースで依頼をこなす、この程度がのんびりしていて良いものだと彼は気に入っていた。

 

「今日の依頼はー、と」

 

 壁に貼り付けられた依頼書の数々を適当に眺める。冒険者たちは日々、ここから気に入った依頼書を受付まで持っていき、認可を受けてから冒険を始めるのだ。

 

 その日の依頼も色々あるが、概ね失物探しや下水道の掃除、農業の手伝いであるといったものが多い。

 冒険とは言いがたい内容だが、危険へのリスクも少なく安全に金を得られるというのでそれなりに需要のある依頼ばかりであった。

 

「町の中での依頼が多いですね」

「浮気調査……こんなことまで冒険者に頼むの? 何だか不思議ね」

 

 眺めるセーマの隣でジナとミリアが呟く。自身も冒険者としてリリーナの助手を務めることも多いジナはともかく、このようなことは初めて行うミリアは何ごとにつけ興味津々だ。

 そんな二人を横目に、セーマはひっそりと微笑んだ。

 

 二人は今回の冒険におけるセーマの付き添い……パートナーである。

 セーマが外出する際にはこうして必ず二人から三人、メイドたちの付き添いがあるのだ。

 

 元より彼が冒険者となった理由からして『館のメイドたちと共に活動することで親睦を深めるため』であるのだから、メイドたちがローテーションを組んで毎回主人に付き従うのも当然の話であった。

 

「町の中で色々やるのも楽しそうではあるかな……っと、外での依頼もあったか」

「どんなのです? ご主人さん」

 

 多く貼られた依頼の中から一枚取り出す。

 セーマとしては町の中でこなせるものでも構わなかったのだが、今回の冒険では昼食にとアリスが弁当を持たせてくれている。

 そうなるとせっかくなら見張らしも良くピクニックと行きたいところだと、町の外での依頼がないか探していたのだ。

 

 そんな中見つけ出した依頼書を手に取る。左右から覗き込もうとするジナとミリアに配慮して多少膝を折って目線を合わせれば、三人顔を揃えて内容を確認できた。

 

「賊退治、それも亜人ですね。一人だけってことは、突然失踪したっていう荒野の連中とは別口でしょうか」

「罪状は傷害五件に殺人一件。他にも何かやってるかも……あら?」

「……依頼者がギルドになってる」

 

 驚きに三人、目を見開く。

 ギルドからの依頼というのもあるにはあるが、年に一度二度あるかないか程度のものだと聞いていたセーマ。

 どんなものかと思って依頼書を読み込んでいくが……その概要から既に困惑を滲ませていった。

 

 記載内容から目標である賊の情報を読み取る限り──被害者が出ている以上声にはできないが、正直に言えば至って小物だ。

 罪状が少ないのは最近になってこの辺りを彷徨き始めた輩である可能性もある……その程度の輩に何を警戒して、ギルドが直々に依頼などを出しているのか。

 

 セーマが考えていると、ミリアは備考欄に予想外の記載がされているのを見つけて呟いた。

 

「被害者が、10代の男性冒険者ばかり? これは」

「え? ……あっ」

 

 呟きを拾って備考欄を確認すれば、たしかに書いてあるその事実。

 まだ若く未熟な少年冒険者を狙い撃ちしての襲撃……成る程とセーマは得心する。

 

「新米の冒険者ばかりを狙って襲い掛かっているのか、こいつ。どういう理由か知らないけどあまり気分の良い話じゃないな」

「ギルドも依頼出しますよこんなの……新人狙いも同然じゃないですか、これ」

 

 ジナの言葉に内心で頷く。

 新米冒険者となればまだまだ年若いのだろう……それなのに亜人に狙われるのでは堪ったものではない。

 これからの時代を担う若者たちを狙っての犯行にセーマは不快感を覚えて顔をしかめた。ジナもミリアも同様らしく、憤りも露に主に言う。

 

「ご主人さん、これにしましょう! こんな酷いこと、見過ごせません!」

「たとえどんな理由があっても、子供が殺されているのは胸が痛みます。ご主人様」

「そうだね。このご時世だ、いつどこで誰が死んでもおかしくはないけど……だからこそ、こんなものを見つけて放っておくのも気分が悪い」

 

 ジナやミリアの言葉に二つ返事で頷き、セーマは依頼書を持ってギルドの窓口へ向かう。

 そのままスタッフに依頼書を渡すと、この間と同じ事務員の女がやって来た。

 

「お待たせいたしました。その、セーマさん。こちらの依頼……受けていただけるのですか?」

「そうしたいと思いますが、まずは詳しい話をお聞かせいただければと」

 

 ことの子細を聞けば、事務員の女は困ったように説明してくれた。

 

「一週間程前から町の近郊にある丘陵地帯で、毎日夕方から夜にかけて若い男性冒険者が襲撃されているんですよ」

「犯人は亜人とありますが、種族は?」

「大きな身体に屈強な肉体、そして額から角が一本生えているとの情報から恐らくオーガではないかと思われますが……如何せん夕闇の中での犯行でして、いまいち断定できかねるのが実際のところですね」

 

 申し訳なさそうに言う事務員だが、セーマは成る程と頷いた。たしかに推測に近い言葉だが、それでも手がかりとしては上等の部類だろう。

 

 オーガ。

 数多ある亜人種の中でも筋力が特に優れているとされる種族だ。

 特筆すべきはその種族的特徴が額に生えた角くらいなもので……そこを除けば多少大柄な人間と言っても差し支え無い程度には、人間に近い姿をしている。

 

 特にオーガの女性は角も小ぢんまりとしたものであり、少し髪型を工夫すればまるで人間と変わらなくなる──メイドたちの中にも一人いるので、その辺りには多少明るいセーマたちだ。

 

 さておいて事務員は更に説明を続けた。

 

「その亜人が何故、対象を絞って犯行に及んでいるのかは分かりませんが……今後被害が拡大していく前に討伐すべきと、ギルドから緊急依頼を出させていただきました」

「素晴らしい判断だと思います。まごついている間にも危険に晒される若者がいるのなら……速やかにこの亜人を退治しなければ」

「え、ええ」

 

 静かに、しかし意気込むセーマに事務員は息を呑んだ。

 森の館の主人──亜人のメイドたちを多く従える男の真剣な表情に気圧されたのだ。

 

 冒険者として情報を登録している関係から、ギルドの職員たちもある程度はセーマについて聞き及んでいる。

 さすがにその正体が、かつて戦争を終わらせた『勇者』であることまでは知らされてはいないのだが……戦争で活躍し、生きて戻ってきた『出戻り』の一人であること。そして今では亜人を数多従える森の館の主であることは把握しているのだ。

 更に言えばその実力も、世界最強のS級冒険者として名高い『剣姫』……すなわちリリーナさえも凌ぐ程に高いことを彼らは確認していた。

 

 故に、最近冒険者として活動を始めた現在こそ最も級の低いF級冒険者だが、ギルドの誰一人とて彼を軽んじることなどしない。

 いずれ間違いなくS級冒険者に登り詰めるこの青年を、今から既に下にも置かない扱いをしているのがギルドのスタンスであった。

 

 事務員は安堵の笑みを溢す。

 出自こそ分からないが間違いなく世界最高峰の力を持ったこの青年ならばきっと、不気味にも新米ばかりを襲う卑劣な亜人とて退治してくれるだろう。

 そう信じられたのだ、心の底から。

 

 依頼請負に必要な書類の準備を手早く済ませ、事務員の女は判を押した──ギルドそのものが出した依頼だ、その手の受付はすぐさま片付く。

 そして依頼達成報告に必要な部分だけをセーマに渡せば、彼はすぐに立ち上がり言うのだった。

 

「それじゃあ俺たちはすぐに向かいます。今からなら夕方までには丘陵に間に合うと思いますから」

「よろしくお願いいたします、セーマさん。それにジナさん」

「任せてください! リリーナさん程じゃないですけどボクだって冒険者です。亜人の風上にも置けないそんな奴、捻り潰してやりますよ!」

 

 セーマだけでなくジナも気炎をあげる。

 彼女も『疾狼』の二つ名で知られ、もうすぐS級へと昇格するのではとまで噂されている立派なA級冒険者だ。

 

 実力のある有名冒険者と、無名ながら既に最強クラスの冒険者と。

 このコンビでかかれば件の亜人など一堪りもない……そう確信しつつ、事務員は頭を下げて依頼達成を頼み込む。

 

 そして一行はギルドを出る。そろそろ昼もさしかかる……アリスの食事は適当なところで食べることになりそうだ。

 セーマにジナとミリアの、長い一日の始まりであった。

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