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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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魔眼発動、振り下ろされるは救星の剣

 突然の襲撃。気配も何もなく殴りかかるその者にセーマの意識は追い付かない。

 

「『踏破鉄槌・クリティカルダムド』!」

「──」

 

 放たれる、雷光を纏った蹴りの一撃。

 後頭部狙いの、完全に死角を突いた攻撃だ……避けられるはずのないそれに、『勇者』の肉体はしかし応じた。

 

 当たる寸前、セーマの全身の関節と筋肉がトップギアの加速を見せる。残像すら残しながらの身の翻し──そして、ハイキック。

 快打の音が轟く。聞くからに分かるクリーンヒットが襲撃者を迎え撃った。

 

「っ……!?」

「ひ、いいぃっ!!」

 

 側頭部への予測不能な衝撃に襲撃者は、為す術もなく横合いへと吹き飛ぶ。

 その間、魔剣を持った男がセーマの横を必死の形相で通り抜け、そのままレンサスと女のいる屋根の上まで跳んだ。

 

 止めなくてはならないところを、しかし今のセーマには反応できなかった……無意識の行動に身体が引っ張られ、それに伴い意識も数秒ほど彼岸へ飛んでいたのだ。

 

 ──一連の、的確に急所を捉えたセーマの動きは時間にして刹那。肉眼では到底視認できない速度だ。

 人間が同じことをすれば肉体にかかる負荷の強さで死に至るだろう……人造亜人として改造されたがゆえに放てる超絶的なカウンター。

 本来不可能なタイミングでの当身は、セーマ自身にも意識してできるものではない。

 

 それは『勇者』の肉体に宿る能力。魔王を確実に殺すため後天的に付け足された特殊技能の一つ。

 『完全反射体質』──意識外からの攻撃に対して自動的に行われる最善の反撃能力にして、凡そ不意討ち・奇襲の類を完全に封殺する至高のオートカウンター。

 まさしくそれが今、気配なき襲撃者に向けて発動したのである。

 

 側頭部にヒットしたセーマの蹴りは的確に芯を撃ち抜いた。

 亜人だろうが問答無用で即死の威力だ──『シールド』による防御がなければの話であるが。

 

「っ。奥義、失敗……反撃被弾。防御魔法により即死は回避」

「──何だ、こいつは?」

 

 無意識カウンターを放ったことに彼自身驚きつつ、吹き飛ばされた先、地を這いながら体勢を整えようとする襲撃者をセーマが見下ろした。

 まったく気配がない……こうして相対していても一切その存在を感じ取れないのだ。たしかにそこにいるのに、気配だけがまるで感じ取れない。

 初めて見るタイプの生物にセーマの警戒は一気に最高レベルに達する。

 

「貴様、何者だ……亜人か、まさか人間ではないだろう」

「ダメージ、甚大。頭部損傷度……75%超。頚椎半壊。瀕死」

「……己の状況を口にするか。ブラフか、それともそう躾られているのか?」

 

 ふらつきながらも立ち上がり、まるで客観的に己の現状を語る襲撃者。月明かりに照らされてその顔が見え……ノリスンが呟いた。

 

「女……の子?」 

「目的達成。帰還行動に移行」

 

 襲撃者は女だった。それもまだ少女といったところで、見た感じアリスの外見年齢とそう変わらない。

 くすんだ緑色の髪を無造作に伸ばし、動きやすいラバータイツを身につけている。

 セーマのカウンターを受けたゆえ側頭部から血を流しながらも、少女襲撃者は吹き飛ばされた地点から飛び跳ねた。

 

 人間にはあり得ない跳躍だ……先の魔剣の男と同じく上役たちの元へと向かう。

 このままでは揃って逃げられてしまう……セーマはいよいよ全力を出す決意を固めた。

 

「逃がさん! 『ヴィク──」

「『ウォーター・ドライバー』っ!!」

「──ちいっ!」

 

 町内ゆえ使用を自粛していた『武器』で、少なくとも転移魔法を使えるだろうレンサスだけは殺そうとした、その矢先である。

 屋根上からの水の鞭──魔剣による中距離攻撃が放たれ、セーマはそれを防がざるを得なかった。

 

「大丈夫か、あんた!?」

「す……すまねえ! 足手纏いになっちまったぁ!!」

 

 鞭の狙う先はセーマでなく、傍で未だ座り込んで無防備だったノリスンだったのである。

 彼を見捨てる選択はなく、即座に割って入り鞭を掴む……途端に水に戻り落ちるのだから、強引に引き寄せることも叶わない。

 

「く……!」

「危なぁ……本当に全滅寸前だよ。くそ、もう金輪際近づかないぞ、僕は──『転移魔眼"ウィー・アー"』」

 

 すぐさま反撃に転じようとしたセーマだが既に遅く、レンサスは行動を起こしていた。

 呟きと共に右目が虹色に光る。不可思議な紋様が写り、夜闇を照らし煌めかせる。

 

「『魔眼』だと……!? 貴様ら本当に、何者だ!?」

 

 二本目の魔剣、気配のない謎の生物、そして魔眼……次から次へと想定外の事象が起きる中、たまらずセーマは叫んだ。

 もはや追い縋る術はない……魔剣の男は転移の中にあっても『ウォーター・ドライバー』を発動して鞭を向けている。

 何かしようとすればすぐさまセーマでなくノリスンに凶剣を向けるだろう……そうなれば遠距離攻撃も発動できず、ただ守るための行動に移らざるを得ない。

 

 遠距離攻撃……比類なき凶悪な性能を誇るが発動にはいくばくかの集中を要する。

 つまりは妨害にひどく弱いのだ。かつて戦場においても、乱戦となってしまうと放つ体勢を整えることが難しかった。強力であるがその分、発動は手間がかかるわけである。

 

 打つ手なしの状況。認めざるを得ない──逃げられる。

 痛恨の事態だが、しかしセーマは一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 そもそもが突発的な話だ、得るものがまるでなかったわけでもないことを考えれば最悪ではない……そう切り替え、少しでも情報を得るべく更に続ける。

 

「魔剣で何をするつもりだ! アインくんやそこの男に、何をさせようとしている!」

「……ええとー。その件につきましてまた今度ぉ、私と貴方の二人きりでのお話の機会を設けたいんですけどー、どうでしょう?」

 

 転移の間際、ローブの女がセーマにそう答えた。

 意外な反応だ……話し合いを望んでいる。何故? 微かに戸惑う中、女は続けた。

 

「もうすぐ夜明けで、人も起きてきますしぃ……日を改めて落ち着いて話しませんかぁ? 実は私たちもぉ、貴方とは穏便にことを済ませたいなーとか思ってましてー」

「……穏便に済むかはともかく、話し合いには応じよう。一対一だな?」

「はい、もちろんー! お互い本音で話しましょう?」

「良いだろう……名前を言え。俺はセーマだ」

「これは失礼ー。私はスラムヴァールと申します、以後お見知りおきをー」

 

 名を交わしつつ、セーマも話し合いに応じた。とにかく情報を得られるのなら、これは千載一遇の好機とも取れる。

 互いに警戒を一切解かないまま合意した会談のアポイントメント。女……スラムヴァールは上辺だけの笑みで応えた。

 

「恐れ入りますぅー。それではえーと、日時はーと。お都合よろしい日、ありますぅ?」

「なるべく早くにしろ。他は何でも構わん」

「それではぁ──」

 

 告げられた日時は数日後の昼。町中で会食にするらしい。

 しっかりと頭に入れてセーマは最後、静かに忠告した。

 

「町中だ、荒事は起こすなよ……もしも一般人を巻き込めば俺は、その時点でお前らを生け捕りにすることを放棄する。意味、分かるか?」

「っ……も、もも、もちろんー。命は惜しいです、はいー」

 

 穏やかに告げる姿が逆に恐ろしい……いつでも転移できる段であるのに、隙を見せれば全員殺される気がしてスラムヴァールは震えた。

 

 眼下の『勇者』は今回、明らかに生け捕りを最優先にして力をセーブしていた。武器の一つも持たずに終始素手だったのだ、極限まで加減していたのは途中参加の身でも分かる。

 そしてそれでもなお、魔剣の使い手と女が個人的に用意していた『手札』を軽くあしらったのである……殺すつもりならば、こちらは一人残らず全滅していただろう。

 

 恐るべきは『勇者』セーマ。

 たしかな恐怖に冷や汗が止まらないまま、それでも彼女は余裕を装おって笑った。

 

「それでは今日のところは失礼しますねー! ……そのぅ、怒ってらっしゃいますぅ?」

「……お前やそこのレンサスとやらはともかく、そこの魔剣の男だけはな。話し合いがどうあれそいつだけは必ず落とし前を付けさせる。承知しておけよ」

「ひぃっ!?」

 

 未だ詳細の分からないスラムヴァールやレンサスは別にしても、魔剣の男だけは既に許される範疇を超えている……ハーピーの虐殺に加え現行での殺人未遂まで起こしたのだ、許されるはずもない。

 殺意を込めて睨む。亜人の心をもへし折る圧力に、怯えた男が思わず魔剣の水流を解除させ──

 

「『ヴィクティム』っ!!」

 

 瞬間セーマは叫び、攻撃した。

 会話の中、密かに落ち着いて集中していたのだ……遠距離斬撃は放てる!

 

 叫びと共にいつの間にか手にしている白亜の剣を思い切り振り下ろす。

 最早生け捕りなど微塵も考えていない、全力の一撃だ──音より早く、光さえ置き去りにして刃は走った。

 

「レンサスくんっ!!」

「『転移』ぃぃっ!!」

 

 同時にスラムヴァールが叫び、レンサスが応えた。

 振り抜かれる刃、後追いする光一閃──しかして同時に発動する転移魔法。

 消える姿。無論男もいない。

 

「……手応えはあったが、浅いな。しかし『折りはした』。修復できる代物かどうか、そこも重要ではあるが」

 

 呟くセーマ。ギリギリのタイミングゆえ浅いものだったが、たしかに斬撃は男を捉えていた。

 どうにか無傷で取り逃がすことはなかったなと、彼はいくばくかの溜飲を下げた。

 

 剣を手放す。するとそれは光の粒に変じ中空に消えていく。

 セーマの、『勇者』にのみ使える武器だ。普段はセーマと一体化し、銘を呼ぶその時にのみ現世に顕現する、この世界に来た時からの愛剣。

 

 銘を『ヴィクティム』──『救星剣』とも称され代々の勇者に用いられてきた、世界最強の剣である。

 

「……ふう。まったくとんだ騒ぎだったな。あんたも大丈夫か?」

「あ……え、ああ」

 

 あまり好ましい結果には終わらなかったが、とにかく一段落が着いたとセーマは息を吐いてノリスンに手を伸ばす。

 未だ座りこけていたノリスンだったが恐る恐る手を掴む。それを取っ掛かりにどうにか立ち上がり、彼は頭を下げた。

 

「……助けてくれてありがとう。もうダメかと思った……そうだ、トライン!」

「落ち着くんだ。今さっき見たろ? うちのメイドが最寄りの病院に運んだよ……今から見に行こう。ええと?」

「あ、あー。ノリスンだ。トライン共々C級になったばかりの冒険者だ」

 

 そう言えば名を名乗っていなかったことに気付き、ノリスンは自己紹介をした。

 相棒のトラインが瀕死で病院へ連れていかれた割には落ち着いている……生き延びた安堵と、もう自分には手に負えない事態だという諦念で逆に腹が据わったのだろう。

 セーマも穏やかに返した。先程までの殺気はどこにもない。

 

「ノリスンだな、よろしく。俺はセーマ。こないだ冒険者になったばかりの駆け出し、F級だ。成り行きからタメ口だが……敬語使いましょうか?」

「勘弁してくれ。命の恩人にそんなことされちゃ堪らん。むしろこっちが敬語の方が良いくらいだ……ですぜ、セーマさんよ」

「それこそ勘弁。良いだろう、互いにざっくばらんに行こう」

「だな……よろしく」

 

 握手を交わす。年の頃はセーマの実年齢と変わらないくらいで、レヴィとも同年代だろうか。不思議と波長が合う気がするセーマだ。

 

 さておき病院へ向かう道すがら、三人の亜人が残っていることに気付く。

 そう言えば魔剣の男にくっ付いているのがいたな、と思ってセーマは声をかけた。

 

「……おい、お前ら。一緒に帰らなかったのか?」

「置いてかれたんだよぉ!?」

「ど、ど、どうする?!」

「終わった……俺ら、終わった」

 

 置いていかれたことで半狂乱に喚く三人の亜人。

 何やらどんくさそうな連中だと思いつつ、しかしどうしたものかと少し考える。

 

 こいつらは下っ端らしく、実際ぞんざいに放置したまま帰っていたことからそれは間違いないのだろう。

 重要なことは知っていそうにもない……が、『亜人連合』の一員ならば取り調べれば少しは実情が分かるかもしれない。

 

 何より結局一人も捕まえられなかったというのも悔しい──せめてこいつら程度は手土産にしておくか。

 これに関しては私情なのだがそのようにセーマの思考は回転していた。

 そして。

 

「よし。お前ら寝てろ」

「がひ!?」

「くぺ」

「ぬぎゃっ」

 

 おもむろに手を振り下ろしたセーマ。同時に三人、揃って倒れ崩れた──遠距離斬撃、手刀だ。

 何によってかかはともかく、一瞬で亜人三人の意識が刈り取られたのは分かりノリスンが唖然として反応する。

 

「お、おいおい……どうするんだよ?」

「後で参考人としてギルドに連れていく……数時間は起きないから、その間に病院でトラインの容態を見よう」

「あ、ああ」

 

 何の気負いもなく呟き先へ進むセーマ。

 その背中と倒れ伏す亜人たちを見比べながら、大変な男と知り合いになったと痛感しつつノリスンは彼を追うのだった。

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