交戦、水の魔剣と集う役者たち
「傷は……内臓は外れているか。しかし出血がまずいな」
手早くトラインの怪我の具合を確認する。臓器の損傷こそ無いが、単純に出血多量で死にかねない。
とにかく傷口を塞がなければならない。セーマは携帯していた包帯をトラインの腹部に巻き付けた。すさまじい力で強制的に傷口を塞ぐ……それでも血は大量に滲む。
舌打ち一つしてセーマは呟いた。
「縫合はしたことないしな……そもそも器具もない。やむを得んか」
「あ、あんた! 助かるのか? トライン、助かるのか?!」
「トラインというのか? 彼の、まあ生命力によるな」
ノリスンの必死の問いかけに、セーマは倒れ伏す怪我人の名がトラインであることを確認し、彼に声をかけた。
「おい、トラインとやら! 今から少しだけ強制的に全身の血を止める! 荒っぽいやり方だから、死にたくないなら生きたいと強く思え! 最後まで絶対に諦めるな! 生きたいと願うのなら、必ず助ける!」
「ぁ……あ、あぁ……ぁ」
「朦朧としているか……御免!!」
返事をしたかどうかも定かではないままに、セーマは事態を強行した──もうギリギリだ、本当に間に合わない。
思い切り、トラインの心臓に拳を突き立てる。全力だ……しかし的確に『技』を発動させる。
「がっ──」
「あ、あんた何を!?」
「良し、『止まった』」
意識を失うトライン。当然だ──心臓が止まったのだから。
すぐさまセーマは叫んだ。もうそこまで来ている、この世界で何より頼りになる家族の一人に向けて。
「フィリス! こっちだ、急げ!」
「──直ちにっ!!」
瞬間、またも空から飛来する……メイド服のエルフ、フィリスだ。
彼女もまた、セーマに遅ればせながら気配感知で事態を察知していた。ゆえに迷いはない。
すかさずトラインを担ぎ、早口に言う。
「最寄りの夜間外来に連れていきます! お時間は!?」
「2分。それ以上は危険だ、だから早く!」
「はい!」
短くやり取りしてすぐさま飛び、立ち去る──言葉通りだ、彼女は今からトラインを病院へ連れていったのだ。
「おい……そろそろいい加減にしろや。誰の了解を得て好き勝手してんだ、あ?」
と。
そこで沈黙したままだった、男が引き連れていた亜人たちがにわかに反応したのを感知し、セーマは即座に振り返った。
「動くな。下らん真似したらお前ら全員、この場でまとめて殺す」
「な、に──っ、?!」
「ただの脅しかどうか……あの世でたしかめてみるか?」
殺気と威圧を全開にして亜人たちを睨み付ける。亜人たちを襲う圧倒的な、物理的な重圧すら感じさせるその威力。
たまらず亜人たちは震える声で答えた。
「な、にもしない……許してくれ」
「俺たちはただの付き添いだ……本当だっ」
「ぅ、あ……っ」
直接向けられたわけでないノリスンですら怖じけて腰を抜かすその殺気。直接当てられた亜人たちはそれだけでもはや敵意を根刮ぎ恐怖に塗り替えられてしまっている。
セーマは警戒もそのままに、亜人の言葉に問い返す。
「付き添いだと? 今吹き飛ばした奴のか」
「そ、そう……だっ」
答える亜人に、吹き飛ばした男を見る。多少加減したとはいえ空高くからの勢いを利用した蹴りと掌底だ、暫くは立ち上がれまい──そう予想していたセーマだったが、男がよろめきながら立ち上がるのを見て目を見開いた。
「何……?」
「い、いた、い……! お、お前、お前ぇ……っ!!」
男の姿はしかし、ボロボロだ。蹴り抜かれた剣をそれでも手放さなかったために肩は外れ、掌底を受けたゆえに口からは血を吐いている。
……それでも立ち上がったのだ。この男は。しかも手にしている剣は止めどない水流を帯びている。
確信と共に警戒を一段引き上げる。男の顔にも見覚えがあったため、セーマは問い質した。
「貴様……昼間、飯屋の店員に迫っていた輩か。それにその剣」
「なん、なん、だよおっ!! 邪魔、すんじゃねえよ、クソガキがぁあっ!!」
叫びと共に剣から水が溢れた。肩が外れたまま、水だけを激しく流れる刃の鞭と変じたのだ。
「『ウォーター・ドライバー』っ! ぶちかませ、ぶち殺せぇっ!!」
「……やはり、二本目の魔剣か」
再び放たれる必殺の技。距離があるにも関わらず鞭状となりセーマを狙うその水は、アインの炎よりも応用が利くように思える。
迫り来る水流の鞭を具に観察する。よく見れば細かに振動している……これが殺傷力の秘密だろう。
「だがな」
「っ!? あ、あ?」
目前にまで迫った高速の、音速にまで到達している鞭の先端を無造作に片手で掴みとる。
無論、素手だ……まるで傷一つ付きはしない。
超振動する水を触感でたしかめながら、セーマは男に告げた。
「こんな玩具で俺を相手にどうこうできると思うな」
「そ、んな……な、なん、で」
「ハーピーの群れを虐殺したのも確定のようだな、これでは。手間が省けたとしておくか──これより冒険者の権限により貴様を逮捕する」
「な、何なん、だよ、誰、なんだよお前ぇっ!?」
狂乱と共に鞭の形状が崩れ、単なる水へと変わって落ちる。
オンオフの切り替えられる能力……瞬時に見抜き、セーマは内心で呟いた。
『ウォーター』……マオの魔法であることは間違いない。水流を発生させて自在に操る力であり、かつての戦いで用いられたそれは周囲の土地すべてが水浸しになることもある程の規模であった。
比較して考えてみると『ファイア・ドライバー』共々やはり、元の魔法からは著しく威力が落ちているように思える。
「『ファイア・ドライバー』の方が威力は高いか。練度か素質か、あるいは魔剣か魔法そのものの性能差か。どちらにせよそこまでの脅威ではないが……おい、そこの」
「ひぃっ!?」
硬直して萎縮する亜人に声をかける。三人いて、それぞれ別の種のようだったがそこはどうでも良い……セーマは尋ねた。
「この玩具、一体いくつ作った? 一本あり二本あり、まさかそこで終いとも思えないんだがな」
「し……知らない! 俺たちは下っ端で、何も知らなくてっ!」
「上役に言われただけなんだ! そいつが殺しをする時、邪魔が入らないように見張っとけって!」
「上役……? まあいい、とりあえずこいつは気絶させるか」
怯え慌てる亜人たちの言葉。上役、つまりこの連中は組織めいたグループに属していることになる。
やはり『亜人連合』か。そう当たりを付けつつ男を仕留めんと拳を握りしめたセーマの頭上に、突然気配が現れた。
一瞬のことだ……戸惑う間もなく響く声。
「はーい時間通り手筈通りぃ。お疲れ様でー……えぇえ!? ちょ、ちょっと待ったー! え、何で勇者がここにぃ?!」
「はー、ダッル……うん? は? 勇者!? おいちょっと待て、聞いてないぞ!?」
突然に現れた二つの気配。
隠れていたわけでもなく、本当にいきなりセーマの気配感知の中に現れ出た二人の存在感。
『魔法』によるものだ──断定してセーマは呻いた。
「……今度は『テレポート』か。本格的に魔王ごっこがしたいらしいな、貴様ら」
「わーお!? 一瞬で見抜かれちゃいましたぁ! ビックリだねレンサスくん! やばいよこれぇ!」
「名前を呼ぶなっ!! 何考えてんだお前!? いやそれより何でここに勇者が!?」
女の声と、名前を呼ばれて激怒して叫ぶ少年の声。いずれも混乱が多分に混じった声音だ。
ゆっくりとセーマが見上げれば狭い路地裏の遥か頭上、屋根の上に二人。ローブを身に纏った金髪の女と、スーツ姿の灰色の髪の少年が立っていた。
両人共に驚きに顔を歪めている。予想だにしない事態に直面した際の混乱と困惑を、セーマは感じ取った。
「お前らか……最近この辺りをうろちょろとして、魔剣なんてバラ撒いてるのは」
「え? ……あ、えーと! そう、あの、いえ! 魔剣……は、正確には同僚の製作ですねーっ。私らはただの見学ですし! あとこっちは急遽呼び出しました送迎役のレンサスくんですー!」
セーマの問いに困惑し、しかしすぐにある程度状況を把握したのか女は努めて冷静に答える。
しかし少年……レンサスが二度も名前をバラされたことに激怒した。
「お、お、お前いい加減にしろ! さっきからボロボロと情報漏らしやがって、もう国に帰るぞ僕!? 『ミッション』も半ばで死ねるか!」
「やーん怒っちゃめーっ。お姉さん泣いちゃうのーん!」
親しげなやり取りはしかし、どこか空々しい。本心では互いに互いをどうとも思っていないのだ……それはセーマにも、彼の傍で腰を抜かして見上げていたノリスンからも分かる程に白々しい。
構わずセーマは腕を振り下ろした──空間を越えての遠距離攻撃、対象はローブの女とレンサスと呼ばれた少年。二人同時、首筋を狙っての手刀だ。
剣がなくとも放たれたそれは、本気でやれば亜人の首とてへし折るのも容易いが……今回は拘束が目的のため意識を断ち切る程度に加減する。
しかし──
「うおっほ!? いってぇ、何だ!?」
「ぁひんっ! し、衝撃……?」
「……『シールド』まで使うか。しかしあらかじめ固めておくとは用心深いな……本気でやるべきだったか」
狙い違わずまったく同時に行われた首筋への攻撃は、その身を包む不可視の壁によってその威力を軽減されてしまった。
すぐさま看破する──『シールド』。マオがセーマの遠距離斬撃を防ぐため多用していた防御魔法だ。
舌打ち一つ。できれば今ので二人まとめて、少なくともレンサスの方は確実に意識を断ってその身柄を確保したかったのだが……
上役二人は首筋への痛みと衝撃に冷や汗を流す。恐ろしいものを見るように、恐々とセーマを見下ろしていた。
「おい、おい……! 頭おかしいぞアイツ、いきなり首筋って! 念のため防御しとかなかったら死んでたかもだよ、おい!?」
「ぁ、はは。さすがに容赦ゼロ……それにレンサスくんへの攻撃の方が早く強かった辺り、『送迎役』の一言で『テレポート』を使ってるのがどちらか、断定しちゃったみたいだねー」
「もうホントに僕帰るよ!? 王国くんだりまで来てあんな化物に狙われるなんて冗談じゃない!」
「あぁーんお待ちになってぇ! か弱い女の子置いて行かないでぇ?!」
漫才じみたやり取りの二人。どこか間の抜けた応酬に、ノリスンも亜人たちも目を丸くしている。
セーマだけは警戒を絶やさずにいると、少し離れたところ……魔剣を持った男が二人を見上げて言った。
「き、来て、くれたっ! 誰、だよこのガキ!? 邪魔、鬱陶しい!!」
「……は? 何タメ口利いてんのオッサン。ただのモルモット風情が」
「なん、だと!?」
「つーかこれ、アレだな……お前が引き寄せたな、勇者を!? ふざけんな、相手見て喧嘩売れよ雑魚がっ! ったく……何でこんなのに魔剣渡すかな、貴重なのに!」
容赦ない侮蔑。男を罵る少年の顔は苛立ちに塗れている。思わぬセーマとの遭遇が、魔剣の男の軽挙妄動によるものと見抜いて腹が立ったのだ。
そしてそんな中ぽろりと漏れた言葉をセーマは聞き逃さない。『貴重なのに』……魔剣はつまり貴重なもので、量産体制が整っているわけではないのだろうか。
「はーいはいはい落ち着いて! えーっと何でした、ああそうだぁ。とりあえずおじさんのぉ、っていうか私らの誰にも手に負えない相手ですし、どうにかして逃げますよー!」
「これから死に物狂いで逃げるんだからさっさとこっち来いよ間抜け! この糞たれの、身の程知らずがっ!!」
「ぐっ……くう!」
女の取り成しを受け、男は憎々しくもセーマを睨みながら剣を下ろした。レンサスの言葉に悔しげに歯噛みしながら飛び立とうとする。
魔剣による肉体強化──アインがそうであるように男もまた、人間離れした身体能力を獲得しているのだろう。一息に跳んで移動するつもりだ。
「させると思うか? 少なくともお前だけはここで捕まえる……!」
「ひっ!?」
いよいよ逃走せんと動く面々を、セーマは当然逃がしはしない……特に魔剣使いだけは絶対に。
瞬間移動に近い速度で男の眼前に立ちはだかる。目を剥くその顔面に拳を放とうと構え──
「え、エーちゃーん! アシストー!!」
「──了解。『疾走踏破・アクセラレート』!」
瞬間、横合いから殴りかかる何者か。
まるで気配もなかったその者が、セーマに向けて腕を振るった。




