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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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流星、惨劇の夜を切り裂いて

 少女の回復を待って、一行も一先ずその夜は農場主の家に泊めさせてもらうことにした……ただしセーマとフィリスだけは別行動だ。

 

「俺は今から、ことの成り行きをギルドに報告しに行く。ハーピーの虐殺が二本目の魔剣によって引き起こされた可能性がある……これは紛れもなく緊急事態だ、急ぎ伝えないとな」

 

 もうすっかり深夜ではあるが、ギルドは365日24時間、年中無休だ……夜にしか行えない依頼もあり、その対応のためである。

 さておき深刻な顔付きで告げるセーマ。一本目の魔剣を使う者としてアインも同行を願い出るのだが、セーマは首を横に振った。

 

「あのハーピーの子が目を覚ました時、また暴れだしたり逃げ出さないとも限らない。皆には彼女の対応をお願いしたいんだ」

「私はセーマ様のお付きに回ります。メイドとして、主をお一人にしてしまうなど絶対に認められませんから」

「ん……頼む」

 

 断固たる意志でセーマに同行せんとするフィリスは受け入れる。

 付き合いが長い分アインより頼りになるというのもあったが、何より断ったところで引き下がりそうにもないため押し問答になりそうなのを嫌がったのだ。

 

「ミリア、少女を頼みます……明け方には戻るかと思いますが、暴れるようなら取り押さえなさい」

「分かりましたメイド長。ご主人様、お気を付けて」

「ありがとう。アインくん、ソフィーリアさん……何も無いとは思うけど、後は頼む。徹夜になるな。付き合わせて済まない」

 

 軽く用意を済ませてギルドへ向かう直前、アインとソフィーリアにも言っておく。

 まず無いだろうが、それでも万一にも二本目の使い手が表れないとも限らない──ここは人里だ。使い手が気配感知を使える場合、気付かれたとしてもおかしくないのだ。

 そうなればアインとソフィーリア、ミリアの三人で迎え撃つことになりかねない。

 

「気にせず僕らに任せてくださいセーマさん。これも人助けです、全力を尽くしますから!」

「アインの言う通りです!」

 

 セーマの内心をよそに少年少女は気合いも十全に言う。

 誰かを守るために一生懸命になれる、良い子たちだ……胸がすくような思いで彼は笑った。

 

「ありがとう、頼もしいよ……さて、行こうフィリスさん。飛ばすけど良いかい?」

「無論にございます。どうか私のことはお気になさらず。他はともかく速度だけならばジナにも引けを取りませんので」

「さすが。じゃあ行ってくる、皆!」

 

 軽く告げて、そのまま家から出る……一歩踏み出せばその時点でトップスピードだ。

 一息に飛ぶ。空を飛べるわけではないのだが滞空時間は長い──脚力を始め、強化改造を施された身体能力の為せる技であった。

 

 農業区の、明かりもない夜空を翔る。遥か大地を見下ろせば夜闇の中でも変わらず良好な視界の中、セーマと大差ないスピードでフィリスが走っているのが見えた。

 

「早いな? それに方向転換も上手い。リリーナさんから教わったか、あの身のこなしは」

 

 猛烈な速度で走りながら、しかしすり抜けるように障害物を華麗に避けていく。おそらくは物音一つ立てずに気配を殺してさえいるのだろう。

 そんなメイドの姿にリリーナの教えを垣間見、セーマは感心した。

 

 森の館において戦闘防衛班の責任者を務めるリリーナは、自衛の観点からメイドたちへの護身術や戦闘法を伝授している。

 特に戦闘防衛班に属するメイドたちと幹部格メイドには念入りに技術を仕込んでおり、元より確固たる実力を持っていたアリス以外は皆、『剣姫』仕込みの動きを身に付けているのである。

 

「これなら10分かそこらで着くな。後は説明だが……ん?」

 

 なおも天高くを行くセーマだが、ギルドに着いてからの成り行きを頭の中で組み立てる最中、気配感知に異質なものを覚えて訝しんだ。

 

 亜人の気配だ。もちろんフィリスやミリアではないし、森の館のメイドたちのものでもない。町中を複数人で連れ立っている……人間を一人連れて。

 

「何だ? ……路地裏か」

 

 気になって道すがら感知を集中させる。

 セーマの気配感知は極めてレベルが高く、目で見ずとも覚えておらずとも、周囲の建物や道の図面まではっきりと把握できている。

 その精確さが、人間と亜人たちが特別区の裏路地へ入り込むのを告げていた。

 

 その先にいるのは、更に別の人間。二人いる。

 何か薄暗い取引でもしているのか──裏社会の人間ならば用心棒に亜人を雇うくらいはするのだろうかと疑問を抱きつつ、しかし今は一先ず捨て置くかと考えるセーマだったが。

 

「何ぃ!?」

 

 亜人を引き連れていた方の人間が動いた直後……二人組の内、一人の気配が薄れていくのを感知し、夜空に驚愕の叫びを響かせた。

 

 まったく予想外だった。さしものセーマでも、この展開は一切予想できていなかった。

 人の気配が薄れる。そんな事態は命が失われていく際にしか発生しない……つまりは今まさに、セーマの感知する中で殺人が行われたのだ。

 

「馬鹿な……! くっ!」

 

 さすがに捨て置くことはできない。町中での殺しなどいかなる理由があれど御法度であるのだし、何よりこのままでは人死にを見逃すことになる。

 後味の悪いのは極力避けたいセーマは、やむを得ず進路をやや変えた。

 

 幸いにも現場はギルドのすぐ近くだ。フィリスには悪いが一足先に行くことにして、セーマは更にスピードを上げた。

 

「どこのチンピラか知らんが手間のかかる! 小競り合いなら他所でやれ、馬鹿どもが!」

 

 ぼやきながら急ぐ。

 その先に思わぬ戦いが待ち受けるなど、その時のセーマには思いもよらなかった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し、本当に少しだけ遡る。

 二人の男が、酔っ払いながら路地裏で休憩していた。

 

「あー飲んだぁ! くそー明日は二日酔いだわ」

「それが分かってて何で飲むんだお前ぇ……」

 

 お互い千鳥足で笑い合う。彼らも冒険者であり、つい最近C級に昇格したところだ。

 ノリスンとトライン。同い年で同期で、不思議と息が合うことからすっかりコンビでの活動が板に付いた二人組だ。

 

「へっへへ、ノリスン……俺らぁ、まだまだ上に行けるよな、おい」

「そうだなぁ……いつかS級になって。『クローズド・ヘヴン』にだってなれたら、楽しいよなぁ」

 

 簡単な依頼を済ませ、深夜遅くまでしこたま酒を飲んで意気揚々と夜風に涼む。

 朦朧としつつ語るのはこれからのこと、目指す地点……夢だ。

 

 今はまだ届かなくとも、いつかは『クローズド・ヘヴン』として世界に名を轟かせる冒険者になる。

 そんな野心を、お互い赤ら顔で語り合う。路地裏の青春、そんな光景である。

 

 ──と、そこに闖入者が現れたのは突然だった。

 

「み、つ、け、た、ぁ」

「あー?」

 

 明らかに調子のおかしな声音に二人が振り向くと、そこには見覚えのない風体の連中。

 人間と……亜人が数人。亜人の方はやや遠巻きから腕組みなどしている──いやそれよりも。

 

「……穏やかじゃねえなあ。どしたんおっさん、町中で剣なんか抜いて」

「それに……後ろの、亜人だろ? 団体さんで何か、用かな」

 

 もう既に剣を握りしめている人間の男、見た感じ中年男性だ。

 その顔に浮かぶどこか箍の外れたような笑みに、ノリスンもトラインもすっかり酔いも忘れて後ずさった。

 

 理由は分からないが、襲撃だ。

 冷や汗が滲む。今は酒をしこたま飲んでおり戦える状態にない。と言うか、そもそも武装していないのだから話にもならない。

 逃げるべきだ……隙を見て。そうノリスンが判断した矢先、トラインが怪訝そうに男に声をかけた。

 

「お前、昼に飯屋でメリーサさんに粉かけてた奴か、もしかして?」

「あん? ……マジかよ」

 

 トラインの言葉に男の顔をまじまじと見て、たしかにそうだとノリスンは唖然とした。

 今日の昼間、食事に立ち寄った店の女店員にしつこく言い寄っていた男だ……見かねて追い払ったのだが、その報復に来たというのか。

 

 呆れと恐怖でノリスンは呻いた。

 

「おいおい、邪魔されたからってお礼参りかい……お門違いだぜおっさん」

「黙、れ……お前ら、間男さえ、い、いなければ……」

 

 微かに震え、男は憤怒の形相で呟く。血走った目、歪みきった顔付きはもはや誰が見ても狂っていると判ぜざるを得ない程だ。

 いよいよこれは洒落にならないと、トラインは重ねて宥めようとしていく。

 

「誤解なんだがな。なあ、落ち着いて話し合わないか? あんたは今やってることは歴とした犯罪なんだぞ、分かってるか? ここは穏便に──」

「犯、罪? ……お、れの、愛が……犯罪なわけ、あるかぁ!!」

 

 どうにか落ち着けようとした言葉はむしろ逆効果のようで、男はいよいよ激昂して剣を構えた。

 漆黒の剣だ……何もかもが黒い。例外が鍔の部分に嵌め込まれた青色に輝く石くらいなもので、あとはまったくの黒色だ。

 

『1st Phase』

 

 どこからか音が響く。

 戸惑うノリスンとトラインを眼前に、鼻息も荒く男は呟いた。

 

「こ、殺、す……殺す、殺してやる! ぶち殺せ──『ウォーター・ドライバー』っ!!」

「な!?」

 

 それは必殺の合図。声と共に一歩踏み出した男に、ノリスンもトラインも横合いに飛び避けようとして──

 

「か──!?」

「っ、トライン!?」

 

 それよりも早く、圧倒的に早く……水流を纏った漆黒の剣が、トラインの腹部を貫いていた。

 

「ぁ、ぅ……ぐ」

「ふー、ふー……! 一、匹目ぇ!!」

 

 力任せに串刺しとしたトラインを、男は遠く投げ捨てた。深々と刺さった剣が引き抜け、路地裏に投げ出される。

 ノリスンが顔面蒼白に駆け寄り、パニック寸前に叫んだ。

 

「トライン! トラインっ!? 嘘だろ、トライン!?」

「ぁ、か、ぐ……は、ノリスン……に、逃げろ……」

 

 傷痕から出血も激しく、しかしトラインは息も絶え絶えにノリスンに逃走を促した。

 おそらく自分は助からない……不思議な程にすんなりと死を受け入れたが故の、末期の祈りだ。

 しかしノリスンは受け入れない。受け入れられるはずがない。

 

「バカ野郎! 何を弱音を! 逃げるぞ、ほら、肩貸せ! 早く!!」

「俺、は……もう、いいか……らっ。逃げ、逃げ……ろっ」

「肩貸せぇええぇっ!!」

 

 半狂乱となり叫ぶノリスン。彼も既に、正気の判断力を保ててはいない。

 繰り返し肩を貸すように叫ぶ彼の後ろに、一歩、一歩と男は近付いた。水流纏う殺人剣は、今だ健在だ。

 

「二、匹目ぇ……!」

「トライン、肩貸せ、トライン……!」

「くひゃ、ひゃひひ。まと、め、て死ねぇえええっ!」

 

 狂笑を浮かべる男が、禍々しくも剣を振りかざす。

 パニック状態のノリスンと、もはや死の直前にいるトラインと。

 まとめて殺そうと振り下ろした、その時!

 

「──させるかっ!!」

「!?」

 

 遥か天空から流星が如く、降り落ちた者が割って入った。

 横合いから凶剣を蹴り抜き、着地と同時に男の腹に掌底を叩き込む。

 

「かっ、あ──!?」

 

 剣ごと吹き飛ばされる男。

 突然の轟音と乱入に、パニックも瀕死であることも忘れてノリスンとトラインが見上げる中、乱入者は彼らに振り向いた。

 

「ギリギリ間に合ったな……ここからは俺が預かる。まずはそこの半死人を助けるから少し退いていてくれ」

 

 男──セーマはそう言ってノリスンを横にやり、トラインに向けてしゃがみこんだ。

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