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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
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少女の悲劇、暖かなりし人の情

「おー! やったか、冒険者さん!」

「おー! 早いな、思ってたよりも!」

 

 アインとソフィーリアに連れられて駆け付けた農場主の親子が、まずは開口一番にセーマに声をかける。

 正直なところここまで早く、半日と経たずに依頼達成まで漕ぎ着けるとは思っていなかった二人だ。セーマの宣言とて心構え位の話に過ぎないと高を括っていたところは否めない。

 

 やはり『出戻り』の格は違う──そんなことを考える農場主にセーマは口元に指を一本当てた。静かにしろというジェスチャーである。

 

「恐れ入りますが、あまり騒がしくして彼女を怖がらせないようにお願いします」

「おー……そりゃすまん。手荒な真似はしとらんだろうな?」

「最低限に留めました。捕獲後に多少打ち解けはしましたが、それでもやはり怯えています……自分が許されないことをしていた自覚はあるみたいですね」

「おー、そうか……とにかく、話を聞こう」

 

 セーマの言葉を受け、なるべく静かにハーピーの元へと向かう。

 自覚があった──それを聞いて依頼者二人、顔付きを引き締める。許されないと分かっていてなお、それをしなければならなかった理由。

 そこまで追い詰められた何かしらの事情を、聞かねばならない。

 

 やがて木の下に辿り着く。暗がりの中、メイド二人にあやされる少女が見えた。

 

「おー、この子か」

「……おー、何てこった」

 

 その顔を見るや否や、農場主の息子キアシムは嘆いた。

 

 暗がりではあるが持っているランタンのお陰で顔が見える──幼くも泣き腫らし、静かに暗い瞳で沙汰を待つだけの少女。

 口元には泥が付いており、髪もボサボサだ……腕や体格も痩せ細っており、極限状態であるのが見るからに分かる。

 

 亜人ゆえ単純な実年齢は人間よりもはるか年上なのかもしれないが、種の中にあってはやはりまだ子供扱いのはずだ。

 そんな子供が、ここまで追い詰められている。それがどうにもやるせなく、農場主二人は心を痛めた。

 

「おー……お嬢ちゃん、こんばんは」

「……ここの、人ですね」

「おー、いかにも。ライデルンという。こちらはキアシム」

 

 二人しゃがんで少女に目線を合わせ、軽く挨拶を行う。すっかり疲れきったように死んだ瞳で呟く少女に、努めて優しく、農場主ライデルンは話し掛ける。

 

「おー、不安に思わんで良い……ただ、話を聞かせてもらえんか? 何ゆえお主、群れから離れてこんなとこでこんなことをした?」

「……ごめん、なさい」

「おー、すまん、責めとらんでな? ゆっくりで良いからのう。わしは、わしらは敵ではない」

「おー、そうだ。お前さんに並大抵でない事情がありそうなのは分かってるしな」

 

 ほろほろと涙を溢して詫びる少女。大分、情緒不安定に陥っていることを察して親子は優しく取り成す。

 やはり尋常ではない……何かしらやらかした、謂わば自業自得で群れを追い出されたのでは中々こうはならない。よほどのことがあったのだろう。

 

 優しさに触れ、ハーピーの少女はいよいよ涙が抑えきれない。たとえ油断させるためのものだとしても……もう、それでもよかった。

 全部吐き出して、楽になりたかった。

 

「……半月、前に。群れが、全滅したんです」

「──」

 

 ぽつり、告げられた言葉。

 群れが全滅した──にわかに信じられない言葉に、農場主の親子も新米冒険者たちもメイド二人もセーマでさえも、口を閉ざして絶句した。

 

「突然、でした。人間が一人、やって来て。あっという間に、目の前で、皆、皆」

「人間が……!?」

「一人で、あっという間に……? そんな真似ができるなど、ただの人間とは到底思えませんが」

 

 しかも人間の手による虐殺と聞き、アインが唖然と呟く。フィリスも信じがたいらしく、本当に人間の仕業か疑っている。

 ハーピーは項垂れたまま、血を吐くように続ける。

 

「森の、大森林の中に一人でっ。危ないからって、こ、声をかけたら。み、水が、水が皆をひ、引き裂いてっ」

「……水、だと」

 

 ──この時点で既にセーマは、確信に近い予想を付けていた。

 

 大森林。いくつか水場はあれど水難に見舞われる程の規模のものは一つとしてないその場所で、人間がたった一人、水を以て亜人の群れを虐殺した。

 

 あり得ない話だ。どうあがこうと人間にそんなことはできない。 

 いかにハーピーが亜人の中では脆弱で非力な類であったとしても、それでも一人倒すのに腕利きが数人、命を張らねば等価とならない……本来ならば。

 

 少女の様子はあまりにも必死だ。嘘をついているとも、こちらを騙そうとしているようにも思えない。

 そしてセーマには今現在、たった一つだけ心当たりがある。

 ハーピーの群れを潰したその力。水を操るというその手口。

 

 アインを見る。そして少女は決定的な台詞を口にした。

 

「私見ました! 本当なんです、水を纏った、黒い、剣っ!! ああ……あ、ああああっ!!」

「!? ちょっとあなた、どうしたの?!」

「お父さん! お母さん! 皆ぁっ!! やだ、やだぁ!! いやぁああああっ!! あああああああ、あああああああっ!!」

「いけない、錯乱してる!?」

「おー、いかん! 落ち着け!」

 

 打ち明ける中、 その時の記憶が甦ったのか半狂乱となる少女。フィリス、ミリアが取り押さえつつ、農場主ライデルンがどうにか落ち着かせようと宥める。

 

 そしてセーマと……ことここに至りアインもまた、顔を見合わせた。

 

「水を操る──黒い剣! セーマさん、これは!」

「マオも言っていたことだ、予想しないでは無かったが……やはりあり得るのか、『もう一本』」

「もう、一本?」

 

 疑問符を浮かべるソフィーリアに頷く。

 魔法を操る剣──魔剣。

 『炎』だけのはずがなかったのだ。

 

 マオの魔法は森羅万象、あらゆる事象を操作する。

 ならば劣化コピーでも、出来損ないでもがらくたでも……『炎』を顕現するそれがアインの手元にある以上、それきりのはずがないのだ。

 

 セーマは言う。ハーピーの群れを虐殺したという、その人間の持ち得る力、その可能性。

 

「──魔剣だ。君の持つそれが『炎』なら、その人間が持つのはさしずめ『水』といったところか、状況から察するに」

「水の、魔剣……」

「推測の段階ではあるけどね。ただ、可能性が出てきた以上は話を付ける必要がある……ハーピーを虐殺したのならその落とし前も含めて、な」

 

 思わぬ事態へと繋がっていたことに深刻に呟くセーマ。

 そうしてハーピーの少女が落ち着くのを、穏やかならぬ心地で見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半狂乱の末、ハーピーの少女は疲れてしまったのか眠っていた。

 時折苦しげに顔を歪めるのを、ミリアが丁寧に看護している。

 

 少女を農場主の家にまで連れて戻り、一先ず寝かせている一行であるが……別室にて事態を纏めるため話し合いをしていた。

 もはや深夜であるが眠気はない……成り行きが成り行きだ、おちおち眠ってもいられないというのが皆揃っての本音だった。

 

「話を総合し、推測も交えてだが順序立てると──」

 

 セーマが話を進める。事実上のリーダーである彼がこの話し合いを取りまとめる、司会進行のような立ち位置だ。

 

「半月前、何者かが何らかの手段でハーピーの集落を壊滅させた。一人だったとのことだが……」

「おー、そこがまず信じられん。できるのかそんなこと、人間に」

 

 キアシムが問う。隣でライデルンも困惑と共に頷いた。

 至って自然な反応だ。やはり人間にそのような真似ができるはずがないと、普通はそう考える。

 セーマは一つ頷き説明を始める。

 

「普通は無理です。しかし……ここ最近、何やらおかしな『剣』を人間に渡した輩がいます」

「おー? 剣だと?」

「ええ。大した経験もない新米を、いきなり亜人と対等に戦えるまでに強化した危険な代物です……一振りしかないと思っていたのですが、どうやら複数本用意していたみたいですね」

 

 アインのことは伏せておく。魔剣の存在自体、眉唾ではあるのだが……セーマが言うのならそれはあるのだろうと、依頼者二人は一先ず納得して見せた。

 

「おー、つまり虐殺犯はその剣を使って群れを潰したと」

「確定ではありません。そこは今後も調べますが……さておき、ハーピーの群れは全滅した。たった一人、あの少女を除いて」

「……家族が、逃がしたんでしょうか。最期の力を振り絞って、彼女だけはと」

「そこは何とも。後で本人から聞くべきだな、酷だけど……とにかく。少女は逃げた。大森林を抜けて、どうにか逃げ延びた」

 

 沈痛な様子でどこか感傷的なソフィーリアに努めて冷徹に返す。

 今必要なのは同情でなく冷静さだ……とはいえこのような、残酷な事態に直面した経験もない少年少女にいきなりそれを求めるのも難しかろうと敢えて放っておく。

 次いでアインが手を挙げて問うた。

 

「そしてさ迷った末に、人里に侵入して野菜泥棒を働いたんでしょうか」

「ああ……細部は違うだろうけど、概ねそんなところだろう。亜人と言えど少女が一人、群れも家族も目の前で失った矢先だ。まともな判断も行動もできるとは思えないしな」

「なるほど……それなら情状酌量の余地ありとして減刑もありえますか」

「だね。少なくとも問答無用で牢屋だ厳罰だってのはないだろう、言っていることが本当なら」

 

 答えながらも意外に思う。思ったよりもアインが冷静でいる。

 どちらかと言えば彼こそ冷静さを欠くかと危惧していたのだが……あるいは土壇場や緊急事態においては逆に落ち着くタイプなのかもしれない。

 

「おー、まあ事情はどうあれ犯罪は犯罪じゃ、無罪とはいかんか……」

「おー、一応保安には告げるが……できればそうだな、うちでタダ働きくらいで手を打ってやりたいもんだ」

 

 ライデルンとキアシムがうんうんと頷く。アインと裏腹にこちら二人は同情たっぷりで、そんなところだろうなと思いながらも内心での苦笑を禁じ得ない。

 これは一応の確認ですが、と前置きして言う。

 

「あの少女のやったことはどうあれ窃盗です。経緯に同情すべき点があってもそこは変わらない。それでもなるべく、罪には問いたくないんですね?」

「おー、当たり前じゃ! 家族を、友を、知人を目の前でバラバラにされた子に! これ以上鞭打つ真似などできるかっ!!」

「おー、まあ後味悪いのは勘弁だしなぁ。保安に伝えるってのも、後で揉め事にならないように先に落とし前付けておきたいってだけだ」

 

 ほぼ予想通りの二人の反応に、いっそ笑いたくなるくらいに清々しくなる。

 こんなに暖かく優しい、人の良い人間たちがいるこの町は、やはり良い意味で平和ボケしているのだろうと嬉しくなってくるセーマだ。

 

 いつか戦後復興も落ち着いた暁には、世界中がこんな人たちで一杯になってくれれば良いなあ。

 そんな風に思いながらも、彼はならばと告げた。

 

「ギルドに対し、情状酌量の余地ありと減刑を求めるように働きかけてみましょう。たしかギルドには、冒険者によって捕縛された犯罪者の処遇に関する干渉権があると聞いています」 

「おー、本当か!」

「おー、そりゃあ助かる! 是非ともそうしてやってくれ!」

 

 それはギルドの持つ、ある種の特権の一つ。

 本来ならば犯罪者の身柄と刑罰については保安──正式名称『治安維持保全・安全管理局』、王国内における犯罪者の取り締まりを担う部署──の預かる範囲であるのだが、特定条件下においてのみギルドがそこに干渉できる場合がある。

 すなわち『冒険者によって犯罪者が取り締まられた場合』である。

 

 滅多にないことではあるがこのケースにおいては、ギルドの裁量によって犯罪者の刑罰にも少なからず影響を与えられるのだ。

 

「──まあ、あまり期待しないでください。結局のところ大切なのは本人が犯した罪を認め、下される罰を甘んじて受け入れる姿勢。すなわち反省の色が見えるかによるんですから」

 

 釘を刺すセーマだが、あからさまに喜ぶライデルンとキアシム。

 ソフィーリアもそうだし、アインもフィリスでさえもどこか喜んでいる。

 

 まったくお人好しばかりだと思いながらも、けれどそんな彼らに悪い気などまったく抱かない、そんなセーマであった。

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