楽しむ団欒、勤しむ準備。捕獲作戦いざ決行!
本日二度目の投稿です
本格的な依頼遂行に取り掛かる前に、セーマたちは農場にて簡易シートを広げて食事を行うことにした。
今日は市販の弁当だ。パンに干し肉、そしてスープ……こちらは固形に凝縮したものをお湯に溶かし戻したものとなる。
一応、農業区には農業区なりの食事処があるらしかったが、今回はこうして現場での食事となる。
ハーピーがやって来るであろう時間まで今しばらくの余裕はあるが、何が起きるか分からないのがこの稼業だ。
高を括って出掛けている間にまんまと侵入されでもしたら洒落では済まない。
「前に襲われた時も、時間帯を外せば大丈夫だろうとか考えてたわけですしねぇ」
「向こうはこっちの都合なんてお構いなしだって身に沁みました、はい」
少し前に通り魔亜人に襲われ、危うく命を落とす寸前だった二人のしみじみとした言葉がやけに深い。
硬いパンと干し肉をスープでふやかしながら食べて、セーマは微笑んだ。
「そうだね……相手は相手の都合で動くんだから、こっちはある程度それを見抜かないといけない。気の利く人が向いてるのかもね、こういう捕獲とかの依頼は」
「気の利く、つまり相手のことを考えられる人ですか?」
「相手の嫌がることをするにはまず、相手の喜ぶことを把握してないといけない。コインの裏表みたいな話だね……しょっぱいな、これ」
妙に塩分の多いスープを啜りながら言う。
野菜スープなのだが、これからの季節、発汗量も増えることを考えればちょうど良いのかも知れない──勇者であるセーマの強靭な体温調節機能はマグマだろうが氷河だろうがお構いなしの適応力を持つため、あまり関係の無い話ではあるが。
「ハーピーは亜人の中でも荒事に向いてる種ではありませんから、あまり気を張り詰めなくても大丈夫ですよ、二人とも」
「有翼亜人の中でも特に温和で静かな暮らしをしてるものね、彼らは。だからこそ今回、何故畑荒らしなんてしたのか……それが不思議なのだけれど」
フィリスとミリアが少年少女を気遣ってのアドバイスを行った。
特にミリアはしきりに今回のハーピーの行動を訝しんでいる。
薄々不思議に思っていたソフィーリアはそのことについて、思いきって尋ねてみた。
「あの……ミリアさん、ハーピーに何か思い入れとかあるんですか? やけに気にしてらっしゃるような」
「え? ええ、そうね。気にしてる、と言えば気にしてるわね。同じ有翼亜人だもの、気にならないわけ無いわ」
「ミリアさんはサキュバスなんだ。翼もあるけど、今は小さく折り畳んでくれている」
セーマの言葉にアインとソフィーリアは今度こそ目を剥いた。
サキュバス──人間の男から精力を摂取することで生き永らえるという特徴を持つ珍しい亜人種だ。
その生態から人間社会に溶け込み、共存を図ろうとする共存・協調路線を歩む種の一つでもある。
揃って見目麗しい女性ばかりで、しかも男に気に入られるために炊事洗濯掃除に礼儀作法と嫁入り修行じみた技能を身に付けている……人間の半分に大人気の亜人だ。
「ミリアさん、サキュバスだったんですね」
「道理で、何て綺麗な人なんだろうって……あっ、じゃあフィリスさん、は……エルフですよね」
「まあ、耳の形からして分かりますよね」
苦笑して答えるフィリス。一見ではそれと分かりにくいサキュバスとは異なり、耳が尖っているという明確な特徴があるエルフは分かりやすいと言えば分かりやすい。
「はー……エルフにサキュバス。この間のアリスさんはヴァンパイアでしたし、『剣姫』リリーナ様は堕天使ですよね」
「色んな種の亜人が勢揃いしてるんですね……」
「縁に恵まれてね。でも皆、今では大切な家族だよ……心から愛している、皆を」
種の違いなど関係なく、森の館という一つところに住まう家族たち。
そんな集団が自分たちであると殊更に協調するセーマに、メイドたちは心からの笑顔を向けた。
「セーマ様……そのように仰っていただけまして、ありがたく思います」
「ご主人様、私も愛しておりますわ。館の皆と、そしてあなた様を」
「無論、このフィリスめとて同じです……!」
そして彼女らもセーマに伝える。
それは家族としてであり、従者としてであり、何より女としての言葉だ。
心からの愛情を、少しでも伝わるようにと思いを込めて口にすれば……セーマはやはり、笑いかけるのであった。
「うわわ……ラブラブだ!」
「あわわ……ハーレムよ!」
目の前の少年少女を盛大に居たたまれない心地にさせつつも、食事は続く。
夏も近付き日も長くなる時節、徐々に暗くなりゆく空の下。彼らはそうして一時の憩いを過ごすのであった。
「さて、と。腹拵えも済んだし、そろそろ準備に入ろうか」
食事を終えて一同、それなりに腹が満たされた頃合い。
セーマの号令に談笑していたアインたちはすぐさま気を引き締めた。
どれだけ気を緩めていても仕事となればすぐさま気を引き締める。そんなアインとソフィーリアに頼もしいものを覚えながら、彼は続けた。
「アインくんとソフィーリアさんはこのまま待機。普段、ライデルンさんと息子のキアシムさんはここで伏せてハーピーを観察していたらしい。だから二人だけ残って、いつもと変わらない状況だと誤認させる」
「セーマさんはどうするんですか?」
ソフィーリアが尋ねる。ハーピーを油断させるためという理屈は分かるが、セーマがいないではやや不安にもなる。
そんな彼女に笑いかけ、セーマは言った。
「俺は向こうの木に潜む。恐らくは最初の休憩地点だ……ハーピーが落ち着いたところに発煙筒を投げ込む役を果たすよ」
「え……でも、気配感知は」
「ハーピーの気配感知は視覚に依存している。だから視界の届く範囲内で動くものには敏感だけど、微動だにしないものについては酷く鈍感なんだ。それに俺、じっとしてれば気配も完璧に消せるしね」
気配感知は優れた五感があって初めて成立する技術だが、五感それぞれの性能差も当然、種や個体によって異なる。
ハーピーの場合は前述の通り優れた視覚によるものが主であるため、隠れて動かず、そして気配を消せばある程度誤魔化せるのだ。
余談だがセーマの場合、五感すべてが極限まで改造強化されているため満遍なくレベルの高い気配感知が行える。
どれ一つとってもそれだけで気配感知が成立する程の精度……それを五つ複合させての、謂わば『五重感知』。
互いの感覚が互いを補い、増幅させたその範囲は通常の亜人の何倍も広く、深く精密に気配を察知する。
ゆえに彼に関しては、たとえ五感のいくつかを無効化したとしても気配感知を使用不可にはできないのである。
「まあそんなわけで、俺が発煙筒を投げたらアインくんは突っ込んできて『ファイア・ドライバー』でハーピーを制圧してくれ」
「はい! 任せてください、傷一つ付けずに取り押さえます!」
「ソフィーリアさんは発煙筒でハーピーの視界が封じられるまで弓矢で牽制を頼む……アインくんから聞いてるよ。特殊なボウガンを使うって」
「はい。分かりました」
セーマの指示にアインもソフィーリアも頷く。
そして懐から、いくつか部品を取り出すソフィーリア。てきぱきと手際良く組み立てれば、小型ながらたしかにボウガンが完成した。
ものの数分足らずだ……フィリスが驚いて声をかける。
「え、何ですか今の。ものすごい早さでボウガンが」
「私の家、弓職人なんです……それでこれが特別製の、私専用のボウガン。簡単に組立と分解ができて持ち運びに便利な逸品ですよ」
「へ、え……」
しげしげとフィリスが眺める。エルフゆえ、故郷では狩猟と採取での生活を過ごしていた彼女には弓矢は身近なものであったが……しかしこれは見たことの無い形状と機構だ。
亜人たるフィリスに興味を持ってもらったのが嬉しいのか、ソフィーリアは気分良く語り始めた。
「特徴的なのがこの、矢をセットする部分にある筒ですね。中は特殊な加工がしてありまして、発射と同時に矢を猛回転させて威力と距離を向上させるんです。『ライフリング・ボウ』と名付けました」
「そんな技術が……人間とはすごいですね」
「もっとも矢も火薬を用いた特注品ですから使い回しですし、連続で二発打つと冷却時間に10分はかかります。何よりメンテナンスが大変なんですよね」
「そこは今後の開発次第ですか……」
熱の籠った会話。マニアックですらある話にセーマもアインもミリアも付いていけない。
ライフルとか元の世界にもあったな……などと朧気な記憶を刺激されながらもセーマがこほんと咳払いした。
「お二人さん、そこら辺で中断してもらえるとありがたいんですけど……」
「あ……すみません! つい熱くなってしまって」
「も、申し訳ありませんセーマ様。久しく弓矢の話などしなかったものですから、つい」
「いや、責めてないから。でもそろそろハーピー来るかもしれないし、後は仕事終わりの飲み会でゆっくりやろうか」
苦笑しながら──半ば顔を引きつらせながらもセーマが言えば、ソフィーリアもフィリスも顔を赤くして頷いた。
意外なフィリスの一面が見られて何となく嬉しく思うところも感じながら……やはり仕事なのでセーマは切り替えて言った。
「フィリスさん、ミリアさんはそれぞれハーピーの逃走経路と予測される地点で待機。俺たち三人が捕まえきれなかった場合の後詰めを頼む……まあ最悪、仮死状態にしてでも取っ捕まえるから出番はないだろうけど一応ね」
「分かりました」
「油断なく務め上げます」
冒険者ではない、付き添いやフォロー役として付いてきているメイド二人には相応の役を任せる。
亜人だからと彼女らに丸投げするつもりは毛頭ない……責任感と使命感を以て、冒険者として以来をこなす。そんな意地からの指示だ。メイドちもそれは分かっているので素直に従う。
「仮死状態って、すごいですね……」
「しれっと怖いこと言いますね……」
「言葉の綾だよ、はは。さて、それじゃあ──今の打ち合わせ通りに各員待機。さくっとやろうか、ハーピー捕獲」
引き気味の少年少女を笑っていなし、セーマはいよいよ告げた。
ハーピー捕獲……セーマにとっては冒険者となってから初めての、対亜人戦だ。
もちろん殺し合いではないし捕獲が目的ではあるが、それでも慣れ親しんだ戦場の匂いが思い起こされるような気持ちもある。
そんな自分の、業の深さを感じさせられつつ、彼は一人密やかに不敵な笑みを浮かべるのであった。
もしかしたら日が変わる頃にも投稿するかもです




