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王国魔剣奇譚アイン-勇者セーマと焔の英雄-  作者: てんたくろー
第二章・燃え上がる『PROMINENCE』
31/129

依頼開始、いざ行かんや農場へ

 ハーピーの捕獲なる、中々に珍しい依頼書を手に取りセーマたちは受付へと向かう。

 午後一番とあってか賑わっているタイミングのようで、いくらか行列に並び、順番を待たねばならないようだった。

 

「うー……行列やだなー」

「まあまあ。こういうのも醍醐味だってリリーナさんは言ってたよ」

「こんなことの、どこに醍醐味を感じているのでしょうか彼女は……」

 

 アインが子供らしく行列に並び待つ時間をむずかる。年相応の稚気と思いつつフィリスのぼそりとした呟きに苦笑していると、ソフィーリアが彼を宥めた。

 

「アイン? ちょっとの間だし頑張ろ?」

「ん……うん。ソフィーリアと一緒なら」

「嬉しい! 私もアインとなら何ヵ月でも並べる!」

「そんなに!?」

 

 先の食事におけるメリーサの忠告も虚しく、やはりアインと二人の世界を形成するソフィーリアに、穏やかなミリアもさすがに顔を引きつらせて反応した。

 何ともはや、若さゆえの気持ちの強さだと笑い、セーマは周囲にも耳を済ませた。行列が嫌なのはアインに限らず、並び続ける冒険者たちは退屈そうに世間話に興じている。

 

「下水道の掃除依頼、あれ止めとけよ……実入りは良いけど死ぬ程キツい、臭い、汚い」

「うえ、マジかよー……何か楽そうだと思ってたのに」

「こないだの『砦』外壁の補修作業は楽だったなあ。町からの依頼だから金払いも良かったし」

「やっぱ薬草採取が一番楽に稼げそうなんだよねー」

 

 まだ年若い冒険者たちが数人、自分たちの経験した依頼についての情報共有を図り。

 

「こないだ大森林に採取しに行ったら可愛い亜人の子がいてさあ……また会いたいなー……」

「亜人の女の子はおっかねえけど可愛いよな。てかその子メイド服着てなかった?」

「いや? 『森の館』の亜人にはさすがに懸想できんわ、相手悪すぎ」

「ん、ならまあ良いんじゃね? 人間と亜人との恋か……悲恋になりがちだけど、ロマンだよな」

 

 他愛もない出会いながら夢見る青年に、中年の男がしみじみと語る。

 

「ねえね、今度男性冒険者と飲み会するんだけど来ない?」

「何級?」

「B」

「行くから! 予定空けとくから!!」

「A級とかS級いないの?」

「思い上がりすぎ! 私らじゃ精々Bか、普通はDとかEまでだって!」

「Aから上は世界が違うもんねー……」

 

 かと思えば女性冒険者の集団が、男性との出会いを求めて騒ぐ。

 

 バラエティーに富んだ話題の数々を、亜人種『勇者』として改造強化された聴覚が残さず拾い上げる。

 こういう時は退屈しのぎになるので便利ではある……そう考えながらも呟く。

 

「……冒険者というか、この世界にもあるんだな、合コンとかそういうの」

「豪棍? 武器か何かですか?」

「いやいや、そういうのじゃないよ。こっちの話、こっちの話」

 

 特に最後の、B級と聞くや否や猛然と飲み会への参加を望む女冒険者の声の必死さ。

 やはり級によって、女性から見た価値というのも変わるものかと感心するやら慄然とするやら……世界は違えど強かに、より優れた男性を求めんとする彼女らの肉食的探求心は共通しているのだなあと、そんなことを感じるセーマだ。

 

「翔子も、あのくらいの年頃なんだし出会いの一つも……いや、いやいや。そういうのは元の世界に還してからだな」

「……セーマさん?」

「少なくともこの世界にいる内、俺の目の黒い限りは変な虫は近づけさせないぞ、うん」

 

 遠くを見やり何やら燃えるセーマ。8年もの間、離れ離れになっていた最愛の妹ショーコへの兄としての想いは並大抵のものではない。

 

「……? ともかく、早いとこ順番来ると良いなあ」 

 

 そんな彼を不思議そうに見つめつつ、アインはやはり、行列の退屈さに息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました……セーマさん。それにアインさんも。こんにちは」

「どうもこんにちは。この依頼書についてお伺いしたいのですが」

 

 並ぶこと数十分、ようやっとセーマたちの順番となり、受付に依頼書を手渡す。

 いつも通りの女事務員だ……行列に並ぶセーマにはギルド側も気付いており、それならば普段から対応している彼女にと交代したのだ。

 

 卒なく依頼書を受け取る事務員。一頻り上から下まで内容を確認してから、あぁ、と何やら思い出したように声をあげてから告げてくる。

 

「農業区の農場からの依頼ですね……何とも珍しい話ですよね、ハーピーが人里で野菜泥棒だなんて」

「いつ頃からのことなんですか?」

「何でハーピーがこんなことしてるのか、心当たりとか情報はありますか?」

 

 セーマとミリアが矢継ぎ早に質問をする。セーマはともかくミリアがやけに気にかけてくるのが、アインやソフィーリアには不思議であったが……それはさておいて事務員が応える。

 

「大体半月前のことですね。その頃から農場の野菜が掘り返され、盗まれていたそうで……いい加減捕まえようと数日前にそこの農場主さんが息子さんと隠れて待ち構えていたそうなんですが、そこで見つけたのがハーピーだったそうです」

 

 話によれば昨日今日の話ではないらしい。まさか亜人の、それもハーピーが犯人とは思わなかったのだろう……なるべく自分たちだけで解決を図ろうとしていたことが語られる。

 

 しかしそうなると、最初に待ち構えていたらしい農場主とその息子とが気になる。

 ハーピーはいたって穏和な気質の個体が多い種族ではあるが、さりとて亜人である以上、争いとなれば人間など一堪りもない。

 

「そのお二人は、無事だったんですか?」

 

 まさか何かしら怪我でもしてないだろうか。

 にわかに緊迫を帯びてアインが尋ねた。怪我人、あるいは最悪死人までもが出ていた場合を想定して自然と声が固くなっている。

 

 不自然なまでに唐突な雰囲気を醸し出し始めた、最近何かと話題の新米の問いに……事務員はどこか気圧されるものを感じつつも言った。

 

「い……いえ、幸い無事でした。亜人であると確認した時点で自力での対応を放棄し、急いでギルドの方にまで来られて依頼書を提出して下さいましたね。理想的な対応でしたよ」

「そうですか……良かったです」

「アイン……」

 

 ホッとしてアインが笑う。

 その顔を見てソフィーリアが彼の名を呟き、内心で勘づいた──その農場主たちが自分のことのように思えていたのだ、アインには。

 

 亜人と二度相対し、その内の一つに至っては瀕死に近いところまで痛め付けられたことも記憶に新しいアインだ。

 あの時のような事態に、他の誰かが、ましてや戦う者でもない一般人が陥っていたのなら……彼は絶対にそのハーピーを許さないのだろう。

 

 それは今までのアインにはあまり見られなかった感情だとソフィーリアには思える。

 あの通り魔亜人との一戦がもたらした影響の大きさに改めて気付かされながらも、彼女は事務員の言葉を聞いた。

 

「以降、依頼人の農場主は観察だけ続けているのですが……どうも毎日決まった時間、夜になると現れるとの話です。やれそうですか?」

「まあ、どうとでもいけますが。捕縛に限るんですか?」

 

 セーマが問う。暗に殺害という選択肢を仄めかすのは何も殺したいからではなく、依頼人のスタンスや考え方を知っておきたいがためだ。

 

 戦後間もなく、あちらこちらで人間と亜人との小競り合いが続く現状。依頼人の対亜人感情も考慮に入れておくのは冒険者として、そして自らも亜人である身の上として重要なことである。

 そんなセーマの内心を知ってか知らずか、事務員はすぐさま依頼人からの言葉を引用してきた。

 

「『こうも毎日繰り返すなら、何やら事情があるのだろう』と。それを聞いてからどうするか決めたいとのことです」

「なるほど……」

 

 事務員の言葉からセーマはある程度、依頼人たる農場主が亜人に対して悪感情の少ない人物なのだろうと推測した。

 加えて、根本が相当なお人好しなのだろうことも予測できる……亜人であるとか以前に、相手は毎日野菜泥棒を繰り返す悪質な輩なのだ。

 

 それを相手にそのような悠長なことを言ってのける人物像──聖人的な、あるいは危機感の欠如したと言っても良いその姿勢には感服しつつも苦い笑みを浮かべざるを得ない。

 

 お人好しらしい農場主が、その情によって痛い目を見るようなことになるのはあまり面白くない。

 心を決めてセーマは事務員に告げた。

 

「……委細分かりました。なるべく穏便に捕らえるよう力を尽くしましょう」

「それでは、こちらの依頼を受けていただけるとのことですね?」

「ええ。今日の夜には終わるでしょうし、明日の朝一番には報告しに来ます」

 

 さらりと言うセーマ。

 要するに自分が出張ればすぐ終わると言っているのに等しく、聞きようによっては大層な自惚れにも捉えられかねないが……事務員の女も含め、周囲にはそのようなことを考える者は一人とていない。

 

 何しろセーマだ。フィリスとミリアにとっては至高の主であり、『勇者』。アインやソフィーリア、そして事務員にとっては頼りになる『出戻り』である。

 その実力に疑う余地はない。彼が言うならば、間違いなく今日の夜にはこの依頼は片付くのだ……事務員はにこりと笑って書類の受諾処理を始めた。

 

「……はい、これにてセーマさんの預かる依頼となりました。ギルドからの推薦状、簡易地図と併せてお渡しします。冒険者として油断も気負いもなく、最初から最後まで責任感と使命感を胸に依頼遂行に務めることを期待しますね」

「任せてください。さて、それじゃあ早速行きますか。アインくん、ソフィーリアさん、よろしくね」

 

 判の捺された依頼書とギルドからの推薦状、そして依頼人の農場がマーキングされた簡易地図を受け取る。

 これで正式に冒険の始まりだ。今回共に行動することとなった少年少女に声をかければ、二人は元気良く頷くのであった。

 

「はい! よろしくお願いします、セーマさん!」

「最近亜人との遭遇率が高い気がしますけど……頑張ります! よろしくお願いしますね」

 

 ソフィーリアの言葉に頭を掻く。たしかに新米冒険者としては異様なまでに、亜人と遭遇しているのだろう……

 あるいは今回のハーピーも実は魔剣絡みだったりするのだろうか、などと考えながらもセーマはメイドたちにも声をかける。

 

「頼りにさせてもらうよ二人とも。もちろんフィリスさん、ミリアさんもね」

「はい、お任せくださいませセーマ様」

「ご期待に添えられますよう、身命を賭して御身にお仕えいたしますわ、ご主人様」

 

 主に対して最高の礼儀を以て応える。

 フィリスとミリアに、彼女らにとってもこれからが本番である。

 

 かくして一同、気合いを入れ直し──

 件の農場へと向かうのであった。

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