新たなる冒険、意外な依頼
予想外の騒動に出くわしたものの、セーマたち自身は特に何ということもなく店を出た。
「ごめんなさいね、変なものお見せしちゃって」
「いえ、大事ないようで何よりです。ごちそうさまでした」
会計を済ませて店を出る間際、メリーサとの軽いやり取りを経る。セーマは軽い社交辞令に留まりメイド二人も会釈程度だが、アインとソフィーリアは旧知とあってかそれなりに言葉を交わしていた。
「メリーサおばちゃん、ごちそうさま! またあの人が来たら、すぐ近くの人に助けを求めなよ?」
「さっきのやり取りから察するに相手も冒険者みたいですし、何でしたらギルドに相談しておきますよ?」
「あはは……ありがとう、二人とも。もう来ないでくれると助かるんだけどね……」
疲れたようにため息を吐くメリーサ。アインとソフィーリアが彼女を案ずる最中、セーマは一人、例の男について考えていた。
「あの人自体に見覚えはないが……何だ? あの表情、変に覚えが」
「セーマ様?」
「何か気になることでもおありでしょうか?」
「あ、いや。別に……まあ、気のせいだよ。たぶん」
メリーサに言い寄っていた男の、奇妙な不気味さが不思議と気にかかるが……別段脅威となるような気配でもないため捨て置く。
それよりも、とアインたちを見てセーマは言った。
「俺とフィリスさんとミリアさんはこれからギルドに行くけど、二人はどうする?」
「え……ていうかセーマさんたち、もしかして依頼を受けに行くんですか?」
意外そうにアインが問い返す。てっきり今回、セーマたちは自分を鍛えるためにやって来てくれたとばかり思っていた彼だ。
目を丸くしてセーマが答える。
「そりゃあ、町に来たなら冒険の一つもこなすさ。明日には帰るから半日か、最悪日を跨いで明日の午前には片の付く簡単なものを受けるつもりだけど」
「そ……そうなんですか。そそ、そうですよね。うん、それはそうだ。あははは!」
「うん?」
何とも恥ずかしい思い違いをしていたと顔を赤くして誤魔化し笑いを浮かべるアインに、セーマはおろかフィリスもミリアも、ソフィーリアでさえも疑問符を浮かべる。
考えてみれば当たり前の話で、わざわざアインの面倒だけを見にわざわざ大森林の奥から来るわけがない。
穴があったら入りたいような心地に襲われながらもアインはいくつか咳払いと共に答えた。
「こ、こほん。ごほごほ。えーっと……じゃあその、僕も付いて行きたいかなー、なんて。できればご一緒に冒険したいんですけど良いでしょうか?」
「ん……良いね、それ! ソフィーリアさんはどうする?」
「アインが行くなら私も行きますよ」
苦し紛れの提案だったが、セーマはアインの予想を超えて喜色満面にそれを受け入れた──同業者、特に同期に近い冒険者との交流や合同作業はセーマとしても願ってもないことだ。
ソフィーリアも勿論同行を買って出る。
アインと二人、話し合いをして互いに一人で動く時間を持つことは決めているのだが、それ以外の時にはなるべく彼と一緒にいたいのがソフィーリアの嘘偽りない想いである。
頷く二人にセーマも気分よく応える。こうしてリリーナやジナ以外の冒険者と組むというのはまだ経験が少ない。
ましてやそれが個人的にも目をかけている少年少女たちとの冒険なのだから、彼のテンションも高揚していった。
「よーし、それじゃあさっさとギルドに行こう! 何の依頼受けようか、洞窟探索とかあると楽しそうだよな!」
「あ、遺跡探索も面白そうですよね。僕もその内やってみたいと思ってたんですよ!」
すっかり次の冒険に向けて意識が向かうセーマとアイン。実年齢は10近く離れていても、やはりこういう部分では男同士共感するところがあるのだろう。
「ふふ。セーマ様、あんなにお喜びになられて」
「ご主人様の無邪気な顔、素敵ね……」
「アイン……可愛いなぁ」
そんな二人のはしゃぐ姿に見とれる美女三人。こちらはこちらで女同士、好きな男の色んな顔が見られることが楽しいということでの共感がある。
客観的に見て奇妙な男女の光景ではあったが──そんなわけでセーマたちに加えアインとソフィーリア二人の計五人で一路、ギルドへと向かうのであった。
冒険者ギルドの掲示板は受け付け窓口のすぐ近くにある。
依頼人が書き込んだ依頼用紙と同内容のものが印刷されて張り出されており、大きなサイズの木板にはところ狭しと依頼の詳細が記された紙が並んでいた。
「さて、目ぼしいのは、と」
キョロキョロとセーマが見回す。適当に張り出されるために都合の良い条件の依頼を探すにはやはり、根気よく一つ一つ探していかなければならない。
何人か別の冒険者たちも目を皿にして集中しており、中には難しげに頭を掻く者までいる。
ある種の風物詩だとリリーナにかつて教わったなあ、と考えながらやはり張り紙を見ていると、隣でアインが呟いた。
「言っても半日かそこらで済みそうなものですしね……どうしても軽めのものになりますか」
「そうだねえ……んーと、フィリスさんこれは?」
この世界の文字をあまり読むことのできないセーマは、こうしてフィリス以下メイドたちに読んでもらうことが常だ。
識字率がそこまで高くない時世ゆえ、不自然に思われはしないが……いささかみっともなさは自覚しないでもないセーマだ。
「『古代文明跡の発掘調査護衛』ですねセーマ様。しかし……王国北西部まで学者隊に随行、それも半年とあります」
「ありゃ、そりゃダメだな」
「遺跡系にはよくある話ですけど、長いですねえ」
二人して残念がる。
歴史的な発掘調査に際しての護衛や補助役の依頼というのもこの世界の冒険者の仕事として、割合ある話なのではあるが……発掘現場は往々にして遠方にあるため、どうしても長期間の拘束を強いられるのだ。
冒険者として浪漫が掻き立てられるセーマではあるが、さすがに森の館を長期間空けようとは思わない。アインにしても、まだまだ経験不足の身でそのような大きな依頼を受ける気にはなれなかった。
「そもそも魔剣のことほっぽらかしになりますしね……」
「それもあるね。アインくんが魔剣を持ってよその土地に、なんてなったら敵側の思惑は崩れるかもしれないけど、その後が怖いし」
それ以前の話であるとアインの呟きに応える。魔剣が王国南西部を離れるとなれば、たしかに何かしらの陰謀にそれなりのダメージを与えられるだろう。
だがその後、恐らくは魔剣を取り戻しにかかるだろうことから、あちこちに被害が及ぶことも懸念される。
そうなると大惨事だ……事態はすべてこの王国南西部内で、自分たちの手によって収めるべき。
そう考えるゆえにセーマもアインも、遺跡調査など遠方への依頼は避けていくのであった。
しばらく見やること数分。セーマ、アインはもちろん女たちも手分けして探していたのだが……不意にフィリスが指差してセーマに示してきた。
「セーマ様、これなどは如何でしょう?」
「ん、どれどれ……」
「……『ハーピーの捕獲』? え、ハーピー!?」
驚きの声をあげるのはソフィーリアだ。アインも目を丸くしている。
ハーピー。『有翼亜人』と呼ばれる亜人の一種であり、両腕が翼となっている珍しいタイプである。
その生まれ持った特徴から察せられる通り当然、ごく低空ながら空を飛び回ることができるのだが……風向きと強さにも影響を受けるなど、他の有翼亜人と比べると飛行能力は劣っていると言わざるを得ないのが実情であった。
亜人の大半と同様に人里にはあまり近寄ることのない種族であり、それゆえこうして名指しで依頼に上がるというのは滅多にない話ではあるのだが……
「本当だ……それも依頼主、町の農家さんですね」
「『たまにやって来ては農作物を勝手に持っていくハーピーが一人いるので捕まえて欲しい』という話ですね」
依頼書に書かれた概要を読み上げるフィリス。それに対してセーマが困惑して呟いた。
「ハーピーが人間の農作物を襲う、だと?」
「普通考えられない話ですね……」
ミリアもまた、戸惑いに声をあげる。
ハーピーが、というより亜人が人里にまでやってきて、やることが農作物を掠める……そんなことはこれまでに聞いたこともない話だ。
亜人というのはいずれの種においても、基本的には自足自給の生活を旨とする。とりわけ食料については狩りにしろ農業にしろ、あるいは他のものにしろ……自分たちの食べる分は自分たちで用意するというのが彼らの信条である場合がほとんどなのである。
それが今回、農作物をピンポイントで狙ってハーピーの襲撃があるのだという。
中々聞かない話だ……理由として考えられる線をセーマがいくつか挙げていく。
「人里付近で賊でもやってるような奴か、あるいは群れにいられなくなったのが生きるためにやってるのか」
「群れそのものに異変があり、自足自給を賄えなくなった線もありますね」
ソフィーリアも推測して呟くが、理由としてはいささか考えにくいものである。
記された内容眺めながらミリアが答える。
「いえ、その場合もっと大勢で来ているでしょう。盗みを働いてるのは一人だけみたいですし、群れの一員としての行動とは思えないですね……」
「あー、たしかに。何なら群れで来てもおかしくないですよね」
たとえばハーピーの群れ単位で何らかの異変があり、それで人里から食料を盗みに来ている場合……たった一人なわけがない。
最悪群れそのもので押し掛けてくることさえあり得るのだ──歴史的にもそのような事案が無いわけでもなかったことを、アインもソフィーリアも知識として知っていた。
「賊にしろ『はぐれ』にしろ、どうもわけありくさいな……受付行って聞いてみようか。毎日のことならもしかしたら俺たちでもこなせるかもだし」
ふむ、と頷いてからセーマが提案した。あまり時間のあるわけでもない身の上だ、実際の話を聞いてみてできるかできないか、判断するのが筋だろう。
無理そうならば仕方ない、三人で観光でもして土産買って帰るか……内心でそう腹を括りつつの言葉に、アインたちは同意を示した。
「そうですね。それにハーピーも見てみたいです、僕。見たことないんですよ」
「羽根が高価なんですよね……捕まえるとなったら二、三枚くらい欲しいなあ」
「無理矢理抜くと捕まりますからそこは気を付けた方が良いですよ」
ソフィーリアの呟きにフィリスが気もなく警告する──現在の王国は亜人への虐待行為を法律レベルで禁止しており、無理矢理身体の一部を狩ろうものならすぐさまお縄だ。
戦前から続いていた亜人排斥政策を一転させた融和政策。これも先代国王アルバールから王位を継いだ国王ローランの施策である。
「ま、羽根の話はさておいて。とりあえず話を聞きに行こうか、うん」
『豊穣王』とも呼ばれる若き名君の姿を思い出しつつも、セーマは受付へと皆を促すのであった。




