信じること疑うこと、二つの資質とセーマの理由
数時間かけたセーマとアインの特訓が終わり、一同は町へと戻った。
時間的にはそろそろ昼だ……商業区にある手頃な飯屋を探して食事にしようとセーマたちは大通りをぶらつく。
やはり商業区、人通りが激しい……あちらこちらで商売の喧騒が絶え間なく続くのを眺めつつ、セーマは適当な店を見繕わんとしていた。
「さーて、どっか空いてそうな店は、と……」
「もう少し早ければ、何処なりとスムーズに入れたかも知れませんね」
「いえ、ミリア。最近の商業区は大体いつもこのような感じです。多少早かろうと遅かろうと変わらないでしょうね」
ぽつりと呟くミリアにフィリスが答える。
王国南西部でも最も規模の大きなこの町は、昨今の観光ブームや移住者の増加も相まってか日増し月毎年を経るにつれ賑やかさを増していっている。
それに伴い各地区も大変な盛り上がりを見せており、特に商業区は朝も昼も夜も関係無しに四六時中、大勢の人で賑わっていた。
「そうなの? 私、基本的に村ばかりに行くからその辺が分からないのよね……」
「ああ、そうでしたね……ですがその内、村にも人口流入があるのではないかとジナは予測していました。いずれ向こうもこんな風になるかも知れませんよ?」
「うーん。村にはそちらの方が良いかもしれないけど、私としては適度に静かな今の方が良いんだけどなあ」
ミリアがため息を吐いた──行き付けの村の行く末を思う。
王国南西部にはいくつかの人間の生活拠点があり、その最たるものが『砦都市』などと渾名されるこの町なのであるが……それとは別に、大森林から少し離れたところに村があった。
地理の上では森の館に最も近い村であり、メイドも備品の買い出しや非番の日に遊びに行ったりする、町にも並ぶお馴染みの人里なわけであるが──ミリアは特に、友人のサキュバスが住んでいることもあってか基本的に村への訪問回数が多い傾向にある。
のどかな村の光景……極めて素朴な田舎の有り様を思い返す。無論、村の人口が増えて発展し栄えることに異論があるわけではない。
しかしややもすると、木訥な雰囲気が薄れてしまう未来も今後、あるのだろう──それを思うと、今から少し悲しくもなるミリアだ。
「ま、まあ……必ずしもそうなるわけではありませんから。ですよね、セーマ様?」
「勿論さ。それにミリアさん、そうなったらそうなったできっと、また新しい楽しみや良いところが見つかるかもしれない。前向きに考えても良いかもよ」
「フィリスちゃん、ご主人様……そうですね」
落ち込ませてしまったことに若干の焦りを感じてフィリスが取りなせば、セーマもまた助け船を出した。
ミリアの繊細な感性は価値あるものだが、今だ見ぬ未来に怯えて足踏みするのも良くはない。そう考え、主として彼女を慰め励ますのであった。
「──お、あの辺りちょっと余裕ありそうだな」
と、比較的空いている雰囲気の店をいくつか見付ける。
早めに見つかりそうで助かると笑みを浮かべるセーマに、アインがそう言えばと話しかけた。
「ギルドの酒場じゃないんですね。あそこなら大体いつもすぐに食べられますけど」
大通りを抜けて町の中心、特別区にまで抜ければギルドにたどり着く。
そこは大概冒険者だけが利用しており、混雑することはあれど、そもそも入れそうにないというような事態には中々ならない。
そこでの食事にしないのかという疑問に、セーマは答えた。
「ここからだとちょっと、遠いからねえ。それに何もあそこだけが食事処じゃないんだ、近くに他の店があるならそっちに行くさ……アインくん、腹ペコだろ?」
「あ、あはは……バレちゃいましたか」
赤面してアインが笑う。いかにも特訓で動き続けた数時間は彼の身体をずいぶんと消耗させている。
特に『ファイア・ドライバー』だ。
自在に使えるようになったは良いが、発動中は何をするにしても体力を著しく消耗するのだ。
「体力も付けなきゃね。戦闘中にバテるなんて洒落にもならない」
「そうですね……自主練とかも頑張ります。あっ、そこのお店美味しいですよセーマさん」
「ん? じゃあここにしようか」
話の途中、アインが何やら指差してきた。何やらおすすめの店らしい。
適当に探していただけのセーマなので、彼が推薦するなら間違いはあるまいとすぐさま店へと入る。
いたって普通の食堂だ……雰囲気もどこか穏やかで明るく、当然ながらギルドの酒場とはまるで違う。
「いらっしゃーい……って、アインじゃないの、それにソフィーリアちゃんも」
「ども、メリーサおばちゃん!」
「ご無沙汰してます」
「うん? 知り合いのお店かな」
入店したセーマたちを迎え入れる妙齢の女性。メリーサと呼ばれた、おそらくは店員だろうその女はアインとソフィーリアを見るなり目を丸くしている。
アインの方もあっけらかんと挨拶するものだから、偶然にもアインの知り合いの店を訪ねたのかと思い彼に問えば、やはりそうだと頷いてきた。
「はい。子供の頃によくお世話になってたんです」
「何言ってんだい、今でも子供だろうに」
「へへ! でももう冒険者なんだよ、僕!」
そう言って冒険者証を見せる。得意気な顔はどう見てもまだまだ子供であり微笑ましいものだ。
メリーサはしげしげと冒険者証を眺めて呟く。
「本当に冒険者になったんだねえ……ソフィーリアちゃんも?」
「はい。アインと二人で、まだまだ新人ですけど」
「はー……こーんなちっちゃかったのに。私も年取るわけだ、こわいこわい」
大袈裟なまでに肩を竦ませつつ、女はいい加減セーマたちを席に通した。
店内はそれなりの賑わいだ。アインやソフィーリアとの旧知も少なくないようで、しきりに会話をしては盛り上がっている。
「人気者なんだな、あの二人」
「どちらも礼儀正しく、人懐こいですからね」
「素直な子供というものはどこでも可愛がられるものですねぇ」
少年少女の人気ぶりに感心して呟けば、フィリスもミリアも同意する。
館のメイドの中でも、どちらかと言えば人間に対して距離を置く傾向がある二人がこうまで言うのだ……本当に人と打ち解けられる子たちなのだなと、セーマにはそう思えるのであった。
「はいお待ちどおさま」
「来た来た、来ましたよセーマさん!」
隣に座るアインがはしゃいで笑いかける。
運び込まれた料理の数々──食欲をそそる薫りも豊かにテーブルに並べられたそれらを前に、興奮が抑えきれないのだ。
「おー、これは美味しそうだ。アインくん、ソフィーリアさん。たっぷり食べてくれよ」
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます……その、良いんですか? 本当に奢ってもらって」
ソフィーリアが不安げにセーマを見る。申し訳無さと若干の猜疑が見え隠れする瞳だ……『ここまで良くしてくれる理由が分からない』と、そんなことを言外に訴えかけているように思えてセーマとメイドたちは苦笑した。
彼女の気持ちはよく分かる。
つい先日知り合ったばかりの男が、何やら事情があるにせよこうまで施してくるのだ。これで不安の一つも覚えなければ嘘だろう。
アインは単純明快に物事を捉えているようで、『セーマが困っているから協力して、その見返りに鍛えてもらいつつたまに奢ってもらう』くらいにしか思っていないようではあるが、それはそれで得難い才能だ。
人を信じられるのが才能ならば、人を疑えるのも才能なのだ……セーマはソフィーリアに向けて言った。
「魔剣を使って何やら企んでいる連中……そいつらの正体と目的について探るため、アインくんには無理をしてもらうことになるんだ。これくらいはさせてもらうさ」
「でも、セーマさんには本来関わりの無いことですよね……たまたま助けてもらっただけで」
「俺自身はそうなんだが……」
頭を掻く。実際、ことここに至ってもセーマは本来ならば部外者だ。いや、もっと言うならばそもそもこの世界とは関係ないはずの人間ですらある。
勝手に呼び出されて勝手に改造されて、脅迫までされた結果したくもない人殺しをする羽目に陥った──そのような憂き目を見た彼としては、正直なところを言えば魔剣がどうの、無限エネルギーがどうのというのはどうでもいいと言えばどうでもいい話だ。
好きにすればいい。死ぬも殺すも生きるも殺されるも、自分の目に入らないところで勝手にやっていてくれ……そんな無関心さすらセーマの心底にはある。
それでもこうして、積極的に事態に関わろうとする理由。それはとどのつまり。
「どうも身内の逆鱗に触れてるみたいでさ、連中。だったら力は貸してやらなきゃな。アインくんとソフィーリアさんはその過程での、謂わば協力者だよ。協力者はもてなさないと」
今やすっかり身内として受け入れている、かつての宿敵──魔王マオ。
彼女はもう完全に魔剣の製作者たちを敵として認識している。星の化身、この世界の調整役として発生した存在であるがゆえに……無限エネルギーの悪用など断じて許せないのだろう。
マオが敵と認識した。ならば、セーマもそれを敵と認識しよう。
マオに限った話でない……ショーコもメイドたちもそうだ。館に住む者にとって敵ならば、それはつまりセーマにとっても敵である。
改造され亜人に成り果て、故郷に帰ることも諦め、両親にももう会えない。妹もいつかは元の世界へ還すつもりだ……異世界人かつ改造人間ゆえに彼は、本質的な部分に深く重い孤独を抱えて生きている。
そんな孤独を癒してくれるのがメイドたちでありマオなのだ──ゆえに彼は、彼女たちの望むことならばできる限り力になってやりたいと思う。
「ま、言ってしまえばこっちの事情だよ、今となっては。君たちは君たちで、俺たちを利用するくらいの感覚でいてくれれば良い……持ちつ持たれつで行こう」
「……分かり、ました」
おどけるように言えば、どこか納得したように、けれど疑問は尽きない様子でソフィーリアは頷いた。
聡明な子だ……セーマは微笑む。こんな風に、肝心なところではしっかりと警戒できる子がアインの傍にいてくれるから、彼はああも無防備に、そして羨ましい程の純粋さで生きられるのだろう。
「ソフィーリア、ソフィーリア。これ美味しいよ、食べよう?」
「そうね、アイン。それじゃあセーマさん、ありがたくご馳走になります」
「どうぞどうぞ。しっかり食べて、活力を付けてくれ」
アインが差し出した料理を前に、ソフィーリアもようやく食べ始めた。
何とも仲の良く、そしてお互いを助け合えるような相性の二人に……どこか爽やかな心地になるセーマであった。




