勇者の特訓、焔の覚悟
「『ファイア・ドライバー』っ!」
叫びと共に魔剣が猛った。吹き上がる炎が刃に纏わり必殺の威力を放つ。
猛烈に炎上する魔剣を手にし、アインは駆けた。草原を一息に走り抜けて、標的めがけて突撃する。
殺すつもりは毛頭ないが、今対峙している男は生半可な技では指一本とて触れられまい……ゆえに、全力で狙う。
相対する者すべてを焼き尽くさんとするその炎が間近に迫る──しかし迎え撃つはセーマ。
彼はまるで焦りも動揺もなく、落ち着いてアインの振り下ろした炎剣を手にした枝で迎えた。
「よいしょ」
「っ!?」
軽い掛け声。まるで子供が、棒切れで地面に字でも書くかのような気楽さで。
彼の握る小枝は燃え盛る魔剣を完全に受け止めていた。切断もせず折れもせず、曲がることすらなく完璧な制止状態を生み出す。
あり得ない──そんな、馬鹿な。
呆然とその光景を見るアインの意識下に生じた隙をセーマは見逃さない。
普通こうはならないものだ、仕方ないよなと苦笑しつつも、手首のスナップを軽く効かせて魔剣を払いのける。
「ほいさ」
「わわっ!? あっ──」
左右に一度きり、軽く振られただけの枝が恐ろしく重く、強い。
魔剣ごと腕を弾かれれば、身体が逸れて無防備な姿が晒される。
こうなれば後は好き放題。がら空きの胴体を選り取りみどりと言わんばかりに見やり、枝をアインの首筋に当てる。
セーマは軽く笑ってみせた。
「はい、おしまい」
「ぁ、ぐ……っ、参りました!」
首筋に当たる感触に、嫌でも敗けを認めざるを得ない。
剣ですらない、枝を持っただけの相手に。魔剣の力を引き出せば亜人とさえ渡り合える自分が、こうまで簡単にあしらわれた。
そのことに悔しさとそれ以上の恐怖を覚え、アインは歯噛みした。
「やっぱり威力あるね、『ファイア・ドライバー』。それにアインくんの剣筋も良いから相対してるとプレッシャーがある。大したもんだ」
「……そうでしょうか? てんで敵いませんでしたけど」
手放しで褒めそやすセーマに悪い気はしないものの、釈然としない心地もあってアインが言う。
強いと言われたところで、実際のところ枝の一本さえ抜けなかったのだ。お世辞に聞こえるのも無理はなかった。
そんなアインにセーマは、片眼を瞑り悪戯げに笑う。
「『枝なんか持ちやがって舐めてるなこいつ』……そう思ってたら軽く受け止められて硬直。それじゃあ勝てるものも勝てないのさ、これがね」
「うっ──すみません、生意気なこと考えてました」
「生意気なんかじゃない。それが正常な反応だよ」
図星を突かれて項垂れるアイン。
まさしくその通りで、セーマが武器も持たずに枝を手にした時、こうまで侮られて黙っていられるかと腹立たしくも必殺剣を起動させたのである。
平静を欠き、そうして起きた予想外の事態に動揺して動けなくなる……それは戦士として恥ずべきことだとアインは自戒する。
「敵は時として予想だにしないことをするから、どんな場合でも興奮して冷静さを欠くのは良くない。それを知っといてほしくて敢えて失礼なことをしたわけだけど……気分を悪くさせてごめん、アインくん」
「いえ、そんな! 勉強になります!」
申し訳なさそうなセーマに慌てて首を横に振る。実際、まんまと彼の意図通りに動いてしまったのだからぐうの音も出せない。
単純な剣の腕以上の、場馴れすることの重要性……『出戻り』の貫禄を垣間見、得るものが多いとアインは笑った。
「そう言ってくれると助かる……さて、もう少し打ち合おうか。今度は木剣を使うよ。枝はもう使わないけど、とは言えさすがに真剣は怖いだろ?」
枝を捨て、用意しておいた木剣を手にするセーマ。もはや立ち居振舞いだけで只者でない空気が纏わるように思えて、アインはごくりと喉を鳴らした。
「そ……そうですね。ちょっとここまで実力差があると。セーマさんが加減を失敗するとも思わないですけど」
さすがに彼我の実力差はよく理解しているアインにとり、圧倒的な格上と真剣で斬り合うなどゾッしない話だ。
相対した瞬間に鱠にされそうな予感に身を震わせて安全を選択する少年に、セーマは肩を竦めた。
「俺だって何でもできる神様じゃない……手元が狂わないとも限らないさ。ま、安全第一でいこう」
「はい!」
元気よく頷く。気炎を上げる少年に、セーマは何やら微笑ましいものを感じて穏やかに笑った。
「アイン、頑張って!」
「うん、ソフィーリア! 見ててー、僕はやるぞ!」
少し離れたところでソフィーリアが応援の声を放つ。それに応えてアインは更に燃え上がる──
「よおぉーし! もう一度、『ファイア・ドライバー』っ!!」
「すっかり自分の意志で使えるようになっている……やるな、アインくん!」
魔剣による『ファイア』行使を完全に意のままに制御するアイン。再び必殺剣を発動させるその姿にセーマは嬉しさを隠そうとせずに吼えた。
意図せず手にした力を、どうにか使いこなそうと努力する姿が……かつての自分に重なっているのかもしれない。
「セーマ様、楽しそうですね」
「そうね……見てるこっちも嬉しくなっちゃうわ」
そんな主の姿に目が釘付けになるのが、ソフィーリアと並び二人の戦いを眺めるメイドのフィリスとミリアだ。
今日のセーマの付き添いはこの二人だ──これに限らずアイン絡みの外出には基本、幹部格メイドとマオがローテーションで付き従うことに決まった。
それにしても、と木剣を振るうセーマを見て、うっとりとミリアが呟いた。
「ご主人様、素敵……ああ、何て格好良いのかしら」
「セーマ様が戦われるお姿は、あまりお目にかかれませんからね……眼福とはこういうことでしょうか」
追随するフィリスも夢見心地だ。
愛して止まない主人が、魔剣なる兵器を振るうそれなりな腕の剣士を圧倒する……その姿が彼女らにはたまらない光景であったのだ。
「むむむ……アイン、負けないでー!」
「任せて! うおお燃えろ魔剣ーっ!!」
「勢い込むと威力が上がるか……しかし雑になるのは良くないなあ」
負けじとソフィーリアがエールを送る。それを受けて『ファイア・ドライバー』の出力を更に高めるアインが勢い良く攻撃を仕掛けるが……
そのすべてを片手の木剣で軽々といなす、それが『勇者』セーマであった。
ここは王国南西部、町の近郊は穏やかな草原。
『魔剣』の持ち主アインを鍛えるべくセーマが提案した訓練は、それなりに価値のある一時であるらしかった。
魔剣の正体──
すなわちこの星の無限エネルギーを引き出し、極めて限定的ながら世界を改変する力……魔法を用いるための装置であることを改めて知らされ、さしものセーマも今後について考えた。
『魔王の劣化コピー』と当の魔王本人が称したそれは、明らかに人間が持っていて良いレベルのものではないようにも思える。
そもそも魔法が世界改変能力であることも、星の持つ無限エネルギーを引き出して用いられることなども初耳であった。
ましてやそれを、人間にさえ使用可能にさせる魔剣の異常性……もはや彼には理解不能の境地ですらある。
やはりアインがその魔剣を持ち、しかも使い続けるというのは危険なのではないか。そんな思いも浮かぶのも仕方のない話だった。
それを踏まえ、魔剣やアインに対し今後どうすべきかマオと話し合ったが──それでも、アインはひとまず今のままにしておくのが無難だろうという地点に落ち着いたのだ。
『あの小僧の魔剣以外にも絶対、何かやらかしてる……星のあり方に喧嘩売るくらいだからそこは間違いない。まずは連中の実像を把握するまではこちらも下手に騒がない方が良い』
という、マオの物言いにも一理あると思えたためである。
まずもって敵の実態が何一つ分かっていないのだ、こちらが変に動けば逃げられてしまう可能性もあるだろう……とにかく連中について情報を得なければならない。
しかしそうなると気の毒なのはアインだ。
敵方を探るため、敢えて泳がされるのでは囮と大差なく……それではあまりに惨いとセーマは感じていた。
最低限、事情や意図は話しておかなければならない。魔王や魔法について言うのは憚れるが、それでも可能な限り説明をしておきたかった。
正直なところ、憎まれても仕方のない仕打ちだと思う。まるで自分を召喚し戦争に赴かせた連中と変わらないことをしている自覚はある。
それでも、今ここで連中を取り逃がせばこの世界そのものが大変な事態になる。そう考え、覚悟してアインとソフィーリアに対して可能な範囲での説明を行ったセーマなのであるが──
『何だか大変なことになりそうなんですねぇ……分かりました! 正直僕もこの剣は使い続けたいんで、喜んで協力しますよセーマさん!』
『アインがそう言うなら、私も力及ばずながらお手伝いしますね』
──などと、至ってあっけらかんと受け入れられてしまい、恐縮するやらありがたいやらで複雑な心地になるのであった。
「……本当にこれで良かったのか? きっと君はこれからも、亜人を差し向けられるんだぞ」
アインの『ファイア・ドライバー』をいなしつつ問う。
協力的でいてくれるのはありがたいが、アインたち自身のことを思えばどうしても不安は拭えない。
曇り顔のセーマにしかし、アインは強気な笑顔で剣を振るいつつ答えた。
「大丈夫ですっ! こうしてセーマさんが鍛えてくれますし、ねっ!!」
「このくらい、君に無茶をさせるんだから当然だよ」
アインの言うように、この鍛練はセーマの提案で──せめて彼のためにできることをと考えてのものである。
少しでも彼が生きて事態を切り抜けられるようにと、こうしてセーマ手ずから剣と戦い方を教えているのだ。
さながら師弟のような成り行きとなったことを、アインは心から嬉しく思って叫ぶ。
「前にも言いましたけど! 僕とソフィーリアはいずれ、世界を旅するんです!」
「……? 『世界の果て』だっけ」
「はい!」
それは先日の飲み会での発言だ。
世界を余すことなく訪れ、最後に辿り着いた『世界の果て』で二人、抱きしめ合う──少年少女の壮大な目的。
「世界は広い! きっと、亜人に襲われたりもするんです!」
「それは……世界を旅するならね」
「だから!」
叫びながらアインの手数は早まる。比例して威力も上がっていくのをいなしながら感じ、セーマは微かに息を呑んだ。
「今ここで、亜人だってどうにかできる力と戦い方を教えてもらえる! すごくありがたいです!」
「アインくん……」
「これからずっと──ソフィーリアを護るためにもっ!!」
連撃にて少しずつ、木剣が焼き切れていく。
セーマの実力はやはり圧倒的で、どうしたところで今のアインには対処のしようもないが……木剣は所詮木剣だ。怒濤の『ファイア・ドライバー』を受け続ければ焼けもする。
続けて長時間、魔剣を使用していることで体力も限界に近い。
アインは最後にすべて、ありったけを込めて剣を振るった──せめて木剣はへし折る、そんな気概と共に。
「僕は戦うっ!!」
「──分かった!」
その気迫、意気、そして情熱。
すべてが嘘偽りない真実の本気であることを肌で感じ、セーマはことここに至り、一度だけ反撃に転じた。
振るわれる特大の一撃に、完璧なタイミングでカウンターを入れる──速度も重さも乗りきった最も威力のある状態の魔剣を、それ以上の威力で薙ぎ払う。
依然として彼は片手だ……そもそもの身体能力からして出鱈目であるがゆえ、少し本腰を入れるだけで容易くアインの最高を凌駕してしまう。
そして中空高く舞う、魔剣。
痺れる腕に顔をしかめ、アインが呻く。
「っ」
「……アインくん。君は強くなる。いや、違うな。既に強いけど、もっともっと強くなれる。それこそ『進化』できる」
弾き飛ばされた魔剣を尻目に、セーマはアインに木剣を突き付けた。
またしても詰みだ……悔しがるアインに、セーマは笑って告げる。
「今よりもっと強くなれるように……俺も精一杯手伝うよ。これからよろしく」
「……はい! よろしくお願いします!」
頷くアイン。
かくして今日の鍛練は終わるのであった。
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