星の化身、明かす魔剣の謎
宴も終わり、一同解散となり──マオの『テレポート』で即座に町から遠く離れた森の館へと帰還したセーマ、アリス、マオ。
そのまま風呂に入り後は寝るだけ……といった調子なのであったが、あと一つだけやることがあり、セーマは自室にマオを呼び入れた。
「何だよもう……眠いんだけど私。お姉さんの温もりが恋しいんなら一緒に寝てあげよっか?」
「今日はいらん。日が変わる前に昼のアインくんについて、『魔剣』についてお前の見解を聞いておきたくてな」
ふわあ、とあくびを起こすマオに、セーマは真剣な様子で問うた。
実際、真面目な話だ──その日の昼頃に行われたアインとリムルヘヴンの腕試しを見て、マオはたしかに呟いた。
「『これは私の戦いでもあるらしい』と言ったな。あれはやはり、お前の──」
「うん。あれ魔法だよ、疑いようもなく。あのガラクタを器にしているためか威力はてんで弱い、完全に劣化品だけどね」
あっさりと頷き、魔剣の用いる炎の正体を告げる。
どこか拍子抜けるセーマに、マオは気もなく続けた。
「目の前で見たものが現実だ、受け入れざるを得ない……あれは『ファイア』だ。一体どうやって再現したのかは分からないが大したもんだよ」
「一応聞くが心当たりはないんだな? あの魔剣の出所とかには」
「あるわけないだろ。再現しようだなんて馬鹿な真似する輩、想像すらしてなかったよ」
部屋のソファに寝そべり、セーマの顔を見上げてくるマオ。エメラルドグリーンの長髪が散らばる様もあってかやけに退廃的な雰囲気がある。
向かい合って椅子に座っているセーマは足を組み、軽く考え込み……それから、気になっていたことを問うた。
「再現しようとしてできるものなのか、普通」
魔法という万能能力の再現。そもそも実現可能なのだろうかという点からして彼には疑問だった。
何しろ自然現象にまで干渉する奇跡じみた技だ。そう簡単にコピーできるとは思えない。
「そもそもどういう理屈で発動するんだ、お前の魔法って」
「……門外不出というか、普通誰に話すもんでもないんだが。まあ君なら良いか。眠いし手短に話したいなあ」
もはや眠気を隠そうともしないマオではあったが、質問を受けて少しばかり座り直す。
自らにのみ──『魔王』にのみ扱えるその能力の源泉を明かすのだ、薄ぼんやりとはしたくなかった。
軽く伸びをして体を解し気を入れ、彼女は語り始めた。それは魔王という存在の由来から始まる。
「そもそものところから話そうか。『魔王』という存在は、星によって産み出される自然界のバランサーだ……定期的に出現し、増えすぎた人間を間引くために亜人の何割かを率いて戦争を起こす」
セーマにとってはかつても聞いたことのある話だ。
魔王──その実態はある種の自然災害。圧倒的速度で増殖し過度に発展していく人間の文明を、適度に抑制するべく星そのものから派遣される調整システム。
発生した時点でその時代における人間文明に対してある程度のリセット、あるいは巻き戻しが確定する一つのスイッチ役。それが魔王という存在の本質だ。
世界の自己防衛機能とでも言うべきその在りように、しかしセーマはあまり良い顔はできない。
当たり前だ──元を糺せば魔王システムのせいで彼は妹と共にこの世界に引きずり込まれたのだから。
「前にも言ってたな。人間からすれば中々趣味の悪い話だが」
「発展速度が早すぎるんだよあいつら……一度勢いに乗れば際限無く成長して、あっという間に星さえ蝕む恐るべき代物をいくらでも産み出す。その兆候を察知した時点で私みたいなのが産まれるってわけ」
「……まあ理屈は分からんでもない」
元の世界でも、発達した人間の文化文明によって様々な悪影響が自然を蝕んでいた気がする。
そのことを漠然と思い返し、セーマはそれ以上の言及を止めた。そもそもそこはどうでも良い話だ……自分と身内を巻き込まない範囲で好きにすれば良い。
「まあ最近は君みたいな横槍がいて、文明リセットがあまり機能できてないんだが……そこは別問題だな。さて、こんな『魔王』の存在意義と役割を踏まえた上で、魔法について語ろうか」
とりもなおさずマオは続けた。そのような調整役である魔王だからこそ、許される行為がある。
「ぶっちゃけて言うけど魔法とはつまり、そんな役割を持って生まれた『魔王』にのみ与えられた、限定的な世界改変能力なんだよね。この星の管理・運営権の一部という認識で構わない」
「何かいよいよシステマチックだな」
「結構いい加減なもんだよ。まんまと『勇者』なんてものの台頭を許しちゃうし」
肩を竦める。
偶然にもマオがセーマと親しくなってから、彼女は『勇者』のおぞましい実態を知ったのであるが……異世界から人間を呼び寄せ、あまつさえ人体改造を施し兵器に仕立て上げるなど星側は一切、関知していなかった。
『勇者召喚術』がそれ程までに精巧、かつ秘密裏なものであったことを差し引いてもやはりシステム側もいい加減な印象は免れない。
そんなことを述べつつマオは続ける。
「管理者としての改変能力ゆえ、その行使には星からのエネルギーが使われる──世界が持つ無尽蔵の力を、魔王という意志ある装置を通し状況に応じた形で用途を変えて使用する。それが魔法なわけだ」
「……ちょっと待て。ってことは、あの魔剣は」
アインに手渡された漆黒の魔剣。炎の魔法を行使するプロセスが、魔王のそれと同一のものであるのならば──その正体は。
俄に総毛立つ感覚のセーマに、かつて魔王だった少女は頷くのであった。
「魔王の劣化コピーだね、あれは。何をどうやったか、勝手にこの星の無限エネルギーを引き出してやがるのさ。由々しい事態だよ……どこの馬鹿どもがやらかしたかは知らんが、こればかりは本気で締め上げなきゃならん」
ところ変わって荒野のある地点。
その日の午後まで白骨の山が築かれていた風景が、すっかり平穏な岩肌の光景に戻っているのを確認して……ローブの男は呟いた。
「人の良い連中だな。虫けらどもとて手厚く葬ってやるとは」
「さすがは勇者様! って奴ですかねえ?」
高く隆起した岩肌に腰掛けての言葉。その後ろで満点の星空を見上げて瞳を煌めかせるローブの女が反応すれば、男は更に続けて言った。
「むしろ異世界の感覚だろうな。ドロスからの報告に見る限り、相当平和な世界からやって来たらしい……持ち合わせた力とは裏腹に言動は腑抜けそのものだ」
「うわ、質悪ぅ……中途半端な善意やら正義感に圧倒的武力って最悪の組み合わせじゃないですかぁ」
心底から嫌そうに顔を歪める女に、男は内心『勇者』に感謝した……普段から人を舐めきった言動のこの狂った女を、ここまでうんざりさせる。そこだけはあの化け物もいて良かったと思えるのだ。
さておいて男は続けた。
「隠居を決め込むからには、もはや積極的に表舞台に出る気もないのだろうが……今回のようにゆえあれば動くか。やはり触れないのが最善と言えるな」
「ざーんねん、もう刺激しちゃってるんですよねー!」
疲れたような声音の男に、からかうように女が叫ぶ。見え隠れする嘲笑──それにたしかな苛立ちを覚えつつ、努めて男は思索を重ねる。
「さっさと『プロジェクト』を遂行させねば、な。そのためにも『担い手』たちには頑張ってもらいたいところだが」
「一人目のアインくん、でしたっけ? 彼が勇者と関わりを持った以上、二人目か三人目の方に期待したいですよねー」
「二人目の『彼』は期待以上だ……既に第二段階へと到達しつつある」
その言葉に女は目を丸くした。真っ赤な瞳が月と星の輝きの下、煌煌と燃えている。
「はっやぁい! え、半月くらいですよね?」
「ああ。だが彼は彼で性急だな……それまでのコンプレックスを解消しているのか、亜人は元より同業の気に入らない者まで闇討ちしている」
「あら。それってその内お縄ですよね。首尾良く第二段階に至れたところで、それでもS級が何人かで来たら勝てないって話でしたよね」
「そうなる前に最終段階へと到達してくれればそれが一番良いのだが。間に合うか……?」
こちらでも何かしらサポートをするかと嘯く男。
一方で女も女で、別な懸念事項を挙げる。
「ところでドロスさん……あの人どういうつもりなんでしょう。三本目を欲しがるなんて意外でした」
「候補がいると言っていた。秘蔵っ子だという話だ……こちらとは別な切り口もあって良いと思い渡したが、不味かっただろうか」
「さあ? そういうことで私に意見求めないでくださいね。気まぐれな傍観者ですし」
(まあでも、何か独自に行動してそうなのは感じるんですけどね。一応調べて……面白そうなら放っといてあげますか。ふふ)
口ではすげなくしつつ、内心では別のことを思う。
究極的には関係のないことなのだ、彼女には……男の行く末も『プロジェクト』の末路も、自らが推し進めている『計画』のための参考にすぎない。
そして考える。
分かっていたことだが王国内である以上『勇者』が絡んで来た。この時点で既に『プロジェクト』責任者である男の命は尽きたも同然だ……少なくとも最後には必ず死が待っているだろう。
彼自身もそれは分かっている。
だからこそ死ぬまでに、殺されるまでにどうにか手を尽くしているのだ。『プロジェクト』を一応の成功に導き、本懐を達成するために。
あるいは自分が道半ばで死のうとも、『プロジェクト』だけは引き続き進められるように策を講じてさえいるのだろう。
そのためならば人間も亜人もどれだけ死のうが関係ない。すべては1000年の悲願達成のために──
これからの未来を作り上げるために、今いるすべての命でさえ、尊い犠牲として使い潰すのだ。
何という面白い見世物だろうか!
女は嗤った。
男も、勇者も、魔王も魔剣も、人間も亜人も──王国南西部にいる者は今、皆が揃って舞台の役者だ、まるで。
王国を舞台とした、魔剣を巡る策謀と戦い。その果てに何があるのか、どのような結末を迎えるのか。
それが特等席で味わえる。場合によってはスポット参加さえできる今の立ち位置、この状況。
その優越感に酔いしれるように女は震えた。
空を見上げる。満点の星空に月明かりが一つ、荒涼たる大地を照らし上げる。
涼やかな風が吹いた。女は遠くを見やりつつ、愚者どもの道化芝居を楽しむ観客の心地でいるのだった。




