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灯火に見える幻影、遥かなり故郷

 数時間が経過した。宴は未だに続いている。

 酒を飲む者、飲まない者。比率にして半々であったが概して皆、ひどく陽気な心地でいた。

 

「──っぷはーぁっ!! 美味い! もう一杯!」

「ぬはははは! お主本当に強いのう、気に入った! レヴィつったか、ほれほれもう一つ!」

 

 ジョッキになみなみと注がれた酒を一息に飲み干し叫ぶレヴィ。『破鎚』の二つ名の由来である、身の丈の倍はある巨大ハンマーは今はない。

 隣でアリスが意気揚々と高笑いして彼女に追加の酒を注いだ。亜人にも匹敵する飲みっぷりのレヴィをいたく気に入ったらしい。

 

「ったくさあどいつもこいつも! 人のこと見るなり『破鎚』って呼んでばかりでさあ! 私だってそんな、可愛さの欠片もない暴力の化身みたいな扱いばっかは嫌だってーの!」

「おう? そういや何ぞ、どでかいハンマー担いどったのう。今は見当たらんが」

「家ですよ、家! あんなもん持ってこんなとこ来れませんしー!」

 

 普段からのストレスであるのか、自らの二つ名から始まり武器にまで愚痴を溢していくレヴィ。

 

 『破鎚』──先祖代々から伝わる、伝統と歴史ある巨大ハンマーを振り回す姿から名付けられたその名。

 瞬間的な破壊力だけならばS級にも匹敵するとまで言われるその威力は、下手な一軒家ならば一撃で粉砕し、全力で放てば周囲一帯の大地を崩壊させる程である。

 サポートさえあれば亜人でさえ十分に殺し得る代物であり、実際に彼女はA級冒険者の中でも飛び抜けて亜人討伐数が高かったりもする。

 

 ゆえに付いた二つ名こそが『破鎚』……すなわち破壊し、破滅させ、打ち破る鎚という意味合いでの命名だ。

 

「そりゃあね? 二つ名付けられた時は泣く程嬉しかったですけどぉ……今じゃそこら彷徨いてるだけで『破鎚』呼ばわりで……ううう、あんまりよぉ」


 冒険者にとって二つ名とは基本、付けられたことそのものが栄誉あることだ。それゆえレヴィも常ならばそれなりに誇らしく思いもするのだが……

 何しろハンマーの衝撃的なスケールや見た目もあり、それに関することばかり言われるケースも多々ある。そうなれば彼女もやはり年頃の女性だ、さすがに辟易とするものがあるのであった。

 愚痴を聞いていたアリスが感心するような、納得するような声をあげた。

 

「はぁー……大変なんじゃのう、高ランク冒険者ってのも。そういやリリーナやジナも何か文句垂れとったのう。言葉遊びやめろとかどうとか」

「あのお二人は、私とは意味合いが違いますよ……そこまで極端なイメージを持たれる二つ名でもないですし。て言うか、そもそも二つ名の存在自体に懐疑的なんですよねあの人たち」

「ま、分からんでもない。人間はそういう肩書きが重要じゃったりするが、亜人は別にそういうわけでもないしの。価値観の相違じゃな」

 

 館のメイド、リリーナとジナ。

 揃って幹部格メイドであるのだが、一方で二つ名持ちの冒険者という側面もある──S級冒険者『剣姫』リリーナ。A級冒険者『疾狼』ジナといった具合だ。

 

 しかし当の本人らとしてはこれら二つ名について、あまり良い感覚ではいない。

 結局は第三者たちによる言葉遊びに過ぎないのだ……そのようなものに引き摺られて思うように動けないのも馬鹿馬鹿しいと、彼女らはそう考えている。

 

「あまり背負い込むのもどうかという話じゃよ、レヴィ。他者の風聞に過ぎぬことをよく弁え、いざとなれば捨て置ける程度のものと心中にて定めておくのがちょうど良いのではないかのう?」

「……ですよねー。分かってはいるつもりなんですけど、これが中々」

「うむ……人間は亜人に比べても社会性が高いゆえ、客観的評価を気にしすぎるところもある。それはそれで価値あることじゃが、どうあれ己は己じゃと割り切るのも時には大事じゃと、わしは思うぞ」

 

 酒を飲みつつ、思うところを述べるアリス。『エスペロ』のオーナーとして人の上に立つ役目をこなしていた経験から、人間の性質や亜人との相違についてもそれなりに理解が深いゆえのアドバイスだ。

 

「二つ名、かあ……いつかは僕らも、そういうの付くと良いよねソフィーリア」

「そうね、アイン。レヴィさんみたいに思い悩むこともあるかもだけど、それでも冒険者にとっては憧れだものねえ」

 

 そんなベテラン冒険者とヴァンパイアの重鎮とのやり取りを眺めて、新米冒険者の少年少女は呑気に将来へと思いを馳せている。

 これから冒険者として活躍していく彼らには、目の前で先輩が苦慮していたとしても……やはり憧れであり夢であるのだ、二つ名は。

 

「うーん……やっぱり『魔剣』とかかな、僕の場合」

「そのものずばりよね……じゃあ私って何だろ」

「『可憐』とか『美女』とか。あっ、『姫様』なんてどう?」

「やだもう、アインたら! うふふ!」

「あはは!」

「ああああああっ! そこでいちゃつくのやめてええええっ!!」

 

 子供じみた二つ名の付け合い……ごっこ遊びのようなその行為に、あまつさえ仲睦まじいいちゃつきさえ混じる。

 アインとソフィーリアの独特な空気にレヴィは堪らず叫んだ。人の悩みを出汁にしていちゃつかれては立つ瀬もない──寂しい。率直な感覚を胸に突っ伏す。

 

 その様を遠目から眺めて、セーマとマオが呟くのであった。

 

「うーむ、若いって怖い」

「そんなに二つ名なんて欲しいもんかね……私らの場合、異名がそのまま種族名で肩書きで役割だったからなあ」

「まあ正直、不可分だよな俺らに関しては」

 

 『勇者』と『魔王』。

 共にそれぞれ唯一無二の種族であり、同時に戦争中においては社会的な立場を示すものであったしどういった役割の存在かを示すものでもあった。

 今でも種族としての『勇者』『魔王』であることには変わりがない以上、二つ名とも言えるこれら肩書きはもはや、セーマとマオにとっては不可分なものだ。

 

「何ていうか、色々特殊なんだなあ俺たち。今まであんまり考えてこなかったわ」

「今更すぎるだろ……もっと早くに思い至れよ。そういうとこが雑で無頓着なんだって、君さあ」

「そうかなあ?」

 

 この世界にたった二人だけの特別性。

 改めてそれを感じ、二人はどこかしんみりと食事を続けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴も酣──夕方から始めたこの飲み会も、さすがにもうあと数時間で日も変わるかという頃にもなればそれなりに落ち着いてくる。

 心地好い気だるさの中、セーマは辺りを眺めた。

 

「うーぃ…えははは、たーのしぃ……」

「ほんに、よう飲みよったのう。ほれ、水じゃ」

「どーもれーす……ふう。店員さーんお冷や追加ー」

 

すっかり酔いも回ったレヴィに、アリスが水を差し出した。

 飲み過ぎ、食い過ぎたことによる軽い息切れを起こしながらも冷えた水を飲み干せば、いくぶんか正気を取り戻したのか今度は自分で水を頼み始める。

 後は適当に酔いを醒ますのだろう……亜人もかくやと言うような量の酒を飲んでおいてとてつもない身体機能だと、呆れるやら感心するやらのセーマだ。

 

「ふあーぁあ……何か、眠くなってきたー」

「たくさん食べたもの……それにもう夜更けだし、眠いわねえ」

「いつもなら寝てる時間だもんねー」

 

 大きなあくびをしてアインが伸びをした。それに答えるソフィーリアもどこか間延びした語調で眠さを感じさせる。

 年若い少年少女の生活習慣の正しさがよく分かるやり取りだ……よく食べてよく寝る。二人の将来有望な若手冒険者たちは育ち盛りなのだ。

 

「あー、もう腹一杯。なあ、もう帰ろうよセーマくん。眠くなってきた」

「ん……そうだな。そろそろお開きにするか。アインくんたちもずいぶん眠たくなってるみたいだし」

 

 目を擦りつつ締めを催促するマオに、セーマは頷いた──あっという間の宴だが、ひとまずここで終いとしよう。

 そう思いアリスに告げる。館の資金、今日の冒険にあたり持ち出した財布はアリスが管理していた。

 

「アリスちゃん、そろそろ店を出ようか」

「分かりました、会計はしておきますでのう……ほれレヴィ、しゃっきりせい。てか家、帰れるのか? お主」

「あー、うー……大丈夫ですよー、近くなんで、宿」

 

 ふらつきながらも答えるレヴィ。次いでアインもソフィーリアと共に立ち上がる。

 

「ああ、美味しかったぁ……ありがとうございましたセーマさん。今日のこと、一生忘れません」

「私もです……冒険者って、楽しいですね!」

「こちらこそありがとう二人とも。これからもよろしく頼むよ」

 

 互いに礼を述べ合う。冒険者として、人としての絆というものを深められた夜だと、誰しもがそう感じられていた。

 

 かくして一行は店を出た。夜の町は涼やかな風が柔らかく吹く、過ごしやすい気候だ。

 今いる中央の特別区から商業区にかけての大通りには灯火が並ぶ。飲み屋にとってはむしろ今からが本番であり、その日一日を働いた者たちに声をかけては店に呼ぼうと躍起になっていた。

 

 賑わいながらも、どこか儚さを感じる──灯火の仄かさがそのように感じさせるのだろう。かつていた元の世界の祭りも、こんなだった気がするとセーマは懐かしんだ。

 

「うーん、エキゾチックって奴かな……昼間と全然違うんだな、印象」

「そりゃあそうだろ。ここに限らず世界はどこも、昼と夜とでその顔を変える。君んとこの世界はどうだった?」

 

 呟きを拾ってのマオの質問。

 少し考えてからセーマは、降参したように手をぷらぷらと振って返す。

 

「さてな……似たようなもんだったと思うが、何分昔のことだ。両親の顔も名前も思い出せなくなった親不孝者の記憶力を、舐めてもらっちゃ困る」

 

 異世界から喚ばれ、以降数年は死に物狂いで戦い続けた。それこそ、心を使い潰してしまった程に。

 あまりにも濃密かつ過酷な体験の中、セーマはもう、かつての世界をほとんど覚えていなかった──妹を救うため多くの屍を踏みしだいてきた代償と思えば安いものかもしれないが、それでもやりきれない切なさを感じることもある彼だ。

 

 肩を竦めての気軽な仕草の裏、およそ余人には図りかねる想いを察してさしものマオも神妙に頷く。

  

「……そっか。君の故郷は遠いな」

「二度と還れないくらいにな……さてと。アリスちゃん、会計ありがとう」

 

 昔語りも程々に、セーマは会計を済ませて店を出てきたアリスを労った。

 そのまま締めの挨拶を軽く行う──ありきたりで簡潔なそれを聞き流しつつ、マオはどうにも複雑な思いをもて余す。

 

「……異世界か。何者か知らんが、本当に罪深い話だ」

 

 最初に異世界から人間を呼び込む発想を実現してしまった何者か。

 そこから始まった数多くの悲劇に想いを馳せるマオだった。

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