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『世界の果て』へ、二人の約束

 酒場へ戻ると、アリスの確保していた席には既に面子が揃っていた──すなわちマオとアイン、そしてソフィーリアである。

 すぐさまセーマたちに気付いたマオが、軽く手を挙げ声をかけてくる。

 

「ようセーマくん。何かトラブルとかあった?」

「ただ報告するだけなのに何のトラブルがあるんだよ……お前こそ変な事件起こしてないだろうな、マオ」

「ただ町をぶらつくだけで何が起きるってんだ。詰まらんくらいに退屈だったともさ」

 

 席に着きながら言うセーマに、肩を竦めて返すマオ。どうやら本当に町をただ巡っていただけらしく、その表情には苦笑が滲んでいる。

 トラブルや事件事故を望んでいたわけでもないのだが、さりとて何も面白そうなイベントに出くわさないというのもそれはそれで辛いものだ。

 

「さすがは王国南西部、平和で穏やかで呑気なもんだと感心すら覚えるね。よそからの移住者も増えてきてるって話だし、ますます発展するんじゃないかなこの周辺」

「他の地域はやっぱり、治安が悪いんでしょうか……」

「亜人の賊があちこちで強盗をはたらいたりしてるって話だものね」

 

 戦火に晒されることが一切なく、それゆえに今後一層の発展を遂げるのではないかと嘯くマオ。

 その隣ではアインとソフィーリアが呟いていた……他の地域の状況を案じている。

 アリスがそれに反応した。

 

「王国だけでなく、世界中の国々が未だに紛争の火種を抱えとるみたいじゃよ。戦争から数年経っても、まだまだ不安定みたいじゃのう」

「ふえー……お詳しいんですねえ」

「すごいなあ。カジノのオーナーってやっぱり、他の国のことにも精通してないとダメなんですねー」

「え、いや別に……ジナ、もといメイド仲間に詳しいのがいるだけじゃよ」

 

 アインとソフィーリアのキラキラとした、羨望や憧憬の眼差しをも寄せ付けぬドライな返答。

 早い話が受け売りだと言外に匂わせつつもアリスは続けて言った。

 

「王国は広い範囲を騎士団が、王国南西部みたいな比較的落ち着いたところは冒険者が治安維持を行っとるが……他所の国も色々やっとるみたいじゃのう」

 

 メイドばかりからでなく、『エスペロ』にて客から集めた情報をも交えてアリスは語る。

 ……と、そこでウェイトレスたちが矢継ぎ早、食事と飲物とを運んできた。セーマたちが報告から戻る前にもう、注文は済ませていたらしい。

 

 肉、魚、野菜、果物──多種多様な食材が様々な調理法を経てテーブルに並ぶ。

 今日一日を過ごし腹を空かせた冒険者たちへの褒美とばかりに調えられた宴の光景が、一同のテンションを否応なしに盛り上げていく。

 

「さて、それじゃあとりあえず食べようか」

 

 セーマが音頭を取る。

 とはいえあまり長々と話をして待たせるつもりもない……各自コップを手にしたところで、軽く話す。

 

「今日は色々、お疲れさまでした。朝から付いてきてくれたアリスちゃん、マオ、アインくん。偶然ながらお会いできたレヴィさん……リムルヘヴンちゃんとリムルヘルちゃんはいないけど、そちらもありがとうございました」

 

 労いの言葉にアリスが会釈し、マオが軽く手を振り、アインが笑う。

 レヴィも苦笑を返すのを見てから、ソフィーリアに向けてセーマは続けた。

 

「ソフィーリアさんもようこそ来てくれました。今日はたくさん食べていってください」

「は、はい! ありがとうございます」

「どういたしまして。さてそれじゃあ、お手を拝借!」

 

 最低限のことだけ言えば、後は不要だ──グラスを掲げるセーマに皆が続いた。

 楽しい一時になるだろう。

 高揚していく空気に浮かされるように、彼は始まりの言葉を告げた。

 

「乾杯!」

『かんぱーい!』

 

 そして皆が応え──宴が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、やっぱり良いわね! 人のお金で飲む酒は!」

「もう少し別な言い方をせんか……んむ、美味しい!」

 

 レヴィの歯に衣着せぬ物言いに、ツッコミを入れつつアリスはサラダを頬張る。

 基本、肉料理の多い冒険者ギルド内の酒場だが案外、魚や野菜にも気を遣っていることに驚く。

 

「肉! 肉! もっと肉! ……そしてちょっと野菜」

「偉いわ、アイン! そうね、栄養バランスを考えて食べなきゃ、ね」

 

 勢いよく肉にかぶり付き、そして時には野菜も食べる。彼なりにバランスを考えているらしい。

 その食事スタイルを、ソフィーリアは愛しげに褒めつつ自らも魚を口にする。

 普段はあまりありつけない料理の数々だ──二人とも未成年ゆえに酒は飲まないが、だからこそ食事の方に専念していた。

 

「おい! 私も飲むぞ、注げこら!」

「駄目に決まってんだろ馬鹿野郎、お前未成年だぞ」

 

 酒を所望し、あまつさえセーマに注ぐことを要求するマオだが切って返される。

 未だに15歳のマオは、王国の飲酒に関する法律においてはまだ飲むことを禁じられている身の上だ。

 

 亜人であるからには人間と違い、内臓機能も極めて強靭だ。ゆえに別に飲んでも問題は無いのだが……それでも現状では人間の成人年齢に合わせての法律に沿わざるを得ない。

 人間と亜人の事情の違いを擦り合わせた法整備が待たれる場面は依然として多いのだ。

 

「くっ……人間の法ってのは鬱陶しいよなあ! 大体何で人間も亜人も一緒くたにしてんだよ」

「そこまで法整備が追い付いてないんだろ? 知らんけど。ま、大人しくあと5年待って、そしたら好きなだけ飲め。あっという間だぞ」

 

 酒という、大人の飲み物に対して憧れがあるのだろうか悔しがるマオの頭をポン、と撫でてセーマは酒を一口飲む。

 焦らずとも、直に飲めるようになるのだ……ゆっくりと大人になれば良いと、彼は微笑みつつ呟いた。

 

「旨いなあこの酒」

「喧嘩売ってんのかこいつ!」

 

 マオ相手にだけはこのような茶化しも入れるセーマ。

 怒りに任せて飛びかかろうとする彼女の肩に腕を回して強く抱きしめ、動きを封じつつも酒に肴にと楽しむ。

 

「美味しいね、アイン!」

「うん、ソフィーリア! 冒険者になって良かったあ!」

「……そう言えば二人とも、どうして冒険者に?」

 

 食事を堪能して二人、笑い合うアインとソフィーリア。

 まさしく好き合う少年少女といった様子だが、ふと気になったセーマが声をかけた。

 

 冒険者というのはその志も千差万別だ。

 金、女、成功、出世あるいは名声──腕っぷしさえあるのならばそのすべてを掴むことさえ夢ではない。

 あるいはセーマのように半ば暇潰しのためな者もいるのだし、復讐のためだとか、地域貢献のためだと言う者もいる。

 

 となると気になるのはこの、年若い少年少女たちだ。

 成功も失敗もすべて自己責任の稼業、冒険者として立つことを決めた理由……いつか話の種にでも聞いてみたいと思っていたセーマである。

 

 アインとソフィーリアはそんな問いに顔を見合わせ、ニヤーと笑って声を合わせて高らかに叫んだ。

 

「『世界の果てへと』!」

「『二人一緒に』!」

 

 仲睦まじい、というレベルではない程に揃った声が告げたその志は、セーマにもマオにも聞き覚えの無い『世界の果て』なる場所だった。

 きょとんとして反応する。

 

「……世界の、果て?」

「何それ、大層な名前付けやがってどこの観光名所だ? どうせ微妙な解説文の彫られた石碑だけ、ぽつねんとあるような場所なんだろ」

「いやいや観光地じゃないですから!」

「ていうかマオさん、いやに具体的ですね……」

 

 聞いたことの無い名前に困惑するセーマはともかく、やけに心情の篭ったマオの言葉は辛辣だ。

 何か嫌な思い出でもあるのかな……と思いつつも少年少女は熱く語る。自分たちの夢、冒険者としての志を。

 

「小さい頃からの夢なんです……『いつか世界中を二人で旅しよう、たとえ一生懸けてでも』」

「『どんなところでもくまなく歩いて、旅して、巡って。そして最後に辿り着いた場所で、思い切り抱きしめ合おう』って、そう誓い合ったんです。それが『世界の果て』」

「……へえ」

 

 まっすぐで熱い眼差し。それと共に明かされた誓いと願いが、たしかに己の心を打ったのをセーマは感じた。

 ひどく抽象的で、あまりに無計画で……どうしようもなく向こう見ずな夢。けれどたしかに、それは素敵な志だった。

 

「かーっ! ええのうええのう、青春じゃのう!!」

「あああああっ! そんな約束したかった! そんな約束できる男の子が側に欲しかったーっ!」

 

 そんな青春の志を受け、アリスもレヴィも盛大にはしゃいだ。いや……アリスの方はそうなのだが、レヴィは多分にやっかみや嫉妬が混じっている。

 羨ましいのだ、どうしようもなく……今年25になるレヴィには、どうにも男運がなかった。

 

「ふうん? 世界中を旅して、最後に辿り着いたそこが『世界の果て』か」

「はい!」

「とか何とか言いながらお前ら、実はもう良さげなところに目星付けてるんだろ? 適度にロマンチックな場所を『世界の果て』にするつもりなんだろ? え?」

 

 ニタニタと笑いつつマオが言う。こちらはこちらで、何やら意地の悪い妄想が行きすぎているようにもセーマには思えた。

 アインやソフィーリアにも同様だったようで、苦笑いで曖昧に応えている。

 

「どこだ? ん? 帝都の海岸か、共和国の水中庭園か。エルフの里近くの金剛滝とかそれっぽいな?」

「え、と。うーん、でもどうせですし滅多に人の寄り付かないとこが良いかなーって」

「最後に辿り着く場所だし、折角なら前人未到の地とか良いわよね」

 

 しかもこの元魔王、いきなり候補を挙げ出した。

 酒を入れてもいないのに大した破天荒ぶりだとさすがにセーマも止めようかと思うのだが……何せアインもソフィーリアも真面目に相談なぞし始めている。

 

「ほほー。じゃああれだな、遠い北方の大陸、この星の極点とかどうだ? 一歩間違えれば生命が行っちゃいけない世界の裏側を垣間見ちゃうけど、その分マジで誰も辿り着いたことがないぞ」

「いや怖いんですけど!?」

「この世のものとは思えない光景に出会えるぜ? だってこの世じゃなくなるからな」

「あはは、極力平穏なところでお願いします!」

 

 マオの語る内容は荒唐無稽だ。ゆえにソフィーリアやレヴィはジョークと思い笑っているのだが、セーマやアリス、そしてアインはそうはいかない。

 何しろ前者二人はマオの正体を知っているのだし、アインとてそこまでは知らないにしても魔法の行使をその目で見ている。

 

 超常の力を持つ超常の存在が超常の世界を語っているのだ……ある程度は事実を言っているだろうと断定し、セーマはその頭にチョップを落とした。

 

「にょわはっ、いってぇ!? 何すんだ!」

「お前こそ何を口走っとるんだこのバカ! 怖がらせてどうする!」

 

 頭を抑えて痛がる、フリをするマオ──この程度でそこまで痛がるようなら、戦争はもっと早期に終結していたかもしれない。

 ため息と共に、セーマはアインたちに向き直った。

 

「こいつの言うことは話半分として……ありがとう、すごく良い話を聞かせてもらったよ」

 

 若き冒険者たちに礼を述べる。

 思わぬ理由ではあったが、だからこそより強い感銘を受けたセーマなのであった。

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